杞憂という言葉は、何もしなかった奴の言い訳だ。





Phantom Magician、46





衝撃の告白をしたリリー。
そのことをあたしが完全に把握する前に、しかし、彼女はあっさりと会話を打ち切った。
どこか湿っぽい雰囲気になってしまった空気を払拭したかったのだろう。
彼女はさっきまでとは打って変わって、少し悪戯っぽく目を細めて、彼女の愛する息子の話を始めるのだった。


「実は今日私たちが来たのはね、明日ハリーを応援するためなの。
本当は当日来るつもりだったのだけれど、ダンブルドア先生が前の日に来て驚かせてあげなさいって」


もっとつっこんだ話が聞きたかった気はするけれど。


「……ばっちり驚いてたと思いますよー?
あたしたち、校長室に揃ってるメンバー見て『絶対怒られる!』って思いましたもん」
「ふふっ。ごめんなさいね」


直前の彼女の表情にすっぱりと諦める。
あんな切ない表情を美人がしているのは、絵にはなっても、ずっと見ていたいものではない。
なので、あたしもその話題に乗っかることにした。
なんていうか、この後、全然思いもしない方向に話が転がっていってしまうのだけれど。
それでも、あたしはこの時、追及を止めたことを後悔していない。

そして、リリーの言葉は続く。


「でも、私たちも驚いたのよ?
あのシリウスがあんなに取り乱すのって、珍しいもの」
「はぁ?取り乱すー?いや、イライラと怒鳴ってただけですよ、アレ」


っていうか、標準装備ですよ、アレ。
そう言外に告げる。
がしかし、リリーはそれに対して、あくまでも笑顔のまま首を横に振った。


「シリウスなりに心配していたのよ。知ってる?
貴女たちが来るまでの間、あの人校長室をずっと歩きまわっていたの」
「は?」
「ハリーがトロールと対決なんてしたら、絶対ジェームズと一緒になって喜びそうなのに、ね。
最初は不思議だったのだけれど、貴女に対して怒鳴っているのを見て、なるほどと思ったわ。
貴女のことが心配すぎて、八つ当たりしそうなのをどうにか発散しようとしていたのね。
失敗だったけれど」


傍から聞く分には、なんとも素敵なほのぼのエピソードだった。

ふむ。つまりはシリウスはやっぱりツンデレである、と。
「か、勘違いするなよな!お前のことが心配だったワケじゃねーぜ!」的な。
……ウゼェー。
っていうか、多分それリリーの激しい勘違いだと思う。
単純に自分がわざわざ呼び出されたことに対するお怒りだったと思う。
当事者としては、ほのぼのでもなんでもない状況だったので、あたしとしては彼女の意見に否定的だ。

が、あたしの「ありえねぇー」という視線すらも、彼女にしてみれば微笑ましいものらしく。
リリーはその後、校長室に戻るまでの道すがら、ずっと温かい笑みをあたしに向けるのだった。







そして、あくる日の午前十時半。
待ちに待った……ってほどでもないけれど、そこそこに楽しみにしていたクイディッチの初試合の日。
あたしやハーマイオニーといったグリフィンドールの面々は、応援席の最上段に腰を下ろしていた。
ちょっと早めに来たおかげで、それなりに見晴らしの良い良席である。
そこで、皆が皆、期待と興奮に顔を輝かせ、早く試合が始まらないかとそわそわしていた。
仏頂面のあたしを除いて。


「……全部シリウスのせいだ」
「……ああ?なんだ、いきなり」
「『なんだ』はこっちのセリフだっての。
なんでここにいんだよ、アンタ」


乱暴な台詞なのは百も承知で、ぎっと何故か隣りに陣取っているシリウスを睨みつける。
普通、保護者なんかは教員の皆様の方の、もっと良い席に行くのが定番なのだ。
リリーなんかは現にあたしたちと少し離れたそっちでスネイプと談笑なんぞしている。
(ちなみに、ジェームズはそれを邪魔しようとしてリリーにキツイお灸を据えられている)
なのに!
なのに、なんでお前ここにいるんだ!!親馬鹿のごとく!
おかげで、リリーがたまにこっちに生暖かい視線寄越すじゃねぇか!
昨日から違うって否定すればするだけ、リリーが分かってるわ、とばかりに笑み深めるんだぜ!?
かといって、リリーのことスティアみたいに引っぱたく訳にいかないし!
ぐああああぁぁあー!なんだこのむず痒い感じ!?
違う、違う!この人あたしが心配でここにいるとかじゃ絶対ないから!
あわよくば学校に来て、少しでも傍にいたいとかそんなんじゃ100%ないから!

現に、あたしが不機嫌でいることによって、シリウスも不機嫌になっている。
あたし想いの人間であるならば、ここは「どうかしたのか?」と心配そうにするところだ。
が、そんな気配は微塵もない。
寧ろ、「手前ぇなんでそんな不機嫌なんだよ、言いたいことがあるならはっきり言えやゴルァ!」って雰囲気。
まぁ、いきなり自分を非難するような言葉を浴びせかけられたワケだから、分からなくもないんだが。
泣く子をもっと泣かせそうな、それは柄の悪い表情カオでこっちを見てくるシリウスだった。
……心配症は否定しないが、親馬鹿的な要素は皆無だ。

で、あたしに心の中で散々な評価をされているシリウスはといえば、 あたしの言葉に耳聡く反応して口を開くところだった。


「……こっちの方が臨場感があるからに決まってるだろうが」
「だからって生徒の中に混じるとか、ありえないんですけど」
「それを言うならリーマスもだろう」


眉根を寄せながらシリウスはあたしの方――いや、あたしの反対隣りを顎でしゃくる。
その動きにつられて、首を反対側に向けると。
そこでは、これまた何でだかあたしの隣をちゃっかりキープしているリーマスが、幸せそうにチョコを頬張っていた。
……やだ。普通に可愛い。
なんでここにいるのかはすっかりさっぱり分からないけど、まぁ、良し。
(あたしの隣に変な虫が寄ってこないように、とか考えてたら萌えるなー)

と、その視線に気づいたらしく、リーマスはチョコに固定していた瞳を外して、不思議そうにあたしたちに目を向けた。


「うん?呼んだかい?」
「「いや、全然」」


なんとも長閑な光景に、しかし、あたしとシリウスは即行で彼の問いを否定する。
この時のあたしたちのシンクロ率は半端なかった。
想いはひとつである。

((邪魔をしたら殺されるっ))

リーマスに関する第一条。
『チョコを食べている彼の邪魔をするな』
これを破る度胸は、あたしたちにはない。

ので、あたしはシリウスの言葉を一蹴することにした。


「リーマスはリーマスだから良いの(きっぱり)」
「…………別に良いじゃないか、誰も気づかなければ」


ツッコミを入れると自身に被害が及びそうなのを敏感に察知したのか、 シリウスは微妙に視線を外しながら、適当なセリフを繰り出した!
……ですよねー。あたしがシリウスでもそうすると思う。いや、マジで。
『リーマスだから』って一言、必殺技の域だし。


「いや、思いっきりばれてるし」


が、つっこむべきところはつっこんでおくあたしであった。
試合が始まれば皆気にしないとは思うんだけどねー。
まだ始まってすらいないこの状況だと、なんだあれ状態なワケですよ。
ネビルとかハーマイオニーとか、皆目きょとーんってしてたよ?
ロンとかシェーマスとかディーンとかは、まぁいっかって超適当に流してただけだからね、あれ。
まだ最上段だから、グリフィンドールの席の人達はそこまでじゃないけど。
他の寮の人たちからこの席、すっげぇ視線浴びてるって気付いてる?ねぇ?


「……気のせいだ」
「……へぇー」
「連中が見てるのは俺じゃない。お前だ」


なんだ、その責任転嫁。
いきなり訳の分からないことを言い出してきたシリウスに、胡乱な視線を送る。
すると、シリウスは何故か自分自身の言葉に納得した風に、うんうんと頷きだした。


「……そうだ。全てはお前が原因だな。
ここにくるまでの間にやたら視線が集中すると思ってはいたんだ」


そりゃ、大の大人が寮生の席に向かっていることに対する戸惑いだ。


「やたら殺気立った視線を向けてくるのもいたしな。
意外と人気者だな、お前は。まぁ、分かってはいたことだが


いや、それはスリザリンからのグリフィンドール殺!っていう視線だろ。


「よって、俺がここに座っていても何の問題もない!」
「あ、そうですか……」


力一杯、大問題だと思う。
が、まぁ、なんだか追い立てるのも段々面倒になってきたので放置決定。
(確かに教員席の方へ行って、ジェームズと二人でスネイプと騒ぎを起こされたら堪んないし)
あたしは、なんだか残念な気配漂うシリウスはもう構わないことにして、


「あー、早くハリー出てこないかなぁ」


癒し系眼鏡っ子に想いを馳せるのだった。







「あ!ハリーが出てきたよ!!」
「んぁ?」


待ちに待った言葉が周囲の誰かから聞こえ、あたしは妄想の海に漕ぎだしていた頭を覚醒させる。
あー、やばいやばい。超夢見てた。
骸と蔵馬と葉王に「誰を選ぶんだ」ってすげぇ脅されてたよ、あたし。
起きて良かったと思う反面、続きの気になる夢である。なんだ、その逆ハー。

が、まぁ、それよりも今は気にするべき事柄があるので、 あたしもふわもこの物体をひっつかみつつ(『ぐっ』)、ばっと立ち上がってフィールドを見渡す。
ええと、グリフィンドールチームは赤色だから、あれか。
が、しかし。


「……いや、どれだよ」


全員、小っさ!
あんな豆粒みたいなので、よく判別できるな、お前ら!
もう正直に全っっ然、誰が誰やら分からない状況に、あたしは双眼鏡を持っていない自分を恨む。
これじゃ、ちっとも楽しめないってー!
流石に試合の流れくらいならなんとなく分かるかもだけど、偶にはアップでプレーを見たい。
なんで、ここってディスプレイとかないかな!?
あれ、映画版で確かクィディッチのワールドカップとかあったよね!?画面!
経費削減か!少子化のの煽りか!
……校長のケチィイイィイイィー!!

なんだか段々テンションが上がってきて、地団太を踏む。(『うげっ』)
すると、そんなあたしを見かねたのか、リーマスが笑顔であたしの方に立派な双眼鏡を差し出してくれた。(イェア!)


「これを使えば見えるんじゃないかな、はい。試合中、使っていて良いよ」
「うわぁvありがとうリーマスー!
あ、でもあたしに貸しちゃったらリーマス見えなくない?大丈夫?」
「ああ、それは大丈夫だよ。私は自分の分を持っているからね」
「???予備持ってきてたの?」
「いいや、ある人に借りたんだよ」


にこにこと、人畜無害そのものという表情で笑っているリーマス。
この部分だけ聞く分には、すげぇ運のいい人なんだなーとか、親切な人もいたもんだ、って感じだが。
……あたしの隣で死んだ空気出してる大人が若干名いるのは何故だろう。
うん。この双眼鏡、すげぇ高そうだもん。
明らかに高級品で、どこぞの由緒正しい家のお坊ちゃんの持ち物っぽいもん。
…………。
……………………。


「……そっか!運が良かったね!」
「そうだね」


……あたしは懸命にも、リーマス以外の隣の人間は見ないことにした☆


「さぁーて、ハリーはどこかなーっと!」


我ながら素晴らしく白々しい笑みを顔一杯に張り付かせ、 フィールド中央に向かうグリフィンドールチームに双眼鏡を向ける。
おお!なんて高性能な双眼鏡なんだ!すっげぇアップで選手の表情カオが見えるぜ。
(しかも新品っぽい、ぴっかぴか。ハリーの勇姿見る為に新調したな、こいつ)
さぁて、ハリーハリーハリー、愛しの眼鏡っ子はーっと。
一番小柄でー。
多分、かなり最後の方に入ってくるだろうな。うん。
ハリーって父親と違って謙虚だから!肩で風切って入ってくるタイプじゃないから!

と、そうこう考えてるうちに、それらしき人物を発っ見!
おうおう、緊張してるなー。

いつものプリティーフェイスが、若干引きつり気味だ。
緊張をどうにかほぐしてあげたい気はするが、この大歓声の中叫んだところで聞こえるとは到底思えない。
せめて、この「ポッターを大統領に!」っていう、よく分からない応援旗の存在に気づけばなぁ。
ちょっとは、心強い気がしなくもないかもしれないんだが。


『……あやふやすぎるよ、


と、不意に今まで黙っていたふわもこ――もといスティアがげっそりとつっこみを入れてきた。


『いや、今まで好きで黙ってたんじゃないから。
君が首根っこひっつかんで、揺さぶるもんだから、呻き声しか出せなかっただけだって』


大層うんざりした感じのスティア。
そういえば、さっきから蛙が潰れるような声がしてた気がしなくもないが……。
うん。この大歓声だし。きっと気のせいだよね☆


『……、悪いことは言わないから、一回、君、耳鼻科か脳神経外科に行ってこようよ』


おぉう。心配してくれてるんだね、嬉しいよ☆
だが、断る!


『なにが“だが”なのかさっぱり分からないけど。
っていうかさー、何で僕こんなところに連れてこられてるの?
クィディッチの試合なんてこれっぽっちも興味ないんだけど』


あたしのよく分からない返答に律儀につっこんでいたスティアだったが、 そう言って、それは面倒臭そうにフィールドを前足で指し示した。
そう、こいつが今日ここにいるのは、いつもの如く唐突に現れたとかそういうことではない。
あたしが、わざわざがしっととっ捕まえて、強制連行した結果である。
本人にしたらエライ迷惑だったことだろう。

が、あたしにしたら、スティアには今日、この場所にいてもらわないと困るのだ。


「だってさ……」


怪訝そうにしているスティアがこっちを見上げてくる気配がしたので、その手触りの良い身体に表情カオを埋める。
そして、あたしは、周囲に聞こえないくらいの小さな声で、スティアに囁いた。
頭の中で考えても伝わるっていうか、そっちの方がちゃんと伝わるとは思うんだけど。
やっぱ、こういうのって誠意が大事でしょ?


「あたしじゃ、ハリー助けられないかもしれないじゃん」
『…………』


段々、あたしはこの世界が信じられなくなってきていた。
スティアが言った、『あたしにとって都合の良い世界』。
でも、本当に、そう?
本当に、そうなんだろうか?
じゃあ、どうしてトロールがいた?
どうして、禁じられた四階廊下がある?

ひょっとして……。





賢者の石は、あるんじゃないのか。
ヴォルデモートは、いるんじゃないのか。





それか、それに匹敵するくらいの、誰か。
その誰かが、グリンデルバルドだのサラザールだの、名だたる闇の魔法使いかどうかは知らないが。
ダンブルドアが持つ何かを狙っているのは、多分間違いがないのだと思う。
で、そうすると、単純なあたしの頭は『ハリーが危ない!』と思ってしまうのだ。
正直、この世界でのハリーの位置づけは、よく分からない。
『英雄』のポジションは、『名もなき魔法使い』が乗っ取ってしまっている。
ちやほやされている様子もないし、周りの子も特別扱いしてる様子がないことから、 普通の魔法族の子どもだとは思う。(額の傷もないしね)
だから、普通に考えれば、ハリーは安全なはずだ。

でも。
でも。
彼は、『主人公』なのだ。
あたしと違って・・・・・・・この世界の中心にあるべき・・・・・・・・・・・・存在なのだ・・・・・
そして、あたしの知るお話では、この試合で彼は呪いを受ける。
最終的には大事に至らないけれど、危険にさらされる。
そう、トロールの時と、同様に。
なら。
なら、あたしは。

あたしにできる精一杯で、ハリーを助けたい。

でも、あたしはそんなに何でもできるワケじゃなくて。
だから。


「だから、スティアに助けて、欲しいんだよ……」


起こらないかもしれないから何もしなかったなんて、そんなの、ダメだ。
何かが起こってからじゃ、遅いんだ。
そのことを、あたしはようやく自覚する。


「助けて……スティア」


みっともなくても。
情けなくて泣きそうでも。
あたしにできるのは、こうして誰かに助けを求めることだけだった。

いつもいつも、肝心な時にいなくて。
あたしが疑問を持っていて相談したい時に、姿をくらませたり、嘘を吐いたりする、甚だ不適格な相談役だけど。
でも、嫌な奴じゃあ、ない。
だから。
あたしが助けを求められるのは、スティアだけなんだ。

と、その小さな小さな懇願を聞いたスティアは、ほんの少しの間沈黙し。


『……いいよ』


やがて、聞いたこともないくらい優しい声で、そう言った。







そして、周囲とは別種の緊張をはらんだあたしが見守る中、試合が始まる。
ほんの一瞬、双眼鏡越しに、ハリーと目が合った気がした。
まぁ、気のせいだが。
それでも、ハリーがこっちを見た瞬間、あたしの両隣で、雄叫びのような力強い声援が爆発した。


「ハリー!ベストをつくすんだっ!!」
「俺達がついてる!スリザリンなんぞ叩き潰してしまえっ!!」


特にシリウスの叫びが凄まじく、ハリーはそれで自分の応援席を把握したらしい。
ほんの少し、嬉しそうに彼の頬が綻んだ。
(まぁ、こんだけでかい旗があるんだから、そりゃ気づくか)
それを見て、あたしもぐっと息を吸い込む。
よっし!ごちゃごちゃ考えるのはもう止めだ!あたしも応援しようっ!!


「そうだよ、ハリイィイイィー!あたしたちがついてるからねぇえぇえぇー!!
がんばれぇえぇぇー!ハリィイイイィー!愛してるうぅううぅー!!」
「「「「ゴフッ!」」」」

「ゲェッホ!ゲホゲホ……っ!」
「グ……ッ、ゴホ……」
「あ、あい、愛し…る……って……っ!ゲホ」
「ケホ、ケホッ!あ、貴女って人は……っ!!」



……あれ。なんか周囲で皆すげぇ、むせ込んでる。
なに?いきなりインフルでも発症した??

突然周囲の人間が苦しそうにせき込みだしたことに首を傾げつつも、 まぁ、今の最優先はハリーなので、とりあえず、リーマスにだけ飲み物を差し出して、フィールドへと視線を戻す。
その間約5秒。


『君って子は……』


何故だか、またもスティアに嘆かれるあたしであった。
(え、ひょっとしてあたしのせいなの?いやいやいやいや、絶対違うって)

で、まぁ、視線を戻した瞬間、丁度ホイッスルが鳴って、試合が始まった。
注目選手のハリーは、誰よりも早く、皆とは違う方向、すなわちフィールド上方へと一直線に向かう。
そして、スニッチを探す為だろう、誰よりも高い位置で、フィールド上に素早く目を配り始めた。
とりあえず、まだ普通の動きをしている箒にほっと安堵しながらも、 どうしてもはらはらとそっちばかりに目がいってしまう。


「あー、早く試合終わんないかなぁ……」


もう、瞬殺でグリフィンドールが勝ってくれたら、一番良いんだけど。
そんな本音ダダ漏れの言葉に、飲み物効果でいち早く回復したらしいリーマスが苦笑する。


「ゲホ……まだ、始まったばかりだよ?
ひょっとして……まだ箒が怖いのかい?」
「え?ああ、いやそうじゃないんだけど……」


試合観戦は好きだし、箒も人が乗っている分には問題ない。
あくまでも、自分が一人で箒に乗るのが駄目なのだ。
でも、そんなこと言ってしまえば、 じゃあ、何で早く終わって欲しいなんて言葉が出るんだ?ってことになってしまうので。
あたしは「ハリー初めての試合だから、心配だなーって」と誤魔化した。


「……へぇ?」


が、その言葉に、何故だか周囲の体感温度が5℃くらい下がった。
凄まじい嫌な予感とともに、ギギギギっと冷気の発生源と思しき方向を見る。


「……は、ハリーのことがスキなのかい?」


……見なきゃ良かった。

そこには、うっそりと目を細め、優しげな笑みを口元に乗せたあたしの保護者サマがいた。
が、優しげなのは、あくまでも口元だけ。
その瞳は、一瞬で冷や汗が噴き出るような、絶対零度の色をしていた。

…… ハ リ ー が 危 な い !

ヴォルデモートうんぬんよりも、今あたしの目の前にいる人の方が危険っ!
あれ、実は最終ボスはリーマスでしたとかそんなオチ!?
いやいやいや、まさかまさかまさか。
ああ、でも。
なんか、本気で娘に悪い虫が付きそうで探り入れてるパパンな雰囲気なんですが!?
あばばばばばば!


「ちちちち、違うよ!あたしがスキなのはリーマスだけだよ!
ハリーなんて全っっっ然!好みじゃないし!!うん、ないないない!絶対ない!!」
「……そうなのかい?」
「う、うん!そうそう!」


……って、はっ!!!!
慌てるあまり、ペロっと告白してしまった。
なななななんてことだっ!
あたし、もっとちゃんと素敵な雰囲気でばっちり化粧とかもして、 準備万端で告白に臨みたかったのにっ!!
なんだ、この微妙すぎる告白!残念すぎるだろ、実際!
うぇえぇぇ!?り、リーマス今の言葉どう思ったの!!?

自分の外見年齢と、リーマスからどう思われているかなんて忘却の彼方である。
予想外の事態に、あたしの顔色は青から赤、最終的には白(っていうか土気色)に変化していた。
そして、もはや声も出ない状態に陥っているあたしの目の前で、リーマスはその形の良い唇を動かす。


「そうなんだ。じゃあ、私の気のせいだね」


晴れやかな素晴らしい笑顔だった。


「……うん。そうだね……」


何故だろう。
誤解が解けて万事解決のはずなのに、あたしは心の中で滂沱の涙を流していた。

うん。知ってた。
知ってましたよ。ええ。
これっぽっちも異性として意識されてないってことはな!
絶対、今の告白、リーマス的には「パパ大好き!将来はパパのお嫁さんになる!」に自動変換してる……。
……ぐすっ。泣いて良いだろうか。


『いや、泣く前に試合見なよ……。
君たちの阿呆なやりとりの内に、ハリーがブラッジャー喰らってるんだけど』


『この僕でさえ真面目に試合観てるっていうのに、君ときたら……ぶつぶつ……』と、 大層不満そうなスティアの言葉に、のろのろと視線を上げる。
見ると、ハリー以外のグリフィンドールの面々が顔を真っ赤にさせて、 視線で人を殺す実験でもしてんのか、ってくらいの凄まじい目でスリザリンチームを睨んでいた。
あたしの周囲も(リーマス以外は)、凄まじいブーイングの嵐である。
……全然気づかなかった。

これじゃいけない!とあたしは慌てて、双眼鏡をもう一度ひっつかみ、ハリーに目を凝らす。
確か、もうハリーの箒のコントロールが危うくなるシーンだったはずだ。
こんな阿呆なやりとりとしている場合じゃ全くない!

まだ、ごく普通に乗っているように見えるが……。


「そろそろ……だよね……」


ごくり、と緊張で唾を飲み下した。
そして、ハリーはあたしの見守る中、フィールド上で飛び続ける。


「もう、そろそろ……」


飛び続ける。


「あれ、そろそろ……?」


まだまだ飛び続ける。


「……いやいや、もう、だろ。フェイントかけてんだろ……」


飛び続けるったら飛び続ける。
と、あたしが自分の記憶力に不安にを覚えてきたその瞬間、ハリーが動いた!


「キタっ!
…………。
………………………………。
………………………………って違ぇー!!」


ハリーは危うげどころか、弾丸のように一直線にフィールドへ急降下を開始し。
ぱくり、と何か卵大の輝く物体をのみ込んだ。
そして、あたしが茫然と見守る中、彼はその手に輝く栄光のスニッチを掲げる。


「「「スニッチを取ったぞ!!」」」

「やった!やりました!!流石グリフィンドール期待の新人!ハリー=ポッター! スニッチを取りました!グリフィンドール、一七○対六○で勝ちました!!」


割れるような大歓声と実況の中。
グリフィンドール対スリザリン、記念すべきハリーの最初の試合は。
何一つのハプニングもなく無事、グリフィンドールの大勝利で幕を下ろした。
が、その展開についていけていない人間が約一名。


「え、いやいやいや。嘘、だよね?」
『……いやー』
「いや、何もなかったのは喜ばしいよ?うん。間違いない」
『じゃあ、良いんじゃない?』
「いや、良いんだけれども! こうね?勢い込んで、大層な決意固めてここに来たあたしとしてはね?腑に落ちないっていうかね? あれ、なんていうか、何かが起こるフラグめっちゃ立ってたじゃん?立ってたよね? え、つまり、どういうこと?ヴォルちゃん不在ですか?そうなんですか?」
『……あー、ドンマイ☆』

「……あたしのシリアス返せぇぇぇぇぇー!!!!!」


あたしの心からの叫びは、大観衆によってかき消された。





でも、取り越し苦労ってあるよね、実際。





......to be continued