張りつめた物が切れた時、止まらなくなることがある。 Phantom Magician、159 ハグリッドは動物相手に見せる優しい表情とは打って変わって、 その体格を十二分に生かした押し出しの良さで、なんとバイクの購入手続きを進めてしまった。 金はなんとか足りたので良かったが、証明書関係はもう完全なるゴリ押しだ。 自分が乗る為に買うんだ、だの。 バイクを止める場所なんてうんざりするぐらいある、だの。 訛りの強い言葉で捲し立てられた親父が少しばかり気の毒になるくらいだ。 「んじゃあ、行くか。シリウス」 「……良いけど。ハグリッド、これ警察とか言うの呼ばれるんじゃねぇか?」 確か、俺たちで言うところの闇払いのような組織ではなかっただろうか? まぁ、マグルが如何に束でやってきても、どうにかなるような気はするが、 なにしろホグワーツを退学したハグリッドも未成年の俺も、魔法が使えないのである。 どちらかと言うと、どうにかしてしまった時の方が厄介だ。 店主が今にも店の奥に駆け込んで通報したそうな表情をしているのを横目で見ながら、 自分の危惧を伝えると、「なーに、問題ねぇ」とハグリッドは豪快に笑った。 「もう漏れ鍋はすぐそこだ。そこにさえ入っちまえば、連中には見つけらんねぇ。 後は、煙突飛行でひとっ跳び!ってところだな」 「ひとっ跳び!って……どこに行くんだよ?」 「決まってるじゃねぇか。俺んちだ。おめえさんの家にまさかこいつを置いておく訳にもいくまい?」 「!良いのか!?」 「悪かったら、そもそもこんなことしとりゃーせん」 突然に射した光明に、現金なことながら自分が満面の笑みになるのが分かる。 こんなことが起こるだなんて、自分の人生もまだまだ捨てたもんじゃないらしい。 普段、禁じられた森に行こうとするのを邪魔されたり、 悪戯道具にするための材料をこっそり貰ったりと、ハグリッドとの関係はつかず離れずといったところだ。 決して最高に仲が良いっていう訳じゃない。 それでも、こうして俺に手を差し伸べてくるだなんて、ハグリッドは本当に良い奴だよな。 体格の関係上、持ち主である俺がサイドカーに乗ることになったが、 そんなことも気にならないくらい、俺は最高に良い気分だった。 だから、その後、ハグリッドとホグワーツに辿り着き、 どこかもじもじと照れ臭そうにしているハグリッドから、時々バイクを借りて良いか?と言われた時には、 笑顔で了承することができたのである。 で、その日一日、俺たちはバイクの改造に明け暮れた。 まず、最初に俺が思い浮かべた消失呪文だのなんだのは、効かないような物が良い。 ハグリッドの小屋に置いてある分には大丈夫だと思うが、万が一にも家の奴にバレて魔法をかけられたら嫌だしな。 あとは、ホグワーツ生に悪戯されたり壊されたりしないように、考え付くだけの保護呪文を使って、 ついでとばかりに、サイドカーを簡単に取り外せるようにするなど、 できる限りの便利な機能を魔法で付け足していく。 まぁ、一番の目玉機能と言えば、なんと言っても空を飛べるようにしたことだろう。 そもそも、これが欲しいと思った理由が、自由に移動できる乗り物、という点だったのだ。 がしかし、マグルの世界になんて行ってしまえば、道路だの交通ルールだの、 面倒なことになるのは目に見えている。 じゃあ、どうしたら良いのか? そんな時は、空に逃げてしまえば良い! 空には交通ルールなんて物はないし、仮にマグルの乗り物に遭遇しても上下左右どこでも避け放題だ。 流石に、その機能は一人では難しい部分もあったのだが、 そこでなんとハグリッドが大活躍をしてくれた。 実は、初めて知ったのだが、ハグリッドは敷地内でならこっそりと魔法が使えるのだそうだ。 (杖を折られたはずなのにどうやって?と指摘したら、大事そうにピンクの傘を握りしめたので、全て合点がいった。 そういうの嫌いじゃないぜ!) そして、二人であーでもない、こーでもないと、作業に没頭すること数時間。 「こりゃ、いかん!」 すっかり時間を忘れていたハグリッドだったが、流石に周囲が暗くなり始めたので、 すでに大分時間が経過していることに気付いたらしい。 慌てたように俺を追い立て、続きはまた後日、ということになった。 暖炉を使って帰れ、という言葉に甘え、煙突飛行で一足飛びに家へと舞い戻る。 目の前を幾つもの暖炉が通り過ぎ、やがて、ドスンという衝撃と共に、俺は暖炉の外へと放り出された。 流石に慣れたもので、転んだり怪我したりといった鈍臭いことにはならず、 軽いステップで体勢を整える。 「清めよ」 どうしても勢いよく飛び込むせいで、若干煤ける服を魔法で綺麗にする。 (敷地内なら未成年でも魔法が使えるのはありがたい) と、それが終わるのを見計らったようにやってきた屋敷しもべ妖精が「奥様がお待ちです」とキーキー声で告げてきた。 「おふくろが?」 「はい。お戻りになられたら、すぐ広間に来るようにとおっしゃられています」 『すぐに』にやたらと力を込めるその様子に、嫌な予感しかしない。 帰りが遅くなったことに対するまたなにか嫌味でも言われるのだろうか? ああ、それとも、グラビアのポスターを見つけたか? 外せだなんだと騒ぐのかもしれない。永久粘着呪文を使ったから、無理だけどな。 折角良い一日だった、と思えそうだったのに、どうやらそう簡単にはいかないようだ。 半分諦めの気持ちで「分かった。荷物を置いたらすぐ行く」と言おうとした俺だったが、 しかし、すでに長い時間待ちかねていたのか、しもべ妖精は俺の言葉も聞かずに、 ぐいぐいと俺を引っ掴んで母の元へ連れて行こうとする。 「奥様がお待ちです!奥様がお待ちです!」 「ちょっ!?待て、俺は一回部屋に……!」 「なりません!すぐ広間に来るようにおっしゃられています!!」 振り払おうとしたが、使命感に駆られている時のしもべ妖精ほど厄介なものはない。 その使命を全うする為なら、下手をすると主人にすら危害を加えかねないのだ、こいつらは。 愉快なホグワーツの屋敷しもべ妖精ですらそうなのだから、ウチの奴なんて言わずもがな。 目的の為なら手段を選ばないあたり、闇の魔法使いのしもべとして満点なのだろう。 僅かな抵抗も結局は無駄に終わり、俺は広間へと直行させられた。 「……戻ったのですね。シリウス」 そして、出迎えて下さったのは、見事なまでに冷たい瞳が一対。 とても愛息子に注ぐものとは思えないそれに、俺も本来、母へ向けるものではない視線で応える。 「……ただいま戻りました。ただ、無理矢理連れてこられたので、一度自室に帰っても宜しいですか?」 「なりません。そうすれば貴方は部屋から出てこないでしょうから」 「お座りなさい」と、静かながら有無を言わせない口調で命令する母。 恐らく、座っている自分が見下ろされるのが気に入らなかったんだろうが、 立っている状態でも、俺やレギュラスに身長を抜かされているのだから、今更だろうにと呆れる。 そもそも、女としての盛りはとうに過ぎ去っているというのに、見栄を張り続ける姿は醜悪だ。 若い頃はそこそこ見られたのかもしれないが、五十も近くなった今では、 立っていようが、座っていようが見る影もない。 まぁ、こんなくだらないところで抵抗しても面倒になるだけなので、 とりあえず俺は言われた通りに椅子に座った。 がしかし、肝心の話の内容に、すぐさま立ち上がる羽目になる。 「それで、話とはなんです?」 「すでに検討はついているかと思いますが。今日の買い出しの件です」 「買い出し?」 思わぬ切り口に、思わず目を瞬く。 真っ先に浮かんだのはバイクの件だが、警察にも捕まらなかったし、 漏れ鍋でバイクを見たトムには厳重に口止めしておいた。 ハグリッドがまさかそんなことを母の耳に入れる訳がないから、 母がバイクのことを知るのは、まずありえないだろう。 (というか、そもそも母が半巨人の半径50mに近寄るとは思えない) となると……なんだ? 検討などまるでついていない俺の様子に、恍けているとでも思ったのか、 母の眦が段々と吊り上っていく。 「貴方はクリスマスに同室の人間に渡すための物を買いに行った……そうですね?」 「同室の人間じゃない。親友だ!」 息子がグリフィンドールに入っていて、しかもそこで友人を作っている、という点が認められない母は、 酷く回りくどい表現でジェームズ達を示唆した。 (これで、リーマスが狼男で、ピーターが落ちこぼれだなんて知ったらどうなることか) そのことに憤慨する俺だったが、しかし、母はその抗議を黙殺し、なおも話を続ける。 「しかし、それにしては随分と帰りが遅かったとは思いませんか」 「俺にプライベートはないのか? 夜中に帰ってきた訳でもあるまいし、放っといてくれれば良いだろう!いつも通り!」 「貴方が些か奇矯な趣味をしていることは今まで看過してきましたが、我が家を貶めるとなれば話は別です。 ……グリンゴッツから引き出した金額で、一体なにを買ったというのです?」 「!」 母の視線が、手元の紙袋に注がれた瞬間、ぎくりと体が強張る。 と、俺のその動きを見過ごさなかったのだろう、 すっかり意識から抜け落ちていた、俺を広間に連れてきたしもべ妖精が、僅かな隙をついて、その紙袋をひったくった。 「なっ!?」 「……クリーチャー。こちらへ」 「はい、奥様!」 慌てて取り戻そうとするが、時すでに遅し。 小柄なしもべ妖精は、すぐさまその紙袋――へのプレゼントを母の元へと持って行ってしまった。 箱の中身はラッピングされているので見えないが、しかし、外の紙袋は明らかに見覚えのないメーカーの物。 つまり、それがマグル製品であることが、一目で分かるということで。 屋敷しもべ妖精が恭しく差し出すそれを、しかし、母は汚物でも見るような目で見るだけで、触ろうともしない。 結局、それは母の足元に無造作に捨て置かれ、「それで?」と母は俺に詰問を再開した。 「貴方が引き出した金額は我が家にとっては微々だるものですが、マグルにしてみれば高額であったはずです。 見たところ自分への買い物でもないようすですし、女性への宝飾品の類でも買ったのですか?」 「俺が自分の金でなにを買おうと勝手だろう!」 別に女にやる為に買った訳でもないし、 そもそも、下ろした金額の大部分はバイクを買うのに使ったのだ。 それも、それを買った相手も、なに一つ疚しいところはない。 そう思いはするが、しかし、バイクの件がバレると非常に面倒臭いので、 後ろめたさを隠そうと、殊更声が大きくなってしまった俺。 もちろん、そこを見逃す母ではなかった。 「行ったはずです。貴方はこのブラック家の嫡子なのだと」 「!」 「それが、大枚をはたいて?大した価値もない物を買い?マグルの女に渡す……? そんなことが許されるとでも思っているのですか!恥を知りなさい!」 いつの間にか母が握りしめていた杖からは火花が散っている。 基本的にプライドが高いため、外では澄ました表情を装う女だが、 しかし、ここには俺と、しもべ妖精しかいない。 徐々に高ぶるその感情を留めることができる者は、一人だっていなかった。 「もうすぐ晩餐会も行われるというのに、ブラック家の家長となる人間が情けない! レギュラスを御覧なさい!あの子はブラック家の人間として相応しい振る舞いについて、いつも考えています! 嗚呼、これだからグリフィンドールへなど入れるべきではなかったのです! 身の程知らずの、厚かましい、無知で野蛮な人間ばかり! そんな者といることで、お前の品格が著しく損なわれていることに何故まだ気づかないのです!? こんなもの――……」 バーンッ! 母が興奮のあまり、杖を紙袋に杖を向けたので、 それまでの言動への反発を込めて、妨害の呪文を放つ。 結果、魔法が跳ね返り、母が持っていた杖が遥か後方へと弾かれた。 信じられないとばかりにこっちを見てくるその顔を、他人のような気持ちで見つめる。 「……俺の」 嗚呼、もう限界だ。 「俺のことは良い。アンタにとって『良い息子』じゃなかったのは確かだから。けど」 ――俺の親友はこの家の誰よりも素晴らしい。 「アンタの価値を俺に押し付けるな!」 腹の底から声を張り上げ、俺は紙袋を乱暴に回収すると、自分の部屋へと駆け上がる。 途中、自分の名前を連呼する金切り声が聞こえたが、 階下へ向けて糞爆弾を投げつければ、耳障りなそれが怨嗟の声へと変わる。 知っていた。 分かっていた。 あれが、自分の母親だ。 これが、自分の生まれた家だ。 そう、分かっていたのに。 「もうたくさんだ!」 自分が、あの醜悪な女から生まれたことが、こんなにも悔しい。恨めしい。 俺だって、ジェームズの母のような優しい人から生まれたかった。 「この家の人間も!考え方も!!」 それになにより。 「皆みんな狂ってる!」 俺だって、ジェームズのようにあるがままを愛されたかった。 気付けば浮かんできたのは悔し涙か、それとも。 家族に理解されない、悲しみか。 滅茶苦茶に暴れた結果、乱れた部屋はまるで、俺の心の中のようだった。 と、俺が一瞬動きを止めたのを待っていたかのように、そこでふと、声がした。 「そんなに嫌なら、家を出れば良い」 「!」 俺の知らない間に、部屋の扉に凭れ掛かっていたのは、 俺とは違う、母の自慢の息子。 「レギュラス……?」 俺の、弟。 「出て行ったら良い。この家にシリウスはいらないから」 けれど、先ほどの母に感じたのと同じように、それは他人のような人間だった。 寮が違うせいもあり、自分が実家では自室に籠りきりなせいもあり、 こうしてマジマジと見つめるのは、そういえば久しぶりだ。 よく似た兄弟だとは言われるが、クィディッチでシーカーをやっているせいか、自分よりやや小柄な体格。 蛇のように温度をまるで感じない冷たい視線。 ずっと、自分の後を追ってきていた小さな姿が、気づけば知らないものになっている……。 「なに……?」 内心の動揺は隠し、その言葉の真意を尋ねれば、返ってきたのは無情なそれだった。 「ずっと、この家から出たいと思っていたんだろう? なら、そうすれば良い。家のことは僕がやる。それで十分だ」 「!」 「今更、未成年だなんだと尤もらしい理由を付ける気じゃないだろう? そんなもの、アルファード叔父さんにでも頼めば済むことだ」 「レギュラス、お前……っ」 実の兄を追い出そうとしているのか? あの臆病で。 そつがなく見えるくせに、妙に不器用だったお前が。 だが、恐ろしいほどに冷淡なその表情に、俺の中の冷静な部分が「それもそうか」と納得する。 俺は、『良い子』のコイツと比べられるのが嫌いだった。 親の言うことを鵜呑みにする、自立心もない、愚か者。 そんな奴と同列に置かれる自分が、情けなくてたまらなかった。 でも。 それはきっと、コイツ自身も同じこと。 家にまるで貢献していない俺が。 それでも家を継ぐと言われる俺が、疎ましくないはずはない。 嗚呼、そうか。 俺は、ずっと弟に憎まれていたのか。 遅まきながら達した結論は、目の前の男の姿と、ぴたりと一致した。 「……俺が出て行けば、お前がこの家を継げるからな」 「分かっているじゃないか」 なるほど、この流れで俺が出て行けば、後は母親を慰めるだけで良い。 それだけで、コイツは手を汚すこともなく、自分の地位を確立できる。 元々、二人しかいない兄弟だ。 片方がいなくなれば、もう片方をなおさら大切にするのは、ごく自然な流れだろう。 その蛇のような狡猾さは、俺の知らないものだ。 きっと、スリザリンで生活する上で身に付けてきたのだろう。なら、 「俺は、お前の敵だな」 不思議と、そう言った時の心は、静かに凪いでいた。 「…………」 「…………」 「……シリウスが僕の敵?笑えない冗談だな」 やがて、無言の睨み合いの後、目を逸らしたのはレギュラスだった。 苦し紛れの言葉は、文字通り、酷く苦々しい。 だが、それを見てももう、俺の感情はさざ波も立たず、 俺は無言で自分のトランクを引き寄せる。 昨日荷造りしておいたおかげで、それは酷くスムーズな身支度だった。 そろそろ行かないと、きっとあの母親がクリーチャーをけしかけてくるに違いない。 その確信もあり、俺はレギュラスの横をすり抜けて、玄関へと向かう。 (この家には防衛の魔法が馬鹿みたいに施されているので、ホグワーツ同様、家の中で姿現しはできないのだ) そして最後、俺は生まれ育ったはずの家を振り返ることもなく、 その場から姿をくらませた。 「……さようなら。兄さん」 その背中を、見つめる瞳があることを、とうとう知らないまま。 姿くらましした先は、もちろんホグワーツのハグリッドの小屋の前だ。 これで退学にまでなったら、本気で行く先がないので、 自分が姿くらましできる唯一の場所を選ぶしかなかったのである。 ただ、ハグリッドに事情を説明すると、自分のせいだと思いかねない。 さて、どうしたものかと悩んだ俺だったが、しかし、そこで小屋の中に人の気配がないことに気付いた。 まぁ、なにしろ、時間的にそろそろ夕飯といった頃だ。 城に食事をしに行ったんだろうと気づき、これはもう城に俺も行って、 正直に家が嫌だったから早めにホグワーツに戻ってきたと告白すべきかを検討する。 いちおう、帰省はしているので、なにも悪いことはしていないはずだ。 ただ、戻ってくるのが些か以上早かったというだけのことである。 本格的に家を出るには準備が足りないので、今年度が終われば一度位戻る必要があるだろうが、 しかし、それまで俺はもう、ホグワーツを出るつもりはなかった。 「まぁ、別に怒られるようなことじゃないよな」 よし!そうと決まればさっさと戻るか。 いつの間にかすっかり積もっている雪をずんずん進んでいく俺だったが、 その時、ふと、背後で雪の落ちる音がした。 と、思わずつられてそちらを見た俺の目に、例のバイクが飛び込んでくる。 「…………」 大型のそれはきっと、乗れば爽快な気分だろう。 今の、最悪な気分を吹き飛ばすくらいに。 「まぁ、いいか」 別に腹が減っている訳でもない。 決断した後の行動は、酷く迅速だった。 邪魔なので、自分の荷物はサイドカーにブチ込み、エンジンをかける。 その爆音に、さらに背後で雪が落ちる気配がしたが、もうそれは気にならない。 アクセルをふかせば、無機質な金属の塊だったそれに、命が吹きこまれていく。 「いくぜ!」 免許もなにも知ったことかと転がしたタイヤは、なんの問題もなく夜空へと駆け出して行った。 吹雪いている訳ではないが、しんしんと降り続く雪が、何度も顔に当たって弾けていく。 ああ、後でゴーグルとかも買った方が良いかもな。 風が当たるせいで、少し目が明けにくい。 もしかしたら、このエンジン音に、誰か気づく人間がいるのではと思ったが、 しかし、すでに人もまばらな城の中の人間がこっちを見上げる気配は全くなかった。 「ひょっとして、マクゴナガル達もホグズミードにでも行っちまったんじゃねぇの?」 生徒のほとんどが帰省したのだから、教師が気晴らしに出ることもあるだろう。 そう思って、ふとホグズミードの方へと目を向ける。 と、ホグワーツの門の前になにかの塊が転がるのが見えた。 それは、まるで毛布を丸めたような、なにかで。 助けを求めるように、弱々しくその手が宙へ伸びる……。 「って、手!?」 必死に開けにくい目を見開いてみれば、それは、厚着をした人のようだった。 そういえば、マグルがごく偶にホグワーツの敷地内に紛れ込んでくることが、 あるとかないとか聞いたことがあるような……?? 「!」 慌ててそちらの方へとハンドルを切り、一直線にその遭難者の元へと向かう。 こんなところで遭難するとか、どこの馬鹿なんだ!と舌打ちしながらの行動だったが、 しかし、人影が段々近づいてくるに従って、それが実は知り合いにひっじょーによく似ているという事実に、 自分の顔が引きつってくるのが分かった。 雪に紛れてちょっと分かりにくいけど、あれってグリフィンドールカラーだよなー。 んで、あの黒いのが頭でー。 トドメのトドメが、象牙色の、黄色みがかった肌……ってそんな馬鹿一人しかいないっ 「!?何やってんだ、お前!?」 どこの世界に自分の学校までの道のりで、しかも門を目の前にして遭難する奴がいるんだよ!? とりあえず、バイクを急いで止めて、ぶっ倒れているその小柄な体を抱き起してやると、 うっすらと力のない瞳が俺を見る。 その弱々しげな姿と、血の気の失せた顔にぎょっとして揺さぶろうとすると、 それを制するように、の手が俺の頬に伸ばされた。 「シリ、ウス……」 「なんだ!?」 「頼む、から。リーマスに……」 「リーマスに!?」 まるで、遺言でも残すかのような姿に、俺は一字一句聞き漏らすまいと耳を近づける。 そして、は気力を振り絞り、こう囁いた。 「遭難したって、言わないで……」 ガクッ 「ちょっ、オイィイイィ!?」 おまっ!?この状況で頼むのがそれかよ!?嘘だろ! っていうか、どこまでリーマスしか頭にないんだ!? 仕方がないので、意識を飛ばしてしまったらしいを門の内側に連れて行き、 体についた雪と水分を飛ばしてやって、ぐるぐるとマフラーを巻き付け直す。 と、 「ぐぇっ!」 それが苦しかったのか、意識のない状態でも、口がぱくぱくと動き、 息が荒いのも相まって、なんだか不格好な魚のようだった。 「ぷっ……っはははは!すげぇ!ははっ!間抜け面!!」 「ふぅ…ふぅ……」 「っははははははは!」 は、腹が痛い!やべぇ、なんだコイツ!? つい数十分前の、険しい表情をした自分が嘘のように、 俺は気の向くまま笑い続ける。 あんまり笑いすぎて、ひぃーひぃーと息が苦しくなったり涙が出てきたりするが、それも構わずに。 だって考えてもみろよ? 俺、さっき家族と決別してきたところだったんだぜ? 何年も住んできた家を、ほとんど着の身着のまま出てきてさ。 それなのに、そんなドシリアスな空気、まるで知らないって感じで、コイツは遭難なんてしてやがる訳だ。 それも、すっげぇ間抜け面で。 これで笑うなって方が無理じゃねぇか! 「あはははははははっ!馬鹿だ!馬鹿がいる!!」 嗚呼、馬鹿だ。 コイツ以上の馬鹿なんて、俺は見たことがない。 そして多分、この先も見ることがないだろう。 「はは……っはー……。あー、お前、マジで最高」 でも、そんな馬鹿は、嫌いじゃない。 「なぁ、。どうやったら、そんな自由に生きられる?」 男も女も関係なく。 人間も狼人間も関係なく。 ただリーマスが好きなんだと、堂々と言ってのけるお前。 そんなお前の素直さは、強さは。 偶に直視できないほど、眩しいものだった。 「俺は……お前が羨ましいよ」 と、いつまでも寒そうに震えているが流石に哀れになり、 サービスとばかりに保温の魔法をかけてやると、さっきまで白かった顔が一気に赤く染まる。その様は、 「魚っていうか……タコ?」 やばい、これリーマスに見せてぇ! そんでもって、からかい倒されるとか見たら、腹が捩れるに違いない。 で、俺はその愉快な想像を実現させることの出来るアイテムが、 自分のバイクのサイドカーに眠っていることに思い至る。 本当は、目の前のこの馬鹿へやるつもりだったんだが、 まぁ、現像した時のサプライズとでも思えば良いか。 そして、俺は大層な間抜けを一眼レフのカメラに収めた。 きっとこの日を、俺は忘れない。 ......to be continued
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