人間、上手くいかないことがあると予想外のことをやらかす場合がある。 Phantom Magician、57 どうにかこうにか例の貴族を撒き、僕たちは夜闇に浮かぶグリンゴッツの前に立った。 本来ならば、これから行うことを思うと緊張感に溢れていなければならない場面なのだが、 お互い、余りの精神的ダメージのため、緊張する余裕など皆無に等しい。 「……スティア。あたしまだチキン肌が治らない」 『そう。……安心して。僕もだから』 嗚呼、全く。この僕に怖気を生じさせるなんて、よっぽどだ。 なんでそこまで変態発言してないのに気持ち悪くなるんだよ。 まだ毛が逆立ってる……。 あの男は駄目だっ!生理的に合わないっ!! 「はぁ……。あたしこれからトロッコ乗るのに」 『僕だって、これから金庫破りするのに冗談じゃないよ』 ふぃーっと長くも深いため息を零す。 と揃って幸せが群れをなして逃げて行くが、そんなこと知ったものか。 さて、この萎えてしまった気力をどう奮い起こそうかと考えていると、 不意にうつむき加減だったが目を見開いて僕を凝視した。 「って、ちょっと待て。今……すげぇ発言さらっとかまさなかった?」 『うん?』 すげぇ発言、とやらを思い返してみる。 さっき言ったのは、 『そう。……安心して。僕もだから』と、 『僕だって、これから金庫破りするのに冗談じゃないよ』だから…… 『別に普通じゃない?』 「 ど こ が だ よ !おっまえ、銀行の前で金庫破りとか普通言うかっ!?」 『…………』 うん。実際周りに聞こえるデカイ声で言ってるのは君だけどね? どうすんだよ、偶々隣通ったおばちゃんがぎょっとしちゃったじゃないか。 まぁ、猫に詰め寄ってるを見て、妙に同情的な視線に変わったから良いけどさ。 小鬼になんか聞かれてなくて良かったね、本当に。 ほんの数メートルしか離れてないのに、こういう運は良いんだよなぁ、って。 「聞いてんの!?スティア!」 『はいはい。聞いてます聞いてます』 「棒読みじゃねぇか!」 が、しかし、人の気も知らないで騒いでいる彼女に、適当な返事を返していると、 流石に聞き逃せない一言だったのか、は僕の首根っこを引っ掴んで宙づりにした。 「ス・ ティ・ア?」 『はぁ……、分かった分かった。 説明してあげるから、とりあえず終わるまで黙っててくれる? 君、絶対余計なこと言って事態を悪化させるから』 「なんだ、その上目線っ!!」 と、そろそろ人目が気になりだしたのか、文句を言いつつも不承不承話を聞く態勢に入る。 そんな彼女に、僕は懇切丁寧に、しかし簡潔にこれから行うことを説明した。 まず、金やら財宝やらが欲しくてやるワケではないということ。 次に、できるだけ穏便かつ密やかに行う必要があること。 最後に、狙う金庫はレストレンジ家所有のものであるということ。 「レストレンジって……あ!」 『そう、そこには分霊箱になっているハッフルパフのカップがある』 この時代に来たその理由。 それは、悪戯仕掛け人と仲良くなることでも、ましてや狼男とイチャつくためでもない。 そのことを君はきっと、忘れないのだろうけれど。 それでも、見失ってしまう時があるかもしれないから。 『それを偽物とすり替えてくるよ』 こういう時のために、僕はいる。 あくまでも軽い調子は崩さないように、 なんでもないことのように言った僕に対して、しかし、は眉根を寄せた。 「それ……大丈夫なの?」 『ん?』 「だって、ドラゴンとかいたよね?変な魔法も掛かってたし。本当に、大丈夫?」 できるの?ではなく、僕を案じるその大丈夫に。 ひっそりと苦笑した。 『これだからは……。だから、あんなのに好かれちゃうんだよ』 「はい?今なんて言った?」 『こっちの話。とにかく大丈夫だよ。この僕を誰だと思ってるのさ』 「俺様ナルシーのスティア様でっす」 『あはは、よく分かってるじゃないか』 僕だけ姿を透明にすると、と二人でブロンズでできている観音開きの扉を抜ける。 一瞬、小鬼が何かを探るように目を細めたが、やがてごく普通にその浅黒い頭を下げた。 なかなかに勘の良い奴のようだ。 流石に少しばかり緊張してきたが、少し先を歩いていたが発した言葉に、顔を上げる。 「『欲のむくいを知るがよい』……」 それは、内扉に記された、盗人に対する警告文。 銀の扉は、本来その優美な姿に感嘆を示されるはずのものだが、刻まれた文字がまざまざと不気味な恐怖を煽る。 そして、僕以上に緊張したは、どこか不安げに僕の姿を探して視線を彷徨わせていた。 『頼むから普通にしててよ。そんなガチガチじゃ、怪しまれちゃうじゃないか』 (なんでお前はそんなふっつーなんだよ!心配してるあたしが馬鹿みたいじゃないか!) 『だから、金庫破りくらいどうってことないんだってば』 (ナチュラルに重犯罪を軽犯罪みたいに言うなよ!?はぁ……) あまりに僕の声が普通だったからだろう、いい加減も開き直ってきたらしい。 つっこみを入れることで浮上するとは、相変わらず面白い子だ。 とりあえず、僕はクマの中身を元に、グリンゴッツに口座を作るようにに言い渡し、 広々とした大理石のホールで左右に別れた。 まぁ、マグルでも換金やら何やらができるのだ。 も多少は手間取っても、僕がことを終える頃には手続きを終えているだろう。 「さて、と……」 ふう、と一度大きく深呼吸した後、小鬼のいるカウンターに視線を滑らせる。 丁度区切りの良い時間帯なので、一人くらいは捜せばいるはずなのだけれど……。 と阿呆なやり取りをしていたせいで、少し時間が外れてしまったかもしれない。 いや、まぁ、好きだから良いんだけどね。 と、数分彼らの様子を観察していると、 コインを計ったり客に応対する小鬼の群れの中で、 ただ一人、くるりとカウンターに背を向ける年老いた小鬼を視界に捉えた。 たたっと足音を忍ばせてカウンターの向こうに身を躍らせる。 (防音の魔法を使っているが、まぁ、気分の問題だ) そして、追いかけたその背に向かって、一人魔法使いが気さくに声をかけているのが見えた。 「やぁ、ボグロッド。休憩かい?」 「ええ、その通りです。20分も前に入るはずだったのに、こんなに遅くなってしまった!」 「それは気の毒に。じゃあ、僕はこれからだから」 やはり、小鬼はこれから休憩に入るらしい。 好都合な展開に、ニヤリと思わず悪どい笑みが浮かぶのを抑えられなかった。 ボグロッドという名の小鬼は確かハリーに服従させられた奴だった気がする。 ハリーではないが、結局は誰かに利用される運命にあるようだ。気の毒に。 と、ひと気が無くなった瞬間を狙って、僕はそんな憐れな小鬼に向かって杖を向けた。 借り物の杖ではあるものの、それは僕だけのもののようにその手に馴染んでいた。 「服従せよ」 一瞬だけ、小鬼の体が震える。 強烈な意志が、一気に奴の体を駆け巡り、侵食しているのが手に取るように分かった。 レストレンジの金庫を開けろ。 とその小さな体に向かって命令を下す。 すると、途端に小鬼は休憩室へ向かおうとしていた体を反転させ、 茫洋とした眼差しのままカウンターへと戻り始めた。 が、さっき出たばかりの者が間髪入れずに戻ってきたらどう考えてもおかしい。 なので、自分と同様に、彼に対してもめくらまし呪文をかける。 そして、ボグロッドは、カウンターの奥にある棚を漁り(もちろん防音魔法と目くらまし呪文を駆使した)、 その手に重そうな革袋を手にしてきた。 そんな彼に、 誰にも何にもぶつかることなく金庫へ向かえ。 と再度命令する。 と、彼はなんとも鮮やかな身のこなしでホールへと向かい、薄暗い岩造りの通路へとその身を押し込んだ。 ここに来るのは二度目だが、松明に照らされつつも相変わらずひんやりとた場所だった。 ここまでくれば、姿が見えないのは逆におかしいため、ボグロッドにかけていた魔法を解く。 幸いにも誰にも見咎められることなく通路を抜け、彼は口笛を吹いてトロッコを呼んだ。 「さて、じゃあ行こうか、ボグロッド」 「…………」 返事が返ってこないことに、当然のことながらも苦笑が漏れる。 旅のお供に、服従させられている小鬼はどうも適さないようだ。 二人揃ってひらりとトロッコに乗り込み、僕たちは深い深い地の底へと、けたたましい音を立てながら降りて行った。 ヘアピンカーブやら急降下、急上昇やら、まるでどこぞのテーマパークのアトラクションのようだ。 叫び声を上げたいものだが、流石にそれは自重する。 そして、僕たちは盗人落としの滝の脅威に曝されることもなく、 ごくごくあっさりとレストレンジ家の金庫へ続くトンネルへと到着した。 (金庫の前までは危険なためか連れて行ってはくれないらしい) ヒィヒィと、疲れた様子を見せるボグロッドに申し訳ないような気が起こりもしたが、 仕方がないとにべもなくトンネルを先行させる。 進むごとに、ガランガランと、金属音が徐々に近づいてきた。 「…………」 と、視界にその巨大な姿を入れた瞬間、 思わずその惨状に目を覆いたくなるような衝動がわき起こる。 そこには、 「ウクライナ・アイアンベリー種か。 ……そこまで大きくはないな。閉じ込められているせいか」 地上で最も気高くも猛々しいドラゴンの、無残な姿があった。 野生のウクライナ・アイアンベリー種はドラゴンとしては最大の種なので、もっと雄大な姿をしているはずだ。 がしかし、岩に阻まれ、今の彼は本来の姿の三分の二もないように思えた。 しかも、メタルグレイの鱗は薄ぼけ、両眼も白濁して盲いている。 「……憐れ、だな」 と、僕が観察している間にも、ボグロッドは戸惑うことなく。 鳴子と呼ばれる金属の道具を革袋から引きずり出し、 ガンガンと耳を塞ぎたくなるような騒音を奏で始めた。 脳味噌に響くその音に思わず顔をしかめるが、 ドラゴンがその音に後退しだしたの確認したため、仕方なく金庫へと急ぐ。 そして、金庫の扉に辿り着くや否や、ボグロッドはその扉を撫でて開けると、そのままその場に停止した。 正直、金庫の中まで入ってこられると迷惑なので、そこで待つことにさせ、単身金庫へ乗り込む。 「へぇ……」 と、入ってみれば、そこは闇の旧家にふさわしい、豪華で不気味なものに溢れた場所だった。 上を見ても下を見ても、合法違法ありとあらゆるお宝がごろごろとしている。 光よで灯した灯りをいくつか浮かべては見たものの、 その全容はいまいちよくわからなかった。 「……ってグリフィンをはく製にしてどうするんだ。 生きたままじゃなきゃ金庫にいたって意味がないじゃないか。 まぁ、こんなところじゃどっちみち飢え死にすると思うけど。 スニジェットの羽に、マンティコアの尾まである……。良い趣味してるよ、全く。 ああ、でも、この火蜥蜴の血液は良いな。欲しいかも」 金庫内に施されている仕掛け(『双子の呪文』と『燃焼の呪い』だ)を知っているため、 不用意に触るようなことは絶対にしないが、 うっかりすると手に取ってみたくなるものもあり、中々見ていて楽しい。 がしかし、こんなところで楽しんでいるような余裕はないため、さっさと目的のものを探すことにする。 「浮遊せよ!」 自身に浮遊魔法をかけ、ふわふわと不安定ながらも宙に浮いたまま移動を開始する。 (なに、そこまで難しくはない。風を起こす魔法も交えた応用だ。 まぁ、魔力に関するバランス感覚のない人間には無理だろうけど) そして、目を皿のようにしてその場でくるくる旋回してみると、金庫の手前でも奥でもない中間のあたりに、 金色に輝く小さなアナグマのカップが掲げられていた。 レストレンジの性格から察するに、ご主人さまから預けられた代物を見せびらかしたい想いと、 手前の気軽な場所に置きたくない想いが反映されたのだろう。 「すでに奴は配下に下ってるはずだしな……」 そして、僕は自身に向けて防火呪文を行使し、そのカップへ向けて手を伸ばす。 が、取っ手に指先が触れたその瞬間、 (ぎゃあぁああぁぁあー!もう駄目!止めて!!吐くぅううぅううううー!!) 「!!」 といった、脳髄をつき抜けるようなの叫びを感知し、思わずその手を滑らせた。 見る間にカップは増殖し、落下する。 そして、止める間もなく下の金貨の山を蹴散らした。 「…………」 雑多なりに秩序だっていた空間は、今やただのガラクタ置場のようになっていた。 にも言ったが、余計な邪魔やらなにやらを防ぐためには、ここでの行動は秘密裏に運ぶのが適切であって。 (だって、アズカバンに入っているワケでもないレストレンジにバレたら、色々面倒だ) だから、ハッフルパフのカップだけ偽物と入れ替わっているのが最小限の変化なワケで。 (それも、バレにくいように小鬼の製法で、本調子じゃない中この僕がわざわざ作りあげた代物を使ってまで、だ。 おそらく、小鬼であっても、よほどの目利きでなければ気付かないだろう) こんな惨状を放置することは自殺行為である。 つまりは、今から目の前のカップの山から本物を探し出し、他は消失呪文をかけ。 尚且つ、崩れた金貨を、元のようにうず高く積む必要があるということだ。 「…………。 ……………………。 ……………………、後で覚えておいてよね」 自分でも分かるほど不機嫌な声を漏らしつつ、僕は半目で杖を振るった。 想定外の事態に、時間が掛かってしまったものの、僕たちはしばらくして地上に戻ってきた。 そして、ボグロッドを元居た休憩室に記憶操作を施した後に戻し、ホールを見渡せば、 隅っこの壁にもたれ、真っ青な顔をしているが、銀行の人間に薬を手渡されている場面が目に入る。 まぁ、大の男ならともかく、いたいけ?なマグルと思しき少女が具合悪そうにしていたら声をかけるくらいするだろう。 (あの怪しいマントは、貴族を撒いた瞬間に脱いでしまっているため、今彼女はごく普通のワンピース姿だ) がしかし、さっきからの不機嫌も手伝って、それはもう射殺しそうなほどの視線を送ってしまった。 『あのさぁ。僕が君のせいで大変な目にあってたっていうのに、何を呑気に見知らぬ男と話してるワケ?』 (……お前は浮気を目撃した彼氏か。……うえぇ、気持ち悪い。っていうかこの薬不味そう。薬のせいで吐きそう) 『良いから飲め』 (いや、だって色おかしいじゃん。鮮やかなピンクって) 『 飲 め ☆ 』 「うぁい……」 嗚呼、全く苛々する。 この位じゃ、僕の怒りは収まらないんだからね、? 「……で、首尾は?」 『上々とは言えないけど、まぁ、大丈夫』 「……そっか。なら良かった。 こっちも、金庫作ったらダンブルドアに貰った鍵と同じの渡されたり、同じ金庫に案内されたり、 トロッコが予想外の動きしてグロッキーになったりとかしたけど、問題はなかったよ」 『ふーん、そう。まぁ、問題はこれから起こるからね』 「……は?」 『だって僕、腹いせにドラゴンの鎖、酸化させてきちゃったからさ』 「!!?」 人はそれを八つ当たりと呼ぶ。 ......to be continued
|