その感情の名前を、僕は知らない。 Phantom Magician、155 「リーマス」 その女性に声をかけた時、 驚愕に目を見開いた彼女の口が確かに自分の名前を呼んだのを見た瞬間、 何故だろう、それまでのモヤモヤが晴れるような、 そんな安堵にも似た気持ちが広がった。 嗚呼、やっぱり彼にとって自分は、少なくない影響力くらいあるのだ、と確信して。 どこの寮も関係なく、近づくダンスパーティーに浮かれていた時、 僕の機嫌は、正直、最悪だった。 訳もなく苛々したし、かと思えば、妙に孤独感で一杯で。 情緒不安定という言葉がぴったりだ。 最初は、「一緒に行く相手がいなくて寂しいのかい?」だなんて、 僕をからかっていたジェームズも、しまいにはそうすることを止めたくらい。 まぁ、彼の場合、「リリーを誘えないジェームズには言われたくないな」と返したせいもあるだろうが。 僕は別に、彼の言うようにダンスパーティーに行きたい訳じゃない。 まぁ、ごちそうには心惹かれるけれど、 どうしてもダンスが嫌な人のために、別室に用意されてるものもあることだし。 好きな子がいる訳でもないのに、行く必要は感じなかった。 なにより、ドレスローブって高いしね。 自分が狼人間であるせいで、両親は職を転々としていたから、 我が家の経済状況は中々厳しいものがある。 だから、クリスマスもホグワーツの居残り組に僕は名前を連ねているのだ。 言えば無理をおしてでも買ってくれるのだろうが、彼らにそんな負担を強いたくはなかった。 だから、パーティーに行かないことがこの苛々の原因では絶対ない。 ただ、 「とパーティーに出ることになったぞ?」 「……は?」 彼の名前が出ると、苛々した。 あれは、監督生の会議が終わった後だろうか。 休暇に入る前に、クリスマスのパーティーのダンスのことやら、 浮かれて騒ぐ人間に対する諸注意だのを話し合った後、 それぞれ寮へ戻る道すがら、僕はスリザリンの監督生であるクィリナスに呼び止められたのだ。 同じ監督生である以外に接点のない彼が、一体僕になんの話があるのだろう?と、 一緒に帰ろうとしていたリリーと二人で首を傾げる。 そして、純粋に不思議な気持ちで一杯になっていた僕達に、彼はの話題を振ってきたのである。 しかも、内容が非常にトリッキーだ。 男二人でダンスパーティーに繰り出すだなんて、冗談としか思えない。 が、しかし、薄笑いを浮かべてはいるものの、彼の目は冗談を言っているようにはとても思えなかった。 その上、隣でと仲の良いリリーが、あっと口元を押さえている姿から、 嗚呼、これは現実のことなんだな、と納得する。 「と……パーティー??」 「ああ。誘ったら快くOKしてくれた」 「話は聞いてましたけれど……。本当なんですね。クィリナス先輩」 若干口元を引きつらせているリリー。 まぁ、想像するだけで嫌な光景なので、その気持ちは分からなくもない。 がしかし、それをわざわざ僕に言う意味が分からず、怪訝な表情で彼を見つめる。 「それで、僕になんのご用ですか?」 「いや?用はたった今終わった」 「はい?」 「と踊ることになったと言った。それで私の用件は終わりだ」 「!?」 そして、言うのが早いか否か、彼はくるりと踵を返すと、 さっぱり意味の分からない僕を置いていなくなってしまった。 「今の……なんだろう?」 「ええと……報告、かしら?」 リリーも意味が分からない、という表情をしていたが、 しかし、彼女はなにか別に思い当ることがあったらしく、 不意にその顔色が変わる。 「そうだ!リーマス、貴方、私と踊ってくれない?」 「え?」 にこにこと、それは輝く笑顔でそう言うリリー。 だが、彼女には家の事情でそういった場に出る服がない、ということは事前に言ってあったはずだ。 彼女だって、僕の両親への想いに理解を示してくれたのに。 いきなり、どうして? が、難色を示した僕の先回りする形で、 リリーはこう提案してきた。 自分からのクリスマスプレゼントとして、ローブのレンタル代を出す、と。 「そうすれば、貴方がお金の心配をしなくて済むでしょう? そんなに高い物は無理だけど、安くても探せば良い物は幾らでもあるわ」 「それは、そうかもしれないけれど……」 「ね、お願い!実はまだ私、パートナーがいないのよ。 助けると思って、引き受けてくれないかしら?」 聞けば、申し込み自体は何件もあったらしいのだが、 その中の誰もリリーの琴線に引っかかる部分がなかったらしい。 露骨に言ってしまえば、申し込みを受けて勘違いをされると困る人ばかりだった、ということだ。 がしかし、まさか、ダンスパーティーの見せ場とも思える最初のダンスを、 グリフィンドールの監督生が二人も欠席する訳にはいかない。 リリー一人に負担をかけることには罪悪感があったので、 そうまで言われてしまえば、引き受けることしか僕にはできなかった。 まぁ、人前でのダンスなんて目立つこと、嫌で仕方がないのだけれど。 (ついでに言うと、これを知ったジェームズが煩いのも面倒だ) そして、それから数日後、クリスマス休暇が始まり。 とうとうダンスパーティー当日、という段階で、 僕はやっぱりこの苛々の原因はダンスパーティーじゃないな、と確信する。 だって、パーティーに行くことが決まったって、 行かない予定だった時とまるで気分が変わらなかったのだから。 いや、寧ろ、それは悪化の一途を辿っている気さえした。 「リーマス、先行くぞ」 「うん」 一人、また一人と、談話室から人が減っていく。 シリウスもピーターも、ジェームズでさえもどうにか適当な相手を見つけたらしく、 僕より先に大広間に向かっていった。 上手くすれば、彼らとは会場でまた合流できるだろう。 「シリウスあたりは、早々にいなくなりそうだけど」 なにしろ手の早い彼のこと、丁度良い相手がいたら、人気のない場所にいなくなってしまいかねない。 嗚呼、でも、今年はレギュラスも参加できる年齢だから、それはないかな? 弟がパーティーに参加すると知って、酷くやきもきしていた姿が、思わず目に浮かんだ。 ジェームズはリリーをパーティー中に誘うつもりだと息巻いていたので、 自分はやはりピーターと二人和やかに参加するのが良いだろう。 ……和やかになれれば、だけれど。 ふぅっと、密やかな溜め息をこぼしてしまったその時、 時間を見計らったかのように、リリーが寮から降りてきた。 「ごめんなさい、リーマス!ちょっと髪のセットに手間取ってしまって」 「大丈夫。全然待ってないよ」 零れるような笑顔を浮かべた彼女は、 なるほど、ジェームズが女神だなんだと言うのもわかるくらい、 それは綺麗だった。 彼女の髪に負けず劣らず鮮やかな赤いドレスが、リリーにはよく似合っている。 一緒にいる僕が随分見劣りすることだけが残念だが、 僕はお世辞抜きで彼女の姿に賞賛を贈った。 「ごめん、一つ訂正」 「え?」 「待ってないって言うのは嘘。でも、待った甲斐があったくらい、すごく綺麗だよ」 「まぁ、リーマスったら!」 僕が彼女に恋愛感情をまるで持っていないためだろう、 その純粋な賛辞に、リリーは嬉しそうに顔を綻ばせた。 「ふふ。そう言って貰えると自信が出るわ」 「ジェームズあたりが見たら、息が止まるんじゃないかな?」 「なに言ってるの。その程度で止まる息なら、私がとっくにとどめを刺しているわ」 さらっと、とんでもないことを言うリリー。 でも、それに対して、それもそうかと納得している僕も、端からしたら同類だろう。 そして、僕たちは連れだって大広間を目指すことにしたのだが、 リリーの足運びは僕と違って、至って軽やかだ。 そのことが、僕には不思議で仕方がない。 確か、彼女も僕と同じで最近すごく落ち着かなかったように思うのだが、 今日のリリーは地に足がついているような気がする。 僕なんてまだ苛々しているのにな、と内心苦笑しながら、 会場に着くまでの暇つぶしのつもりでそちらに水を向けてみる。 「今日は落ち着いてるんだね、リリー」 「ええ?そう見えるの?もう、頭の中はこれから踊るステップで一杯よ?」 「ああ、緊張はしてるのかもしれないけど……。 そうじゃなくて、最近、ちょっとそわそわしていただろう?」 「!……気づいていたの?」 「同じ監督生だからね」 見回りやらなにやら、一緒にいることの多い僕だからこそ、 彼女が休み時間の度になにかを気にかけていたのを知っている。 ダンスの申し込みのことかと最初は思ったのだが、 パートナーが僕に決まってもその態度は変わらず。 結局、ダンスパーティーとはまるで関係のないことだったんだろうな、と結論付け、 「嫌なら言わなくても良いけど」と、これ以上踏み込む気がないことを示した。 すると、リリーはじっと僕を見つめると、 はにかむように、照れくさいように、少し頬を染めながら苦笑した。 「……リーマスなら言っても大丈夫ね。 実は私、自惚れてたみたいなの」 「自惚れ?」 「そう。実は私、ダンスの誘いで心当たりがあったのよ。 でも、幾ら経ってもその人は誘ってこなくって……。 一人で勝手に期待して、『なんで誘ってこないの!?』って怒って。 そのせいで、最近ちょっと落ち着かなかったの」 「!」 リリーはちょっとした失敗談が恥ずかしいのか、僕と目を合わせないようにしながら話している。 だから、この時、僕の顔色が大きく変わったことに、彼女は気づかなかった。 「身勝手よね、私……」 どくん、と。 嫌な感じに、鼓動が跳ねる。 その後、相変わらず早鐘を打つ胸を抱えながら、僕は素知らぬ表情でリリーと大広間へやってきた。 ここは相変わらず華やかな装飾が輝き、 中にいる人々の表情も、明るいものばかりだ。 リリーという、男女問わず人気者と一緒にいることで、妬みや嫉みの視線を浴びるかと思っていたが、 どうやらその期待は空振りで終わってしまったらしい。 誰も彼もが、自分のことに夢中で。 中には挨拶してくる人もいたけれど、大した諍いは起こりそうもなかった。 残念だ。 難癖を付けられたら、十倍にして返そうと思っていたのに。 きょろきょろしていると、見たくもない顔を見つけてしまいそうで、 僕はリリーだけを見つめるようにして、広間の中央を目指す。 と、流石にそんな僕の行動に不審を覚えたのか、リリーはどこか心配そうに僕を見た。 「リーマス、ひょっとして体調でも悪い?顔色があまり良くないわ」 「体調は特に問題ないよ?」 問題があるのは精神面だ。 だって、中央に行ってしまえば――…… ちらりと、浮かびそうになった顔に、僕は思わず頭を振ってそれをやり過ごす。 違う。 そうじゃない。 そんなことない。 誰に対する言い訳なのか、僕の頭に浮かぶのはそればかりだ。 そして、やはり挙動のおかしい僕に、リリーがダンスをやはり止めようかと本格的に思案し始めたその時、 僕達はダンスパーティーの中心地に辿り着いていた。 どうやら、到着したのは僕とリリーのペアで最後だったらしい。 先輩たちはまだ若干早いけれど、と逡巡したものの、それぞれ決まった配置についたところで、 オーケストラに対して合図を送った。 「あ!」 リリーが慌てて制止しようとしたが、もう遅い。 待ちかねた合図を受けたオーケストラの人々は、途端に演奏を開始してしまったのである。 目線でリリーに大丈夫、と告げ、僕は背筋を伸ばして、彼女をホールドする。 あくまでもリリーは気遣わしげな様子だったが、やがて気持ちを切り替えたのだろう、 華のような笑みを浮かべて、頷いた。 なにしろ、大勢の前だ。こうなってしまえば、踊るより他はない。 僕もにっこりと笑顔でそれに応え、他のペアより若干遅れて足を動かし始めた。 動き出してしまえばこちらのもので、頭の中はダンスに集中し、空っぽになっていく。 次はターンで、次はこのステップで。 練習してきたことが、浮かんでは消えていく。 僕もリリーも、それほどの場数を踏んでいる訳ではないので、踊っている間は夢中だった。 余計なことなんて。 考える余裕はない。 それが、今の僕には酷く有難かった。 幸い、最初の曲はスタンダードな物なので、華やかでありながらも、割と踊りやすい。 僕はリリーの足を踏んでしまうこともなく、無事に最初の一曲を踊り終えることに成功した。 もちろん、逆も然りで、リリーは終わった後、どこかほっと安堵の息を零している。 と、お互いに礼をしていると、ダンスが終わったことで集中が切れたのだろう、 僕の耳は周囲の拍手も音や囁き、歓声などを拾い上げた。 そして、その中に。 「クィリナスはやっぱり踊らなかったのか」 「体調不良とか聞いたけれど。元々、やる気がなかったんじゃない?」 聞くつもりのなかった、名前を見つけてしまった。 思わず、すっと周囲に目を滑らせるが、あの特徴的な髪の色は見受けられない。 ぼそっと、自分でも意識しないままに言葉が漏れる。 「……踊るんじゃ、なかったのか」 「え?ごめんなさい。よく聞こえなかったわ」 すると、リリーは自分がなにか言われたのかと、申し訳なさそうに問い返してきた。 その困った表情を見て、これ以上、彼女の厚意に甘える訳にはいかないだろう、と判断し、 僕は「これで義務は果たせたねって言ったんだよ」といつも通りの笑みを浮かべる。 幸いにして、彼女はそれで納得したらしく、ふわりと表情を緩めた。 「ええ、そうね。これで後は自由だわ。リーマスはこの後どうするの?」 「そうだね。食べ物を確保したら、ゆっくり部屋で読書でもしようかな」 「それが良いかもしれないわね。あ、おいしそうなデザートもたくさんあったわよ」 「本当?じゃあ、是非それは食べなきゃね」 ごくごく普通の会話をしながら、他の人々が中央に出てこようとするのとは逆に、 僕たち二人はその輪から外れていく。 食い意地を張っている人間でもなければ、いきなり食べ物のある方へ向かったりしないだろうなんて思っていたのだが、 まずは腹ごしらえをしてから踊ろうという人もいて、それなりに食事をするスペースも人で賑わっていた。 特に、パートナーとの関係が良好であればあるほど、その傾向は高そうである。 まぁ、考えてもみれば、最低一曲は踊ってからでないと、パートナーと離れるのは非常に失礼なのだ。 大した関係もないのに、ずっと一緒に行動しなければいけない、というのもお互い苦痛だろう。 となえば、お目当てが別の人々は、早々に踊ってしまいたい、というのが人情というものだ。 まさか、誰も彼もが本命の相手とパートナーとして踊れる訳でもあるまいし。 それからしばらく、離れるタイミングが掴めずにいた僕たちだったが、 ふと、リリーが同室の女の子を見つけたのをきっかけに、別れることになった。 「り、リーマス」 丁度、僕も、緊張しきりのピーターから声を掛けられたしね。 聞きなれた声に、後ろを振り返ってみると、 見るからに緊張でいっぱいのピーターが、顔を真っ赤にしながら立っていた。 「ダンス上手だったね!」 「やぁ、ピーター。見ててくれたんだ?ありがとう。もう頭が真っ白だったよ」 「そうなの……?全然分からなかったよ」 「あれで頭真っ白だなんてっ!」と、一気に青ざめるピーター。 が、そんな不安そうな表情をしていると、隣のパートナーの子まで不安になりかねない。 そのフォローをしようと口を開きかけた僕だったが、 しかし、相手の子の様子を見て、その必要性がないことを悟る。 ピーターが勇気を振り絞ってダンスに誘ったのは、同じグリフィンドールの下級生だった。 くるん、とした巻き毛で、大人しそうな印象を与える子である。 小柄な体躯がピーターとはお似合いで、ダンスを受けて貰えた!と、 報告を受けた時には手放しで祝福したものだ。 が、しかし。 とうとうそのダンス本番だというのに、どうにも、彼女の視線は忙しなかった。 きょときょと、と、ピーターそっちのけで、会場内を見渡している。 それは、まるで誰かを探しているようで……。 「!」 その理由が思い当った瞬間、僕は思わず、ピーターの方を凝視してしまった。 しまった、と思ったのは、ばっちりと目が合って、ピーターが困ったように笑う姿を見た時だ。 それは、全てを許容して、諦めているそれで。 僕は、なんと言って良いものか、必死になって言葉を探す。 がしかし、そんな僕の気遣いが分かったのだろう、 ピーターはいつもの彼らしくもなく弾んだ調子で、にこっと笑ってみせる。 「か、彼女、シリウスのことが好きなんだって!」 「!ピーター……」 その笑顔があんまり痛々しくて、僕は彼を呼ぶことしかできなかった。 「だからね、僕とパートナーになってくれたんだよ。 僕、ダンス下手だから、受けてくれる人がいなかっただろう? 助かったなーって、リーマスにも言ってたんだ!」 「あら、そうなんですか?」 最初は僕に向けて。 後半は彼女に向けて。 ピーターは彼女が罪悪感を抱かないように一生懸命に言い募る。 その甲斐あってか、彼女はピーターに対してまるで悪びれることがない。 「…………」 思わず眉を顰めた僕だったが、あんまりピーターが必死に笑うものだから。 それ以上なにかを言うことなく、ただ冷たい視線だけ、彼女にプレゼントしておく。 すると、ピーターはそれを見て、大慌てで彼女を促し、ダンスできるスペースに向かっていった。 その背を見送った後、僕は今後、彼女とピーターの仲を応援すまいと心に決める。 ピーターにはもっと性格の良い子の方が合っている。 それはもう、絶対に。 嗚呼、どうせだから、シリウスにも釘を刺しておこうか、とささくれ立ったことを思っていると、 なんともタイミングの良いことに、丁度そのシリウスの姿が視界に入る。 てっきり隣には美女がいるものと思っていたが、珍しくも彼は一人だった。 がしかし。 これは好都合だな、なんて呑気に構えながら近づいていく間に、 シリウスは一人の女性に声をかけてしまっていた。 そして。 どくっ 「あ」 鼓動が、また跳ねる。 まだ距離があったので、二人がどんな会話をしているかは分からない。 ただ、その二人が並んだ様はとても絵になっていた。 「っ」 シリウスは普段、あまり装うということをしない。 ただ、なにしろ整った顔立ちをしているし、身に着けている物も一級品しかないので、 装わなくてもある種の品というものを備えている人間だった。 その彼が、多少着崩しているとはいえ、ドレスローブを着ているのだ。 とんでもなく目立つし、余程の相手でもなければ見劣りしてしまう。 それなのに。 寧ろ、女性の方から目が離せない。 離すことが、できない。 彼女は、漆黒の髪の一部を結い上げ、 それ以外を艶やかに背中に流していた。 ふんわりと微笑んだ唇と同じ色の花の飾りが、女性が動く度に涼やかに揺れている。 また、そのドレスが目を見張る程、彼女にはよく似合っていた。 濃紺のそれは、裾にいくにしたがって、ゆらめきを残しながら漆黒に染まる。 手染めなのだろうか、均一でないそのグラデーションが酷く雅だ。 リリーとは対照的に、色は地味な部類のそれだが、 動く度に艶めく燐光のような青い輝きが、照明の下で驚く程映えていた。 十人が十人、思わず振り返ってしまいそうな、綺麗な人。 ただ、その横顔は。 紛れもなく苛々の原因――のものだった。 「なんで……」 一気にカラカラになった口から、呻くような声が漏れる。 あそこにいるのは、紛れもなく女性だ。 露出がそう多い訳ではないが、あんな華奢な腕や足が男の物であるはずはない。 よくよく見れば、細部も違うだろうし、化粧だってしてあるから、だと断言できる方がおかしい。 普通は、他人の空似か、姉妹でもいるのかと思うところだろう。 ただ、それでも。 僕はあれがであると確信してしまった。 何故?どうして?と、答えのない疑問が溢れ出す。 君は、クィリナスと踊るはずじゃなかったのか? なんで、ここにいるんだい? どうして、そんな恰好で笑っている? それに。 シリウスと二人でどこへ向かうつもりなんだ……!? 声に出してなどいないはずなのに、 僕の心臓はまるで大声で喚き散らしたかのようだった。 どくどくどくどく、耳の中で音がする。 一気に冷たくなった指先を握り、気が付けば僕は彼らの後を追いかけていた。 知っていたとしても、認めるはずなどないのだけれど。 ......to be continued
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