人が変わるという言葉は比喩ではない。





Phantom Magician、41





あの後、なんていうか激しい言い争いをして、どうにか元サヤに収まったあたしたち。
泣き顔を晒したくないハーマイオニーはトイレに残り、 ボロボロのあたしはセドリックに連れられて、医務室へ向かうことになった。
(いきなりセドリックが仲裁に入ってきた時には、ハーマイオニーは羞恥に顔真っ赤で泣きそうだった。可愛かった)
え?どんな言い争いかって?
うん、まぁ、具体的に言うとこんな感じ。(一部脚色あり)


『馬鹿!ハーマイオニーのお馬鹿! あたしってものがありながら、自分が友達いない子だなんて勘違いするなんて! あの時のあたしの気持ちが、ハーマイオニーに分かって!?いや、分かるはずなんてないわ! このいけず!裏切り者!自意識過剰おんなぁあぁぁー!!』
『ば、馬鹿は貴女よ!こんな、こんな大怪我してまで追いかけてくるなんてっ』
『ハーマイオニーが逃げるからじゃんか!逃げられると追いかけたくなる心理が分からいでか!』
『なっ!私が悪いっていうの!?
 ……いえ、悪いのだけれど、普通そんな怪我してまで来ないわ!やっぱり、貴女が馬鹿なのよ!』
『馬鹿って言った方が馬鹿なんですーっ』
『最初に言ったのは貴女じゃないの!!』
『気にすんな!』
『気にするわよっ』


ぎゃんぎゃんと、それはもう阿呆らしい言い争いだった。
凄まじいまでに時間の無駄だった。
後半とか、「お前のかぁちゃんでーべそ!」レベルのすっげぇくだらない小学生っぽい口喧嘩になってたもん。

そう思うと、改めて間に入ってくれたセドリックの株が上がろうというものだった。
いやぁ、最後の方とか喧嘩止めるタイミングがさっぱり分からなくて、半ば以上自棄になってたからねぇ。
これはやっぱり、菓子折り持参しなきゃまずいな、と思いつつ、 さて、肝心のセドリックの表情を伺ってみる。


「…………」
「…………」
「…………っ」


…………。
……………………あ、やばい。ご立腹だ。

柔らかな顔立ちに似合わず、今のセドさんのお顔は見事な仏頂面だった。
普段ぷりぷり怒ってるハーマイオニーなんかメじゃないくらいの怒りオーラが出ていた。
どうやら、大怪我をしている身でありながらの数々の無茶(トイレダイブに始まり、喧々錚々のいがみあい)をしたあたしが、 それはもう、大層お気に召さなかったようだ。
秀麗で常に穏やかな表情を浮かべているはずの表情筋が見事に強張っていた。
ただでさえ美形の怒り顔って迫力ありまくりなのに、下から仰ぎ見ちゃってるせいで、さぁ、大変。
どじょうが出て来てこんにちわーとか場を和ませてくれないだろうか。

と、我ながら無茶ぶりにも程があることを願っていたその時。


「おや。君たちは一体……どうしたのですか!?」


どじょう――もとい我らがクィレル先生が現れた!
血相を変えてやってきたクィレルに、あたしとセドリックは驚きに目を見張ることしかできない。
お互い、ここでこいつが出てくるとは予想もしていなかったのだ。


「ああああ、ミス 、これは一体どういうことなんです!?血が!血が!!
さっきまで元気に駆け回っていたというのに、何故こんな怪我を!?
ミスターディゴリーが保護してくれたんですね?ああ、とにかく早く医務室へ行かなければっ!」


ええと、一言良いだろうか。
 誰 だ 、コ イ ツ 。

えーと、あたしの知ってるクィレルって、超ドモリ、もしくは腹黒(?)なんだけど!
なに、この良い人オーラ全開の人!
あれ、クィレルってハッフルパフ出身だったっけ!?なんだっけ!?
うえええぇ!?
っていうか、ヴォルデモートに憑かれてないクィレルってこんなんだったの!?
もうちょいクール系じゃなかった!?あれ?おまけに丁寧語!?

メダパニ状態のクィレルに引きずられて、徐々に頭が混乱していくあたし。
すると、それらをわりと冷静に観察していたセドリックが一言。


「先生、とりあえず落ち着いて下さい」
「!……ああ、ええ、そうですね。私としたことが。
失礼、取り乱してしまいました」


『先生』という言葉がまるで魔法の言葉(笑)ででもあるかのように、クィレルは突然クールモードにチェンジした。
んで、冷静になった奴がまずはじめに何をしたかといえば。


「では、まずこれに彼女を乗せましょう」


担架である。
ひょいと、ごくごく手軽な感じで杖をふるうと、そこにはまごうことなき担架がぷかぷかと出現していた。
おおぅ!?なんだ、このやられキャラのイメージを払拭するかのような有能感!
っていうか、担架とか魔法界にもあるんだ!?
あ、そういえばクィレルってマグル学の先生だったっけ!?

思わず、ぼけらっと促されるままに浮上したままの担架に体を移しつつ、クィレルを見上げる。
青白い顔はマルコと同じく神経質で気弱そうだが、なんだろう、冷たくは感じない。
痛ましげに伏せられた眼差しも、結ばれた口元も、どこか人間味を帯びていて。
不思議と、「ああ、この人はこういう人なんだ」と納得してしまいそうだった。
実を言えば、クィレルとあたしは今までに関わったことがない。
だから、遠目に見ることはあっても、その人間性とか、しゃべり方とか、そんなものは分からず。
ただ、漠然と背景のように、その姿を素通りしていた。
マグル学が上学年の選択制であり、彼に対するあたしの興味もほぼない以上、それは仕方がないことだろう。
だが、それなのに。
クィレルは「ミス 」と、あたしを呼ぶのだ。
それは。原作とのギャップ以上に、何故だかあたしの心を掻き立てた。

嗚呼、そういえば。
今、目の前にいる二人は本来、死んでしまっている、はずなのか。

……良かった。
ここが、あたしにとって都合の良い世界で。
ここでなら。
この人たちは、生きていられる。
誰に憚ることもなく。
操られることもなく。
人として踏み外すこともない、一個人として。
この世界に、在れるのだ。


「ミス ?」「?」


と、あまりにぼんやりとしていた為だろう、クィレル先生とセドリックが心配そうにあたしを呼ぶ。
だから、あたしはこんな場合に浮かべるべき表情で、言うべき台詞を言うことにした。


「ありがとう、先生。セドリック」







んで、乙女の夢――姫抱っこから、担架での移動となり、格段に体への負担が減った状態で行軍開始。
(姫抱っこってやられる側も決して楽じゃないんだゼ)
気がつけば、いつの間にやら、パーティが一人増えていた。
気分的には、 「なんとクィレルがおきあがりなかまになりたそうにこちらをみている!なかまにしてあげますか?」 である。嘘だが。
寧ろHP的には、仲間にしてもらった側な気が……。
明らかなお荷物感が満載だが、うん。まぁ、給料もらってる以上、生徒の世話するのって仕事の内だよね!
と、あっさり開き直って、あたしは医務室までの道のりに想いを馳せるのだった。

近いと良いなぁ……。いや、マジで。
もう、あたし実は想像以上のダメージ受けてんだよ。
たかが捻挫とか舐めちゃいけなかったね。
担架なんかに乗ったせいで一息ついたら、もう我慢の限界だ。
マジで一歩も歩けないよ。いたい いたい いたい いたい。
嗚呼、早くこれ治してほしい。癒してほしい。
できればパッと一瞬で!ネビルのごとくお願いします、マダム!
ハリーみたいに一晩痛みに呻くようになるのは嫌だ!

……魔法薬による治療なんて受けたことのない人間なので、考えている内に不安が募ってきてしまった。
いや、だってさ!材料とかもなんか色々おかしいしさ!
ので、おそらくそれらに詳しいであろう同行者に、とりあえず医務室について詳しい話を聞くことにする。


「あのー、医務室ってあたし行ったことないんですけど。
怪我治す時って痛かったりします?」
「そうだね、場合によりけり、かな?痛い時はすごく痛いし、そうじゃない時はすごくあっさりしてる」
「……マジか」


なんだ、その二者択一。
両極端にもほどがあるだろう。

と、あたしの顔色が変わったのを見て、先生が慌てたように言葉を加えた。


「まぁ、ミス くらいの怪我であれば、特に痛みもなく治せると思いますよ。
そこまで心配するほどのものではありません」
「なら、良いんですけど……」
「ええ、大丈夫です。あちこちのすり傷も痕も残さずに治ると思いますよ。
それに、貴女に傷痕など残ってしまったらリーマスが卒倒しかねません」
「はぁ、そうだったら良いんですけど……」


って、ん?
会話の流れ上、さして気にすることなく同意してから、あたしはその言葉に首を傾げた。
あたしが怪我するとリーマスが心配するのはまぁ、良いとして。
なんでそんなこと先生が知ってるんだ??
当然、セドリックも話の流れが見えなかったらしく、不思議そうに先生にそのことを尋ねる。


「リーマスってルーピン先生のことですよね?
と一体、どんな関係が??」
「ああ、リーマスはミス の後見人なのですよ。
普段から随分気にかけている様子でした。ですよね?ミス
「へぇ、そうなのかい?」


いやんvリーマスったらあたしのことそんなに気にしててくれるのねw
……って喜んでる場合じゃない。

お前、 何 ば ら し て く れ と ん ね ん 。

そういうことはさー!基本的に黙ってるもんでしょーよ!?
リーマスもハーマイオニーに思いっきりばらしてたけど、 そういうのが巡り巡ってあたしの不利益につながる可能性をなんで考えないかな!?
まぁ、セドリックは学年も寮も違うし、そういうこと言いふらすタイプでもないけど。

進んでばらしたいことではなかったが、ここまでがっつり暴露されているのにとぼけるのも無理なので、 あたしは仕方なしに、セドリックの問いに肯定を示した。


「うん、まぁ。でも、別に贔屓されてたりとかそういうのはないよ?」
「分かってるよ。ルーピン先生はそういうタイプじゃない」
「そうですね、あれはどちらかというと、周囲に対する牽制というかなんというか。
セブルスなどは選り好みが激しいですからね。あまり差別的な扱いをさせないためにわざと言っているのでしょう」
「え、リーマスそんなことまでしてくれてんの!?」


やばい、惚れそう。もう惚れてるけど。


「ええ、本当に貴女が入って来てからというもの、彼はとても生き生きしていましてね。
同僚としては嬉しい限りです。多少不安定なところもまだありますが」

と、そこで、ふとクィレル先生は何かを思い出したかのような表情をした。


「ああ、そういえば。さっきもミス のことを酷い顔色で探していましたよ。
とりあえず、まだ授業中だったので、元気に廊下を走ってたことを伝えて教室に戻るよう言いましたが」
「えっ!?」


酷い顔色って、なに!?
っていうか、探してたって何で……って、授業サボったからですよね!そうですよね!
うああああああ、そういえば、あたし授業出ないこととか言ってないもん!
ハリーとかロンもきっとハーマイオニーのこと後ろめたくて、
あたしが追っかけてったことなんか言ってないんだぜ、きっと!
そりゃ心配するよ!朝元気だったのに、なんでいきなりいなくなってんだ、みたいな!?
あれ?でも、そういえば、あたし今日リーマスに逢ってないな。
朝食の時、大広間にリーマスいなかったんだよね。
まぁ、いつもより起きるの遅かったせいなんだけど。
あの時は、あたしもその後の授業のことで一杯いっぱいだったから、あんまし気にしてなかったんだが。
ええと、ってことは、あれか。

毎日毎日顔合わせるはずの養い子と何故だか顔を合わせず、おまけに自分の授業をブッチされた。

ってそういう状況!?うわっ、心証最悪!
いやあぁあぁ!リーマスに誤解される!
思春期の娘に避けられ始めてショック受けるお父さんみたいな表情カオされるっ!
よしんば、誤解が解けたとしても、無茶したとか知れたら怒られる予感がひしひしするっ!!


「どどどどうしよう!は、早く怪我を治さないとっ!」


傷痕うんぬんなんてどうでも良い!
とにかく早く!ああ、もう速くこの怪我をなくさないと!
んで、リーマスのところ行って謝んないと!

と、慌てるあたしの姿にセドリックはきょとん、と目を丸くした後、酷く微笑ましそうに表情を弛めた。


「ルーピン先生とは、仲が良いんだね」
「仲が良いかは置いといて、リーマス過保護なんだよ!怪我したとかバレたら笑顔で怒られるよ!
授業中に、顔色変えるくらい心配して探すってどんだけ!?」


言っちゃなんだけど、子どもなんだから、授業サボる時も、怪我する時もあると思うよ!?
おまけに、ここはその手の行為にもわりと寛容な欧米である。
普通そこは、さらっと流すシーンだと思うんだけど、どうよ!?

心からの焦燥を思わず口にする。
すると、そんなあたしにクィレル先生は苦笑して、リーマスのフォローに回った。


「まぁ、普段であればあそこまで取り乱すこともなかったと思いますが。
今日はなにしろ、ハロウィンですからね……」
「え、ハロウィンには神隠しがあるとか!?」
「は?神隠し??……いえ、よくは分かりませんが、恐らくそうではなく。
彼はハロウィンに対してある種のトラウマを持っているのでしょう。
この日は毎年、食事はおろか、授業以外では部屋に籠ってしまっているようですから」
「はい?トラウマ??」


ハロウィンで嫌な思い出でもあるんだろうか。
正直、甘い物好きのリーマスだったら、この日は嬉々としてお菓子を集めて回ってそうなので、意外だ。
腹黒キャラって、こういう悪戯系イベントは大活躍する日だと思う。
寧ろ、誰か(主に犬とか犬とか犬とか)にトラウマ植えつけてそうなのになーと、呑気に考えていると、 そんなあたしに、クィレル先生はまったく思いもかけなかった言葉を告げた。


「ルーピン先生はハロウィンに近しい人を一人、失くしているのですよ」
「!」


で、あたしはというと、思わず。
その一言で思わず床へと飛び降り、大ダメージを受けることになった。


「いぐぅっ!!」
!?」
「何をやっているんですか、君は!?」


思わずといった様子で叱責するクィレル先生。
いや、あたしでも同じ光景見ていたら、そんな風につっこみ入れるだろうけども。
とりあえず、邪魔すんなや!


「うううぅうううぅ!」


正直に、あまりの痛みに涙目である。
だけど、それよりも、聞き逃せない言葉があった。
リーマスが?
近しい人を?
ハロウィンに亡くした?
原作世界であれば、それはジェームズとリリー、ピーターにシリウスを指すのだろう。
だが、ここはそれとは違う未来を行く世界。
だから、その言葉を一概に鵜呑みにすることはない。
だけど。
だけど、もしそれが本当のことだとするならば。
あの、孤独を胸に抱いた人は。





今、どれほど心を揺らしているのだろう。





「ああ、ホラ、僕に掴まって。……まったく、君の行動はいちいち予想外だ。
そんな足でいきなりどこに行こうっていうんだ」
「……リーマスのところだよっ」
「は?いや、いきなりどうして……」


どうして?どうして、だと?
そんなもん……、


「リーマスに会わなきゃだからに決まってんじゃんか!」


気合い一発。
捻ってもはや痛みしか感じない足に向けて杖を構える。
ああ、もう、なんで今まで気付かなかったのかなっ!!


「ベホイミっ!!」


世の中には治癒系の呪文なんか腐るほどあるじゃん!







そして、怒涛の勢いで立ち上がり、憤然と走りだしたあたしに対して。


「……先生、ひとつ質問しても?」
「……なんでしょう、ミスターディゴリー」
「『ベホイミ』ってなんですか?」
「……私には答えかねます」


あいつマジありえねぇ、と思ってる二人がいたとかいないとか。
あたしでも思う。
なんで、よりによってベホイミ……ってな!(違)





リーマスが関わるとあたしの戦闘力は倍を誇るぜ!





......to be continued