君の心が軽くなるなら。 Phantom Magician、34 「セブルス……」 退場してしまった同僚を、哀しげに呼ぶリーマス。 が、いい加減限界が来たらしく、 その名前が終わるか終わらないかというところで、ずるずると机を背に座り込んでしまった。 「リーマス!」 うあああぁ、すっごい顔色土気色っ! 重病人っていうか、もう死体ってくらいなんだけど! 風邪!?インフル!?結核!!? どどどどどうしよう!?マダム ポンフリー呼びに行った方が良いの!? ああ、でもあたしここから医務室辿り着くの無理なんだけど! くっそ、あの陰険教授め! リーマスの具合悪くするとか、魔法薬学の教授失格……――ん? と、あたしはさっきまでいた諸悪の根源を心の中で罵倒しつつ、 机の上にある、なんとも形容しがたい色の液体(?)を発見した。 もう、緑ってかオーロラってかマーブルってか。 まずそう通り越して、飲み物じゃねぇ!って力一杯主張している物体である。 おまけに煙つき。普通の液体はホットでもない限り煙なんて出ないもんだと思ってたんだけど、気のせい? しかも、匂いは刺激臭。直接嗅ぐのは危険です止めましょうってラベルがいる感じ。 なんとなーく、さっきのスネイプがここにいた理由が分かり、 あたしはおそるおそる、それが入っているマグカップを手にした。 「り、リーマス?ひょっとして、これって魔法薬、じゃない? なんていうか、とどめの一撃っぽい気がしなくもないんだけど、飲む?」 「……ああ。ありがとう」 あたしであれば、よほどのことがない限り遠慮したいその液体をリーマスは受け取った。 で、それはもう男らしく、二度三度とカップを傾けて、着々とそれを飲んでいく。 「…………」 「…………」 …………。 ……………………。 ……あたし、泣きそう! すげぇ。何だこの謎の感動! 勇者だ!アンタ勇者だよ、リーマス!! チョコ厨には紛れもなく拷問に違いないと思うのだが、リーマスはやがてそれを全て飲み干した。 実はそんなに悪い味じゃない……ってことはないわな。 あんな殺人的な色と匂いの物体が人類の飲み物としての味を保っているはずがない。 嗚呼、リーマスの素晴らしき勇姿に、視界が潤んでくるのを感じる。 と、あたしの視線の先で、リーマスは力なくカップを置いて苦笑した。 まだ顔色は悪いけど、さっきの死体のそれより幾分かはマシになっている様子に、ほっとする。 「助かったよ、」 「ええと、どういたしまして?だ、大丈夫?頑張ったね?」 「……うん。味がホットチョコレートなら良いんだけどね」 それは流石に無理でしょう。 「……リーマス具合悪いの?大丈夫?」 「ああ、うん。時々体調が悪くなる時があるんだよ。 薬をのんだから、もう大丈夫。少し休めば良くなるよ。 だから、そんな表情はしないで、」 涙目のあたしを、心配のあまりだと勘違いしたらしいリーマス。 それはそれは優しい微笑みを浮かべて、彼はあたしの頬へとその手を滑らせた。 うん。 超 勘 違 い 。 が、まぁ、思い出は美しい方が良かろう、とあたしはそれに便乗することにする。 や、だって、苦そうな薬を飲み干す姿に感動して泣く女の子と、体を心配するあまり泣く女の子だったら、 どう考えたって、後者の方がポイント高いじゃん。前者、阿呆の子じゃん。あたしのことだけど! そして、あたしはそっと、その手を自分の手で包んで、心配ですって主張する為に分かりやすい位眉を寄せた。 「本当に?」 「ああ。本当だよ。心配をかけてごめんね」 「っリーマス!」 真っ白な笑み。 あたしはそれを見て、ここぞとばかりにリーマスに抱きついた。 や、実際はそんな神々しい至近距離スマイルに耐えらんなかっただけなんだが。 この前、リーマスの逞しい身体堪能し損ねたしねぇ。 (この前は不意撃ちにパニクっちゃったけど、あたしが抱きつく分には大丈夫なのだ) 嗚呼、本当にソフトマッチョ万歳。 ああんvもう、リーマスったら何気にちゃんと身体鍛えてるのね!贅肉がないわ!うらやましっ! と、あたしのニヤけ顔に気づくはずもないリーマスは、 それはそれは申し訳なさそうに謝った後、あたしをぎゅっと抱きしめ返してくれた。 第三者が見たら素晴らしく夢小説な展開。 だが、悲しいかな。あたし視点という時点で完全なるコメディと化す現場だった。 「……本当に、ごめんね。」 「……うん?え、良いよ良いよ。寧ろ、役得?」 思わずポロっと本音が漏れる。 こんなご褒美があるんだったら、幾らでも心配しますよ、あたし! 「でも、リーマスが大丈夫で良かったー。 すっごい顔色してたから、スネイプ先生に毒でも盛られたのかと……。魔法薬って凄いね、うん。 もう、あたしスネイプ先生のせいだったりなんかしちゃったら、戦いを挑むところだったよ」 あ、うん。ぶっちゃけもう挑んでた気がしなくもないんだけどね? まぁ、リーマスにあんな表情させたんだから当然っていうか。 後で絶対何か嫌がらせしてやろう☆ うふふーと怪しい笑みを浮かべる。 すると、リーマスはそんなあたしに対して、やはり「ごめんね」と謝る。 や、そんな気にしなくて良いんだけどなぁ。 なに、寧ろ、あたしがそこまで気にしてるように見えるの?マジで? 「そんなに謝らないでよ、リーマス」 とりあえず誤解を解こうと体勢はそのままに断りを入れてみる。 がしかし、リーマスが謝っていたのは、まったく別のことだった。 「いや、に私たちの事情を押し付けそうになったからね。 幾ら謝っても謝り足りないんだよ」 「?私達の事情??」 はて、何のことだろう?と、この部屋でのできごとを思い返して見る。 が、まぁ、考え込むまでもなく、さっきのスネイプの妙な言動のことだろう。 あー、ぶっちゃけ教授の命題しか覚えてないんだけど。 リーマスがこんだけ謝るくらいのことをされたって思って良いんだろうか? 実感全く湧かないがねぇ。怒っとくべき場面だったのか、あれ。 「うーん。ちょっとよく分かんなかったんだけど。 ひょっとして、リーマスが前に言ってたあたしに似てる日本人の友達はスネイプ先生とも仲が良くて、 なんか錯乱したスネイプ先生がその人とあたしを重ねちゃったって感じなのかな?」 「……よく分からない割には具体的かつ的確な表現だね、。 一部間違いがあるけれど、おおまかにはそんなところだよ」 んー。 今までの諸々の言動+状況&あたしの類まれなる推理力で適当に発した一言は、どうやら真実を掠めていたらしい。 ふふん。あたし、なんかこっちの世界来てからお馬鹿な子、痛い子で通ってるけど、 一応頭の良い子で今まで通ってきてるんだよ、皆さん。 だから、こんだけ材料あったら、流石にこの程度のことは考えつくって。 推理小説はそこまで読まないけど、察しが悪いワケでもないし。 ああ、それにしても、リーマスのお友達さん、本当に迷惑な奴だなぁ、オイ。 いなくなってリーマスにショック与えるだけじゃ飽き足らず、更に心労まで溜めるとか! おかげで、日本人ってだけであたしまで巻き込まれてるよ! あたしの身内だったりなんかした日にはぶっ飛ばしてるところだね! 「すまない。私たちは本当に、いつまでもあの人が忘れられないみたいでね……」 「はぁ……。なんていうか、よっぽど良い人だったんだね、その人」 迷惑な割に良い人ってよく分からないが。 でも、あのスネイプとリーマスなんて一癖も二癖もある連中と友達してられるんでしょ? おまけに、いなくなっても「何でいなくなったっ!」って惜しまれるほどの人材でしょ? きっと余程の善人だったに違いない。 まぁ、ちょっと別れ方に失敗してるが。 それもホラ!実は不治の病を抱えていて、それを知られないために誰にも言わず姿を晦ましたとかかもしれないし! 「良い人……。うーん。まぁ、良い人ではあったと思うんだけどね」 が、リーマスの反応は微妙だった。 なんか『良い人と断定するのは自分は良いけど世間的にはどうかな?』って感じの反応だった。 ……ひょっとして、リーマスたちと友達できたのは、二人以上に癖があったからなのだろうか。 どんな腹黒キャラだ。 「り、リーマスが良い人だと思うのなら、良い人じゃないの?」 「……分からないんだ。私には、もうあの人のことは、分からない。 元々、何を考えているか分からない人だったが、最後の最後に、本当に分からなくなった」 気まぐれで。 優秀で。 涙もろくて。 悪戯好きで。 だけど、自分達に見せていたそれらが、偽りでないと何故言えるのか。 思えば、自分は本当の意味であの人のことを知ろうとしたことがあっただろうか。 どこか達観したような。 どこか諦観したような。 そんなあの人の真実を、自分は結局知らないままだったのではないだろうか。 ポツリポツリと、零れるような悔恨の言葉。 それはきっとリーマスがずっと抱えてきた、心のしこりなのだと思う。 だけど、あたしはその言葉を聞いても、少しも共感できやしなかった。 まぁ、あたしその人知らないし。 でも、そんなことを抜きにしたって。 他人のことなんて、全部分かるワケないじゃないか。 「だから、悪いのはきっと、あの人の苦しみを知ろうとも分かろうともしなかった、私なんだ」 頭の後ろの方から響いてきた声。 聞き様によっては投げやりにも聞こえるそれに、あたしはようやくリーマスの背中に回していた腕を解く。 そして。 そして、真っ直ぐにリーマスの顔を見て、 「そんなワケないじゃん」 彼の悔恨を否定する。 「……?何を言って……」 「リーマスこそ何言ってんの? 苦しみを知ろうとも分かろうともしなかった? そんなもん、相手が教えてくれなきゃ分かるはずないことじゃん」 よく、小説やら漫画ではさ。 相手のこと見ていれば、大抵のことは分かるとか言うけど。 現実はそうじゃない。 友達はおろか、肉親の考えも分からないのだ。 元気ねぇなーとか、顔色悪いなーくらいのことは分かるけど。 「ああ、あいつは今家庭の問題で悩んでいて、背中を押してくれる人間を待っているんだ」とか分かるワケがない。 そんなことができたらエスパーだ。無理無理。常人には無理。 「その人が教えてくれなかったってことは、リーマスに知って欲しくなかったってことじゃないの? 教えてくれもしないくせに、分かってくれない!なんて怒っていなくなるとか、その人、何様のつもり? ねぇ、その人、別れ際にそんなことちらっとでも言ったの?」 「…………っ!いや……」 どうして分かってくれないの?――他人だからだよ、馬鹿野郎。 あたしの気持ちなんて知りもしない癖に!――アンタだってあたしの気持ちなんざ知らないだろうが。 自分は自分。 友達は他人。 そんなことも分からない馬鹿が世の中多すぎて困る。 本当に自分のことを100%理解されたら、気持ち悪くて仕方がないくせに。 だから。 だからね?リーマス。 そんな当然のことを、気にしなくて良いんだよ? 「自分のことだって分からないのに、他人のことがそんなに分かるはずないんだよ。 だから、リーマスも分からないからって、そんなに自分を責めたりしなくて良いんだよ」 リーマスの友達だって、そのくらいのこと分かってるよ。 だってさ。リーマスの友達なんでしょ? まるで根拠のない言葉を笑顔とともに贈る。 けれど、それはリーマスの何かを決定的に決壊させるものだったらしく。 「…………っ」 リーマスはあたしを再度きつく抱きしめ、その逞しい肩を振るわせた。 それは普段の頼れる彼ではなくて。 まるで迷子のようなそれだったけれど。 縋るようなその腕は力強くて。 時折漏れる嗚咽はとても近くて。 「……、、っ」 「うん」 あたしは一晩中、リーマスの背を叩き続けた。 見知らぬ他人の心さえ、あたしは語ろう。 悔恨も涙も飲み込んで。 ......to be continued
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