ドレスに靴にお化粧に。
言葉一つで大変身。






Phantom Magician、151





リリーがドレスローブ姿(ver.男子)に涙ぐんでくれたのを見たあたしの心境としては、 いよっしゃぁあぁー!!と、昇竜拳のごとく拳を高々と上げる感じだった。
さっきはもう少し真面目な空気だった気がしないでもないが、 それはそれ、これはこれ、である。
こんな麗しのリリーを見て叫ばずにいられるだろうか?
答えはもちろん、否!!
もう、本日のメインイベントはこれで大成功を収めたかのようなテンションになるあたしだった。

もっとも、ひたすら、リリー可愛いリリー可愛いリリー可愛いと唱えていたら、 その内には、頬を赤らめていたリリーがドン引きの表情になってしまったのだけれども。
(ちなみにクィレル先輩は、リリーにパートナーを譲った後、颯爽といなくなってしまった。
望むところではあるんだが、なんだろう、この寂寥感……。あたしの美人さんが!)

と、あたしの奇行に冷静さを取り戻したリリーは、クィレル先輩の去った方向を見て、 なんとも悩ましげな溜め息を吐いた。


「まさか、姿を変えてくるとは思わなかったわ」
「ああ、先輩ね。あたしもビックリした。どこの妖精さんかと思ったよ」
「いや、まぁ、ミスター クィレルもそうなのだけれど。
私としては、貴女の方がビックリしたわ」


そりゃあ、サプライズですから。
その一言は、言えば怒られそうな気もしたので、胸の内にしまっておく。

そして、あたしはリリーがあたしの化けっぷりを認めてくれたのに合わせて、 改めてリリーの素晴らしい装いを抜かりなく褒め称えることにした。


「ドレスローブも凄く似合っているわね。深緑が綺麗だわ」
「ありがとう。そう言ってもらえると、わざわざ不っっっ味い薬飲んだ甲斐があるよ。
リリーも燃え上がる情熱!って感じで、やっぱりそのドレス似合ったね。想像以上に恰好良い!」
「ええ。中々に素敵よね?が選んでくれたおかげよ」
「どういたしましてー!
あ、そうそう。自分でもリリーを上手く引き立たせていると思うんだけど、どうかな?」
「まぁ、ローブを合わせてくれたの?全然気づかなかったわ」
「ドレス選びの方を一生懸命やってくれたもんね。スティアと」


ドレス関係は二人のチョイスだったが、 正直、そっちで手いっぱいで、ドレスローブまでは意見がもらえなかったのだ。
ので、リリーのドレスの色を受けて、あとは適当に無難そうなのを自分で選んだだけである。

まぁ、それでも、中々に様になっているので、個人的には満足なのだが。
やっぱり、多少気になるのは客観的なつり合いだ。
そういえば、リリーにはパートナーがいるはずだよな、と眼鏡男を頭の片隅で思い浮かべつつ、 あたしはキョロキョロと人ごみを見渡した。


「それにしてもリリーのファーストダンスは見たかったなぁ……。結局誰と踊ったの?
まぁ、僕ほどリリーを引き立たせられたはずがないんだけどね!」
「いやだ、。なんだか自信たっぷりなどこかの誰かみたいよ?」
「うん、まぁ、どこかの眼鏡を意識してみました。ね、あれともう踊った?」
「まさか!貴女より先に踊る訳がないじゃない」
「あは!それは光栄だね」


くすくす、とお互いに顔を見合わせて笑う。
嗚呼、リリーの間近スマイル、本気でプライスレス……!
あれだ。絶対あちこちで暗躍しているに違いない写真サークルに高値吹っかけられても、 あたしは買う。絶対買う。ジェームズの分なくなる位の勢いで買い占める!

と、そんな決意を固めていると、パッと丁度良い感じでフラッシュの音がした。
ので、あたしは殊更笑顔でリリーの肩を抱き寄せ、


「きゃ!」
「はいはい、リリーあっち見てみてー」
「えぇっ?」
「ってな訳で、はいチーズ☆」


そちらに向かってポーズを決めてみた。(はにかみリリー可愛いすぎるっ)
すると、待ってましたとばかりに、人の隙間から連続で目の前に白い光が閃いた。


「うわ、ポケモンてんかん起こしそう……」
「……芸能人になった気分ね」
「だねぇ。ってか、目の前がホワイトアウトしてなにも見えねぇー」


古式ゆかしいフラッシュの大きさに、こっちの科学技術はどうなっているんだ、 と、ぜひとも問いかけたい気分になった。
なにしろ、あたしデジカメ世代だからさー。
こんなフラッシュ、○ーマの休日とかでしかお目にかかったことねぇわ。 こんなに目に優しくない感じだったとは……。
昔の役者さんやらモデルさんってよく目瞑らなかったよね、本当。

今までは隠し撮りばかりされていたので、 あたしも、まさかこんなもんだとは思っていなかったりして。
っていうか、なにげにこんな風にばっちりスナップ写真を撮られるのは初じゃないだろうか?
……ふむ。リリーとの初ツーショットはかなりの高値が期待されそうだ。


「まぁ、買うけどね」「まぁ、買うけれど」
「「うん?」」
「リリー、今なにか言った?」
「あら、こそ、なにか言わなかった?」
「いや、大したことじゃないよ?」
「私も大したことじゃないわ」


うん?まぁいいや。

と、そうこうしている内に、気が付けば曲も終盤に差し掛かっていた。
今更ながらに、踊らないでフロアを占領し、写真撮影会をしていた非常識さに思い当るあたしたち(遅い)
気を取り直して、あたしは英国紳士さながらに、精々恰好を付けて自身の手を差し出した。


「Shall we dance?」


と、ノリの良い才女は、もちろんそれに合わせて、 ちょこん、と可愛らしくスカートをつまんで、それを了承した。


「Sure thing」


後はもう、ひたすらに楽しいダンスタイムだった、とだけ言っておこう。







折角なので2曲くらいクルクルと踊っていたあたし達だったが、 2曲目が終わる瞬間を見計らって、ぐいっと誰かに袖を引かれた。
が、ホラーなことに、そこには誰の姿もない。


「!?」


じゃあ、この手首をいまだに引っ掴んでるのは誰だよお化けかオイ!?
と、あろうことかゴーストをダンスの練習相手にしていたくせに戦慄していると、 「オイ」とぶっきらぼう且つ不機嫌そうな押し殺した声があたしを呼んだ。
…………。
………………………………。


「……あー、ごめんリリー。僕そろそろ行かなきゃ」
「そう?そうね。この後の予定もあるでしょうし。また後で会いましょう」
「うん。またね!」


腕を中途半端な位置で上げているあたしの姿に、リリーも不思議そうな表情をしつつ、 しかし、追及することなく手を上げる。
そして、お互い背を向けて歩きだしたが、 「待って、!」と、リリーが困ったような声で呼び止めるもんだから、 腕をつられたコントのような動きで踵を返す羽目になった。
(前方から「チッ」とかって舌打ちが聞こえたが、まぁ、無視だ)

ちなみに、彼女は、細かい刺繍の施された優雅なハンカチを手にしていた。
お互いに、なんとも言えない沈黙が下りる。


「……どう返したら良いのかしら?これ」


あたしは、痛いほど掴まれている腕を見つつ、 セブセブはきっと返しておいてって言っても嫌がるだろう、と目算を付ける。


「……学校の梟に持たせれば良いんでない?」


とりあえず、あの妖精さんを見た後に先輩に会うのはちょっと間を置きたいな、という、 ささやかな我儘を交えて、適当な返事をしておいた。
すると、話は終わった、とばかりにギリギリと腕にかかる力が強くなってきたので、 今度こそあたしは話を切り上げて、リリーから離れる。

ずんずん、と透明人間は人ごみをかき分けて突き進んでいく。
途中、明らかにあたしに声をかけようとしていた女性陣も、 一種異様な光景にぽかん、とそれを見送るのみだった。
姿こそ見えないものの、不機嫌最高潮なのがありありと伝わってくる足取りである。
腕を取られているあたしとしては、なす術もなく連れて行かれるだけだが、 そんな道程が楽しかろうはずもない。

なので、どうやら透明人間の目的地らしいバルコニーに出た瞬間、 あたしの口からは文句が飛び出していた。


「いったいよ!セブルスの馬鹿ー!」
「馬鹿はお前だ。この馬鹿」


と、案の定、人を2回も馬鹿呼ばわりしながら姿を現したのは、 ここにいるはずのない魔法薬学大好きっ子だった。
あの声は絶対そうだ、と確信があったので大人しくついては来たものの、 透明でなくなった彼がいつものローブ姿であることには疑問を禁じ得ない。
混ざるのなら、少なくともちょっと改まった服装になるもんだろう、普通。

となると、こっそり透明になってまでパーティに来た目的は……


「セブセブもやっぱりリリーの艶姿見たくなっちゃったの?」
「なっ!」
「やだなぁ、もう。言ってくれれば協力したのにー。
姿まで隠しちゃって!このむっつりめ」
「……男の姿なら容赦なく殴れるが、それで良いんだな?」
「いーやー」


青筋を立ててお怒りのセブルス。
自分でからかっておいてなんだが、どんなに見たくても、それでわざわざ来る男ではないだろう。
寧ろ、そういう時ほど敢えて来ない、というのがセブルスである。

ということは、なにか来ざるをえない事情ができたのだろうが、 はて、それで何であたしを引っ張り出すんだ??


「んっと、で、真面目な話どうしたの?来ないんじゃなかった?」
「……僕だって好きで来た訳じゃない」


むすっと、口元を引き結んだセブルスは、そう言ってあたしの後ろを指し示した。


「?」


つられてそちらを見やったあたしだったが、視界に入ってきた少女の姿に唖然とする。
ちゃんと確認していなかったあたしもあたしだが、 どうやら彼女は気配を隠して、あたし達がここにやってくるのを待ち受けていたようで、 待ち合わせに遅れたことを非難するかのように、しっかりと組まれた腕を指先がトントンと叩いていた。
いや、全然待ち合わせなんてしてないんだけれども!


「にーはお」
「っ!」


彼女はリリーと同じく真紅を身に纏っていたが、 それよりもキリリとどこか挑戦的な目をしてこちらを見つめていた。
そのはっきりくっきりしたアイラインが、正面に龍の描かれたチャイナドレスと見事に調和をしていて、 ぱっと見には、朝見た時・・・・と別人のようですらある。
がしかし、悲しいかな、あたしはこのエセ中国人も見覚えがあったのである。


「スティ……!?なにしてんの!?」


っていうか、『あたし』だった。
ひらひらと気楽ーに手を振っているのは、どぎついメイクのあたしでしかなかった。
……なんかもう、ひたすら泣きたい気持ちになってきたのは何故だろう。

と、もちろんそんな情けのないあたしの心境を熟知しているはずの案内人は、 ぱちん、とウィンクしながら人の気分をどん底に突き落としてくれた。(やりたい放題だなっ)


「私のことは珊璞シャンプーと呼ぶよろし☆」
「……うあぁあぁ。客観的に見るとあれってこんなんだったんだ。
不細工ってんじゃないけど、うあぁぁぁああぁ」


ひたすらに唸るしかできないあたし。
と、心中を察してくれたのか、セブセブが眉間に皺を寄せながら「まるで道化だな」と言ってくれた。


「いや、それ心中察してないんじゃ……」
「お前に言われたくないわ!大人しくしててって言ったじゃんかよぉおぉ」
「まぁ、言われたけどね?それで大人しくしてると思う君がお人よしなんだよ」
「もう嫌だ、コイツ!」


うんうん、とあたしの叫びに強く頷くセブルスだった。
それに力を得て、あたしは味方になってくれそうな彼にぱっと縋るような視線を送る。


「セブセブもこれに呼び出しくらっちゃったの?」
「ああ。自室に突然現れたんだ。プライバシーの侵害にも程があるだろう」
「あー、それは酷いね。こんなのがいきなり出てきたらびっくりするし」
「びっくり、なんてものじゃない。心臓が止まるかと思ったぞ。
おまけに『自分はケーだ』とか名乗るのは、メイクと同じで悪趣味を通り越している」
「ね。あのメイクはヤバイよね。濃すぎだよ」
「なんでいつもの姿じゃないんだ。気色悪すぎてとっさに反応もできなかっただろう!?」
「きしょっ!?」


結託しかけたあたし達だったが、あんまりな言葉にあたしはショックを隠せない。
幾らなんでも、年頃の女の子つかまえて「気色悪い」はないだろう、「気色悪い」は。
メイクはあれで、中身はスティアだけど、体はあたしなんだぞ?
本当に、リリー以外どうでも良いんだな、この野郎。


「しかも、人をメッセンジャー扱いだなんて……。
なんで僕がなんか呼び出しに行かなきゃいけないんだ。
僕はパーティーには行かないと散々言ったのに。それなのに!」


かなり思うところがあるらしく、徐々に拳に力の入っていくセブセブ。
まぁ、いきなり引っ張り出されたのなら分からなくもない反応ではあるのだが。
この場合、少々相手が悪かったと言わざるをえない。

自称珊璞シャンプーはそんなセブセブの姿を見て、意地の悪そうな笑みを浮かべ、「ふーん?」と片眉を上げた。
見れば、その手には黒いマニキュアが施されていたりもする。
我ながら見事な悪女っぷりで、見ていて惚れ惚れしてしまうくらいだ。


「そういう態度取っちゃうんだ?へー。
良いアルよ?そういうことならここで逆さづりパンツ晒しの刑を執行するだけアル」
「なっ!?」
「ついでに写真サークル召喚なんて面白そうアルね?」
「お前、そういう脅しは駄目だろ!?」


これはヤバイ、と骨身に沁みるくらいの予感があったので、 あたしはここまで案内してくれたセブセブをさっさと避難させることにした。

で、彼がバルコニーから姿を消した後、(いきなり呼び出された上に放り出されて、セブセブ散々だな) 改めて目の前の悪役に向き直る。
『彼女』はなんか、羽毛扇とかをおもむろに取り出しそうな、変な色気があった。
もっとも、その手にあったのは羽毛扇ではなく、美しいドレスだったけれど。


「で、なにしてんの?スティア。あたしのドレスなんか持って?」
「うん?まぁ、ちょっとした露払いって奴だよ」


露払いってなんだー。あたしの先導なんか少しもしてねぇだろうがー。
してたのセブルスだったろうがー。

相変わらず意味不明なことを言い出す彼に、怪訝な表情をしていたあたしだったが、 スティアはうっそりと微笑むだけで、ちっとも答えてくれそうになかった。
こういう時、こいつはどんぴしゃの正解を言ったって、はぐらかすことがあるので要注意だ。
はぁ、と溜め息を吐きながら、「ん」と再度、彼の持つドレスを指差す。
見間違いではきっとないのだが、それはどうしたってあたしの借りたドレスである。
そう、この後あたしが着る……ん?

ふと、思い当たった事実に、ぴたりとあたしの動作が止まる。
だらだら、と背中に冷や汗が吹き出したような気がした。


「あ、気付いた?きっとのことだから、リリーとのダンスに夢中になると思ったんだよね。
で、絶対途中からレギュラスとのダンス忘れてそうだなーと」
「〜〜〜〜〜〜」
「案の定だから、折角だしセブルスにリリーの姿を見せてあげつつ、お呼び出しーみたいな?」
「うぐっ……いや、そそそそ、そんなことないよ?忘れてないよ??」


図星をさされまくり、自分でもわかる位に目が泳ぎまくっての言葉だった。
いや、あの、うん。
リリーとのダンスをメインイベントに据えちゃってたからね?
もうこの後はいわゆる消化試合的な?


「あのレギュラスとのダンスを消化試合と言っちゃう君に脱帽だよ」
「ちちちち違うよ!消化試合は消化試合でも、ホラ、別腹とか!」
「消化試合に胃腸的な意味はないよ」


自分でも何言ってんだあたし、という台詞にも律儀につっこみを入れてくれるスティアだった。
(『消化試合は消化試合でも別腹』ってなんだそれ??)
呆れ果てたような視線が痛くて仕方がないが、 流石にそろそろ時間がやばいのも確かだったので、スティアは大きな溜め息を一つ吐くと、


呪文よ終われフィニート・インカーターテム


気軽な動作であたしに魔法を浴びせた。
すると、途端に視点が若干下がり、 今までピシッと着られていたはずのドレスローブにふわりとした余裕が生まれる。

で、それに驚く間もなく、ぽんぽんと頭を軽く杖で叩かれ。
気が付けば、あたしは朝目の前でスティアが披露してくれた通りの格好――ドレス姿に変わっていた。
さっきまであたしが来ていたドレスローブは驚くなかれ、 瞬きの間にのミスター の姿になったスティアさんがお召しになられていたりする。
限りなくテクマク○ヤコンで早着替え、に近かった。

さっきまでの自分と向かい合いながら、半ば呆然と口を開く。


「……イメージトレーニングの意味は?」
「うん。無意味って奴?」
「なんでスティアさん、そういう無駄な嘘吐くんですか?ちょっと」
「なんでだろうねぇー。変化形は気まぐれで嘘つきだからじゃない?」
「お前、変化形だったんか。ちなみにあたしはクラピカ派だ!」
「うん、知ってる。君、報われない人好きだもんねぇ。
だから僕は金髪で興奮すると赤目になるんだよ?」
「嘘!?」
「半分嘘です」
「半分は本当なの!?」


と、相変わらず無駄な脱線をしたものの、そんなこんなで身支度を整えたあたしに対し、 スティアは熟練の執事よろしく、それは優雅に仕上げの髪飾りの位置を調整する。
がしかし、自分の姿なせいでときめきは半減だ。ちぇっ!


「レギュラス大分待ちぼうけしてるから早く行ってあげてね。
ただし、12時までには戻ること。
色々魔法使ってたから、きっとその位には老け薬の効果が切れちゃうからね」
「お前はあたしのオカンかなにかか?」
「いやいや、寧ろ魔法使いだよ」


にっこり、とそれはそれは楽しそうな笑顔を浮かべたスティアは、 いつもの彼限定の姿現しで大広間の手前の通路に飛ぶと、 どこか弾んだ声であたしを送り出して言った。


「さぁ、ここは任せて先にお行き。シンデレラ」
「後がとてつもなく怖いけど、ありがとう。魔法使いさん」





ただ、移動手段はかぼちゃの馬車が良かったです。





......to be continued