誰かに縋ることなんて許されないと思っていた。 Phantom Magician、31 ハーマイオニーの静止を振り切り、空に飛び上った影は二つだった。 一人は風を切るように真上にむかってヒューっと。 もう一人は見当違いの斜め前方に向かってビューっと。 「ああ、!一体どこへ行くつもりなの!?」 ハーマイオニーの声を後方へ置き去りにしつつ、あたしは頭真っ白なまま空を飛ぶ。 もちろん、上に飛んだのがハリーで、斜めに飛んだのがあたしだった。 周りのみんなは、ハーマイオニーを除いて全員、ハリーとマルフォイの対決に目を奪われ、 どうやら、悲鳴もなく変な方向へ飛び立ったあたしには気付いていないようだ。 箒が暴走した身からすれば、それが嬉しいやら悲しいやら。 うううううううう。 と、飛べてるといえば飛べてる気がしないでもないけれども! 「ここは違うだろぉおぉおぉー!!」 あたし、こんな風に飛ぼうとなんてしてないんだけど! ハリーみたいにマルコと対峙するために上昇しようとしたつもりだったんだけど! 何で城に勝手に方向転換して、寧ろマルコから遠ざかる!? 違うじゃん!ここは火事場の馬鹿力とか潜在能力発揮して、ハリーとマルコ追い詰める場面じゃん!! さっきまでのシリアスな雰囲気返せよ!これじゃコメディじゃねぇか!! きっと、他の人達が見ていれば、あたしが普通に箒に乗ってどこかへ行ってしまったようにしか見えないだろう。 が、実際は箒のコントロールを失って暴走していたりする。 殺人的な速さでこそないものの、箒はそりゃあ好き勝手に飛びまくっているのだ。 完全に、箒に振り回されている状態である。 「戻ってよぉおおぉ!!」 馬鹿じゃねぇのかマジで! 誰が城の周り飛び回れって言ったよ!? 不幸中の幸いで振り落とされることはなさそうだが、 どこに行ってしまうか分からない不安定な乗り物に乗り続けるなど、恐怖以外の何物でもない。 早く戻らないと、ハリーとマルコの様子も分からないし! 嗚呼、もう、とにかくさっきのところに戻らないと……。 「うう。も、戻って下さいお願いします……」 とりあえず懇願してみた。 無視。 「戻ろう?ね?戻ろうよ?」 誘ってみた。 もちろん無視。 「戻れっつってんだろうが、馬鹿ー!!」 脅してみた。 ……ら、箒がキレた。 びゅんっ! 「ぎゃああぁああぁぁあぁー! ごめんなさいごめんなさいごめんなさぁあぁあぁいぃぃいい!!」 あたしの不用意な発言で箒はご機嫌斜めになってしまったらしく、 あたしを振り落とそうとジグザグ走行を始めてしまった。 それも地上十数メートル地点で。 校庭から随分離れてしまったので、ハリーすら助けてくれないこの状況。 あたしは、人生で2回目、死を覚悟した。 が、しかし。 あたしがまたもや走馬灯を見る前に響いてきた、声がある。 「来い。暴走している箒!」 遙か下方。 ホグワーツの中庭と思しき場所で、優雅に杖を振るう人物がいた。 「!?」 途端、箒は急に素直になり、ごくごく普通に地上へ降り立とうとするかの如く向きを変えた。 まぁ、速度は尋常でなかったんだが! 死ぬことはなくても、骨折くらいしそうな感じで地上がせまり、 あたしは悲鳴すらあげることができず目を見張る。 嗚呼、因果応報。 あたしもネビルとお揃いだ。 「浮遊せよ!」 「ぅわっ!?」 で、いきなり重力から解放される身体。 その急展開に思考はまったくついていけない。 「――大丈夫?」 ……気づけば、あたしは素晴らしい蒼穹を見上げながら、何かあったかい物体にしがみ付いてる状態だった。 ????? えーっと。うん? あ?え? 「あ、あたし、生きてる……?」 「うん。生きてるよ」 独り言のつもりだったが、柔らかい声が応えてきたのでびくっと驚く。 で、首を巡らせてみれば、逆光でよく分からないながらも、結構な至近距離に誰かの顔があった。 「!!?」 瞬時に回転を始めた頭がはじき出した結論。 あたしは、どこかの誰かに助けてもらった。 んでもって、今現在、その誰かにお姫様だっこされている……? 「んぎゃあ!すすすすすみませんっ!!」 自覚するとともに、あたしはわたわたとそのしなやかな腕から逃れようと体をばたつかせる。 不可抗力とはいえ、なんつーおっそろしいことを! 「大丈夫ですか!?腕折れてないですか!?」 や、あたしの体重が重いとかいうんじゃなくてだね!? 人ひとり分の体重を、加速のついた状態で受け止めたらどんな屈強な腕でもダメージ受けるんだよ! 筋とか痛めちゃってないだろうか、と顔を真っ青にしながら、助け主の顔を見る。 「……くす。別に、それくらい大丈夫だよ?」 と、至近距離に、それはそれは美麗なお顔がありました。 あたしは、思わず状況も忘れてそのご尊顔をぽかんと見つめる。 白磁の美貌とはこのことかというくらい、それは整った精悍な顔立ちの青年がそこにはいた。 きめ細やかな白い肌はただただ見とれるばかり。 すっと整った鼻筋も、涼しげな目元も、まるで芸術品だ。 さらりと風に揺れる金の長い髪は、まるで後光でも背負っているかのような有様である。 が、まぁ、陳腐な言い方になって悪いが、あたしの目をくぎ付けにしたのはその美しい瞳だった。 黒曜石のように艶やかな輝きを放つ瞳は、そこだけまるで宝石のようで。 あたしは思わず、その瞳にそっと手を伸ばしてしまった。 「?そんなに心配しなくても、本当に大丈夫だよ」 と、青年はそのことを別に捉えたらしく、あくまで優しくその手を握ってきた。 「…………」 「…………?」 「…………っ!」 その温かな感触に、一瞬で我に返るあたし。 あたしは地面に降りもせず、一体何をやってるんだ!?!? 「ごごごごごめんなさいっ!お、お、お、降ろしてくださいっ」 「っ…………」 とりあえず、青年に涙目で懇願してみると、彼はあっさりとあたしを地面におろしてくれた。 助けてくれたお礼も言わず、何を見蕩れてるんじゃぁあぁあぁー!! もう!もう!もうヤダあたし! ちょっと、お願いだから、誰かあたしに冷水ぶっかけて!! ピーブズ!君の出番だっ!Come on, baby! 頭を抱えて、思わず悶える。 すると、美貌の青年は流石に呆れ顔になってしまった。 ので、あたしは慌てて弁解&謝罪&御礼を開始する。 「助けて頂いてありがとうございましたっ! 本っっ当に助かりました!死ぬかと思いました! っていうか、お兄さんお美しいですねっ!」 「…………」 ……うん。若干何かを間違った気がする。称賛が混じってたよ? ホラ!お兄さん、無言だもん! 何だこいつとか思ってそうだもん! 普通、九死に一生を得た奴の口から『お美しい』なんて単語出てこないよ! あらためて、青年の顔を見る。 「…………」 でもでも。 これに対して他の言葉を探せっていうのはあたしには酷すぎやしないだろうか。 すげぇ、好みにジャストミート! あたし、リーマスより先にこの人に出逢ってたら、絶対この人のストーカーになってた自信があるよ!? マジ好み。なにこれ。 絶対、丸一日見てて飽きないくらい格好良いよ、お兄さんっ! しゃらんら〜☆って効果音が聞こえてきそうだよ! お兄さんは、もの凄く熱い視線に戸惑ったように瞳を揺らし、 やがて、何かをふっ切ったのかそれは爽やかな笑顔で、「怪我はない?」と言った。 (ちなみに、その声も声フェチには堪らない素晴らしい声だった) ……もしかしたら、身の危険を感じてあたしの意識を逸らそうという魂胆だったのかもしれない。 が、もちろんお兄さんの魅力にメロメロになっていたあたしは、そりゃあもう素直にそれに応じた。 美しいものには、人間抗えないのだよ。 「もちろんです!お兄さんのおかげで無傷です!!」 流石に落ちたのが二回目、それも前回より比較的余裕のある状態だったおかげで、 あたしはばっちり会話ができるほどに短時間で回復していた。 ぴょんぴょん跳ねて、その無事っぷりをアピールすると、青年は「分かったから」とそれを止める。 「お兄さんこそ、怪我ないですか!?」 その麗しい身体に怪我を負わせたなんてことになったら、あたしホグワーツ中の女子生徒を敵に回す気がする。 そして、何より凄まじい自己嫌悪に苛まれるに違いない。 そう思っての発言だったが、それに対してお兄さんは気楽に手をぶらぶらさせて無傷だとアピールした。 ……すげぇ。アンタ、本当に人間か。 え、常識的に考えて、人間じゃないよね? お前、落下の衝撃なめんなよ! 漫画ではよくあるけど、あれ実際めっちゃ危険なんだからな!? 人狼のリーマスだって、あたし受けとめた後はしばらく腕しびれて使い物にならなくなったんだからな!? と、あたしのあまりにも疑わしげな視線に気づいたのか、青年はそこでふっとシニカルに笑った。 「僕は人間じゃないからね」 「は……?」 ごくごくあっさり言われた事柄に、目が点になる。 が、言われてみれば、この美しさは人間としてありえない気がしてきた。 と、いうことは、だ。 「ま、まさか……!」 カミサマ仏さま天使様!? うえぇえ!?あたし、天使に助けてもらえるほどの善行いつ積んでたっけ!? 極悪人だった覚えはないけど、聖人君子だった覚えもないんだけど! っていうか、魔法使いの園に天使が出てくるってどうなんだ、それ! 魔法と天使って対極じゃん!寧ろ天敵じゃん! はっ!もしかして、このまま引きとめてるのって物凄くまずい!? ぐるぐると思考が目まぐるしく動く。 すると、そんな一人で空回っているあたしの様子に、お兄さんはぷっと思わず噴き出した。 「……ぷっくっくっく。て、天使?僕が?天使だって…っ。 まぁ、似たような名前だけどっ。君って鋭いんだか鈍いんだか……」 大爆笑された。 もう、腹を捩って笑ってらっしゃる。 や、その笑顔見ただけで腹立たしさなんて起こらないから良いんだけれども。 「う、あ、あたし……声に出してました?」 「くくっ……あー、もうばっちりっ」 「〜〜〜〜〜〜〜っ」 思わぬ乙女思考を暴露してしまい、一気に頭に血が昇る。 は、恥ずかしい……っ!穴があったら入りたいっ! っていうか、掘ってでも入りたいっ! 半ば以上本気で隠れる場所を探していると、お兄さんはそこでようやく笑いを納め、そっと手を差し出してきた。 「ははっ。天使じゃなくて悪いけど、僕は K 。 そうだね、ある人に君を助けるよう言われてきた、ただの守護霊みたいなものだよ」 「……ケー?」 「うん、まぁ、それで良いよ、」 青年は優しく、優しく。 まるで宝物でも見るかのように、目を細めて笑った。 そして、あたしは一人ではとてもじゃないけど校庭に戻れそうもなかったので。 恥を忍んでケーに道案内をお願いした。 あうぅうぅ。 助けてもらったあげく、こんなことをお願いせざるを得ない我が身が恨めしい。 がしかし、ハリーたちがどうなったか、一刻も早く知りたいのは確かだったので、仕方がない。 ハーマイオニーも絶対心配してるだろうしね。 あー、いや寧ろ怒られるのか? 「こんな時に貴女までどこに行っていたの!」とか言って。 うーわ、ありそう。 んで、あたしは「ごめん、箒が暴走して……」とか、箒音痴なこと暴露しなきゃいけないんだぜ。 嗚呼、本当に嫌だ。泣きそう。 なんで、あんな風に飛び出しちゃったんだろう、あたし。 それこそ無謀だよ。計画ないにもほどがあるよ。 主人公でもないんだから、そりゃ、いきなり飛べるようになんてならないって。 自分の夢でも主人公じゃないとか悲し過ぎるけれども。 『夢』 ……その言葉がこれほど恐かったことはない。 「夢だから」の一言で済ませて良い問題と悪い問題があることは、知っていたのに。 あまりにこの夢が長いからだろう。 夢と現実の区別をつけよう、つけようと意識した結果が、この様だ。 でも。 この夢はあまりにリアルすぎて。 これは幸せな夢なんだ、と思い聞かせないと。 あたしはきっともう、現実に戻れなくなる。 そんな、予感がするんだ。 「難しい表情をしているね?」 「え?」 不意に、あたしの横を無言で歩いていたケーが静かにそう言った。 ああ、しまった。 案内を頼んでおきながら、考え事にふけっちゃったよ。 まずいまずい。 いくらあたしを助けてくれたとはいえ、そんな親しくもない人間には気を使わないと。 よっぽどのお人好しでもない限り、失礼な態度はあくまで失礼なんだ。 そう、こんなあたしを笑って許してくれる存在なんて、この世界には……。 そこまで考えて、思わずあたしの歩みが止まる。 すると、彼もそれに合わせて足を止め、くるりと向きを変えてあたしと向き合った。 「思ったよりは元気そうだったけれど。やっぱり随分ダメージを受けているみたいだ」 「……ダメージ?」 「うん。精神的なそれかな」 ケーは思慮深げに目を細め、そっとその手をあたしの頭に伸ばしてきた。 そして、あたしがそれに反応する前に、そのすらりと長い手であたしの頭をなでる。 何度も何度も。 髪の流れに沿うように。 「っ!?」 「来て良かった。君を一人で泣かせるところだったね」 見透かすようで、まるで的外れなはずのその言葉に。 しかし、あたしはぼろりと涙を流していた。 そんなつもりも気配も、全く、なかったっていうのに。 ケーはあたしの頭ではなく、涙腺のあたりを撫でつけていったに違いない。 「う、ぇ……」 気づけばあたしは顔を歪めて、本格的にぼろぼろ、泣きの態勢に入っていた。 だって。 だってさ。 頭の中もうぐっちゃぐちゃのごちゃごちゃで。 そんな時にこんな、優しい態度とられちゃったら。 無理だよ。 もう無理だ。 我慢できない。 嫌いだ。 嫌いだ、こんな自分。 夢の中でも綺麗になれない自分なんて、大っきらいだ。 夢でくらい、建前や綺麗事を通したいのに。 ひねくれた自分はあんなことを思うのだ。 怪我するのがリーマスだったら、全力で阻止したいと思うはずなのに。 そうじゃなかったら見捨てる自分のなんて醜いことか。 こんな醜い姿、とてもじゃないけど、リーマスには見せられない。 心の底から、リーマスの笑顔が見たいけれど。 心の底から、リーマスにこんな風に慰めて欲しいけれど。 それは、絶対にできなくて。 助けて欲しいと、軋む心。 けれど、その助けを求めるのがそもそもお門違いなのだと、あたしは知っている。 それなのに、こんな風に優しくされたら、もう駄目だ。 その手に縋らずにはいられないじゃないか。 初対面の人間になんて泣きっ面晒してんだ、と思わなくもないが。 初対面な気がしないんだから、しょうがないよね? そして、ケーもケーで、まるで既知の親友を慰めるかのように、あたしの体をその腕の中に閉じ込めた。 その、人外にあるまじき温かさに、あたしはただただ涙を流した。 「ぅ、ぅ、……」 「悲鳴を聞いて飛んできて良かったよ。 本当に、君って子は、目が離せなくて困る……」 「……っ、あ、あたし、そんな、声でかか……っ」 「うん。酷い悲鳴だったよ。あんな心の叫び、そうそう聞かされると困るっていうのに」 大丈夫、ネビルもハリーも無事だよ。 だから、君がそんなに罪悪感を感じる必要はないんだ。 マダム ポンフリーは腕の良い癒者だから、あの程度の骨折なら瞬く間に治せるんだよ。 甘い甘い、まるで睦言のようなそれが、耳にそっと忍びこんでくる。 嗚呼、これじゃ天使じゃなくて悪魔のささやきのようだ。 泣いたことで酸欠になった頭はそうぼんやりと思った。 いつかどこかで思ったように。 「んで、そんなこと、知って……」 「僕は守護者だ。そのくらい分かるさ」 「守護、者……」 一体誰の?何の? そう目線で問いかければ、青年はうっそりと微笑んだ。 その、年月を感じさせる深い瞳に、ふとあたしは悟る。 「ホグワーツの……?」 それなら、確かにネビルのこととかマダム ポンフリーのこととか知っててもおかしくはない。 自己紹介もしていないのに、あたしの名前を知っていたことも納得できる。 彼はその問いに、やはりただ笑みを深めるだけだった。 これが、あたしとケーの出会い。 これ以後、時折あたしはこの奇妙な友人と過ごすことになるのだった。 腕の中は懐かしくも温かかった。 ......to be continued
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