年頃になったら慎みなさい。 Phantom Magician、156 思い出すのはそう、リリーの言った自己嫌悪の言葉。 ――一人で勝手に期待して、『なんで誘ってこないの!?』って怒って。 それを聞いた時、僕は自分の耳を疑った。 だって、そう。 それは、リリーの言葉というより、寧ろ――…… 『僕は、リーマスがスキだよ』 そう、僕はその言葉が、まさに僕の苛々の原因なのだと気づいてしまった。 狼人間でも好きだと言った彼。 その気持ちを否定しないでくれと泣いた彼。 そのくせ、それから少ししたら僕と距離を置いた彼。 そんな彼が、僕はずっとずっと気に入らなかった。 最初に告白された時には、早く自分の国に帰ってくれないか、 他のもっと望みのある相手を好きになってくれないかと、思っていた。 でも。 彼が、僕をパーティーに誘わなかったことが、こんなに気に入らないなんて。 彼が、僕以外の人間と踊らなかったと知って、あんなに気持ちが落ち着くなんて。 僕は一体、いつから彼をこんなに気にするようになったのか。 「……冗談じゃない」 でも、それが嫌なら、こんな風に後を追いかけなければ良いのに、僕にはそれができなかった。 ひらひらと、動く度に輝くドレスが酷く癪に触り、こっちを振り向けば良いのにと思う。 僕は、のことなんてスキじゃない。 男と恋愛だなんて、考えるだけで薄ら寒い。 それは生理的な物で、きっとこの先ずっと変わることのない思想だろう。 でも。 彼が自分をスキじゃなくなる、というのも、嫌だった。 「…………っ」 もちろん、パーティー自体を欠席、というならこの苛立ちは収まったのだろう。 僕のようになにか事情があったのかもしれないし、 男の僕を誘うのに気が引けた、というなら仕方がない。 けれど、クィリナスと彼は約束した、だなんて聞いてしまったから。 ドス黒い感情は、僕の中で燻り続けたのだ。 それは、リリーの可愛らしい焦燥とはまるで違う、もっと歪んだ感情。 自分がその愛情に応えられないのなら、手放せば良いのに。 相手のことを思う気持ちなんて、これっぽっちもないこれこそ、身勝手というものだ。 独占欲、というのが一番近いそれは、 自分のクラスメートに対して覚えるには、なんとも相応しくない代物だった。 シリウスとによく似た女性。 二人がバルコニーに消えるのを見て、僕はぐっと覗き込みたい衝動を抑える。 何故か、邪魔をすることも、心のどこかが見栄を張って拒否していた。 彼に抱いてしまった感情を自覚したばかりの僕には、 まだ完全に開き直るということはできなかったのだ。 そして、それから、一体どれだけの時間が経過したのか。 睨みつけるように見ていたそこに、見慣れたくしゃくしゃ頭が入っていくのを見て、 不快感は更に増していく。 お得意のポーカーフェイスもろくに出来ていないことだろうが、知ったことか。 早くはやく、と、心で叫ぶ声があった。 そうしないと。 「壊れてしまいそうだ……」 と、ぎりりと奥歯を噛みしめた次の瞬間、 今度はジェームズと仲良く腕を組んで、彼女は大広間に戻ってきた。 その表情はさっきシリウスといた時とは違い、へらへらとしまりがない。 向かう方向からすると、ダンスを踊るつもりだろうが、 まさか、ジェームズはもちろん、隣にいるシリウスとも踊るつもりなのだろうか? 考えただけで気分が悪くなってきた……。 すると、あまり見つめすぎたせいだろう、ふと、こちらを向いたジェームズと目が合う。 「「!」」 彼は僕の視線の強さにちょっと目を丸くし。 しかし、まるで僕の気持ちやこの状況なんてお見通しとでも言うように、 それはそれは愉快そうな笑みを浮かべた。 そして、僕が見ている間に、何故だかジェームズはシリウスと杖を構え合い。 どうやら巻き沿いを恐れて逃げ出したと思われる彼女が、一人になる。 「…………」 華奢なその背が遠ざかっていくのを見て、僕は思わずその肩を捕まえてしまっていた。 「こんな所で何をしてるんだい?」 「!」 訊いてから、これで別人だったら自分はとんだ道化だな、と思う。 だけど、ぎょっとしたように振り返る姿と、呼ばれた名前に、 僕の直観はあながち間違ってもいなかったことを知った。 「なんで……!?」 ぱくぱく、と酸素を求めるように喘ぐ。 続く言葉は、「なんで自分だと分かったのか?」といったところだろうか。 だが、そんなもの、訊かれても僕も困る。 寧ろ、僕こそなんでなんだ、と言いたいくらいだ。 なので、答えようのないことをこれ以上言われないためにも、 僕は問答無用でにっこりと笑った。 「ちょっと、外に出ようか?」 「〜〜〜〜〜〜〜は、はいっ」 息を飲んだ彼(彼女?)が、返事をするかしないかというところで、 僕はその手を掴んで歩き出す。 びくり、とそれが震えるが、思った以上の柔らかさに、 自分で掴んだはずの僕の方が驚いたくらいなのだけれど。 そんなことはおくびにも出さない。 ずんずんと、大股に目指したのは中庭だった。 普段は雪が積もって寒いなんてものじゃないが、 なにをどうやったのか、そこには綺麗な芝生がライトアップされて輝いており、 気温も初夏のような爽やかさだ。 ちょっとしたベンチやら、テーブルやらも置かれているので、 小休止にはもってこいの場である。 ちらほらと、仲良くおしゃべりをしているカップルの姿も見えたが、 僕はそれらを完全に無視し、中庭の中でも隅の方に植わっている木まで一気に突っ切ると、 その陰にを引きずりこんだ。 「っ!」 少々、以上に乱暴な仕草だったため、背中を木に打ち付けたが呻く。 がしかし、僕は容赦する気なんてこれっぽっちもなかった。 小さな顎を掴むと、強引に自分の方を見るように仕向ける。 僕らしくない乱雑さに、その瞳には怯えの色が見え隠れした。 「で?」 「…………っ」 端的に、僕は再度質問する。 がしかし、すっかり萎縮してしまったせいか、その口から答えが返ってくることはない。 かたかたと、小動物が怯えるように、その体から震えが伝わってくる。 そのことに、言いようのない苛立ちと。 不思議なほどの高揚感を覚えた。 「あんなところに、そんな格好で、なにをしているの? ……って、僕は訊いてるんだけどな」 「!」 僕には笑ってくれなくて、苛ついて。 でも、僕の言葉に過敏に反応してくれる姿に、喜んで。 「っ…………」 分かっている。 これは、嫉妬だ。 「女の子の姿にまでなって、ジェームズやシリウスと踊りたかったのかい?」 「!!!」 「ああ、それとも……クィリナスとかな?尻軽だね」 の目が限界まで見開かれる。 その瞳に映った僕は、なんて醜い表情をしていることだろう。 頭の片隅が警鐘を鳴らすけれど、僕の口は油でも射したかのように止まらない。 「君は――……」 ――僕が好きなんじゃなかったの? その声は、震えていた。 「酷い人だね、君」 散々、僕を振り回しておいて。 散々、僕を困らせておいて。 いきなり手の平を返すように、離れていくなんて。 ずるくて、酷い。 いっそ、この細い首を絞めてしまおうか、とさえ、思うくらい。 だって、それは君が手の届く範囲にいるってことだろう? 自分に、こんな歪んだところがあるなんて知らなかったし、 知らないでいたかったのに。 僕はもう、知らないでいたあの頃に、戻れない。 ただ。 少しだけ俯いた僕の目に、彼女の左腕が映った時、 僕の中に、激情とは真逆の静かな思考が舞い戻ってきた。 そして、呟く。 それでも、と。 それでも、僕は狼人間だから。 やっぱり、君が離れていくのは、仕方がないことなんだ、と。 服の上からでは分からないけれど、そこには確かに傷跡が残っている。 そっと触れれば、が顔を顰めるのが分かった。 まだまだ、そこが痛まなくなることはないのだろう。 下手をすれば、一生、痛みを引きずるのかもしれない。 なにより酷いのは君でも。 なにより悪いのは僕だった。 「…………」 頭が冷えてきて、僕はから手を放す。 急激に落ち込んだ気分と比例して、頭が下を向く。 と、更に体も離そうとしたところで、しかし、そんな僕を今度はが捕まえる。 「放して」 「嫌」 「放してくれって言ってるだろう……っ!」 掴まれた腕を振りほどこうとするが、次の瞬間には、は渾身の力を込めて、 僕を逃がさないように、全身で抱き着いてきた。 本当はまだ怖くて、震えているくせに。 その瞳に、涙を溜めているくせに。 「……リーマス。こっち、向いて」 その声は、どこか毅然として聞こえる。 「お願い。お願いだから……顔見せて」 必死に懇願する。 僕が歩き出せば、引きずられてでも着いてきそうなその様子に、 僕は渋々、の顔を見つめた。 すると。 「!」 は、微笑んでいた。 見知らぬ誰かでもなく。 自分も知る友人でもなく。 ただ、僕のためだけに、笑っていた。 「ごめんね。リーマスのこと、不安にさせてたね。あたし」 「…………っ」 不安?誰が?……僕が? 「……あたしは、リーマスがスキだよ。 どんなリーマスも。現在だろうが過去だろうが未来だろうが、全部。 だって、どのリーマスも、『リーマス』だもん。 ちょっとした変化はあるし、ないと寧ろおかしいけど。 あたしがスキになったのは、『リーマス』って存在だよ」 狼人間でなかった僕も、 そうなった後の僕も。 全部丸ごと受け入れると、君は言う。 でも。 「……嘘だ」 「また、それを言う……。本当だよ。 あたしは、リーマスが大好き。 信じてくれるまで、何度だって言うから」 だから、泣かないで。 「〜〜〜〜〜っ」 の、そういう言葉が僕を泣かせるのだと。 君が分かってくれるのは、一体いつのことだろう。 それから程なくして。 ひとしきり落ち着きを取り戻した後、 僕たちはそろそろ大広間に帰ろうとしていたのだけれど。 すっきりしたような表情で隣を歩くに、 僕はなんだか釈然としないような気持ちになっていた。 来る時は僕が主導権を握っていたはずなのに、どうしてこんな展開になってしまったのだろう? 面白くない。 非常に、面白くない。 むすっと、思わず憮然とした表情になるが、 それを子どもっぽく思ったのか、のくすくす笑いが止まることはない。 「…………」 ほんの一粒、二粒ではあったけれど、結果的に泣かされてしまったのだ。 これは意趣返しくらいしても許されるのではないだろうか? そう思い、僕は何気なく口を開いた。 「ところで、足はどうしたの?」 「え?」 「靴擦れでもしたんだろう?さっきから右足を庇ってる……」 「心配してくれるの!?」 隠しているつもりかもしれないけど、バレバレだよ。 そう指摘して恥ずかしい思いをさせようとしたのだが、 それは結局、の機嫌を上昇させるだけの結果となった。 「えへへ。大丈夫だよ。ちょっと捻っただけだから。 前にやった時はこんなんじゃ済まなかったけど、すぐ治ったし」 「そう……」 内心、失敗に舌打ちしながら、 どうやればに一矢報いることができるのか?と頭の中で考えを巡らせる。 彼が取り乱したところというのは、そういえばあまり覚えがない。 例外は、僕が嫌いだと連呼した時だろうが、 まぁ、流石にこの状況でそんなことを言う気にはなれない。 となると、どうだろう? 今ここで出来て、深刻なダメージは与えず。 後で笑い話にできそうな、なにかというと……。 と、そこで、僕はの現在の格好に注目した。 ひらひらで、ふわふわの、その姿に。 …………。 ……………………。 ああ、これなら、イケるかも? 「それにしても……まさかドレスを着てくるとは思わなかった。 性別を変える薬ってすっごい不味いって評判なのに」 「あはは。まぁ、不味いよね、あれ。吐くかと思ったよ」 うん。 ここなら、他の人から見られてあらぬ誤解を受けることはなさそう。 そう、目算を付ける。 「僕だったら、絶対飲まないよ。いくら――……」 そして、僕は話しながら、極めて自然にの胸部を叩いた。 「こんな立派な胸ができるっていってもね」 「!!!!!!!!」 あまりに突然の事態に、これはもう反射的にだろう、 はばっと触られた胸を庇いながら、声にならない悲鳴を上げていた。 まるで、本当の女の子が、男と間違われて胸を触られたかのような、そんなリアクションである。 照明の下と比べれば、大して明るいとの言えないここでも、 一気にの顔が真っ赤に染まったのがよく分かった。 「り、り、り、り……っ!」 「うん?」 で、一瞬にして余裕なんて皆無になったその姿を見てしまうと、 不機嫌なんて一気にすっ飛ばして、凄く良い気分になった。 なんていうかこう……もっとそういう表情させたいなぁって感じ? と、そこで僕ははた、とこれからの学校生活についての天啓を得た。 のことはスキじゃない。 だって、は女の子じゃないから。 だから、付き纏われるのは嫌だ。 でも。 のこの表情は好きだ。 多分、それは男でも女でも変わらないことだと、断言できる。 なら? 常日頃から、にはこういう表情をして貰えば、良いんじゃないだろうか? 多分、本人が聞いたら顔を真っ青にして震えあがりそうなことを思いながら、 嗜虐心を大いにそそるの仕草に、僕の笑みはどんどん深くなっていく。 「せ、セクハラ……!」 「別に良いじゃないか。男同士なんだし」 ぽんぽん、と軽く触れたそれは、性別を変えているくらいだから、 それはもうリアルな触り心地だった。 ふむ。 「結構柔らかいものだね」 「!?待って待って待って!リーマスさん、なんか距離近くありません!?」 「え、折角だからもう一回触っておこうかと」 「爽やかになに言ってんだ、コイツ!?」 「コイツ……?」 「ひぃっ!!」 にこにこにこにこ。 そう、効果音が付きそうなくらいの満面の笑み。 それを見せると、の表情が面白いくらいに引き攣る。 「酷いなぁ。コイツだなんて。 折角、パーティーを抜け出してまで、こうして君と一緒にいたのに」 「いいいいいいや、一緒にいたっていうより、強制的に捕まったっていうか! そもそも、あたしが頼んだとかじゃなくて、連れてこられた方じゃ……」 「こうなったらもう、傷心の埋め合わせをしてもらうしかないよね。 損害賠償って言うんだっけ?こういうの」 「っっっっ」 なんなら、体で払う? そう尋ねると、ゼンマイを巻かれたばかりのおもちゃのように、 の首がブンブンと横に振られた。 「りりり、リーマスさん?あたし……じゃなかった、僕、男の子なんですが」 「知っているよ?」 「さっきから、言動がちょいちょい際どいんですけども!?」 「ああ……それね?」 身の危険にぷるぷる震える。 そんな彼に、僕はこの一言で溜飲を下げてあげることにした。 「僕、思ったより守備範囲広かったみたいで。 が女の子の姿だったら、なくもないかなって」 「――……!!!!!!」 トドメとばかりに、頬に口づけると、はその場に崩れ落ちた。 男は狼なんだよ? ......to be continued
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