まったく。世の中分かんないこと多すぎだろ、実際。





Phantom Magician、36





――今日は決闘の歴史についてです」


リアルα波製造機こと、ビンズ先生の声が教室を満たし、 あたしは早くも襲い来る眠気を振り払うため、ルーズリーフを取り出した。
よりによって魔法史が午後の授業ってあたり、教授陣鬼だよね。寝ろって言ってるよね。
カチカチとシャー芯を出しつつ、さて、今日は何をかこうかと思う。
(あ、ちなみにあたし授業には面倒なんでシャーペン持参なんだ。羽ペンとかなにその時代錯誤な物体)

……え?内職する気満々ですけど、何か?
もちろん、隣のハーマイオニーにはばれないようにする方向で。
いや、だってさー。
最初の授業はハーマイオニーの手前頑張ってみたんだけど、 本気で寝てるだけだったんだもん。
何、あの寝て下さいと言わんばかりの一本調子の授業は?
特にその必要性は皆無だけど、何か絵でも小説でもかかなきゃやってらんないよ、実際。
あれじゃ、どんなに真面目な奴でも集中できないって。
よっぽど勉強好きの変人(=ハーマイオニー)くらいしか抗えないって。
嗚呼、高校時代に磨いたあたしの内職技術が唸るぜ!


「まず、ホグワーツと関わりの深い決闘としましては、 創設者であるゴドリック=グリフィンドールとサラザール=スリザリンとの決闘があり――…」


いやぁ、懐かしいねー。
高校の時、どんだけ授業中に夢小説書きまくったことか。
調子良い時とか、一日に何本も短編書き上げちゃったからねー。
まぁ、ほとんど全ての授業で本を読んで夢書いておまけに眠ってた友達には負けるけれども。
(ビックリすることに、彼女とは先生方の思い出話ができない。どんだけ興味なかったんだ、お前)
あの時は本当、愉しかったなー。
今、あの時と同じ文章書けって言われたら無理だもん。
我ながらナイスなセンスだったと思うよ。
あー、一体あの時の文才はどこに行っちゃったんだか。


「これはお互いの重きを置く主義主張がずれていたことが原因であると言われております。
元は断琴の交わりを誓っていた二人はこうして道を違え――…」



まぁ、今リーマス夢書こうったって恥ずかしくて無理なんだけどさー。
だって、本人知っちゃってるし。
あたし、二次元なら書けるけど、三次元は無理なんだよねぇ。
書いてる自分の姿想像してみ?
超痛い子じゃん!
有名人とかならともかく、身近な、好きな人との恋愛とか妄想って――
あれ?それって普通に皆やってること……?
偶にいるよね?妄想日記書いてる人とか、想像妊娠とか。
ん?ってことは別に痛い子でも何でもないのか??
寧ろ、二次元の夢書いてる方が痛い……?
三次元の方がまだ可能性あるもん、ね?
うーわ、気付かなくて良い真実に気付いちゃったよ。
あたし痛い子まっしぐら!知ってたけどね!!


「かくして、サラザール=スリザリンは、ホグワーツを離れたのであります。
一説によれば彼は『東の湿原』へ去ったとも言われており、これは極東の国ではないかと言われ――…」



んー。じゃあ、健全目指してリーマス夢書いてみる?
や、でも見つかった時、あたし恥ずかしくて死んじゃうわ。無理。
えーと、他に誰か妄想できそうな三次元はー……。
あ、この前の超絶美系とか、どうよ?
守護霊とか、マジ何その夢向き設定。
悲恋にぴったり!
ヒロインに関わりたいけど、ヒロインには自分が見えないし触れない、的な!?
おお、それは切ない!


「この他には現校長のアルバス=ダンブルドアとゲラート=グリンデルバルドとの決闘も有名であり――…」


ケーだっけ?
正直、あんな美形、原作に登場した覚えないんだけど。
まぁ、夢だしね!お助けキャラで美形が出るくらいはあるでしょうよ!
ん?ってことは、あれのベースになる人があたしの記憶の中にあるってことか?
えーと、金髪に黒眼?そんなキャラいたっけー?
クラピ○は金髪に緋の目だしな……。
んー、でもあんな感じの美人さん見覚えがないでもないような……。
……はっ!ひょっとして、地元の友人Sか!ハーフだし!
ちっとも金髪黒眼じゃないけど、雰囲気が確かに似てたかもしれないかもしれない!?
あー……何だろう、一気に夢書こうって気が失せた。
だって、アイツ、あたしの親友のこと大好きなんだもん。
とっととお前らくっついちまえよってやきもきするくらいー。
三人でいる時のあの疎外感!思い出しただけで悲しいね。
おかげで、あたしはあまりの寂しさに二次元に逃げるしかなかったっつーの。
……ってことは、あたしが痛い子になった原因あいつらか!?
グ ッ ジ ョ ブ !

責任転嫁としりつつも、心の中でそりゃあもう不毛かつどうでも良いことを考え続ける。
なんだろう、やたらと現実世界のことが思い出されてならないあたし。
……とうとうホームシックか?
嗚呼、ハプニング続きで、あたしきっと心を病んでるんだ。
思えば、こんなに環境が劇的ビフォーアフターなワケだし。
そもそもストレスが溜まらないはずがない。
そりゃあ、鬱々とした気分にもなるだろうし、リーマスじゃないけど、他人の前でボロ泣きだってするだろう。
まぁ、あの時のあれは、相手が人間じゃないとか言ったのが一番の原因な気がしなくもないが。
(ホラ、他の人には話せなくても、王様の耳はロバの耳ーって叫びたいあの心境?)


「彼は自身の作り上げた監獄のヌルメンガードに監禁された後でも、 『例のあの人』が現れなければ史上最悪の魔法使いであったと名を馳せており――…」


と、この前の自身の醜態を思い出して、思わずあたしは渋面を作る。
このままじゃ色々まずいんじゃないだろうか。
あんな精神不安定な状態じゃ、これから先この夢を謳歌するなんてとてもじゃないけど無理だ。
早急にストレス発散の方法を見つけなければならない。

が、そんなもんあればとっくにやってるんだよね。
こんな時こそ友達とカラオケなりなんなり繰り出すべきなんだけど、生憎ここ魔法界だし。
電気機器は使えない上に、文化が違うと来たもんだ。
じゃあ、小説はって言えば、お得意のネット小説は読めるワケないし。
実は結構前から携帯弄りたくて仕方がないんだけど。
あたし、携帯中毒だからさー。
この世界に慣れるのでいっぱいいっぱいだった時は気にせずいられたんだけど。
こんな風に、現実の生活に近づいちゃったりなんかするとね?
不意に、何故ネットができないんだ、と思うワケさ。
うあああああ!萌えは足りてるけど、なんていうか、辛い!
誰か、あたしに日本の小説貸してくんない!?
外国の本って習慣とか違うせいかいまいち共感できないんだよ!

と、あたしが久しぶりに活字中毒状態で悶えていると、 ふと、隣で手の挙がる気配がした。







「先生」
「ミス――あー?」
「グレンジャーです」


突然、誰もが聞いていない授業を中断させたのは、まさかのハーマイオニーだった。
勉強大好きな彼女は、普段であれば先生の話を遮るようなことはしない。
あたしの記憶にある限り、秘密の部屋くらいではなかっただろうか?

が、その彼女は姿勢を正し、学生の見本です!ってくらい美しい挙手をしてそこに存在していた。
流石に、あたしもあたし以外の不真面目な生徒もこれには興味を引かれたようで、一挙に視線が集まってくる。
おお、すげぇ。皆、一気に覚醒したよ!?
どんだけビンズ先生の授業つまんなかったんだろう、皆!

と、すっかり注目の的となったハーマイオニーはその視線に応えて立ち上がると、なんとも厳かに口を開いた。





「先生。その『例のあの人・・・・・名もなき魔法使い・・・・・・・・の決闘のお話・・・・・・はないのでしょうか?」





その一言に、一気に教室の空気がざわっとしたものに変わる。
が、あたしはその話に全くついていけず、一人ぽかんとハーマイオニーを見上げるのみだった。
はい?
『例のあの人』はヴォルデモートとして……『名もなき魔法使い』って何??決闘?


「たくさんの本で彼の成し遂げた偉業は語られていますが、どれも憶測ばかりです。
歴史的にとても重大なこと、それもつい最近といって良い位の出来事なのに」


さっぱり状況がつかめずにいるあたしだったが、 周囲はその一言に面白いくらい反応し、生徒の視線がざっとビンズ先生を襲った。
……うわぁ、先生も目丸くしてるよ。
こんな注目されたら誰だってこうなるわな。
で、肝心のビンズ先生はというと、ゴホン、と一度咳をした後、どうにか今の状態を打開しようとする。


「あー…ミス グラント?わたしがお教えしとるのは魔法史です。
そのようなゴシップが好みそうな話題と言うのは、寧ろ歴史とは真逆に位置するものであり……」
「でも、先生。これは近代史と言えるのではないのですか?」


が、そのハーマイオニーの一言で、流石に応えざるを得なくなったらしかった。
まぁ、『魔法』だもんねぇ。専門。
ぴくり、とビンズ先生の片眉が動き、ハーマイオニーをじっと凝視した後、嘆息する。


「ふむ。然り、そんなふうにも言えましょう。たぶん」


そして、生徒たちが一言一句聞きもらすまいとする姿を、それは不思議そうに眺めながら、 ビンズ先生はハーマイオニーの質問に答え始めた。
すなわち、『名もなき魔法使い』のことを。


「しかし、ミス グラント。正確なことは誰にも分かっていないというのが現実なのです」
「けれど、ホグワーツの先生なら、もっと詳しいことをご存じではないのですか?
彼はホグワーツの生徒・・・・・・・・・・だったのでしょう?」


ええと、いまいち状況がつかめないけど。
ホグワーツの偉業を成し遂げた学生が、ヴォルデモートと決闘したってことでOK?
うん?過去形だから、卒業生か??


「……確かに。彼はこのホグワーツに在籍していましたな。
彼が存在したという唯一の証拠も、校長室に厳重に保管されております。
がしかし、詳しいことを知る人間はこの学校はおろかどこにも存在しないのです」





「なぜなら、彼に関する記録は、記憶を含めて全て失われているのですから」





だからこそ、彼は『名もなき魔法使い』と呼ぶしかないのです、そう先生は言った。
?ごめん、ますます意味分かんなくなってきた。
だから、その『名もなき魔法使い』ってなに!?誰!?何した人!?
が、口にしない疑問に誰か答えてくれるわけもなく、皆はあたしそっちのけでヒートアップしていた。


「失われているとは、どういう意味ですか?」
「そのままの意味です、オッフラハーティ君。
私を含め、彼と関わりのあった人物は、須く彼に関する記憶を失っておるのです。
在籍した記録も、彼の名前があったはずの場所は尽くただの空白となり果てています」


さらっと先生は言っているが、結構それって凄いことなんじゃなかろうか。
(ああ、うん。先生の名前の間違いっぷりもある意味凄いことだけど。誰だよ、オッフラハーティって)
え、一個も残さず??無理じゃね?
おまけに誰も覚えてないってことは、なに、一人ひとりに忘却呪文かけたってこと?んな馬鹿な。
と、あたしと同じことを思ったらしいパーバティが思わずといった様子で口を開く。


「記憶を!?つまり、忘却呪文が使われたということですか?」
「さて、ミス ペニーフェザー、それも分かりません。
ここまで完璧に記憶を操作できる魔法など、未だかつてなかったものです。
彼について思い出す事はできるのです。けれど、その記憶にはまるで現実味がないのであります」


先生曰く。
その『名もなき魔法使い』とやらを思い出す時、表面上のことしか思い出せないとのこと。
例えば、『成績が優秀だった』『純血だった』『生徒に人気があった』とか、その情報は言葉としてなら思い出せる・・・・・・・・・・・・
だけど、その彼の顔の造作やら名前やら、そういうものになるとてんで駄目。
おまけに、表面上のことさえも「あの人はこういう人だったよね?」といった、 具体的な問いかけなどのきっかけがなければ出てこない。
なんと記憶を失った人の中には、彼との思い出が自分のこととして認識できない人間がいたそうな。
マジかい。
うわー、それすっごいなぁ!
なんていうか、ただ記憶がなくなるとかじゃなくて、具体性がなくなるっていうの?
有名になりすぎて困るとか、そういうのなさそう!
だって、誰もその偉業を成し遂げたのが自分とか思わないってことでしょ??
まさに、原作でハリーがそんな風に周囲に変な期待やら失望されてたのを読んでたので、 その記憶の失わせ方は、なんともその魔法使いにとって都合の良いものに思えた。
有名になりすぎるのは困りものだもんねぇ。
あたしもそういう注目浴びたりって苦手だから、分かるわー。


「よって、彼がいかにして『例のあの人』を倒したのかは、永久に検証できない事柄でしょう」


…………。
……………………え。


「えええぇぇぇえ!?『例のあの人』倒したの!?」


思わず、といった感じで叫んでしまうあたし。
すると、ざっと、一挙に視線があたしに集まってくる。
中には「はぁ?お前突然何言ってんの?」的なものも混じっていて、居心地悪いことこの上ない。
が、流石にこれは黙って聞き流せる話題ではなかった。
え、ヴォルデモート倒したのってハリーじゃないの!?
あ、でも、ハリーが倒せるのってリリーがハリー庇ったおかげか!?
リリーは生きてるって話だし……。
ってことは、えーと、どういうことだ!?

頭の中がこんがらがってきた。
と、一人でパニックに陥っているあたしを見て、ハーマイオニーはもの凄い怪訝な表情カオをした後、 はっ!と目を見開いた。


、貴女、突然何を言って……まさか、具合でも悪いの!?」
「へ?」
「そんなワケの分からないことを言うなんて……、熱、はないようね。
でも、絶対普通の体調ではないわ。そういえば、心持ち顔色も良くないような気がするし……」


心配そうに顔を覗き込みつつ、額に手を当てて考え込んでしまうハーマイオニー。
や、あたしメッチャ元気ですけど!
絶対、それ気のせいだと思うよ、ハーマイオニー!?

が、彼女の中ではあたしはもう病人に決定してしまっているらしく、 「先生、ミス の具合が悪そうなので医務室に連れて行ってもよろしいでしょうか?」なんて言い出した。
で、あたしはあれよあれよという間に、荷物をまとめられ、教室から強制退去させられる。
え、一体なにがどうなってこうなってるの!?WHY!?


「ハーマイオニー!あたし大丈夫だって!」
「嘘は駄目よ!さあ、マダム ポンフリーに頭の調子を治してもらいましょう!」


頭の調子って何だぁあぁぁぁー!!
授業中の静かな廊下に、あたしの絶叫が迸った。





でも、知らない人間を病気扱いは酷いと思う!





......to be continued