共には決して歩けない。 Phantom Magician、153 忠犬ハチ公よろしく、大広間の前で佇むその姿を見た時、 あたしは、ついさっきまで彼のことを忘れていた自分をぶん殴りたいという衝動を持て余し、身悶えた。 遠かったので、はっきりと見えた訳じゃない。 でも、あたしは知っている。 「ミネコさん!」 人が、あんな風にほっと安堵を滲ませる瞬間がどういうものなのか、あたしは知っていたのだ。 「遅れてごめんなさいっ!!」 姿現しもどきで吹っ飛んできた大広間前。 思わずいつもの癖でスライディング土下座をしかけ、 あたしはいつもと違うヒールの靴ですっ転ぶことで、それを辛くもやり損ねた。 「大丈夫ですか?ミネコさん」 「うううぅぅ。だ、大丈夫。一瞬目の前真っ白になったけど」 それはもう心配そうに駆け寄ってきたレギュラスに、 苦く笑いながら手を振る。 あああ危なかった! スライディング土下座なんて、普通の女子はしない。しかもドレス姿で! 幾ら従姉でも、似ているなんてもんじゃないだろう。下手するとバレるところだった! 高いヒールの靴で良かった、と微妙にじんじんする足に感謝である。 とりあえず、じっとしていれば痛みのピークも通り過ぎたので、 (マジマジと彼の美々しく着飾った姿を見れば、痛みなど遥か彼方へさようなら!だ) あたしは「どっこいしょ」と非常に婆臭いことを言いながら、レギュラスに支えられるまま立ち上がる。 「そんなに慌てなくて良かったんですよ?事前に遅れるとおっしゃっていたんですから」 「いやぁ、でも、レギュラスを待たせてると思ったら、つい、体が……」 「ミネコさん……」 気恥ずかしさを誤魔化そうと頬をかいたあたしだったが、 なんだか頬に朱がさしたレギュラスの方がよっぽど麗しく、恥らう乙女のように輝いていた。 彼が身に纏う、生地の中に青いラメが混じっているようなドレスローブは、 見るからに滑らかな手触りを伝え、一級品であることが窺い知れる。 ブラック家なのだから、まぁ、まず特注品と見て間違いはないだろう。 ごてごてしいレースなどはない、すっきりとした縫製であるものの、 それがかえって彼の優雅さを引き立たせていた。 「それにしても、レギュラス恰好良いなぁ! 雑誌のモデルより遥かに恰好良いよ!そのドレスローブ似合ってる! レギュラスって青い色も似合うんだねぇ」 「え?あ、どうも……」 「スタイル抜群だしさー。なんかフィギュアスケートとか思い出しちゃうな。 みんな、体のラインが凄く綺麗だよね。レギュラスもそんな感じ! ダンスなんか踊っちゃったら、皆見惚れちゃうよね」 「っ…………」 素晴らしく目の保養である。 多分、顔の造作で言えば彼より若干上である兄がここに現れても、 あたしは間違いなくレギュラスの方がイケメンだと叫ぶに違いない。 なにより、あたしのドレスが青みがかっている、と伝えたので、 きっとそれに合わせてくれたのだろうという、その心遣いとか配慮がイケメンすぎる。 どんなに言葉を尽くしても褒め足りないぐらいだったが、 しかし、うきうきと絶賛するあたしを、珍しくもレギュラスが遮った。 「――僕よりも」 「うん?」 「ミネコさんのドレス姿の方が、人目を集めないか心配です」 「っ!」 おそらくそれは、照れ隠しの意味が多分に含まれていたと思う。 けれど、その言葉に嘘はなくて。 眩しい物でも見るかのような眼差しに、一気に耳が熱くなる。 まぁ、ドレスは間違いなく素敵だ。 でも、レギュラスが褒めてくれているのは、それをひっくるめたあたしだということが、 ありありと伝わる視線だった。 ただ、真正面からの賛辞を素直に受け取るには、あたしは少しばかり捻くれている。 っていうか、居た堪れないし、恥ずかしすぎる! なんか、素直な後輩を誑かしているような変な気分になってくる!! 熱い!顔がめっちゃ熱い!! このままだと、なんだか超えてはいけない線を軽やかに超えてしまそうである。 なので、どうにか自分以外の物に目を向けさせようと、半ば以上必死にどもる口を動かした。 「こんな風に着飾ってきて貰えるなんて……僕は幸運ですね」 「いいいいいや、うん!そうね、良いドレスでしょ!?友達と選んだんだ」 「ええ。ミネコさんの良さを引き立たせていますね。 神秘的な白い肌に濃紺がよく映えています」 「ぎはっ!や、別に大して白くないけどね!?なにしろ黄色人種だし!」 そそそれよりホラ!動くとね、裾が柔らかく光るんだよ!綺麗でしょ?」 「ああ、本当ですね。青い蛍火のようです。幻想的ですね」 青 い 蛍 火 ! なんだその優美な響きは! 「あたしには夜光蟲ドレスにしか思えなかったんだけど……」 スティアも「刺激を受けると光るとか、ホタルイカっぽいね」だなんて言っていたので、 ドレスの美しさがまるで伝わらなかったのだが、流石名家出身のレギュラス様である。 情緒のない下々のあたしたちとは感性が違うらしい。 (いや、寧ろ足んないのは語彙力か??) 彼にあやかって、これからは蛍火ドレスと呼ぶことにして、 あたしは名残惜しくともお互いのベタ褒め合戦から退避すべく、大広間を指さした。 「じゃ、中入ろうか?レギュラスも寒かったでしょう?」 「いいえ。僕は大して……嗚呼、でもミネコさんは薄着ですし、早く入った方が良いですね。 配慮が足らず、申し訳ありません」 「っ!」 もう嫌だ、なにこの良い子!? なんでこんな子があのデリカシーなし男の兄弟なの!!? そして、レギュラスはこれぞ英国紳士!と思える素晴らしいエスコートで、 あたしを大広間に案内してくれた。 さっきとは視点も重心も違うので、若干足元がふらつくが、 レギュラスはそれを、慣れないヒールのせいだと解釈したらしく、 思った以上にがっしりした腕でそれを支えてくれる。 (嗚呼、そうか。兄がデリカシーないから、寧ろ弟がこうなったのか) 正直、頼りきりで歩くのは心情的にも絵面的どうかと思ったが、 なにしろ楽なので、背に腹は代えられない。 さっき菫色の妖精さんと通った時以上に嫉妬と羨望を一身に浴びながら、 あたしは表面上はにこやかに大広間の中央へ向かった。 うふふー。どこぞのご令嬢的なのとか、スリザリンのお姉さま方からの視線が超痛いー。 「どこの泥棒猫よ!?」とか言い出しそうな雰囲気ー。 レギュラスいなくなった直後に呪い飛んできそうだわ。 足がガタブルなんですけど、ちょっと。 「ミネコさん……」 と、クィレル先輩と違って、人の機微に敏感なレギュラス君は、 どうやらそんなあたしに向けられる宜しくない感情を察したらしく、 酷く気遣わしげな瞳をこちらに向けてくる。 若干後悔しかけてそうなその様子に、頑張れあたしの表情筋!と己を叱咤する。 「今さら踊らない、とか言わないでね?赤っ恥もいいとこだから」 「ですが、このまま踊るよりはやはり……」 早くもUターンしそうな後輩の姿に、あたしは腕を絡めているのを良いことに、 その場でどしっと、その腕に体重をかける。 お姉さま方からの視線に殺気が混ざったが、今はこっちが最優先だ! 「!」 「こんなの、ヴォルデモートに対峙すること考えたら屁の河童だよ。 それともなに?レギュラスはあたしと踊れないとでも言う気?」 我ながら凄い台詞である。 スティア辺りが聞いていれば、「闇の帝王とそこらの嫉妬深い女子、一緒にするの!?」とでもつっこんできただろうが、 生憎ここにいるのは生真面目な優等生のレギュラスだ。 彼は驚愕に目を見開いて、固まってしまった。 「ど、うして……?」 その先はとても言葉にならない。 滅多に見られないレギュラスの無防備な姿に若干胸キュンしながら、 丁度曲が変わったのを良いことに、あたしは心を鬼にしてレギュラスと向かい合う。 そして、彼の了承のないまま、その手を取り、最初のステップを踏み始めた。 「!」 「はい、ワン、トゥー、スリー、ワン、トゥー、スリー」 気分はダンスの先生だ。 彼の意識が少しでも上向くようにと願いながら、あたしは強引にリードするかのように足を動かしていく。 そして、それからしばらく体を動かしたせいだろうか、 元々の力量に差のありすぎたあたし達は、気が付けばレギュラスがリードするという本来の形に落ち着いていた。 丁度、段々自分主導で動くのが疲れてきた頃だったので、非常にありがたい。 (なにしろ、気が付けば踊った曲数が5曲目に差し掛かっている。そりゃ疲れるわ!) と、徐々に精彩を欠いてきたあたしをじっと見つめると、 レギュラスは体に溜め込んだ淀んだ空気を吐き出すように、大きな溜め息を吐いた。 「はぁ……。困った方ですね。ミネコさんは」 「ふふん。今さら気付いても遅いよ?」 足がぱんぱんになってきてるなーと自覚しながらも、 あたしはレギュラスに向かって不敵な笑顔を崩さない。 こうなってくると、もはや取り乱す余裕もないのだ。 精々、年上の意地という物を貫かせて頂こう。 と、そんな折角着飾っている癖にぐっだぐだなあたしを、レギュラスはそっと抱きしめる。 演奏団も緩急付けたいのかゆったりした曲になっているので、そこまでおかしな仕草ではないが、 しかし、彼の目的はダンスではなかった。 「ミネコさん……」 そっと、彼の唇が耳元に寄せられる。 「貴女は、あの方を名前で呼ぶんですね」 「!」 聞き取れるぎりぎりの声量。 その言葉に、ぴくっと体が反応する。 そうだ。ちょっと気を抜いてしまったために、うっかり口にしてしまったが、 本来、その名前はそうそう口にされるものではないんだった。 心臓が早鐘を打つものの、しかし、さっきの驚愕はそのせいか、と頭の半分が冷静に考える。 ダンスで火照った体が嘘のように、一気にあたしは冷静さを取り戻していった。 そして、彼と同じように優しく囁く。 「そうだよ。だって、名前は呼ぶためにあるんだから」 彼と今日顔を合わせた時の挙動不審っぷりが、まるで別人のように遠い。 愉快でお茶目なフジ=ミネコは、もう、どこにもいなかった。 闇の陣営に加わる少年と。 それと敵対する少女。 そんな二人の間にあったのは、静謐な空気だけだ。 緩やかなダンスは止めないまま、あたし達は会話をし続ける。 そうしないと、多分、もう互いの顔が見れないだろうから。 「貴女は、あの方が怖くはないんですか?」 「怖いよ?でも、レギュラスみたいに畏れてはいない」 「僕が?」 「うん。怖くて、惹かれるんでしょう?闇の帝王に」 「それは……あの方は、既存の概念を壊してくれそうですから」 確か、レギュラスは闇の帝王の記事をスクラップしているという設定があったはずだ。 闇の魔術の家系であるブラック家にとって、 レギュラスがそうしたことに興味を持つのは喜ばしいことで、益になることなのは間違いがない。 でも、そんな損得勘定だけでなく、原作のレギュラスは闇の帝王に傾倒していた。 それゆえの言葉だったが、レギュラスはそれを遠まわしに肯定する。 既存の概念。 それはきっと、マグルにも魔法族にもある柵のことだろう。 実力さえあれば、家柄と関係なく上に上がれるという、その理想。 実力がなければ、家柄と関係なく下に下りれるという、その思想。 下剋上、という言葉がぼんやりと頭に浮かぶ。 闇の帝王は混血で。 そんな彼が、魔法界の頂点に君臨するとなれば、それは確かに既存の概念を覆すことだろう。 名家に生まれながら、僕妖精と心通わせるレギュラスらしい発想だ。 きっと、長兄でありながら。実力がありながら。 家を守る気のないシリウスの存在も、それには大きく影響したことだろう。 でも。 レギュラス、君、分かっているかな? それは、つまり、純血を尊い物だとする、ヴォルデモートの思想と矛盾していることに。 「その考え方だと、レギュラスはきっと、ついていけなくなるんじゃないかな」 だから、あたしはぽつり、といつか来る未来の話をした。 レギュラスは優しい。 ほんの数か月しか接していないけれど、そんなことは自明のことだ。 優しくて、真面目で。 それに、何度励まされ、歩く元気をもらったことか。 家を大切にして、家族を大切にする、生粋の貴人。 けれど。 だからこそ、これから数年後、彼はヴォルデモートに失望する。 何故なら、ヴォルデモートはお育ちの良い貴族などではなく、成り上がりの野心家だから。 決して、彼らの大切な物は、交わることがない。 自分しか大切に思えない人間の思想を、レギュラスに理解できるはずがない。 そして、レギュラスはあたしの言葉に激昂するでも、喜ぶでもなく、 同じように淡々と、問いかけた。 「そうでしょうか?」 そこには、どんな感情も見受けられない。 「そうだよ」 だから。 「だから、もし、レギュラスが困った時は、あたしが助けてあげる」 あたしにできたのは、精々が自分の決意を述べることだけ。 ごくごくあっさりとした簡単な言葉だ。 でも、それは、今ここにあるぬくもりを守る、唯一の盾だった。 と、そんなあたしの宣言に、レギュラスがやんわりと体を離す。 そして、兄に良く似た青灰色の瞳で、あたしをじっと見つめた。 相変わらず無表情で。 でも、そこには苦々しい失望と。 切ない期待が同居していた。 「僕を?ミネコさんが?」 それは、あたしの真意を探る瞳だった。 だから、あたしは背筋を伸ばし、彼の期待に応えるように口の端を持ち上げる。 「そう。あたしが、レギュラスを。 だからね、レギュラス。困った時は、あたしを呼んでね」 「……ええ。そう、ですね」 そうならないことを、願います。 困ったように笑いながらそう言うレギュラスに、 あたしは最後、軽い抱擁を残してその場を後にした。 けれど、君のことを見ているよ。 ......to be continued
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