空回りって言葉くらい、知ってるけどさー。





Phantom Magician、40





嗚呼、我ながら神経が図太くなった気がする。
初対面の美青年に姫抱っこされつつの、女子トイレ巡り。
そんなことをしていることを、現実世界にいた時にやってみろ。恥ずかし死にしたから。
っていうか、どんだけ常識ないんだ。
初対面だぞ、初対面。
向こうからしたら、豪快にすっ転んだ下級生の女子を心配したばっかりに顎で使われてる状態だぞ。
第一印象なんて強烈すぎて、セドリックのトラウマになりかねんわ。
しかも行き先が女子トイレ。
一体、何の罰ゲームだ。うっかりセドリックが人生とか考えてたらどうしよう。


「あ、セドリック。そこのトイレも一応行っときたいんだけど」
「……分かったよ」


しかし、容赦なくタメ口で特攻かけさせるであった☆

あ、もちろん口調はセドリックが自己紹介後にタメ口の許可くれたからだし、 トイレ入る時は事前にあたしが声掛けてるんだよ?
で、何の反応も気配もないこと確かめてから、二人でトイレにinするワケ。
いたいけな少女に心の傷を負わせるワケにはいかないからねぇ。
(最初は流石に入口前で待っててと言ったのだが、 女子トイレ前に佇むプレッシャーと、あたしが足を下した瞬間の唸り声にセドリックは腹をくくった)
で、反応があった場合にはその子に個室を見てもらってる、と。
今のところ空振りだが、ハーマイオニーのいるトイレの場所が分からないので仕方がない。
しらみつぶしにするしかないだろう。

ホグワーツの無駄な広さが徒となっている瞬間である。
広さの割にはトイレの設置場所が少ないのだが、それにしたって何個もあるので大変だ。
本当にアッシー君を快く引き受けてくれたセドリックには感謝である。
いくら11歳の体とはいえ、このあたしを長時間に渡って抱えてるとか、下手したら拷問……。

と、そんなことをつらつらと考えていたあたしは、そこではたと今更なことに気づく。


「あれ?そういえば、セドリック今空き時間なの?」
「……………………そうだよ?」
「……………………へえー」


…………。
……………………ごめんセドリックっ!

かなり怪しい間と、心配かけまいとする笑顔に真実を悟る。
ホグワーツ3年が誇る優等生セドリック=ディゴリーの栄えある初サボリは、なんとあたしのせいだった。
が、まぁ、セドリックが文句を言わないでいてくれるので、人様の親切には黙って甘えておくことにする。
人間開き直りも肝心だ、というのはこの世界で身にしみて知ったことだ。
……とりあえず、後でお詫びの品を持参しよう。

そして、居たたまれなさから気を逸らすためにも、あたしはセドリックと会話を試みることにした。
考えてみれば、炎のゴブレット編での出番が多かった彼のことを、あたしはあんまり知らないのだ。
(だって、あの巻リーマスほとんどでないじゃん。流し読みだっつの)
イケメンなのに。イケメンなのに!
これは忌々しき事態である。
が、困ったことに、あたしはあんまり対人スキルが高くない。
この気まずい沈黙に放り込めるほど話題が豊富なワケでもない。
さて、どう話を切り出したものだろう??

と、あたしが内心うんうん唸っていると、予想外にもセドリックの方からあたしに話題を振ってくれた。
流石、気配りのハッフルパフ(今、命名)である。


は……なんだか聞いていた印象と違うね」
「は?いや、あの、どんな話聞いてたんだか聞くのが怖いんだけど……」


それはあの東洋系優等生とかいう語呂の悪いあれのことか。あれのことなのか!
本気でどこのどいつだ、そんなあだ名付けやがったの!
っていうか、どこぞのドッペルのせいで、さらにあることないこと噂が広がってる気がするんだけど、最近。
偶に、見知らぬ上級生とかにひそひそ話されて不快指数上がりっぱなりなんだけど、最近!
嗚呼、くそ、マジあのドッペル許すまじ……っ!


「ちなみに、どんな話聞いてたの……?」
「……そうだね。グリフィンドールに迷子の得意な可愛い東洋の女の子がいるって話だったかな?」
「…………」


可愛いはひとまず置いておいて、それ以外は掛け値なしに真実だった。あることしかなかった。
否定しようもないほどに、致命傷だった。
だから、迷子キャラとチビキャラ定着させようとするの止めてよっ!
確かに壮大な迷い方何回かしたけど!
他の子に比べると背も小さめだけど!
これでも、大分城の構造覚えてきたし、背だって人種の問題なんだから仕方がないじゃんよっ!?


「……迷子が得意って表現おかしくない?」


微妙に目を泳がせながら苦し紛れに話題を逸らすと、心優しいセドリックは「それもそうだね」と逸らされてくれた。
そのデリカシーをロンとかロンとかロンとかついでにシリウスとかに分けてやってくれ。
そして、彼は気配りと共に、当初の話題にさりげなく話を戻してくれるのだった。


「ぼくは、その話を聞いてもっと大人しくて守られてる感じの女の子を想像してたんだ。
こう、皆が放っておかないような、女の子おんなのこって感じの。お姫様みたいにか弱い」
「……はぁ。か弱くはない、かなぁ?」
「うん、全然違った。ぼくの印象では、は弱くない気がする。強い気もしないけど。
なんていうか、ちょっと失敗しても、なんだか許せちゃうタイプの子に見える」
「え、ごめん。何その中途半端な感想!そして初めて言われたそんなこと!」
「弱すぎたり強すぎたりするよりは良いとぼくは思うよ」
「……う、あぅ」


不意撃ちの褒め言葉っぽいものに、どう反応を返したら良いのか分からない。
柔らかい物腰だが、リーマスとはまた若干違う感じだ。
なんというか……敢えて表現するなら、リーマスの影とっぱらっちゃいましたバージョンというか。
周りの人にきっと恵まれてここまで来てんだろうなーっていう人の良さなのだ。
ちょっと鬱屈したリーマスにはない明るさとでも言えば良いのだろうか。
リーマスの無意識の計算の入った真っ白さとは違う、天然物の柔らかい白さというか。
それは、どこぞの赤毛と全力疾走のせいでささくれ立っていた心には、随分心地好いものだった。

が、反応に困るあたしを微笑ましそうに見られましてもっ!
あたし、こう見えて年上なんだよ、君!
止めて止めて、そんな目で見ないでっ!うっかりときめいちゃうから!


「セドリックって……ファンクラブとかありそうだよねぇ」


はぁ、ともう取り繕うことを止めて恨みがましい視線を送る。
が、しかし、とうの本人は目を丸くしたあげく、素で「それはじゃないか」などとのたまった。


「はぁ?」


が、んな冗談に付き合ってる余裕は今のあたしにはない。
ファンクラブなんて時代錯誤なものは、よほどの美形じゃないとできないのだ。そう、セドリックのように。
ああ、それで言えば、シリウスとかリドルとかも絶対ファンクラブあっただろうなぁ。
んで、その熱い視線を当然のごとく受け止めてる馬鹿男が二人いたんだろうなぁっ!
人間嫌いってアピールしてる孤高の人って感じじゃないもん、あの二人!
嗚呼よかった。あたし、別の時代で。
金魚のフンのごとく群れる女子なんて恐ろしくてもう見たくもない。


「ないない。あたしのファンクラブなんて誰が入るの?ネビル?」
「でも、ハッフルパフの談話室でもの話をしているのを結構聞いたことがあるよ?
スネイプ先生に目をつけられてて可哀想とか、ピーブズから逃げ回ってるのを見たとか」
「それ全部同情じゃね!?」


とんだファンクラブもあったものである。
セドリックの勘違いに、何故だろう。結構な体力を奪われた気がする。
もの凄い脱力感に、姫抱っこ状態で項垂れるしかないあたしだった。







そして、十数分後。
脱力感と美青年をお供に、あたしは幾つかの女子トイレを制覇し。
やがて、辿り着く。
古今東西、ありとあらゆる後ろ暗い人間や、後ろめたい人間の聖域サンクチュアリ
泣き声轟くTOILETという名のその場所へ!
若干表現がおどろおどろしいのは無視の方向で!

普段から湿気が多めのトイレだったが、今この瞬間は「うっうっ…うっ…」という呻き声で不快指数100を超えていた。
マートルのトイレではないので、声の持ち主はハーマイオニーで間違いなかろう。


「……ここ、かい?」
「ここだねぇ。ってことでセドリック、ここからはガールズトークでひとつ宜しく」
「…………」



このまま突入するワケにもいかないので、入り口付近で下してくれるように頼むあたし。
いくらなんでも、ここから先のプライベートゾーンに踏み込ませるのは、ハーマイオニーにもセドリックにも申し訳ない。

そんなあたしの想いももちろん分かっているようで、沈黙をもって肯定を示すセドリック。
が、しかし。


「…………っ!?」
「…………」
「ちょっ!?セドリック!?」



しっかりと頷いたくせに、セドさんは足音を忍ばせつつ、女子トイレにinするのだった!
ええええぇ!?ここは普通に降ろしてくれる場面だよね?そうだよね!?
無理して女子トイレに入って行く場面じゃないよね!?
ままままさか!あたしのせいでセドリックに新たな性癖が!?
うわぁ、全国のセドリックファンの皆さんすみませんっ!そんなつもりじゃなかったんです!

予想外の彼の行動にパニックを起こしかける。
が、セドリックは小声のあたしの抗議もガン無視で、黙々と歩を進め。
すすり泣きが聞こえる一番奥の個室の前で、あたしをそっと降ろした。


「?????」


いまいちその行動の真意が掴めず、ぼけっとセドリックを見上げる。
と、彼の心底心配そうな表情に、あたしの負担を少しでも軽くしようとしてくれたのだと気付いた。
たかだか数メートルと言うことなかれ。
ただつっ立ってるだけでも辛い状態の人間がその距離を足音忍ばせて歩いたらどうなるか……。
軽く死亡フラグである。
流石、英国紳士の国が誇る気遣いの人!
まぁ、客観的に見て、手当もしていないあたしの姿はズタボロだしねぇ。
セドリックのおかげでちょっと安静にできてはいても、ここで歩いたりなんかした日には悪化するのが目に見えている。
が、女の子には引くに引けない状況があるんだよ!っいったいけどな!

そして、足音を忍ばせつつ、セドリックが姿を消すのを見届けた後、 あたしはハーマイオニーがいるであろう個室を睨みつける。
ぶっちゃけ、そんなつもりはなかったのだが、あまりの痛みに表情が歪んでしまったのだ。
が、ドア越しにしゃべるならまったく問題なかろう、と開き直り、あたしはすっと深く息を吸い込んだ。


「ハーマイオニー」


できるだけ、優しく。
傷ついた小動物に対するように。
深い深い声音で、彼女を呼んだ。

「お前、マジふざけんなよ」とか、「こっちはあちこち痛ぇんだよ、早くしろや」とか。
言いたいことや思うことは色々あるけれど。
それをたった一言に集約して。
彼女を呼ぶ。





「帰ろう?」





帰ろう?帰ろうよ。
君がいるべき場所へ。
いつだって、どこだって、顔を真っ直ぐあげてるハーマイオニーには、こんな所似合わないよ。
教室に戻れとかは言わないから。
寮の談話室でも部屋でもどこでも良いから。
帰ろう。
ここじゃない、どこかへ。

心の底からの想いを乗せた言の葉。
別にそれがハーマイオニーの心を打つに違いないとか自惚れているワケじゃないけれど。
人の良い彼女のこと、きっとその心が揺れると確信を抱く。
がしかし。


「「…………」」


まさかまさかのノーリアクション。


「…………?」


え、あれ?ちょっと待って。
幾らなんでも反応ないとか、普通ないよね?
泣き声が大きくなるとか、おそるおそる「?」って言うとか。
もしくは「こっちに来ないで!」って言われるのを想定していただけに、この反応は予想外だった。
で、その沈黙の意味とは――……。


――まさか……人違い?」
「…………」
「え、ちょっ、待っ……!えええぇ!?」
「…………」
「こんな格好良くやってきて人違いでしたーとか!?マジで!?」


いや、でもハーマイオニーはトイレで泣いているはずで……。
と、ここで、あたしはこの世界が原作通りのようで原作とは違う運命を辿っているという事実を思い出す。
それはつまり、ハーマイオニーがトイレにいることは絶対じゃないってことで……。
思わず、茫然となってしまったあたしを誰も責められないと思う。
いや、ごめん。嘘です。セドリックにはぶち切れられても文句言えません。


「うっそ……ありえない。本気でありえない」
「…………」
「じゃあ、セドリックの反対押し切って満身創痍でトイレ行脚をしたあたしの立場は?」
「…………!」


そうだって分かってたら!
分かってたら素直にセドリックに姫抱きされて医務室行ってロマンスの神様が微笑んだかもしれないのに!
うああああああん!
今までのことが全く無意味だとか思ったら、一気に体中が痛くなってきた!
痛ぇ痛ぇ、マジ痛ぇよ!?足の傷とか血が乾いてぱりぱりするし!
心臓が鼓動する度に足にどくどく血が回って、痛いやら熱いやら!
微妙な寒気までやってきて、脂汗っぽいものまでかく始末。
あ、もう無理。限界。死んじゃう。

ゴンっととうとうあたしは目の前の扉に無事な方の手をついて体を支える。
だって、格好付けて支えなしで立ってる必要ないもの。
本当は説得したハーマイオニーがあたしの胸に飛び込んでくるのを、両手広げて待ってる予定だったんだけどさ。
肝心のハーマイオニーいないんじゃね!
トイレ前で両手広げてたら変態街道まっしぐらだもの!


「……あーあ、ハーマイオニーに感動的に友情を叫ぶつもりだったのにな」
「…………」
「二人でトイレ越しに怒鳴り合って、『もう友達ってことで良いじゃん!』って格好良くしめる予定だったのに。
なんでいないかな。このあたしがリーマスの授業さぼったってのに、酷くね?」
「…………っ」
「うあー、やる気でねぇ」
「…………」


人違いという衝撃の事実に、中々立ち直れないあたしだったが、 立ち直れなかろうがなんだろうが、事実は事実なので。
仕方がなしに、とっとと医務室へ向かうべくセドリックのいるはずの入り口付近に視線を送る。
と、その瞬間。


ガチャ


「「あ」」


天岩戸が開かれた!
が、しかし。
よく考えてみて欲しい。
トイレのドアは内開き。
そして、あたしの支えは目の前のドア。
つまりは、あたしの支えがいきなり動きだしたワケで。
いこーる?


「きゃあっ!?」「ぎゃあぁあぁぁー!!」


あたしと個室にいた誰かさんはトイレの便器に向かってダイブする羽目に陥っていた。
まぁ、彼女はあたしと違って便器に背を向けていたので、 この惨劇に対する恐怖はあまりなかったかもしれないが。
あたしは、便器に逆戻りする少女と、それに頭から突っ込んでいく自分をきっちり認識してしまった。
嗚呼、どこぞのマ王陛下のように頭からだなんて……っ
トイレの先は異世界に繋がってやしないのにっ!助けてコン○ート!!

こんな時、漫画とかではよくスローモーション的な表現がされるが。
現実でそんな印象を抱くとは、思ってもみなかった。
で、結果。
少女は便器に軽くお尻をぶつけ、あたしはそんな彼女と便器、床に豪快に体を打ちつけていた。


「「〜〜〜〜〜〜っ!!」」


ああ、もう、声も出ない。
普段であれば、どうにか腕を振り回すなり足を踏んばるなりするのだが、そこは怪我をしている身で。
受け身すら取れないこの現実。
トイレの個室って狭いしね……。まぁ、どうもできないよね。
すでに瀕死だった身体にトドメの一撃喰らった感じ。
もう、どこが痛いのかも分かんないくらい全身痛ぇよ。重症だよ。
っていうか、この子のおかげで便器に突っ込むとかは免れても、トイレの床とか普通に考えて汚いんですけど。
精神的ダメージもデカイっつの。なに、今日厄日?

もはや唸り声を上げることすらなく、独り襲い来る痛みに耐え続けるあたし。
あまりの痛みに、身体を起こすことすらできない。
が、まぁ、あたしはそうでも、もう一人の少女は違うらしく。
彼女は全身ズタボロのあたしの姿を見て、顔色を変えると共に立ちあがる。


!?」


ちろりと視線だけ動かして見た先に広がるのは豊かな栗色の髪。


「貴女、一体どうしてそんな大けがをしているの!?」


ああ、うん。
君が脇目も振らずに逃げだしたからじゃないかな。多分ね。





空回ってても最後になんとかなりゃ良くね?





......to be continued