わたしはあなたの心の望みをうつす。





Phantom Magician、48





ひらひらと。
ひらひらと。
窓の外に雪が降る。
しんしんと。
しんしんと。
音を取り込んでしまったかのように、静かに静かに降り積もっていく。
夜の校舎を忍び歩くには、なんともふさわしい夜だった。


『……。詩人気取ってるところ悪いんだけど、物凄い歯が鳴ってるよ?』
「……ガタがアシアシなんです」


道理で寒いと思ったよ!
談話室出たらマジありえない温度なんですけど!
息白っ!氷点下!?見てみろよ!
ちょっと出ただけなのに、手とかもう紅葉色じゃん!?

ガチガチガチ。
あまりの寒さに、あたしの体は意志に反して縮こまっていた。
が、スティアは特にそんなこともないのか、軽快な足取りでさっさと先に進んでしまい、 動かないあたしを見て仕方がなしに引き返してくる。
そして、そのままにしたり顔であたしの言葉に解説を加えた。


『まぁ、生徒いない時まであっためとく必要ないからねぇ。省エネって奴?』
「魔法界にもそんな言葉あるんかい」
『魔法“エネルギー”ならあるんじゃない?』
「さいですか」


ああくそ。正論だから、否定しようがない。
ってか寒いよぅ。コート着てくりゃよかったっ!

さっさと用事を済ませて、自室の布団でぬくぬくしたいとは思いつつ、身体がギクシャクして動かない。
がしかし、動かなければいつまで経っても用事は終わらないワケで。
嗚呼、悪循環!と叫びたい心境だった。


『いや、叫んでも事態は変わらないからね?
なんで素直に僕に助けを求めないのさ?』
「百倍返しを要求されそうな気が……」
『……ぱーどぅん?』
「しませんしません!いやぁ、実はいつ言おうかタイミング計っててぇー。
もう、スティア、マジ頼りになるよね!うん!ってことで助けてースティえもーん!」
『……はぁ』


適当な懇願に嘆息しつつ、尻尾でポンと気軽にあたしの足を叩くスティア。
(コイツの尻尾ってなに?杖代わりなの??)
すると、その瞬間、唐突に春が訪れたかのような暖かさがあたしを包む。


「敢えて表現するなら……そう!炬燵でぬっこぬこしてるような!!」
『はい、寒さもなくなったところで、行くよー』
「スルー!?」


うううぅ、酷い。
あたしとスティアのコミュニケーションってツッコミないと成り立たないのに……ぐすん。
が、大げさに嘆くあたしをあっさり無視して歩を進める奴に、仕方なしについて行く。

杖明かりなしには厳しい道程のはずだが、雪のおかげで外がほの白く明るいことと、 何故だか闇の中でも輪郭くっきりな黒猫のおかげで、恐怖心といったものはあまりない。
こうして見ると、どこからどう見ても猫のはずなのに、どこからどう見たって普通じゃないんだよなーコイツ。

不意に。
本当に不意に、あたしの中で疑問がわき起こる。

コイツは……なんだ?

あたしの相談役で、案内人。
それは今までのことからして、きっと確かなのだろう。
でも、それ以外に、あたしは驚くほどスティアのことを知らない。
あたしのネタ振りについてこれる、オタクだとか。
面倒臭がりで、でも、案外世話焼き体質だとか。
そんなことは知っているけれど。
もっと客観的な情報を、あたしは何一つ知らない。
まず、存在自体が猫なのかなんなのか微妙なのだ。
知っている方がまずおかしい。
でも。
そもそも、あたしコイツにちゃんとした確固たる背景を、求めてこなかったんじゃないだろうか。
どこそこの三男坊でどこの学校行って何が好きで、みたいな普通の、プロフィール。
それを、あたしは無意識にないものとしていたんじゃないだろうか。
それは、少し。
少し、寂しいものだった。


「……ねぇ、スティア?」
『はいはい。今度はなに?』


だから、問う。
ないかもしれないけど、でも、あるかもしれないから。


「スティアってさー、兄弟いるの?」
『はぁ?いきなり何言い出すの、君は』
「スティアとコミュニケーションを取ろうと思いまして」


ごく普通の友達なら、まず訊くであろうことから攻めることにした。


「どうなん?やっぱ猫なの?」
『いや、猫じゃないってば。っていうか、僕兄弟とかいないし』
「え、そうなんだ?」
『何でそんな意外そうなの?』
「いや、スティアって、弟か駄目な兄の面倒見てそうな気がしたからー」


主にあたしに対する対処の仕方とか。
そう言えば、スティアは珍しく、普通に可笑しそうに笑った。


『人として駄目な親戚っぽいものは何人かいるけどねぇ。僕が一番年下なのは間違いないよ』


自分のことをちらっとでも語るスティアは、本当に珍しい。
あたしはそのことに驚きつつも、この機会を逃さないように更に言葉を重ねる。


「スティアって年幾つくらいなの?猫の姿とか声は子供っぽいけど、実際違うよね??」
『さて、どうでしょう?少なくとも君よりは精神的に大人な気がするけど』
「うわ、はぐらかしやがった。お前は乙女かっつーの」
『ここで、僕が実は乙女なんですとか言ったら皆ビックリするよね』
「……マジ?」
『さて、どうでしょう』
「ムキーっ!」


いや、コイツは男だ。間違いない。しかもドSの。
年齢詐称疑惑の持ちあがった奴に、すっかり翻弄されるあたしだったが、その後も結構楽しい会話を交わす。
(例えば、恋バナ。ミセス ノリスと最近仲が良いのでからかったら、物凄く冷たい瞳をされた)
結構でっかい声で話してた割には、教授陣にもフィルチにも見つかることなく。
(ひょっとすると、スティアが姿くらましとか防音の魔法を駆使してたのかもしれない)
あたしたちは、やがて例の空き教室に辿り着くのだった。
そう、『みぞの鏡』のある、場所へと。







その教室は、本当に長いこと使われていなかったらしく、床に白く埃が積もっていた。
日光の下であれば、うわー汚ぇとなる光景のはずだが、
雪明かりに照らされているせいか、寧ろその光景はある種の不可思議な美しさをたたえていて。
教室に一歩踏み出す事に、僅かな躊躇いが生まれる。
そもそも、仕方がないとはいえ『みぞの鏡』をあたしが実際に見る必要はないのだ。
くれぐれも・・・・・虜になったフリで良いと、スティアには事前に言われている。
だから、鏡の前に何度か足跡をつけて、ここに来てるやつがいるぞーと噂を流すだけでも良い。

興味は、もちろんあるのだ。
その、幸せな光景を、客観的に見てみたいとはもちろん思う。

自分の望み。
そんなもの、決まっている。
リーマスとラブラブになることだ。
でも。
でも、と心の片隅で声がする。
そうでないものを見てしまったら?





あたしは一体、どうしたら良いんだろう。





と、あたしが躊躇していることが分かったのだろう、先行していたスティアは一度ちらりとあたしを見ると、 ととっと軽い足音を立てて鏡に近づいた。
そして、あたしの戸惑いなんて尻目に鏡を覗き込むと、じっと凝視した後、


『……はぁ』


小さく溜め息を零した。
あれ?なんか想像と違う反応。
ここは、ビックリするとかうっとりするとか、そういうリアクションが相応しい場面じゃなかろうか。

おまけになんか眉間に皺を寄せているらしいスティアが不思議で、あたしはとりあえず問いかけてみることにした。


「スティア、どうしたの?」
『……いや、想像通り趣味の悪い鏡だなぁと』


趣味が悪い?
確かに、金ぴかでゴージャスな気配漂う鏡だけど、寧ろ趣味は良い気がするが。


『嗚呼、いや、そうじゃなくて……。分かり切ったことを見せつけてくるもんだからさ』
「はい?スティアくん、もうちょいあたしにも分かるように言ってみようか」
『……口で言うより、実際見た方が早いよ。多分、僕が見たものと君が見るのは・・・・・・・・・・・・・同じものだ・・・・・


ワケの分からない言葉だったが、そこであたしは天啓のようにその言葉の意味が閃くのを感じた。


「っ!なんだって!?スティア、まさか……」


リ ー マ ス 狙 い だ っ た の っ !!?


『違ぇっ!!』


今までの散々な対応とかって、好きな子ほど苛めたいっていうあの小学生男子心理だったんだ!!?
嗚呼、そういえばリーマス以外にはあそこまで露骨な態度とってなかった気も……っ!!
うわぁぁぁ!どうしよう!ライバルに恋愛相談とかしちゃってたよ、あたし!
はっ!でも、所詮相手は猫!人間であるあたしの相手になるはずが……!
って、あたしも女の子認定されてないんだけどねっ!!


『……勝手に人の心理分析して勝手に優越感もって勝手に落ち込むとかマジ止めてくれる?
この僕が?あの狼男を??……考えただけでおぞましいっ!!
次にそんなこと言ったらいかにといえど、僕も本気で呪うからね』


心の底から本気っぽい殺気を浴びて、内心ガタブルである。
が、『同じ物が見える』とか紛らわしいことを言ったのはそもそもスティアなのに。理不尽だ。


「うぅー。じゃ、じゃあ、あれか!ミセス ノリスとラブラブしてる姿だね!」


とりあえず、その殺気を逸らそうと、どうにか話を続けてみる。
と、『んなワケあるか!』とあっさりその会話は投げ捨てられた。
だって、あたしと同じでリーマスじゃないとすればあれでしょ?
『スキな相手とラブラブしてる姿』ってことでしょ?それでなんでそんな怒られるかな……。


『まず選択肢に猫を上げるところから止めろ』
「え、じゃあ、まさかあたし!?いやん、気持ちは嬉しいけど、あたしにはリーマスがいるっていうかぁ」
『…………はぁ。もう良いよ』


あまりの駄目回答っぷりに、スティアは本気で疲れていた。
ぐったりと、顔を床に向けて、完全にうなだれている。
が、そうまで言われてしまっては、寧ろ気になるというもので。
気がつけば、あたしはさっきまでなるべく見たくないと思っていた鏡に、ふらふらと近寄っていく。


『……っ!!?』


そして、あたしはスティアが止める間もなく、意外にあっさりとその鏡の前に立っていた。


『くれぐれもフリで良いって、言ったじゃないかっ!!』


何故だか焦ったように叫ぶスティア。
だが、あたしの瞳に映ったのは、彼がそこまで焦燥を感じる類のものでは全くなかった。


「……あたし、リーマスとのラブラブ以上に、自分のちびっこさにコンプレックス持ってたの??」


そう、そこにいたのは唯の『あたし』だった。
視線の先には、今の姿ではなく、元の世界の時のリアル年齢の自分。
おまけに格好は今と同じなんだから、ちょっと笑ってしまう。
その歳で、ローブ着てるのなんか、あたしの中ではコスプレ状態である。見てて痛いw
ん?ああ、いや、もうちょい若い、かな?

なんとなくだが、お肌のぴちぴち具合とか若干幼さの残る顔から、そう判断する。
にこにこと気が抜けたように笑っている彼女は、確かに幸せそうだった。
が、これがあたしの望み?
確かに、幾度となく、今の自分の姿を嘆きはしたが。
微妙に納得のいかないそれに、あたしは自分の眉間に皺が寄るのを覚えた。

と、あたしのそんな不機嫌そうな様子が分かったのか、鏡の中のあたしが笑みを深める。
その笑みが、何だか見慣れなくて。
よく分からない不気味さを感じていると、『彼女』はどこか寂しそうに微笑み、自身のポケットに手を伸ばす。
そして、本来なら何も入っていないはずのそこから、一枚の紙片を取り出した。
?なんだろう??
それは、羊皮紙とは違う、人工的な白さをしていた。
一瞬はがきだろうかとも思ったが、何一つ記されていない姿にその考えは否定される。
首を傾げると、『彼女』はあたしにも分かるようにだろう、その紙片の表側をあたしの眼前に晒した。


「…………っ!!?」


それは、つい最近見た、写真。
リリー=エバンズが『名もなき魔法使い』と初めて撮ったツーショット。
切なくて、悲しい空白の開いた、寂しさの象徴。
けれど、鏡の中のそれは。





「…お…とー……さ……?」





どこまでもあたしによく似た青年が、眩しい笑顔を浮かべて写っていた。





嘘吐きめ。





......to be continued