欲張り婆さんの末路はいつだって同じ。





Phantom Magician、56





「……これは、これは」


思わず、世辞ではない感嘆の声が洩れた。
だが、それは私だけではないようで、周囲からは羨望の呻きと溜め息が聞こえてくる。
場所柄故か、大っぴらに取り囲んだりする様子は見られないものの、 店内の密やかな注目は、たったひとつの席に集中していた。
それも当然だろう。
薄暗い照明の中、あそこだけはスポットライトを浴びたかのように煌びやかだ。

そして、視線の真ん中で、一人の子どもがそれは楽しそうに口の端を釣り上げた。


「ふっふっふ……はーっはっは!
元手あれっぽっちで、この成果!笑いが止まらないぜ!」
『そりゃあ、これだけ大勝してればね』


そう、周囲の注目が集まるのは、一人の子ども。
その容姿、性別、その他一切は、目深に被ったマントのせいで判然としないが、 その小柄なシルエットから、せいぜいが12、3といったところか。
ここ、夜の闇ノクターン横丁でそんな小さな人間を見かけるのは、かなり珍しい。
(実年齢が幼くとも、大抵の人間はポリジュース薬なりふけ薬なりで容姿を変えてくるからだ)
そして、それだけでも、注目を集めると言うのに、その子どもはこの賭場を荒らしに荒らしていた。

その存在に皆が気づいたのは、その子が3回連続で賭けに勝った時だったろうか。


「おね、お願いだ!それだけは……それだけは返してくれっ!!」


大の大人が見っともなくも身ぐるみを剥がされ、泣いて許しを請うたのがその始まりだ。


「……不様、だな」


そのあまりにも興ざめの姿に、店内には失笑と侮蔑がわき起こった。
嗜みのひとつとして、賭け事は嫌いではない。
がしかし、負けた人間の惨めさは筆舌に尽くし難い。
自分がそうさせたならまだしも、他の人間に縋りつくさまは見るに堪えなかった。

なので、早々に視線を外そうとしたのだが、その直後響いてきた軽やかな声に、 結局、私はその騒ぎの一部始終を見届けることとなった。


「いやいや、賭けに負けたのに何言ってんの?そりゃルール違反ってもんでしょうよ。
良いからさっさとその明らかに呪われてそうなダイヤの指輪・・・・・・・・・・・・・・・・・・・寄越しな」
「……っ!!」
「安心しなよ。手放しても死なないようにちゃっちゃか呪い解いてあげるからさ。
んで、売っぱらう。ねぇ、スティア?」
『んー、まぁ、この程度ならできなくはないね』


黒猫を膝に乗せた子どもの言葉は、その内容にも関わらずあまりにも朗らかだ。
思わず、その指輪とやらに目を移せば、なるほど言われてみれば闇の魔法の気配が僅かに感じられる。
しかも、よくよく見てみれば、子どもが賭けで手に入れたと思しき物品のほとんど全てから、似たような気配がしていた。
まぁ、所謂、手放せたら嬉しい、という類のものばかりだ。
(非合法の賭場では、現物での賭けなど珍しくもなんともない)
だからこそ、他の負けた連中は大して騒ぎもせずにこれらを子どもに譲り渡したのだろう。
唯一、特になんの気配もしないのは高級そうなテディベアだけである。
(これも賭けで手に入れたのだろうか。だとしたら、随分容赦のないことだ。泣く子どもがいたことだろう)

だが、それは指摘されたからこそ分かる、という程度のもので。
けれど、その僅かな負の気配に、たかが12、3の子どもが気付く?
そして、その呪いを解く、だなどと戯言も良いところだ。
案の定、指摘された男は、まさかそんな言葉が出てくるとは思わなかったのだろう、驚きに目を見開いていた。


「ど、どうしてそれを……!?」
「さて、どうしてでしょう?さぁて、こういう時は呪文よ終われフィニート・インカンターテム!」


ひょい、とあまりにも気軽に振るわれた魔法。
それは、縋った男の指に見事に直撃し、一瞬、そこにあった指輪が禍々しく光り輝いた。
しん、と辺りが静まりかえる中、男は恐る恐るその指輪に手をかける。


「……とれたっ!?」
「はい、じゃあ、毎度あり〜」
「〜〜〜〜ありがとうっ!ありがとうっ」
「いえいえ〜」


子どもは、男の手から零れ落ちたそれを、掠め取るようにその手の中に収める。
が、賭けに負けたというのに、男の表情はどこまでも晴れやかだ。
それに応じる子どもの大層愉快そうな声に、私の興味は完全に固定された。







そして、それ以降、奇跡のように連戦連勝をする子どもに、やがて勝負を挑む者がいなくなった。
では、と子ども自身が他に挑もうとしても、すでにその腕前を知らない者は店内におらず。
最初の一人二人はその子を舐めて勝負を受けていたが、やがて一様に子どもを避けるようになっていった。
おそらく、それなりの曰くつきの物品を持ちこんでいた輩は、もういないのだろう。

と、賭けをする相手がいなくなったことで、ぽっかり空いた空白に佇んだ子どもは、 それは不本意そうな声を漏らした。


「なんだよ、なんだよー。まだ稼ぎ足りないんだけどー」
『まぁ、しょうがないね。これ以上勝つと店側に目をつけられる。
ここは一旦、別の賭場に行こうか』



ぶすっと、口を尖らせた子どもを、まるで諌めるかのように猫が鳴く。


「せっかく、収納場所(?)ゲットしたのに?
もうちょい稼ぎたいー。見てよ、この金貨と宝石の山!ほとんど呪われてるけど!!」
『欲をかくと碌なことにならないよ、


がしかし、幾ら子どもが稼ぎたくとも、相手がいなければどうにもならないワケで。
結局、子どもは不承不承、店を出ようとする。
がしかし、こんな興味をそそられる存在を、みすみす見逃して良いものだろうか?
答えは、否。
私はあくまでも優雅に、その子どもの細い肩に手を伸ばした。


――相手になら、私がなろう」
「え、マジで!?」
『って、!?』


と、非難するような猫の声を無視して、子どもが嬉しそうにこちらを振り向く。
その無防備な様は、先ほど呪いを看破した人間と同じとはとても思えないものだった。


「……って、あれ?マル、コ??」
「ん?誰か知り合いにでも似ていたかな?」
「いや、うん。違うな。違う。マルコはもっと可愛い。
ってことは、こいつはマルチだな。世代的に見て間違いない。
でも、若マルチ思った以上に麗しいな……っデコのくせに!



ぶつぶつと呟くさまはその格好と相まって酷く得体が知れない。
フードから僅かに覗く黒髪と、独特の肌色から、どうやら東洋人のようだ。
……となると、もしかすると、予想以上にもっと歳が上なのかもしれない。
これだから東洋人は、年齢が計りにくくて困る。
というか、そもそも、これは男なのか、女なのか?
声を聞く限り、中性的なために判別がつかない。
肌などはきめ細かいが、東洋人は肌が綺麗なのも特徴だ。とても参考にならないだろう。
嗚呼、けれど。
艶やかな唇が、その象牙色の肌と引き立て合い、酷く魅力的だ。


「……っ!あの、すいません、そんな舐めるようにこっち見ないでくれます?
セクハラで訴えますよ、ちょっと」
「これは失礼。その唇があまりにも蟲惑的で、ね」
「!!!すみません、リアルに気色悪いです!勢いあまってI ki○l youしたい!


失礼な態度だったが、フード越しにもその狼狽ぶりが伝わってきたために、笑いが込み上げる。
おそらく、こういったことを言われ慣れていないのだろう。初々しいことだ。
久々に興が乗り、じりじりと私から距離を置こうとするする子どもににじり寄る。


「気色悪い、とは随分な言い様だな。
ここで、私にそのような態度を取れる人間がまだいたとは驚きだ」


くすくす、と機嫌良く笑えば、子どもは体を震わして更に後ろへ逃げる。
がしかし、その行動のなんと愚かなことか。
そして、数秒後、子どもも自身の失態に気付いたらしい。
壁に当たった背を翻し、勢いよく走りだそうとしたところで、とん、と私は腕を突き出した。


「さて?まさか勝負を受けてくれるだろうね?」
「ひぃっ!!」


そして、腕の中に閉じ込めた子どもの耳の近くでそう囁けば、色気のない声を上げて、子どもが慄いた。
が、私が紳士的に微笑むと、やがて安心したのかそれは勢いよくコクコクと頷く。
その様を満足げに見届けると、華奢な肩を抱いて(「ぎゃあっ!」)空いているテーブルへとエスコートした。


「さて、ではなんの勝負をしようか。ポーカー?ダウト?ブラックジャックでも良いが?」
「もう、何でも良いです。さっさと開放してもらえればそれで」
「そうか。ならじっくりとダウトでも……」
「ポーカーで!すぐに勝負の着くポーカーでお願いします!!」


見るからに余裕のないその姿に笑いを噛み殺し、では、とカードを手にする。
仮の親を務めてカードを配れば、最初にJが出たのは、私自身だった。


「ふむ。では、私が親を務めよう」
親……ある意味確かに親だけど、明らかに向いてないだろ……
「何か?」
「イエ、ナンデモアリマセン」


こうして、ゲームが始まった。
そして、積み上がる金貨の山、山、また山。
最初の内こそ、まだ余裕のあった子どもも、徐々にその口元を引きつらせる。


「おっまえ!レート引き上げんなや!!なんだ、この馬鹿みたいなチップの量!?」
「嫌なら降りてくれても構わないが?」
「くっ……!ドロー!!」


ポーカーフェイス、の名が示すように、ポーカーとは心理戦の一種だ。
それなのに、子どもの表情は、驚くほどコロコロと変わって、よくこれで今まで勝てたなと思う。
がしかし、自身の手札を見る限り、私もそう余裕があるワケではない。
寧ろ、皆無と言って良さそうだ。
さて、これでどうやって相手に勝負を降りさせるか……。


「ちょっと、あいつ全然余裕の表情カオしてんだけど。ちゃんとやったの?」
『もちろん。よっぽど面の皮が厚いんでしょ。だってあいつの手札役なしブタだよ?』



と、私が思考している間にも、子どもは猫にどうやら相談事の真っ最中のようだった。
猫に相談とは、なんとも可愛らしい限りである。


「〜〜〜〜〜っ!なんか、鳥肌がっ!!」
「それは大変だ。私が診て差し上げようか?」
「結構です!寧ろ悪化するわ!!」


段々涙交じりになる声に、更に舌が加速する。
これだけ嗜虐心を満足させてくれる相手など、中々出逢えまい。


「ふむ、残念だ。ところで、賭けの対象だが。
ただただ金銭を賭けるだけなどつまらないとは思わないか?」
「いやいやいや、つまらなくない。つまらなくない」
「いいや、私はつまらない。ということで、どうだろう?
この賭けで勝った方が相手に何でもひとつ『お願い』ができるというのは?」
「人の話聞けよ、この野郎っ」


ぷるぷると震えながら、マント越しにも睨みつけられているのが分かった。
がしかし。
自分が不利な状況でこんなことを言い出したのはワケがある。
ひとつは相手に対する揺さぶり。
欲をかけば隙が生まれることなど、わざわざ確認するまでもない。
が、これはあくまでも建て前だ。
本当の狙いはもうひとつ。
私が勝てば『お願い』で子どもを良いようにできるし、 仮に負けてしまっても、『お願い』の成就と称してこの子と繋がりが持てる。
つまりは、勝っても負けても、私としては損などない。
大抵の要求は叶えられるし、今までの負け分など微々たるものだ。
何の問題もない。


「ふふ。何でも、だ。少なくとも君が想像するような望みは幾らでもきいてみせよう。
もちろん、君が私に勝てれば、だが」
「いや、こっちが闇の帝王に特攻かまして来いとか言ったらできんのか?できないだろ」
、折角の申し出だから受けてみたら?
で、仲良くなってリドルの日記なりなんなり貰っておいでよ。
正直、この上なく気持ち悪いけど』

「嫌だよ!」
「おや、何故だね?勝てば良いだけの話だろう」


「そっちじゃねぇし!」と、最初はとんでもないとばかりに子どもはその申し出を突っぱねる。
がしかし、私が暗に自身の身分をほのめかすと、途端にその口を噤んだ。


「それとも、私を慮ってくれているのかな?
だが、心配には及ばない。大抵の申し出は叶えられるほどの力はあるつもりだ。
いや、寧ろ私で叶えられない願いは、大抵の人間には叶えられない、と言った方が正しいかな?」
「……へぇ、ほー。大層な自信で」
「自信ではない。自負さ」


マルフォイ家という、由緒ある家を背負うという自負だ。
声に出さずに、しかし万感の思いを込めて呟く。
すると、そんな私に、子どもはうっすらと笑みを浮かべる。


「……確かに考えてみれば、好都合、かな。
じゃあ、こっちが勝ったらお宅訪問させてもらうよ」
「ほう?私に家に来たい、と?」
「まぁね。名家とやらに一回行ってみたいとは思ってたんだ」


どうやら、私が何者なのか子どもにはすでに見当がついているらしい。
まぁ、顔を隠しているワケでもなんでもないのだから、不思議はないが。
その不敵な笑みに、私も口角が吊り上がるのが抑えられなくなってくる。


「くす。君のような子相手ならば、賭けの内容如何に関わらず、幾らでも招待するが。
まぁ、良い。では、私が勝ったら、しばらく私の屋敷に滞在してもらおうか」
「すみませんやっぱりさっきの言葉取り消しで!」
「前言撤回は勝負放棄と見做すが?」
「んな理不尽な!?」


勝負の行方は神のみぞ知る。





ちゃんと忠告されてるのにね。





......to be continued