初期設定を甘く見てはいけません。 無理なことは無理なのです。 Phantom Magician、157 「僕、思ったより守備範囲広かったみたいで。 が女の子の姿だったら、なくもないかなって」 なくもないかなって。 なくもないかなって。 なくもないかなって。 かなって――…… 「ぐああぁあぁあああぁああぁっ」 波乱のダンスパーティーから数日。 つまりは、他の皆が帰省した後のグリフィンドール寮に悶え苦しむ声が響き渡る。 おそらく、他に誰かがこの部屋にいたならば、何事かと目を剥くことだろう。 だがしかし、幸運にも一人部屋満喫中なあたしは、頭を抱えながら、 ごろんごろんと、ベッドの上でひたすらに転がり続けていた。 「駄目だ!思い返せば返すだけ、頭が煮える!」 朝起きて、ぼやけた頭でリリーを見送ってすでに何日か経過していたが、 自分の部屋に引きこもってからは、パーティーのあれこれが延々と頭の中でリピートされていた。 セクハラの嵐やらドS発言に対して思うところがなくもないが、 それよりも、なによりもあの言葉の殺傷力たるや、黄金銃のそれである。 (なに?黄金銃が分からない? あの「世界一有名なスパイ」っていう矛盾だらけの映画をググれ!) 一撃必殺。 マジで殺されるかと思った。 「これはもうあれなの?正体を明かして、待望の学生カップルEND!?」 長かった……っ! なんかもう、好感度がマントル並みに地中深く潜ってたのが、 ようやく日の目を浴びました、みたいな? 正直、あたし本気で自分のヒロイン力のなさに絶望しかけてた! 嫌われヒロインってジャンルはあるけど、 ここまで歯牙にかけてもらえてなかったの見たことねぇよ! 立ち位置的にはマルコ並みに輝いてたよ、彼女たちは! 「ひゃっふー!とうとうあたしの時代が来たのね!!」 ばっふばふ、と枕をベッドに叩きつけ、更にベッドの上で飛び跳ねるという、 それはもう二段ベッドにはしゃぐ小学生のように喜びを体現するあたし。 いつもならもうここら辺で、 『いい加減鬱陶しいわ!』 と、黒にゃんこの鉄拳制裁がやってくるのだが、しかし!今日に限ってそれはない! 何故なら、できる子スティアさんは、朝がやってくるや否や、 『くれぐれもホグワーツで大人しくしててよ』 との一言を残し、分霊箱探しに旅立って行ったからである。 ……決して、あたしがリーマスのことで頭が一杯お花畑状態で、うんざりして出て行ったということではない。 多分。……きっと? いや、ホラ。 授業ある時はあたしから離れちゃうと、あたしが魔法使えなくなっちゃうし? だから、うん。別にあたしが悶えてたせいじゃないよね? 実は原因としては半々な気がしなくもないが、気を取り直して、 リーマスとの薔薇色の学生生活について思いを馳せる。 思えば、スティアとここまで本格的に離れたことはなかったので、 今ならどんな恥ずかしい妄想でもし放題である(オイ) 場所はやっぱり、夕焼けに染まる空き教室なんてどうだろうか。 お互いに向き合っているあたしたちの顔色は、情熱の真紅だ。 リーマスの真剣な表情に、あたしは胸をときめかせながら、必死に口を開いて。 『実は、僕……いや、あたし、女の子なの!』 うんうん。これで健気に手を握ってー… 『そう、なんだ』 と、そこで、妄想の中のリーマスがそれはそれは嫌悪たっぷりな瞳でこちらを睨みつけ、 あたしの手を振り払った!(へ?) 『僕を騙してたんだね?「って、ちがああぁあぁぁぁぁあぁうう!!」 ブンブンと、力の限り頭を振って、その不吉な映像を振り払う。 なんでハッピーなエンドを思い浮かべようとしてたのに、 思いっきりバッドなエンドなんだよ!? 途中まで良い感じだったのに、なにがどうしてこうなった!? 違うじゃん!ここは女の子宣言に驚いたリーマスが、 最初戸惑ったような困り顔で、でも、事情があったことを察してくれて、 段々破顔していきながら、一言…… 『この詐欺師「……いっやあぁぁぁああぁ!!」 その後、どうにか素敵なシチュエーションを思い浮かべようと奮闘したあたしだったが、 何故だか、リーマスに受け入れてもらえるという想像がまるでできず。 (セクハラされている自分はリアルに思い浮かべられたけどな!) 無駄にTake2、Take3と、益体のない時間を過ごすのだった。 っていうか、そもそも。 今現在、リーマスと恥ずかしすぎて顔も合わせられないあたしが、 素敵?な学生生活が送れるかは激しく謎なんだけどね。 そんなこんなで、貴重なクリスマス休暇を無駄に消化してしまったあたしは、 心持ちげっそりとしながら、その日の午後、暗い暗いトンネルを、お財布片手に歩いていた。 というのも、もちろん、クリスマスプレゼントの調達のためである。 魔法界にも通販という便利なシステムがあることにはあるのだが、 あたしとしては、物は見て触って買いたい派なのだ。 ドレスのように「どこで売ってんだよ、オイ」って物でもないしねー。 (魔法界にデパート的な物がないのは、どう考えてもヤバイと思う) これは、ホグズミードを探検がてら、ウィンドウショッピングと洒落こもうという魂胆だった。 スティアへのプレゼントも買いたいし、それならこの機会を生かすっきゃない! やだ、あたしったら天才〜と浮かれていた部分がある。 だから、あたしが彼からの素敵すぎる忠告を思い出したのは、すでに手遅れな時分だった。 正直、気付いた時には無言になることしかできなかった。 「…………」 すでにある程度、誰になにをあげるかリストアップしていたので、 買い物自体は実にスムーズだったと言えよう。 まぁ、若干悩みはしたものの、それは楽しい時間である。 買った物も、クリスマスの配達をお願いしたので、ほぼ手ぶら状態。 また、人ごみには辟易したが、財布をスラれるだの、 犯罪に巻き込まれるだのといった、ヒロイックなイベントも皆無だ。 では、何故、あたしは今、過去最大級のピンチに陥っているのか? もはや恒例のようになっている迷子状態かと言えば、そうでもない。 似てはいるが……うん、迷子じゃあ、ないんだ。 右を見て、左を見て。 最後に、何回見たか分からない、正面を見る。 「…………」 もはや、なにをどうしたら良いんだろう、と途方に暮れたあたしの耳に、 勉強の鬼こと我らがハーマイ鬼ーが、過去にしたり顔で解説していた言葉が蘇る。 『ホグワーツにはね、色々な魔法が掛けられているのよ。 例えば、姿現しができなくなっていたり、マグルが入り込めなかったり――』 …………。 ……………………。 そう、もう皆さんお気づきだろう。 千年の昔から今に魔法を伝える、魔法魔術学校の名門、ホグワーツ。 そこに魔力皆無なあたしが辿り着けるはずが、そもそもなかったのである! いや、さっきも言った通り、迷子ではないのだ。 マグル避けがされているとはいっても、 あたしはそこから来たのだし、見えている物を目指すのだから、迷いようがない。 がしかし、行けども行けどもちっとも近づいている気配がなく。 それでも根性で目指してみたところ、辿り着いた場所は、 あたしの見知っている素敵な石造りの城なんかじゃ全然なかった。 塀は錆びて崩れ。 窓は割れて、ボロボロのカーテンがはためき、 なんの呪いを受けているのか、凶暴なまでにツタが蔓延るその威容は圧巻だ。 如何に廃墟マニアだったとしても、即Uターンしそうな不吉な城が目の前にそびえたっていた。 しかも、バックにこれでもかという位の暗雲を背負うというおまけつき。 「……これ、絶対魔王とか住んでる奴だろ」 正直、一歩もお邪魔したくない。 実は亜空間を旅しちゃって、別の城に辿り着いちゃいましたーみたいなオチじゃないんだろうか。 普通に怖ぇよ。 本当にあった怖い話とかでぶっちぎりの一位飾る逸話ある奴だよ、これ。 ブリッジしたまま階段下ってくる悪霊とか、妖しげな儀式やってる人とかいそうだよ。 「っていうか、これに今まで住んでた自分っていうのがなんか嫌なんだけど」 魔法の効果で、入りたくない感じになっている、というのは分かる。 でも、頭では分かっていても、 本能に訴えかけてくるこの恐怖を理性で抑えられるかというと、それは別問題だ。 さっきから、鳥肌がちっとも収まってくれる気配がない。 っていうか、門に「危険、入るべからず。危ない」とか書いてあるんですけど。 二回も『危ない』って字使わなくても良くない? いや、まぁ、未熟な魔法使いが魔法ぶっ放してるって時点で、第一級危険指定物件なのは確かだが。 結局あたしは、壊れた塀の隙間から中を覗き込んだり、 うろうろと柵の前をうろついたりしながら、なんとか中に入ろうと己を鼓舞してみたものの、 足を出してはひっこめ、ひっこめては出し、というパントマイム状態に陥っていた。 「……駄目だ。これ以上進めない」 そして、冷や汗だらっだらで、出た結論がこれだ。 無理無理。 だって、中入ろうとしたら、心臓があり得ないほど早鐘打つんだもん。 絶対、このまま進んでたら心臓発作か呼吸困難で倒れるよ。 動悸・息切れ・気付け用のあの薬が欲しいわ。 がしかし、結論が出たところで、状況が改善される訳でもない。 「家が目の前にあるのに入れない(しかも真冬)」とか、なにその切なすぎる状況? 鍵を忘れた鍵っ子か、あたしは? スティアもちゃんと言っとけよ! 一回出たら戻れなくなるよって!(『いや、だからホグワーツにいろって言ったじゃん』とは後日談) 吹き荒ぶ寒風に、ぶるり、と肩を震わせながら、 あたしはさて、どうしようと眉を八の字にした。 前に進めないのなら、戻るしか手はないのだが……。 それも『マグル』という現実を前にすると難しかった。 実は、ホグワーツを目指す道中で、 どうも見覚えのない道だったので、引き返そうとしたことがあったのだが。 一度出てしまったホグズミードには、もはや二度とお目にかかれなかったのである。 「最初は多分、抜け道で直接村に入ったから大丈夫だったんだよね」 中からは出れるが外からは入れない、というのはバリアでよくある設定だろう。 まさか、マグル避けまでその範疇だとは思わなかったが。 なんでさっきまで見えていた村が視界から外れただけで消えるんだよ。蜃気楼かよ。 「うううぅう。……くしゅんっ」 刻一刻と沈んでいく太陽に、これはしくじった、と思わざるを得ない。 真冬で、しかも周囲に雪も積もっているので、厚着はもちろんしてきている。 がしかし、それもウィンタースポーツをするほどのしっかりとした物ではないし、 そもそも、ちょっと買い物したら帰る気だったのだ。 精神的なダメージが計り知れない。 段々冷たくなっていく指先に戦慄しながら、とりあえず、寄る辺を求めて塀に寄りかかってみる。 「冷たっ!!」 が、30秒で挫折した。 そりゃあ、屋外にある塀があったかいはずはない。 っていうか、柵の部分とか金属だし。 熱伝導で、体温奪われるわ! 「こ、こういう時って、それこそヒーローが颯爽と現れるんだよね。普通」 生憎、あたしが普通のヒロインじゃないけどな! 「もう、リーマスに来てほしいとか、そういう贅沢は言わない。 セブセブ来て!」 「…………」 「分かった!やっぱり、スティア!!」 「…………」 「くっ……それでも駄目なら、クィレル先輩でも良い!」 「…………」 「百歩譲ってダンブルドア!!校長ヘルプ!」 「…………」 とりあえず、城にいそうな人間に片っ端から助けを求めてみるが、 サトリでもない皆様に通じるはずはもちろんなく。 (いや、通じてたら通じてたで、このふざけた要請に応えてくれるか謎すぎるが) 結局、何の進展もないまま、数十分が経過した。 「…………死ぬ」 しんしんと、雪の降り始めた年の暮れ。 あたしはリアルに、自分が今遭難していることを実感していた。 心細かったのは最初だけ、今はもうそんな心の余裕さえなく、 「死にたくない」という言葉しか頭に浮かばなかった。 ガタガタ震える体が止まった時が、いよいよ最期の時に違いない。 とりあえず、さっき買ったばかりのホグズミードのお菓子があるので、エネルギーはとれる。 が、それで体温を上げるにしたって限度ってものがあるだろう。 午前中は楽しい妄想タイムだったというのに、人生どこでなにがあるか分かったものではなかった。 いや、まぁ、ほぼほぼ自業自得なんだけど。 「本当……に」 これで死んだら、自分の存在意義ってなんだったんだろう。 ゆっくり、ゆっくりと冷たさが気にならなくなってくる。 それもそのはず。 だってもう、あたしの体温雪みたいだもん。 折角、もうすぐ、クリスマスなのに。 ああ、もう、目の前が。 ま っ し ろ に ぽすっと。 あたしが倒れ込んだ音は、雪に吸い込まれ。 その場には、静寂しかない――…… 「!?」 かと思いきや、遠くの方で雷のように凄まじい音が聞こえた。 その合間に、自分を呼ぶ声も。 「何やってんだ、お前!?」 いや、これ、雷じゃないな。 何の音だったっけ。 魔法界じゃ、聞かない感じの――……機械音。 最後の気力を振り絞って目を開けると、 ほぼ同時に力強い腕に抱き起される。 「冷てっ!オイ、しっかりしろ!オイ!」 「…………」 なんでお前ここにいるんだ、とか。 家に帰ったんじゃねぇのか、とか。 っていうか、後ろのバイクどこから持ってきた、とか。 訊きたいことはたくさんあったけれど。 「シリ、ウス……」 遠のいていく意識の中で見た、灰色の瞳は。 「なんだ!?」 「頼む、から。リーマスに……」 存外、綺麗なそれだった。 「遭難したって、言わないで……(ガクッ)」 「ちょっ、オイ!?死ぬな馬鹿!!オイ! 俺にどうしろっていうんだよ、お前は!?!ー!!」 魔法の城には、魔法使いに連れて行ってもらいましょう。 ......to be continued
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