「優しさを下さい」と言った奴に、俺はこう言ってやったんだ。





Phantom Magician、20.5
 * 注:ネタバレがお嫌いな方は、第一部を読了後にお読み下さい。





それ・・を目にした時のの表情はそれは見物だった。


「…………」


眉根は山脈と見紛うばかりに深い溝を刻み、 口元は見事な下降ライン。
別に近くも遠くもない場所にいながら、まるで彼岸の彼方からこっちを見ているような視線。

まぁ、一言で言うなら「ありえぬぇー」って感じ?
もしくは、ドン引き。


「…………オイ」


少なくとも、純粋な厚意から菓子をくれてやった時にされる反応ではない。


「お前……喧嘩売ってんのか?」


あまりに失礼な態度に、自身のこめかみがピキッと引きつったのがわかる。
思わず、手にしていた菓子箱が変形するほどの力が入ってしまい、プルプルと手が震えた。
(それをうっかり見てしまった一人から「ひっ」と引きつるような悲鳴が聞こえたが、まぁ、無視だ)
と、明らかに気分を害した俺の姿に、流石のも思うところがあったのか、 「いや、だって!」と憮然とした表情は崩さないまでも、拗ねたような口調で口を開いた。


それ・・、人に勧めるようなもんじゃないじゃん」
「ああ?魔法界が誇る二大名菓だろうが」
「名菓っていうか、もはや珍味だろ!?」


ビシっと張りつめた指が指し示すのは、あの独特の子どもの顔が描いてあるカラフルな箱……。
そう、俺はホグズミードで買った菓子を、談話室で周囲の奴にくれてやろうとしただけだった。
魔法界で知らない者はいないという位ポピュラーな菓子――百味ビーンズを。

がしかし、そんな親切な俺に対して、まるで頭イカレてんじゃねぇのか?って位の視線を向けてきた
あまりの過剰反応に、俺を含め周囲は困惑するしかない。
好んで食べない奴っていうのはそれなりにいるが、ここまで拒絶する奴も珍しい。
まぁ、確かにすげぇ味の物はあるが、美味い物だってもちろんある。
そこまで毛嫌いしなくても良いだろうに、と思っていると、 思い立ったが即行動!なジェームズがそれは面白そうに目を見張った。


「え、なになに?は百味ビーンズ嫌いなのかい?」
「嫌いって言うか……」


周囲の奇異な物を見る視線に気圧されたのか、はへにょんと眉を下げた。
(いつもの俺に対する時の図々しさと図太さをどこに置いてきやがった?)


「……存在が理解できない?」
「そこからかよ!」


が、菓子会社に喧嘩を売ってるとしか思えない発言に、 嗚呼、やっぱりコイツはコイツだったか、と嘆息する。


「でも、百味ビーンズって美味しいよね?僕はカエルチョコの方が好きだけど」
「うん。分かるよ?美味しいのは美味しいのかもしれないっていうのは!」


特にリーマスの言葉は全肯定なあたりとか。
がしかし、やっぱりそれでも納得はできないのか、しみじみと俺の手元を見やる


「ただ、一回酷い目にあってるからなぁ」


いや、待て。
なんでそれで俺を恨めし気に見てくるんだ、お前は。
まだ俺は食べさせてないだろうが。

気分を害す俺を余所に、珍しく興味が誘われたのか、リーマスもジェームズと同様首を傾げる。
(話題が菓子だからか。菓子だからなのか)


「へぇ。どんな風に?」
「普通の菓子勧めてくるノリでホイっと渡されてさ。
そりゃあ、普通に食べるじゃん?
で、そしたらなんとそれが耳くそ味でね……」
「あー、最初に外れ食べちゃったんだ。それは確かにきついよね」
「でっしょ!?もう、噛んだ次の瞬間に吐き出したっての。
ハリポタファンにはある意味オイシイ展開かもしれないけど、別にそこは求めてなかったのに……っ
なんでこの美食の世の中でそんなのリアルに再現しちゃったの?
も っ と 他 に 色 々 味 あ る だ ろ う が っ !」


だから、そんな味が混ざってる物を食べる奴の気がしれない。
そう、奴は話を締めくくった。
が、まぁ、そうまで言われてしまうと……


「えー?このスリル感が良いんじゃないか!ねぇ、シリウス?」
「だよなぁ?ハズレが出たら吐き出せば良いだけの話だろ?」



食べさせたくなるのが、人の性って奴だよな?



一瞬の内に思考が完全に一致したジェームズとアイコンタクトを交わし、 俺たちはそれはもう素晴らしい笑顔で百味ビーンズについて語りだす。


「ロシアンルーレットだかなんだかってのもマグルの世界にあるじゃねぇか。ようはあれと同じだろ?」
「そうそう!それに、次に美味しそうなのを食べれば口直しできるしね」
「慣れないから変な味の奴食っちまうんだよ」
「見れば美味しい奴かそうでないか、すぐ分かるようになるさ!」


で、ダメ押しとばかりに、俺たちは最もに対して影響力のある男に期待を込めた視線を送る。


「「リーマスもそう思うだろ?(よね!)」」
「…………」


そして、がひたっと視線を向けたその瞬間に、リーマスは満面の笑顔を浮かべた。


「もちろんだよ☆」
「っっっ!!」


流石、悪戯仕掛け人の一角。
輝かんばかりの良い表情カオだった。

で、それを見たは赤くなったり青くなったりで大忙しだ。
明らかに自分を嵌めようとしている俺達の魂胆が透けて見えている。
がしかし!
さっきも言ったように、こいつの基本スタンスはリーマス全肯定なのだ。

そのリーマスに最高の笑顔で太鼓判を押された今、 に残された選択肢は「百味ビーンズを食べる」ただ一択だった。


「うううう……くそ、マジでか」


なんとも悲壮感漂う姿で、俺の方に手を伸ばしてくる
だが、こんな絶好の機会を逃す俺ではない!
ひょいっと、立ち上がり、奴の手が届かない遥かな高さに百味ビーンズを持ち上げる。


「……お前、なにしてんだ」


と、すぐさま剣呑な瞳になったに、俺は勝ち誇るような笑みを向けた。


「別に無理して食べてくれなんて誰も言ってないぜ?」
「〜〜〜〜〜〜!?」
「これ、俺がわざわざ買って来た奴なんだよなぁ。
なのに、嫌々食べられるなんて気分悪ぃだろ?」
「っ!!」

「うわぁ、凄いね、シリウス。見事な悪役っぷり」
「まぁ、をからかいたくなる気持ちは分からないでもないんだけどね」
「う、うわ、涙目だよ……っ」
「あれ、いつの間にいたの?ピーター」
「っっっうぅ」
「止めなよ、ジェームズ。ピーターも泣いちゃうじゃないか」



気が付けばそんな風に遠巻きに俺らのことを見ていたジェームズたちに気付くことなく、 俺はこれ見よがしにの前に百味ビーンズをチラつかせる。


「で?お前はこれをどうしたいって?」


そして、「いやぁ、この時のの悔しそうな表情カオは本当に見応えがあった」と、 何年後にも、そう思えそうな姿では唸った。


「〜〜〜〜〜  ぃ」


百味ビーンズを食べるよりよっぽど苦々しい表情である。


「あ?聞こえねぇなぁ」
「だから、食べたいって……っ」
「あー?」
「…………。
……………………。
百味ビーンズがとっても食べたいので御恵み下さいお願いします!」


やけくそ感満載のセリフと吐き出す
その姿にこう……なんて言ったら良いのか。
口の端がむずむずして堪らない。

自分でも、なんとも言えない衝動があり、 俺は「最初からそう言えば良いんだよ」ともっともらしく頷きながら、 奴の頭の上で菓子箱を振ってみる。


「ホラ。食べたきゃ取ってみろ」
「〜〜〜〜〜僕はチビッ子か!?」
「あー、男にしたらチビなんじゃねぇの?」
「手前ぇ、この野郎……っ」


ぴょんぴょんと、チビっ子というより、小動物のようには菓子箱に飛びついた。
がしかし、悲しいかな、そこは身長の差が物を言う。
俺が横に振ってしまえばあと一歩というところで、手が届かなかった。


「くっそ! ちょっ コラ!」


怒鳴ろうが何しようが、、届かない物は届かない。
最初は不機嫌そうな様子だったもそれが何度か続けば、 段々意地になってきたのか、菓子箱ばかり必死に追いかけ始めた。
なんていうか、ねこじゃらしを追いかける猫さながらである。


「あー、おしいおしい」
「おしいおしい じゃ なくって! おまっ このっ シリウス!!!」


こうなってくると、こっちも意地でも渡すものかという心境になってくる。
そして、そんな攻防が1分位続いた時、


「はい、そこまでー」


身体能力ピカ一のジェームズが、正面のに気を取られている隙に俺の手から百味ビーンズを奪っていった。
くっそ、今良いところだったのに!
そう、奴に文句の一つもつきたいところだったが、続けられたセリフにぐっと言葉が詰まる。


「手前っ、ジェームズ!」
「はいはい。良い雰囲気のところ邪魔しちゃって悪いけど、
見てるこっちが恥ずかしくなってきたんで、そろそろ止めようね。シリウス」
「 良 い 雰 囲 気 !?」


よりにもよってゲイ相手に洒落にならない言葉だった。
お前、言って良いことと悪いことが世の中にはあるって知らないのか!?
大体、良い雰囲気ってなんだ良い雰囲気って!
俺は恥ずかしいことなんて一つもしてない!!

リーマスあたりが聞いていれば「いやぁ、大分恥ずかしい構図だったよ」とでも言いそうな心の叫びをあげる俺だったが。
どうやら味方ができたらしいと敏感に察したは、 気づけばわざとらしく泣き真似をしながらジェームズにひっついていた。


「うえーん。ジェームズ〜」
「!?」
「シリウスが僕をいじめるよ〜!」
「うんうん。酷い男だねぇ、シリウスは」


思わずぎょっとした俺に構うことなく、ジェームズはジェームズでよしよしとそれを甘んじて受け入れる。
そして、白けた視線を向けられる俺……って、 なんだこれなんだこれなんだこの状況!?
ゲイと普通に抱擁するだなんて……お前は勇者か!?
そして、悪役、俺!?


「なんていうか、不毛な三角関係っぽいよね。この構図」
「リーマス!?」


お前がそれを言うのか!?
それなら、お前入れての四角関係だろうが!
はっ!?
いやいやいや、違う違う違う!
俺は断じてあの変態とその手の関係を持っている訳じゃないから、 えっと、うん?やっぱり三角関係か!???

思わず、怒号なのか悲鳴なのか分からない声を上げて混乱している俺だったが、 その隙にジェームズはそれは楽しそうにに餌付けを開始していた。


「ホラ、これ綿あめ味だと思うから、美味しいよ?」
「え?マジで?わーい」


俺 の 百味ビーンズで。(所有権はどこに行った)


「あ、本当だ。美味しい美味しい」
「でしょ?ちなみに、ソーセージ味はハズレじゃないくせに不味いから止めた方が良いよ」
「ハズレじゃないくせに不味いのかよ」
「うん。ハズレは吐くけど、あれは吐くほどじゃない不味さ?」
「それはそれでタチ悪いな……」


もぐもぐと、全く遠慮なく 俺 の 菓子を食う
こうなったら、後でハズレだけ詰め合わせた百味ビーンズを匿名で送りつけてやろうか、と、 それはもう陰険なことを考えていると、ふと、ジェームズと目が合った。


「「…………」」


ら、奴はパチンとウインクをしてきた。
野郎にウインクされても嬉しくもなんともねぇよそれでチャラにしたつもりかこのナルシストと 長年の親友に対してもドス黒い感情が巻き起こってきた俺だったが、しかし。
そこはやはりジェームズというか。
俺は次の瞬間、奴の仕草の意味を悟った。


「……おぇっ!!!」


そう、奴がウインクした瞬間に口に放り込んだビーンズを、が光速で吐き出していたのを目撃して。
(一応、の名誉の為に言っておくが、瞬時に取り出したティッシュにだ)


「「「…………」」」


それが意味することは一つしかないだろう。
無言で俺たちは顔を見合わせ、悪戯仕掛け人の良心とでも言うべき男が、 代表してとりあえずの質問をしてみる。


「なに食べさせたの?ジェームズ」
「え?ゲロ味」
「「「……悪魔だ(ね)」」」


どうやら、本当の悪役は優しい表情カオで近づいてくるものらしい。
そう、その現場を見ていた人間は心に刻み込んだ。
「うがぁああああ、くっそ不味っ!げえぇえぇぇぇ」というの雄叫びを聞きながら。





+ + +





くすっと、あの時のことを思い出して唇が弧を描く。
嗚呼全く。


「本当に、馬鹿だな……」
「え?」


キョトン、と目の前で漆黒の瞳が丸くなる。
それが、記憶の中の『あいつ』と重なって、一瞬はっとなるが、 そこにいたのは、『あの馬鹿』よりも一回り小さいシルエットだった。
あの独特の子どもの顔が描いてあるカラフルな箱。
小さな子どもが手にしていたのは、紛れもなく見覚えのある菓子箱だ。

リーマスが新学期の準備で一足早くホグワーツに旅立って行ってもう二日。
すっかり暇を持て余したコイツはどうやら家の中を漁ったり探検したりで過ごしていたらしい。
(外出?いやいや、そんな恐ろしいことさせられるはずがないだろう。探し出すのも面倒だ)

その結果、リーマスだかジェームズだかが買い置きしていたそれを見つけたようで、 「これ、百味ビーンズですよね?」と、それは嬉しそうに持って来たのだった。
だがしかし、それに対して俺が口にしたのは「馬鹿」の一言。
いや、口に出すつもりもなかったんだが、ボロッと漏れていたのだ。

で、まぁ、当然コイツとしては、自分が言われたと勘違いした訳で。


「え、これ百味ビーンズじゃなかった……ですか?」


子どもはへにょん、と眉を下げる。
困ったように。
急に自信を失ったように。


「…………」


その表情カオは、どこか見覚えのあるもので。
苦笑しながら、しかし、それを見せまいと、形の良い小さな頭をがしがしと撫でる。


「いや、こっちの話だ」
「わっ!?」
「なんだ、お前食べたことないのか?」
「ないっす!」
「…………」
「…………」
「……食べたいんだろ?」
「ぐ……っえっと、そりゃあ、まぁ」


図星を指されて、子どもの目が右に左にと彷徨う。
欲しいのなら素直にねだれば良い物を、どういう訳だか遠慮しているらしい。
まぁ、でも、持ち主不在を気にする気持ちは分からないでもない。
俺とこのカラフルな箱は客観的に結びつかないだろうしな。

『あいつ』とは違う、殊勝な態度がどこかいじらしく感じられ、 俺はまぁ、食べたとしても補充しておけば良いだろうと軽く考えながら、小さく口の端を上げた。


「なら食ったら良いんじゃないか?」


そして、次の瞬間、咲いた嬉しそうな無邪気な笑顔。


「良いんですか!?ありがとうございます!
シリウスさんの許可を得て食べたってリーマスに言っておきます!」


……無邪気?な笑顔。
そんなところも『あいつ』を思い出させて。
もう何年も、あいつのことなんて思い出さなかったのにな、と妙に口に残るほろ苦さに表情カオを顰める。


「……そこは黙ってて良い」


小さな手が掴んでいるのは、紛れもなく百味ビーンズだ。
ただ、そう。
それを見て、遠い日の残響が聞こえた。
それだけのことだろう。

ちなみに、箱が開かなくて悪戦苦闘しているコイツから箱を奪い、 その手の中に放り込んでやったのは、なんの因果か耳くそ味だった。





優しさには気をつけろ!





 ―作者のつぶやき♪―

この作品はact.Kを訪問下さった皆様に捧げます。

サイト10周年記念ということで、リーマスに続いて票を獲得したシリウスの短編をお送りしました。
全ては百味ビーンズの衝撃故に書こうと思ったお話だったのですが、 気づけば、好きな子に意地悪するお馬鹿さん話のようになっていました。あれ?
当初は、お互い百味ビーンズをひたすら食べていく予定だったんですけどね。管理人ズのように(笑)
ええ、もうハズレは文句なく生理的な吐き気を催す素晴らしいお味ですので、罰ゲームにぜひどうぞ!

期間限定(5/17〜5/24)でフリー配布です。
ご希望の方は、topメールフォーム又は拍手にてご一報下さると管理人小躍りします。

*現在、配布はしていません。
以上、サイト10周年記念フリー夢第二弾『Phantom Magician 20.5話』でした!