抗えない運命ってのが、あるのかもしれないね。





Phantom Magician、38





夢を見ていた。
とても幸せな夢だった。
あたしがいて。
リーマスがいて。
仲の良い友達も皆いて。
もちろん家族も揃っていて。
自然と頬が緩んでしまうような、そんな夢。


――――……さい」
「んむぅ……ヤダぁ」
「可愛らしくしても駄目よ。、起きなさい」
「ヤー。まだ……」
「まだ?」
「食べるぅ……」


全員で色とりどりのお菓子に齧りついている夢だった。


「〜〜〜〜っ!寝ぼけてないでいい加減に起きなさいっ!!」
「うぁいっ!?」


ガバッと勢いよく布団をはがれて、縮こまる。
徐々に寒くなってきているこの時期に、そんな暴力とてもじゃないが耐えられない。
が、それで起きれたら(ハーマイオニーの)苦労はなかったり。
そう。あたしは縮こまりつつも、一緒に布団の中で丸くなっていた猫型湯たんぽを腕の中に抱きこんで抵抗を示した。
安眠妨害の犯人ことハーマイオニーが声を荒げているが、そこは無視の方向で。
と、そんなゴーイングマイウェイなあたしの姿に、猫型湯たんぽ――スティアが達観したように口を開いた。


『どうでもいいけど。ヒトを猫型ロボットみたいに言わないでよね……』
「うにぅ。似たようなもんじゃん……」
『僕、確かに猫型だけど湯たんぽじゃないし。青くないし』
「役立たずなお助けキャラだもん。おんなじ……」
『…………はぁー』


眠いのをこらえて一生懸命、会話を試みたというのに、返ってきたのは過去最大級の溜め息だった。
何だ、このヤロー、馬鹿ヤロー。
こっちは眠いんだよ。ぶっとばすぞ、コラ。


『君さぁ……どうしてそんなに口が悪いのか一回よく考えた方が良いよ?
何で、それなりの育ち方したはずなのにそんな風になるかなぁ。漫画の悪影響?』
「あたしん家、見てもないくせにぃ……」
『まぁ、見てないけど。知ってるよ、そのくらい』
「…………」
『…………』
「…………」
『……?』
「……………………すぅー」
『寝るなー!!』「寝ないで―!!」
「っ!!」


夢の世界へ羽ばたこうとしていた矢先、耳元で二人分の絶叫を叩きこまれた。
凄まじい不協和音である。
嫌だ。こんな不協和音いらないっ!
あたし、レンレンが歌う不協和音が好きなの!


『黙れ、ニコ厨。一般人に通じないネタを使うんじゃない。
ホラ、さっさと起きなよ。今日、ハロウィンだよ?お菓子もいっぱいだよ?』
「ふにゅう……お菓子ぃ?」
「っ!ええ、そうよ!今日はハロウィンですもの。お菓子がたくさん用意してあるわ!
ホグワーツでは伝統的にハロウィンを盛大にお祝いするんですって。
まぁ、ホグワーツでなくても魔法界ではどこもお祝いムードね。なにしろファントム・ナイトだもの!」


スティアの言葉に反応して、ごしごしと目を擦っていると、 起きかけているのを逃すまいとハーマイオニーが必死に言葉を捲くし立ててくる。
ふあ……眠。
んー。でも、そっか。じゃあ、この匂いってそのお菓子の匂いなのか。
どーりで、甘ったるい素敵な夢を見ると思ったよ。

正直、まだまだ寝ていたくて仕方がなかったが、確かにそろそろ行かないと朝食を食べ損ないそうだ。
仕方がなしに、あたしはハロウィンについて弁舌を奮っているハーマイオニーを自分のエリアへと追い出し、 もそもそとベッドから降りると、大広間へ向かうべく身支度を開始した。

これが、あたしがこの世界で初めて迎えるハロウィンの始まり。
そう、ハロウィン。
惨劇と奇跡が起きた日。
誰も彼もが、たった一人の人間に運命を狂わされた日。
人々は魔物が入りこまないようにと火を焚きしめる。
入り込んだ異物を追い出す為に、炎を灯す。
それこそがハロウィン。
全ての始まりで、終わり。
その意味を、あたしはこの世界何度目かのハロウィンで思いだすこととなる。
けれど、この時は、そのことをこれっぽっちも実感していなかったのだった。







浮遊せよウィンガーディアム・レヴィオーサ!」


ハリポタ一巻でお馴染みの魔法を一発OKする。
それなりに魔法に対して自信がついてきたあたしには、そんなこと朝飯前と言って良いくらい簡単なことだった。


「オーッ!よくできました!
皆さん、見てください。ミス がやりました!」


先生が拍手で注目を集めてくれちゃったりしたのは、個人的に恥ずかしくて困ったのだが、 まぁ、褒められて悪い気はしないので、えへへと頬を掻いてみせる。(あ、自分キモイ)


「素晴らしい!グリフィンドールに10点差し上げましょう!」
「あはは……どーも」


ぶっちゃけ、率先してできる子アピールをするのは好きじゃない。ってか苦手だ。
人前に出なきゃならない場面でぶっ倒れたことだってあるくらいなのだ。
実を言えば、今も足ガクガクで逃げだしたくてたまらなかった。
だが、今日この日に、この魔法ができると皆に知らしめるのには意味がある。


「うわぁ。凄いや、。一体どうやったらそんなにすぐ上手にできるの?」
「いや、もう、なんていうか……フィーリング?」
「フィーリングって……、君頭良いんだろ?もっと分かりやすく言ってくれよ!」
「ええ〜。だって、ロンって教えても文句言いそうだしー」
「言わないよ!」


ぶーぶー言うロン。
そう、全てはコイツが原因である。

原作一巻の内容を覚えている人なら、すぐさまピンと来るであろう、この場面。
この場面の直後に、どこぞの赤毛がハーマイオニーに不躾かつ不適切な発言をぶちかますのだ。
ちゃんとしたハリーの物語であれば、トロール事件でその仲は修復どころか密接になるのだが、ところがどっこい。
ここは、ヴォルデモートのいないパラレルワールドだ。
この、あたしにとって都合の良い世界ではおそらくトロールは現われないだろう。
ヴォルデモートいないのにトロール出てくるとか、おかしすぎる。
ということは、だ。
あの3人は現状の最悪な関係のままって可能性がある。
っていうか、このままだとほぼ確実にそうなりそうだ。
まぁ、良い関係を築けるように、どうにか手やら口やらを出すつもりはある。それなりに。
ロンとハーマイオニーの大きな衝突が起こらないように、これまでもある程度は気を配ってきたつもりだ。
だけど、今はまだ全然だ。全然仲良くなる気配がない。
で、そんな状態で、ロンがハーマイオニーに下手なことを言ったら?
下手したら、第2のマートル誕生である。
それもあたしのせいといっても良い。
だって、トロールがいないのは、見方を変えれば・・・・・・・あたしにとって都合の良い世界だから・・・・・・・・・・・・・・・・・』なのだ。

ってことで、あたしはまず、この授業でこの馬鹿の注意を自分に引き付けることにした。
ホラ、そうすれば、少しはハーマイオニーの言葉をスルーしやすいだろうし。
教えてくれって言われれば、その横に行ってハーマイオニーが注意する前に注意できるし。
案の定、ロンが教えてくれと言い出したのを見て、内心ほくそ笑む。
本当はハーマイオニーとロンがコンビを組むのを阻止するのが一番だったが、 変な時にやる気を発揮するネビルにとっつかまったせいでそのチャンスを逃してしまったのだ。
まぁ、過ぎてしまったことは今更どうしようもない。
という訳で、前向きに喧嘩の未然阻止を敢行だ。

そして、あたしはロンを最大限焦らしつつ、「良いよ、分かった。教えてあげる」と指南役を承諾する。
我ながら、なかなかにナイスな演技だったと思う。とても自然だった。
がしかし。
ここまではあたしの計算通りだったが、この後の展開は全く予期せぬものとなってしまったのだった。

あたしはまず、ロンの実力を正確に把握する為に、魔法を使わせてみることにした。


「ウィンガディアム レヴィオーサ!」


が、まぁ、大方の予想通り、その結果は惨憺たるものであった。
どう見ても、やけくそで杖をぶん回しているようにしか見えない。
杖からはみ出ているユニコーンの鬣がキラキラと綺麗だが、そんなものをあたしは求めていないのである。
羽が微塵も動かないとか、もう重症だ。杖振った風圧でだってちょっとは動くだろ。

これは中々に大変そうだなーと他人事のように呆れつつ、さて、どうやって教えたものかと首を捻る。
口でさらっと教えるのはそれなりに簡単だが。
それだと身につかなくて、後々同じような問題に発展する気がする。ひしひしと。
ってことは、ちゃんと本人が色々試行錯誤したり、考えたりして覚えなくちゃいけないワケだ。
ならば、実践あるのみ!といきたいところだが、授業では時間というものが限られている。
ううーん。教師って難しいな。

と、あたしが一生懸命思考を巡らせている先で、ロンは果敢に魔法を試みている。
うん。もう君がちゃんと先生の話聞いてないのは分かったよ、ロン。
まず基本が駄目駄目なんだね。そっからなんだね。分かったから。


「……『ウィンガディアム レビオサー!』
〜〜ああ、もう!な・ん・で、動かないんだよっ!!?」
「……ああ、違う違う。ロン、そんなに杖振り回したら危ないって。
発音もちょっと違う。もう一回やってみて?」
「えぇ?どこが違うのさ!?もっと具体的に言ってくれよ。そんなのじゃ分からないって!」


その答えをすぐ人に尋ねる癖はロンの駄目っぷりを上げていると思う。
ので、あたしは厳しくも優しく、そんな彼を矯正するべく答えをはぐらかすことにした。
ま、かと言ってノーヒントじゃ教えに来た意味がないので、多少、お手本を示していけば良いだろう。
思い立ったが、即実行。
あたしはできるだけ杖の持ち方やら動かしながらに気をつけて、丁寧に魔法を使うことにした。


「んー。じゃあ、ちょっと考えてみようか。あたしがやるの、よく見ててね?
浮遊せよウィンガーディアム・レヴィオーサ!』」
「……駄目だ!どこが違うか、全然分からないや!ねぇ、。もう一回やって見せてよ」
「はいはい。『浮遊せよウィンガーディアム・レヴィオーサ』」
「……もう一回!」
「……『浮遊せよウィン  ガー  ディアム・レヴィ  オー  サ!』」
「んーっ!あと一回!」
「『浮遊せよウィン ・ ガー ・ ディアム  ・  レヴィ ・ オー ・ サっ!』」
「ああ、もうちょっとなんだけどなぁ。、最後にもう一回だけ……」

「貴方はに一体何度魔法を使わせれば気が済むのっ!!」


が、ハーマイオニー大噴火。
しかし、その言葉にはうっかり感動しそうである。
いや、もう誰かこの馬鹿どうにかしてくれって思ってたところだからさぁ!?
なに、この教えがいの欠片もない人!
向上心が欠片も感じ取れなかったんだけど!
こりゃ駄目だ。
ハーマイオニーじゃなくたって一言物申したくなるもん。

が、あたしはこの時感動なんかしてる場合じゃなかった。


「さっきから、が何度も分かりやすいように発音をして杖を動かしているのに!
貴方、本当にやる気あるの!?『ガー』よ、『ガー』!
『ウィン・ガー・ディアム、レヴィ・オー・サ!』。『ガー』ときれいに言わなくちゃいけないの。
それに、良い?『レヴィ・オー・サ』よ。貴方のは『レヴィ・オサー』」


徐々に熱く語りだしたハーマイオニーにまずい!と思った時にはすでに遅く。
ロンはタコのように顔を真っ赤にさせて「そんなによくご存知なら、君がやってみろよ!」と怒鳴ってしまっていた。


「ふん。いいわ。そこで見てらっしゃい」
「ハーマイオニー!?駄目だよ、止めて!」
「止めないで、!『浮遊せよウィンガーディアム・レヴィオーサ!』」


「嗚呼……」と声にならない呻きが漏れる。
まだ、ハーマイオニーが馬鹿な喧嘩を買わなければ、事態は収拾できたというのに。
受けて立ってしまったが為に、ロンの機嫌は目に見えて急下降だ。
辺り構わず当たり散らしそうな気配である。
こうなれば、最善とは言わないまでも、次善の策として、この場を速やかに立ち去るに限る。
あたしは歓声を上げるフリットウィック先生をじりじりと睨みつけながら、超高速で二人分の荷物を整える。


「やったわ!!見ていてくれた?」
「ああ、うん。見てた見てた。超見てた!
で、ちょっと次の授業の前に予習がしたいから、ハーマイオニーも一緒に来てくれない!?」


投げやりな感じになってしまったが、とにかく早口で言いたい事を言い募る。
いつもとは反対のやり取りにハーマイオニーがきょとんとして可愛かったが、今はそれどころじゃないのだ。
とにかく早く早く!と急き立てると、彼女は訝しげだった表情を急に綻ばせた。


「次の授業?ああ、ルーピン先生の授業ね?ふふっ、分かったわ!」


どうも変な勘違いを起こしているようだが、好都合だ。
とにかくダッシュで!ああ、もうダッシュで、ロンの傍を離れようと試みる。
がしかし、天は時に無情だった。


――だから、あいつには誰だって我慢できないっていうんだ。
僕はに教えて貰ってたのに!まったく、悪夢みたいな奴さ。
だから、友達だって一人もいやしないんだっ」
「「!!」」


聞いてはいけない一言。
聴かせてはいけない一言に、二人で硬直する。
おそるおそるあたしはハーマイオニーの顔を覗きこもうとするが、 彼女はそんなあたしの動きを察したのか、顔を思いっきり俯かせた状態で「ごめんなさい」と小さく謝った。


「教室には……一人で、行ってちょうだいっ」
「!ハーマイオニー!?」


そして、踵を返す豊かな栗色の髪。
とっさに伸ばした手と声は、彼女に届かない。
ぱたぱたと、石造りの床に小さな染みが滲むのを見て、あたしは頭の中が真っ白になったのを感じた。

泣かせた。
泣かせた?
泣かせた。
泣かせてしまった。
こうなることが分かっていたのに。

な か せ て し ま っ た 。

自分より遙かに年下の多感な少女を、自分は守れなかったのだ。
そして、そのことに愕然とするあたしの耳にぶっきらぼうな声が忍びこんでくる。


――誰も友達がいないってことはとっくに気がついているだろう、さっ!?」


パァンっ!


乾いた音が妖精の呪文の教室に響き渡った。


……?」


叩かれたロンはもちろん、ほとんどの人間が茫然とあたしを見つめていた。
おまけにじんじんと手の平も痛むし、まったく今日は厄日に違いない。





が、それがどうした。





「アンタ、ムカつく」
「……はぁ?君、いきなり何を……」
「いきなりじゃないよ、最初っから思ってた。アンタ、ムカつく。ウザイ。死ね」
「〜〜〜〜っ!?」
「ハーマイオニーはさ、確かにお節介で空気読めなくて自己主張激しくて。
おまけに人の話も聞かないような面倒臭い子だよ。
正直に言って、勝手に敵ばっか作って自爆してる馬鹿だよ。
ああ、馬鹿だ。認めるよ。頭の良い馬鹿だ。でもさ……」


毎朝、寝起きの悪いあたしを起こしてくれて。
迷子になるあたしのことを心配してくれて。
誰かが困っていたら口に出さずにはいられないような、優しい子だ。

いつもいつも、人に厭われてしまうのは加減ができないだけ。
人との距離感の掴み方が下手な、子どもだからだ。
ねぇ、ロナルド=ウィーズリー。
子どもの君に、彼女を非難する資格があるとでも思っているのかな?


「ハーマイオニーはあたしの友達だ!馬鹿!!」


なら、そんな資格はあたしが剥奪してやるよ!





でも、抗うことをあたしは止めない。





......to be continued