事実と真実は違う。 少なくとも、あたしはそう思っている。けれど。 Phantom Magician、45 本来であれば、厳かな雰囲気が漂っているはずの校長室。 そこで、心ない男から、リアルにいじめにあうあたし。 しかし、それを止めさせてくれたのは、リリーでもハリーでもなく。 あたしたちがさっき入ってきた扉から現れた第三者の声だった。 「もうそのくらいにしておいてあげては頂けませんか。 ご家族に心配をかけたからといって、それでは少し方向性が違います」 そこにいたのは、少し気弱そうに。 けれど毅然と頭を上げる、クィレルだった。 「彼らを責めないで下さい。全ての責任はトロールを城に入れた私にあるのですから」 「クィレル先生!?」 何故ここに!?とでも続きそうな、すっとんきょうな声でハーマイオニーは声の主を呼んだ。 が、あたしはそんなことよりも気になることがあった。 今……気になる台詞を、彼は言っていなかったか? 思ってしまえば、抑えることなんてできない。 あたしは、気づけば先ほどまでのふざけた調子をかなぐり捨てて。 硬い声で、それを問いただしていた。 「先生が……トロールを城に入れた?それは一体、どういうことなんですか!?」 嗚呼、知っている。 クィリナス=クィレルがトロールについて特別な才能を持っていることは。 第一巻で、ハロウィンにトロールを招き入れることは。 だけど、それはあたしの知っている本のお話で。 「答えて下さい!先生っ!!」 操られていない貴方がするはずのないことじゃないのか。 どこか悲鳴のようなそれに、シリウス以下何人かが怪訝な表情になる。 それはそうだろう。 その正しい意味を把握できる人間はこの場にいない。 あたしを、除いて。 あたしだって、急な空気の切り替えに、若干ついていきかねる。 でも、ついていこうがどうしようが。 これだけは、訊かなければいけないことだった。 そして、あたしの態度を怯えているかなにかと勘違いしたのだろう。 クィレルは心底申し訳なさそうに目を伏せて、あたしの知らないはずの事実を語る。 「本当に貴女がたには申し訳のないことをしました……。 実を言えば、トロールはとある場所にいるはずだったのです」 「とある場所って……?」 「……それは教えられませんが。 私はトロールについては少しばかり特別な才能がありましてね。 服従の呪文を使わずともおびき寄せ、従わせることができるのですよ。 しかし、そんな私にも、何故トロールがそこではなく、あんなトイレにいたのか見当がつかないのですが。 とにかく、逃げだしたトロールがいたせいで、貴女たちには辛い思いをさせてしまった……」 すみません、と項垂れるクィレル。 その姿に、操られているだとか演技だとか、そんな疑いの余地はひとつもなかった。 そう、そもそも操られているのならば、こんなことをわざわざ言うはずがない。 こんな、自分の手の内を晒すようなことを。 だから、あたしが言えるのはただ一つだった。 「……頭を、上げて下さい。『先生』」 その声は、多分安堵で泣きそうなそれになっていたのだろう。 「あたしたち、怪我してないですから。 もう、良いんですよ……」 クィレル先生は、その言葉にも、心配そうな面持ちを崩さなかった。 「ミス ……」 そして、誰かがあたしを慰めようとして手を伸ばそうとしたその時。 「まったく。貴方達は本当に女の子に対する接し方がなってないわ。 ええと、?あっちで私と少しお話をしましょう。ええ、それが良いわ」 「……へ、あ、は!?」 あたしは赤毛の素敵な美女にさらわれるのだった。 かつかつかつかつ。 高くはないけれど、それなりにヒールのついた靴が石畳を打つ。 彼女――リリー=ポッターの足取りは確固としており、どこかに目的地がしっかり定まっているかのようだった。 まぁ、彼女はここの卒業生で7年間も過ごしていたのだ。 あたしなんかよりよっぽど間取りやら何やらに詳しいことだろう。 で、それよりも問題なのは、だ。 有無を言わせない、速攻かつ強引な動作に流されるままついて来てしまったあたしである。 どう考えても、色々危ない。 が、しかし、相手が美人であることとハリーのお母さんだということで、危機感は皆無だった。 さっきのジェームズへの物言いひとつとっても、かなり好感が持てる人物である。 人攫いーとわざと叫ぶ必要性も感じなかった。 そして、彼女は校長室を出て数分も歩いた頃に、ふと目についた空き教室へとあたしを誘った。 なんともどっきどきなシチュエーションである。 ええと、これはつまり、色々デリカシーのない男連中に傷つけられた 美 少 女(あたしv)を、 心優しく美女が慰めるという状況で良いのだろうか。 何だ、その百合展開。 あたしにはそんな趣味これっぽっちもないんだが。 「自己紹介が遅れてしまったわね。私はリリー。ハリーの母親よ」 でも、美人が間近で微笑んでいるのって眼福だー。 (すみません、美少年も美女も美形はことごとく大好物なんです。あたし) うわぁ、外国美人! なんて鮮やかで綺麗な赤髪!ロンと比べ物になりゃしねぇ! 瞳も超綺麗!なに、この透き通るような翡翠色!? ああ、ハリー。 お母さんに似た君は、本当に幸せ者だよ……。 あたしは父親似だけどな!ママンとも似ちゃいるけど、もっと瓜二つなくらい似たかったよ、今畜生! と、段々思考が逸れそうになってきたので、あたしも慌てて頭を下げて自己紹介をする。 がしかし、そんなあたしを見て、リリーの素敵な笑顔はやや曇り気味になってしまうのだった。 「あ、あたしは=って言います。ハリーと同じ寮で同級生です」 「……ええ。話には聞いているから一目で分かったわ」 ……え、なに、その微妙な表情。 間違いなくロクでもない話を聞いてそうな気配に、一瞬本気でジェームズに対する殺意が芽生える。 (だって、良い子代表のハリーがあたしの悪評を広めるはずがない) 何言いやがった、あの野郎っ!! 「ええと、ちなみにどんなお話で……?」 「……貴女がとても可愛い女の子だって話よ?」 ……間がっ!間が気になるんですが、リリーさん!? 絶対そんな話じゃないという確信の元、疑り深い視線を送ってしまったあたしに罪はないだろう。 若干目を逸らしてしまったリリーを、それはもう熱く見つめていると。 彼女は、ふぅっと小さく息を吐き出した。 「……いえ、それだけじゃないわね」 そう独りごちて、彼女は真っ直ぐにあたしを見る。 「……?」 それは、なんというかおちゃらけた空気を一掃するかのような。 どこか覚悟を決めた人間の、瞳だった。 そして、彼女は戸惑うあたしに気付きながらも、構うことなく口を開く。 「きっと誰も貴女に詳しいことを言わないだろうから、私が言うのだけれど……。 貴女は、私の、いえ、私たちの大切な人にとても良く似ているの」 「……………………。 …………………………………………」 ブ ル ー タ ス 、お 前 も か ! うあああああぁぁぁあー!なんだ、親世代! あたしになんか恨みでもあんのか! どんなこと言われるのかって身構えてたのに、またこれかよ!? 良いよ、もう分かったよ! もうソックリさんのお話は聞き飽きたよ! 誰も、どころか、親世代全員が揃いも揃ってあたしに宣言してきたっつの! もうや〜だ〜っ! 「……へぇー」 思わず死んだ魚の目になるあたし。 が、1へぇを進呈したあたしの態度に何を勘違いしたのか、 リリーはそれはしんみりと思い出語りを始めるのだった。 「本当に、貴女を見た時は心臓が止まるかと思ったわ」 「……そうですか」 「実は、ハリーたちがリーマスの家に行く時に、私も行く予定だったの。 でも、ジェームズ……夫に止められて。その理由が、よく分かるわ」 「……そうだったんですかー」 「あの子のことはもう思い出せないけれど。それでも、分かるものなのね」 「……ビックリですね」 「初恋の人だからかしら?」 「……どうでしょう」 気分的にはもうぶっちゃけお腹一杯だったが、お相手をしないのも失礼なのでおざなりにでも相槌を打つ。 (嗚呼、日本人の悲しい性) 『初恋か、ふーん』くらいのノリである。 リリーの初恋の相手なら、さぞ品行方正で美形に違いない。 ……あれ、でもリーマスの反応は微妙だったような? ええと、間抜けで無鉄砲で考えなしとか言ってた気が。 で、品行方正で美形で腹黒で悪戯好きな良い人?? どんな人間だw ……なんか若干気になってきたな。 ただでさえ、これだけあたしと似てる似てると言われる人物である。 興味がそそられないはずはなく、気がつけばあたしはリリーに対して質問をしていた。 「その人って、そんなにあたしに似てるんですか?」 具体的にどこらへんが?顔?? ちょっとワクワクとしたその問いに、しかし、リリーは眉根を寄せる。 「それが……よく分からないわ」 「はい?」 いや、一目で似てる!って思うくらいなんだから、外見も似てるんでしょ? よく分からないことはないでしょうが。 まぁ、あたしは美形じゃないけども。 ああ、それともあれか?東洋人は全部同じに見えるっていう、黒髪マジックか? と、そんな矛盾をはらんだリリーの言葉に、つっこみたくてたまらないのを我慢していると、 彼女は衝撃の言葉を続け、あたしを驚かせた。 「あの子のことは……詳しいことを誰も思い出せないの」 「!!!」 それは、その、言葉は。 リーマスも前に言っていて。 でも、それ以上に。 『なぜなら、彼に関する記録は、記憶を含めて全て失われているのですから』 ある人物についての、形容じゃ、なかったか? いや、でもビンズ先生は『彼』を純血だって言ってたんじゃ……。 と、そこであたしはふと、自分の考えの穴とも言える存在に気づく。 『純血=スリザリン』という図式に、グリフィンドールであるリーマスとの接点を無意識に省いていたあたし。 なんて、ステレオ・タイプ。 その思考に気づき、思わず自分をぶん殴りたい衝動がわき起こった。 純血でもシリウスのような人間がいる。 あたしのように純血を装う人間もいる。 考えようによって、幾らでも『彼』とリーマスの友達を結びつけることはできたというのに。 思い到らなかったなんて、馬鹿みたいだ。 グリフィンドールの人間とスネイプが友達である不可思議さも、あったじゃないか。 急にクリアになった思考。 パズルのピースが、一塊できあがった感触がした。 けれど、あたしの中で確実な変化があったことに、リリーは気づかない。 彼女は私の驚く表情を眺めながら、そっと、自身の手をローブのポケットに入れる。 「写真なら、あるのだけれど……」 けれど、その一言は、あたしに混乱をもたらすだけだった。 だって、写真……? 写真って『記録』の一つなんじゃ……。 ビンズ先生の言葉を思い返しながら、写真があるという状況に、再び頭が混乱してきた。 そして、折角分かりかけたものがぐちゃぐちゃになりそうな感覚を覚えつつも、 あたしは好奇心には抗えず、彼女が差し出した写真を覗き込む。 果たして、そこには……、 「これが、あの子と撮った初めてのツーショット写真なの」 リリー一人しか、写っていなかった。 「えっと……スケルトン系?」 怪訝なあたしの声に、リリーは苦笑しつつ応える。 「前は、きちんとここにあの子も写っていたのよ。 でも、あの子がいなくなってしまったその日から、写真はこうなってしまったの」 「ね?これじゃ、似てるかどうかはっきり言えないでしょう?」 そう言って、彼女は笑う。 その笑顔は、こんな話を聞いてしまったせいか、酷く悲しげなそれに思えた。 嗚呼、ビンズ先生が言ってた意味って、こういうことなのか。 具体性のなくなる、魔法。 失われてしまった、記憶。 なるほど、これは確かに自分勝手だ。 残された人に、よすがさえ残さない、優しいエゴだ。 逢ったこともない、あたしと似た人。 それは、酷く優しく。 それでいて残酷な人間だった。 そして、あたしは自分の中に芽生えた真実を事実と変えるべく、口を開く。 「リリーさん、ひとつ訊いても良いですか?」 「……ええ、なにかしら?」 「リリーさんにとって、『名もなき魔法使い』って何ですか?」 問いながら、彼女の答えを予想する。 あたしの考えが確かなら、それは皆が称える英雄なんかじゃなく。 ――世界一自分勝手な、私の親友よ。 時に真実は事実になることがある。 ......to be continued
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