人肌ほど安心する物はないと言うけれど。 Phantom Magician、14.5 * 注:ネタバレがお嫌いな方は、第一部を読了後にお読み下さい。 ずっとずっと。 探している、人がいる。 「――、マス」 その人は、突然私の前に現れて。 やることなすこと全てがでたらめで。 そのくせ、人の視界に悉く入ってきて。 「――マス」 自分の居場所を私の中に作っていったくせに、 やっぱりどこまでも勝手にいなくなってしまった。 空いた穴は埋まることもなく。 けれど、痛む訳でもなく。 ただただぽっかりと、その空白だけ残り続ける。 その穴を通るすきま風が、寒いばかりだった。 「リーマス――?」 空いた隣が、寂しいばかりだった。 だから、決めたんだ。 「――ああ、おはよう……」 大切な物は二度と手離さないって。 「…………」 軽やかな声に、下ろしていた瞼をこじ開ければ、目に入った陽光が眩しかった。 それに、反射的に瞬きをしていると、その仕草が無防備に見えたのだろう、 いつの間にか近くに来ていた少女が笑う気配がした。 「リーマスでもうたた寝するなんてことあるんだねぇー」 「あんまり日差しが気持ちよかったものだから、つい、ね?」 カラカラ、とそれこそお日様のように明るい笑み。 にっこり、とそれに釣られていつものように私も笑顔を向けると、居候の少女は照れたように頬を染めた。 大変素直な反応で、嗚呼、可愛いなぁ、なんて更に笑みが深くなる。 彼女は。 混み入った家庭の事情とやらで、つい最近私達の家に転がり込んできた女の子だ。 最初にダンブルドアから話をされた時はどうなることかと思ったが、 「も一緒に昼寝するかい?」 「はっ!?」 今では、この少女がこうして来てくれたことに、感謝すらしている。 家からほんの少し離れたところにある大きな切り株。 それに寄りかかりながら、私は言うが早いか、 華奢な少女の腕を引っ張ってその小さな体を抱きかかえた。 ふわり、と柑橘系の爽やかな香りが鼻先を掠める。 「り、り、り、り、リーマスぅ!?」 「ふふっ。声が裏返っているよ?」 「〜〜〜〜〜〜っ(誰のせいだよ!?)」 素っ頓狂な声を上げる彼女は、しかし、そのことを指摘すると面白いように言葉を失った。 緊張の為か体はガチガチに固まっているし、顔はと言えば耳まで真っ赤だ。 つい先日まで距離を置いていたのは自分だが、 こんな可愛らしい姿が見れるならもっと早くこうしていれば良かった、と思う。 そうすれば、あんな肝を潰すような思いもしないで済んだだろうに。 少女の緊張を解すようにその形良い頭を撫でながら、 先日ジェームズとハリーが来た時のことを思い出す。 『…………っ!!!!』 あの時。 が箒から振り落とされたのを見た瞬間、私は本当に、全身が凍り付いたかと思った。 頭の先から。 足の先まで。 血の気が失せて。冷たくなって。 そして、気がつけば手を伸ばして、少女をしっかと抱きかかえていたのだ。 そう、丁度今のように。 もっとも、今とあの時とでは、まるでの表情が違うのだけれど。 『こ、怖かっ……だって……いきなりっ……ひっ……』 この子は……泣いていた。 見知らぬ他人であろう僕達に急に預けられても。 シリウスに冷たい態度を取られても泣かなかった子が。 余程恐ろしかったのだろう、気丈に笑っていたこの子が、縋り付いて声を上げたのだ。 『っ…………』 それを見た瞬間に、それは私がこの子と向き合うことを恐れていた報いだと言われた気がした。 こんなに小さな子を、つまらないことで永遠に失うところだった、だなんて。 そんなもの、悲劇にだってなりはしない。 「ううううぅ。この歳になって抱っこだなんて……」 「うん?なにか言ったかい?」 「〜〜〜覗き込むとか!!」 「?」 ぶつぶつなにか呟きながら暗い表情をするが気になり、 そっと目を合わせるようにした所、その顔の近さに驚いたのか、 はぱっと自分の腕をまるでつっぱり棒のように突き出した。 「り、リーマス。あたし、こういうスキンシップとか、な、慣れないんデス、けど」 「嗚呼、そういえば日本人はそうだって聞いたことがある気がするね」 「だから!」 「うん。なら、徐々に慣れていけると良いね」 「!!(違う!あたしが言いたいのはそういうことじゃないっ!!)」 目を真ん丸に見開いて固まっている少女。 それを見て、自分の記憶の扉がまた一つ開かれたことを知った。 そういえば、 も自分からは寄って来るくせに、 私から近づくとどうしようもない程取り乱していたな。 少し微笑んだだけで、頬を染めて。 話をした位で泣いて。 嗚呼、そうだ。 あの人は、表情だけはいつもいつも分かりやすい子だった――……。 「…………」 ぎゅっと、少女を抱く腕に力が籠もる。 ――『彼女』が消えてから、10年ほど経って現れた『彼女』を思わせる少女。 『彼女』が消える前に会ったのも、ダンブルドアで。 を連れてきたのも、ダンブルドア。 そこに、どうしようもない程の作為を感じた自分は多分、どこか狂っているのだろう。 けれど。 目の前の少女を、その仕草を、見れば見る程に、自分の中で疑いが確信に変わっていく。 シリウスは馬鹿馬鹿しいと吐き捨てたけれど。 でも、本当にそう思っていたら、彼はあんなに苦々しい表情はしなかったはずだ。 『あいつが、お前とあの馬鹿の娘?冗談じゃないっ』 『けれど……』 『確かに、あの馬鹿に似ている気はするかもしれない! ダンブルドアもそんなことを匂わせていたからな。 あれが娘ってこともあるんだろう。だが!』 『…………』 『それが、お前の娘なら、なんであいつはいなくなったんだっ!!』 それは、多分。 『彼女』と親しかった誰もが一度は思ったこと。 何故。 どうして。 今この場に、君がいない? 君の記憶が消えていくんだ? 確かに君はここにいたはずなのに。 私の隣で笑っていたはずなのに。 その証拠は、この世界のどこにも存在していなかった。 、この子が家にやって来るまでは。 『ええと、その、あの、よ、宜しくお願いします! じゃなかった、=です!本日はお日柄もよく……っ』 初めて、彼女がダンブルドアによって戸口に連れられて来た時には、本当に驚いた。 意志の強そうな漆黒の瞳に、真っ直ぐな黒い髪。 緊張のせいか強ばった頬は薔薇色で、 小さなその体は、抱きしめたら壊れてしまうんじゃないかと思った。 でも、なにより驚いたのは、を見た瞬間、見覚えがあったことだ。 東洋人の知り合いなんて、『彼女』しかいない。 顔も覚えておらず、声も思い出せない、『彼女』。 それなのに、私の心ははっきりと『彼女』に似ていると叫んだのだ。 謎の多かった『彼女』のことだ。 知らない間にを――自分の娘を産む位のことはしてのけるだろう。 それとも、その記憶すらも『彼女』は自分達から奪い去ってしまったというのだろうか。 愛しい娘が生まれたという、そんな幸せな思い出すら? それは。 それは、なんて――…… 「?リーマス??」 と、しばらく黙り込んだ私の異変に気づいたのか、が訝しげに眉根を寄せていた。 「え?ああ、ごめん。なんだい?」 「…………」 取り繕うように綺麗な漆黒の瞳の中で笑ってみせる。 すると、彼女はさっきまで狼狽えていたのが嘘みたいに、静かな瞳で私を見た。 いつか、どこかで見た瞳だった。 「!」 吸い込まれそうな、夜の色だ。 でも。 「寝てる時にでも、なんか嫌な夢見た?」 「っな、んで、そう思うのかな……?」 この夜は。 冷たい夜では、決してない。 「えっと……なんか、痛そうな表情してるから」 頬に添えられた手と同様に。 「痛そうな、表情?」 「うん。それか、迷子?寄せた眉根が非常に色っぽ……げふんげふん」 スキンシップに慣れていないらしい少女は、そこで無意識に私に伸ばした手を自覚したのだろう、 どこか気まずそうに咳払いをした後、それを誤魔化すようににっこりと笑みを浮かべた。 「と、とにかく、こんな所で寝てると体痛くするし。風邪引いちゃうし。もうそろそろ帰ろう?」 「…………」 嗚呼、心が叫ぶ。 愛しい。 愛しいと。 『彼女』ではなく。 という、この少女を。 「そうだね。帰ろうか。私達の家に」 「!うん!」 ぎゅっともう一度少女を抱きしめ、私はそのままその場で立ち上がる。 その温かな温もりが、心底手放しがたかった。 だが、そろそろ帰って午後のティータイムをするのも素敵だ。 ハリー達の為に作ったケーキをそろそろ食べてしまわないといけないし、 そういえば庭のハーブも今の時間が一番香りが強い。 摘んで紅茶に添えるのも一興だろう。 男所帯ではあまり縁のない華やかな午後に思いを馳せる。 すると、遠慮深い少女のか細い声が、私の思考を断ち切った。 「……リーマス?」 「うん?なんだい、?」 「なんで、あたし抱きかかえられたままなの……っ!?」 ぷるぷると羞恥に震える様は、子犬のようだ。 本当に可愛いなぁ、なんて思いながら「私がそうしたいんだよ」とあっさりと返答する。 と、あんまりストレートな言葉には、聡明な少女も流石にどう返して良いか分からなかったらしく、 散々口をぱくぱくと開閉した後に、絞り出すような声でやんわりと自分を下ろすように言ってきた。 もっとも、そんな言葉に従う私ではないのだけれどね? 「う、腕痛めてる人が、十歳超えてる子どもを抱き上げるのはいけないと思うの!」 「大丈夫だよ。は羽が生えているみたいに軽いからね」 「〜〜〜〜〜素でそういうことをっ」 「ああ、そうやって暴れられると痛くなるかもしれないな」 「!!!!」 ピタリと動きを止める心優しい。 その素直さは、今後とも是非そのまま育てていきたいところだ。 いつかこの子には、自分の体質のこともなにもかも、話さなければいけなくなるのかもしれない。 母親の存在も、その内には問い質すことがあるかもしれない。 けれど、今は。 「うぅ……リーマスが過保護になっている」 「過保護?まさか。イギリスではこんなものだよ」 「ええ!?」 今は、まだ、このままで。 「くっ……これがカルチャーショックって奴なのね」 「ふふふ。大丈夫。これから覚えていけば良いんだよ」 ふっと、音も立てずにサラサラの髪の毛に口づける。 きっと、が気づいたら顔を真っ赤にして声なくこちらを凝視してくるのだろう。 『彼女』より更に純粋で、幼くて。 きらきらしたその瞳で。 これはもう……しばらくお嫁さんにはあげられないかな。 見慣れた仕草ほど愛おしいものもない。 ―作者のつぶやき♪― この作品はact.Kを訪問下さった皆様に捧げます。 初公開な、大人リーマス夢いかがでしたか? サイト10周年ということで、アンケートを実施してみましたところ、 まぁ、予想通りぶっちぎりでリーマス圧勝でした(笑) 何気なくシリウスも二位でしたが、やはりメイン連載には勝てませんでしたね。 という訳で、まだお見せする予定のなかった第1部の短編をお送りしました。 しかし、どうして1部のリーマスはこうも激甘なのか。 ひっさびさの白リーマスに誰よりも管理人が驚いています。 ご希望の方は、topメールフォーム又は拍手にてご一報下さると管理人小躍りします。 *現在、配布はしていません。 以上、サイト10周年記念フリー夢『Phantom Magician 14.5話』でした!
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