名前も覚えていない貴女。
けれど、出逢った時のことは今でも鮮明に思い出せるの。不思議ね。






Phantom Magician、60





幾度となく降り立ち、流石に見慣れた9と4分の3番線のプラットフォーム。
そこで大好きな両親と姉と別れ、私はホグワーツに向かうべく、真紅の列車に乗り込んだ。
残念ながら、姉には凄まじい視線を向けられて碌に会話もできなかったけど、溜息を吐くだけに留めておく。
それも、もう慣れたことだった。
大事な姉だから、仲良くやっていきたいのだが、かといって、自分の魔力をチュニーにあげることはできない。
やりたくもないし、やり方も知らないのだ。
5年生になったとはいっても、まだまだ自分は半人前で。
もし、自分にできる方法で。
自分の魔力をあげる以外の方法で。
姉に魔法が使えるようにできるなら、すぐさまするのだけれど。

ガラガラとキャリーバッグを引く、耳障りな音が響く。
そして、あちこちのコンパートメントを覗き込みながら、長年の友人であるセブの姿を探した。
かなり早めに出てきたので、時間はたっぷりある。
幸いにして、新しく監督生となった自分はコンパートメントをわざわざ確保する必要性もないので、 最悪でも見回りを始めるまでは自由に使えるだろう。
最近、彼の周りの友人関係はいただけない。
今日はゆっくりそのことについて話をしてみるつもりだった。

がしかし、列車内を彷徨う私の目は、探し人ではなく、別の少年の姿を捉える。
それは、どうも私に気があるらしい、傲慢で嫌な男子――ジェームズ・ポッターだった。


「っ!」


相手に気付かれるのが嫌で、私は思わず、 黒髪の少年が一人うたた寝をしている、ひとつ前のコンパートメントに飛び込んだ。


『?……誰だ??』
「…………」


しばらく息を殺してみて、特に追ってくる気配もないことを確かめて、ようやく息を吐いた。
私に気づいたのなら、確実に得意満面な表情カオで近づいてくるに違いないのだ、あの男子は。
本当に、虫唾が走るというかなんというか……。
勉強ができて箒もできて、得意になるのは分かる。
分かるけれど、人間的にはどうしても好きになれない部類の人間だった。


「顔は整ってても、中身があれじゃあ、ね……」


気がつけば、そんな一言が零れ落ちていた。
すると、その一言に、背後から「うぅん?」と眠そうな呻き声が聞こえてきた。
自分がどこにいるかを思い出し、慌てて背後を顧みる。
そこには、先ほど覗き込んだ時と同様に、同じ位の歳の少年が黒猫を抱きながら眠り込んでいた。
起こしてしまったかと焦ったが、体を揺すっていた少年は居心地の良いところを見つけたらしく、 こちらに顔を向けたまま寝入り続ける。


「良かった。起こしてしまったかと思ったわ……」
『……別に起こしてくれて良いんだけどね。
起きなよ。お客さんだよ』



小声で安堵し、なるべく音を立てないように出ていこうとした私だったが、 そこで、ふと、少年の顔に見覚えがない事に気がついた。
ホグワーツは全寮制だ。
たとえ、同じ寮でなくても、食事時や何かで、絶対に一度や二度は顔を合わせる。
名前が分からなくても、見覚えくらいはあるはずなのだ。
そのことに不信感を覚え、監督生としての義務感も手伝って、再度少年の顔を見る。と、


「……綺麗」


思わず漏れたのは、感嘆の声。
陽光の下でまどろむ彼は、酷く穏やかで、美しかった。
造形うんぬんも人並み以上だが、それよりなにより、その纏う雰囲気が。
ただただ、印象深い。

さらさらの黒髪が顔に掛かってしまっているのが少しだけ残念だ。
今は隠されている、長い睫に縁取られた目は開けばきっと涼しげだろうし、 形の良い唇は、きっと爽やかな声を発するに違いない。
見た目と中身は違うということを重々承知している自分であっても、そう思わせるだけの人だった。
東洋人だろうか、その肌の色がなんともエキゾチックだと思う……って私ったら、何を言っているのかしら!?

そこまで考えて、自分の思考に思わず赤面する。
これでは、格好良い上学年にキャーキャーいう下級生達と何も変わらない。
そこで、羞恥で赤くなった頬を誤魔化そうとぱたぱたと手で顔を仰いでみた。
幾ら東洋の人が珍しいからってこんなに見ていたら失礼だわ。
嗚呼、でも、なんというか、目が離せないのよね……。

そうして、思わず見蕩れていると、 その視線を感じたのか睫毛がふるふると震え、少年は黒曜石のような瞳を覗かせた。


 「……だれ?」


寝起きだから掠れている声。
その色っぽい囁きに再度頬が熱くなることを自覚しながら、私はその見慣れない少年と対峙した。


「私はリリー。グリフィンドールのリリー=エバンズよ。
ごめんなさい、起こすつもりはなかったのだけれど」
「……いや、起こしてきたのはこの馬鹿猫だけど」


「んー」と、固まった体を少年がほぐそうとすると、黒猫はひらりと腕から抜け出した。
そのことを気に留めるでもなく、少年は眠そうにひたすら目を擦っている。
なんとも子供っぽい仕草ではあったが、不思議とそれが似合っていた。
ペットも相まって、まるで猫のようだ。


「もう、学校着いたの?」
「いいえ、まだ走り出してもいないわ」


答えながら、やっぱり声にも聞き覚えがないな、と思う。
これだけ目を引く容姿なら、そう見落とすこともないと思うのだけど。
そして、考えても分からなさそうだったので、私は彼に直接問いただすことにした。


「あまり見かけない顔だけど、何年生?どこの寮なの?」
「うん……?何年生、なんだろう?寮もどこかな?多分、グリフィンドール?」


少年は寝ぼけているらしかった。
大丈夫かしらと思いつつ、仕方がないので間違いを訂正してあげる。


「少なくともグリフィンドールではないわね。見かけたことがないもの。
名前は?聞けばどこか分かるかもしれないわ」


その一言に、少年はようやく目を擦るのを止めて、キョトンと私を見上げた。


「うん?だよ。。聞いても分からないと思うけど」
「何ですって?」
「だって、僕編入生らしいし」


そう言って魅力的に笑った少年――後に少女と発覚する彼女との出会いは、 こんな感じで至極あっさりとしつつも、どこか甘い期待をもたらすものだった。





あの時、私は貴女に恋をしたわ。





......to be continued