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願うのは火事場の馬鹿力。





Phantom Magician、30





「……とうとうこの日がやってきたか」


まるでこれから戦に赴く武士のように、あたしはぎゅっと髪の毛を縛りあげ、厳しい眼差しでカレンダーを凝視していた。
もちろん、仁王立ち。(武者ぶるい付き)
そのあまりに殺伐とした様子に同室の美少女たちは訝しげだったが、 何か感じるところがあったのか声をかけないでくれた。


「ええと、ソウ?先に行っているわね?」
「うん、分かった」


いつも一緒のハーマイオニーでさえ、そう言っていなくなる。
(流石に大広間への道順は覚えたから、置いて行かれても大丈夫)
まぁ、あたしの様子がかなりおかしいことが、分かりやすいくらい分かりやすかったからだろう。
何しろ、普段は起こされるギリギリまで寝てるのに、今日は朝の5時(!)から起きてるし。
いつも降ろしてる髪も、ばっちりポニーテールだし。
何より、垂れ気味の瞳がきっとつり上がっている。
我ながら、なんとも恐ろしげな表情だった。


『そこは凛々しいって言おうよ、せめて』


と、いつまでも動こうとしないあたしに業を煮やしたのか、スティアがするりと近寄って来た。
ちなみに、そういう奴の表情カオはいつも通りの呆れに若干の心配がプラスされている。


『……とりあえず聞くけど、大丈夫?』
「ふっ。そんなの聞くまでもないことじゃなくて?」
『……駄目なんだね』


珍しくも普通にスティアに同情された。
そう。多分、すでに予想はついているだろうが、今日は飛行訓練の日だったりする。
つまり生死分け目の大決戦の日だ。
そりゃあ、武者ぶるいも起きようというものである。


『関ヶ原じゃないんだから。っていうか、それ普通に震えだし。
武者ぶるいなんて上等なものじゃないって』
「知ってるよ!知ってるけど、言い張らなきゃいけない時もあるんだよ!!」


少しはそれを察してくれよ!
せっかく、あのリーマスが時間を割いてまであたしの恐怖心を取り除こうとしてくれたんだ。
せめて、今日だけはそれなりの成果を上げなければならない。絶対に!


『……無駄に漢らしい決意表明は良いから。
まぁ、何かあってもどうにかなると思うから大丈夫だよ』
「だから、何かあっちゃまずいんだってば!」


あたしの今日の目標は、
『身の危険を感じることなく授業を乗り切る!』
この一言に尽きる。
拳を握りながら、一人闘志を燃やすあたしを、スティアだけが溜め息交じりに見つめていた。







そして、来たる午後三時半。
あたしは、ザッザッと険しい足音と共に校庭へやってきた。
芝生が目に鮮やかだが、その爽やかな景観が今あたしの心を打つことはない。
小走りにあたしを追いかけてきたハリーは、そんなあたしの様子にいっそう心配そうな表情を浮かべていたが、 残念ながら、それを慮ったりフォローしたりする余裕はあたしには皆無だった。

そして、向かう先にスリザリン生と横たわる数々の箒を見つけ、あたしはぎゅっと丹田に力を込める。
(丹田が何か知らない奴は辞書を取れ!)


「やぁ、ソウ!今日は僕の華麗なテクニックを見せてあげるよ」
「…………」


不意にマルコが嬉々として話しかけてきたが、黙殺。
箒に乗ってるあたしに、周囲を見回す余裕があるワケないだろう、このボンボン。


「?ソウ??」


いつも、まぁそれなりに当たり触りのない会話をするあたしが反応を返さないのを見て、マルコは首を傾げた。
ハリー以外、あたしが箒に対して苦手意識があるなんて知らないので、他の人たちもどこか不思議顔だ。
が、彼らがそのことを追求しようとする前に、丁度マダム・フーチがやってくるのだった。


「なにをボヤボヤしてるんですか!
みんな箒のそばに立って!さあ、早く!!」


あたしは、鬼気迫る様子で、自分の使う箒を見下してみる。
正直、箒の良し悪しなんて分からないのだが、とりあえず、他の箒より幾分形が整っているものだった。
……よし。これはマシな奴だな。きっと。多分。おそらく……そうだと、良いなっ?

そして、あたしたちはマダムの掛け声とともに、「上がれ!」と叫んだ。
で、予想通り、ぱしっとすぐさま飛びあがってくる箒の柄。
ここまでは良いんだ、ここまでは。
この前もここまでは順調だったことを思い出し、他の子のように浮かれたりしないよう自分を戒める。
で、そりゃあもう誰よりも真剣に、あたしは箒の握り方をマダムにご指導頂いた。
(他の子と違って厳しい表情を崩さないあたしが気に入ったのか、マダムはそれは丁寧かつ熱く指導してくれた)

そして、いよいよ。
いよいよ、飛びあがる瞬間がやってきた。
が、ここであたしは緊張を緩め、一度大きく深呼吸する。
何しろ、これから十数分は、あたしの出番じゃないのだから一息入れたって問題なかろう。
だってね。ここはあれじゃないですか。
主役っていったら、ネビル&ハリー+マルコの場面じゃないですか。
原作ファンであれば、ネビルが飛び立つまで待つっていうか飛ばないのが当然!
まぁ、とばっちりを喰らうのは嫌なので、ネビルから適度な距離をとりつつ、ばっちり全容が見れそうな位置に移動する。
そして、マダム フーチの掛け声が終わるか終わらないかといったその時、事件は起こった。


「一、二の――「~~~~~~~~~~~っ!」


そう、ネビルはまるで予定調和の茶番劇のように何のひねりもなく、大空に向かって飛びあがったのである。
完全に原作通りの展開に、思わずあたしは「おー、飛んだ飛んだ」と映画でも観てる気分になった。
我ながら冷たい反応だと思うが、こればかりは仕方がない。
いかにリアルでもこれは夢。
特に好きでも何でもないキャラのハプニングなんて、完全に他人事としか思えない。
まぁ、死にかけるワケでもないしねー。骨折くらい、よくあるよくある。

あー、きっと、あたしもこの前あんなだったんだろうなー。
箒苦手な人ってなに、あんな風にぽーんって飛ぶもんなの?
ううぅ!あたし、悪いことはしてないけど、すげぇ罪悪感が!
やっぱ、怪我するって分かってて放置するのって後味、最悪!
ファンとしては止められないし。
嗚呼。
でも。




あたしファンの前に一人の人間だったんじゃなかったっけ?





「…………っ」


不意に浮かんだ恐ろしい考えに、あたしは背筋が一瞬凍ったのを感じた。
あたし、さっき、何を考えた?
『骨折くらい、よくある』?
骨折が大けがで、痛いことが分かり切っているのに?
……あたしは。
一体。
いつから?





夢なら人が傷ついても構わないなんて思うような人間になった?





「~~~~~~~~~~~っ!」


そして、あたしは箒から振り落とされるネビルが上げた声にならない悲鳴で、ふと我に返る。
見れば。
気の毒なくらい顔色を悪くした少年は、数メートルも上がったところで地上に落下していた。


「…………っ!」


イ ヤ ダ 。


「浮かべっ!」


心の底からの叫び。
あたしはほとんど無意識に叫び、落ちてくるネビルに向かって魔法をかけていた。
無我夢中だったために、いまいち自分でも何をしているか分からなかったが、 とりあえず、魔法は的外れなものではなかったらしく、落下してくるネビルの速度が一瞬がくん!と下がる。
がしかし。
とっさの行動で、しかも杖もなしの魔法は若干効果が薄く。


ドサッ  ポキッ


ネビルは浮かぶことなく、地面に衝突していた。
どうやらとっさに手をつこうとしたのだろう、その手はぽっちゃりした体の下敷きになり。
あたしは真っ白になった頭の中で、嗚呼、手首が折れたんだな。とぼんやり思った。






人が、わらわらとネビルに近寄り、また離れ。
やがて、二人の人影が遠ざかって行くのを見るともなしに見ていたあたしは、急に耳に入ってきた笑い声に覚醒した。


「はっは!あいつの顔を見たか?あの大まぬけの!」


その不謹慎極まりない声は……マルフォイのものだ。
だけど、あたしはその時、見てしまった。
その姿に、人が怪我するのをただ見ているだけだった自分を。
あたしは、人の怪我を笑ったりなど、もちろんしていない。
けれど、それを呆れて見ていたのは、笑うこととほとんど変わりないんじゃないのか?
嗚呼、いや、寧ろ。

そちらの方がより酷い。

そして、あたしが見ている前で、マルフォイはネビルの『思い出し玉』を拾い上げ、高々と掲げた。
あたしは見ていなかったが、原作通り『思い出し玉』はネビルのところに送られていたらしい。
本来の持ち主が持てば紅く染まったであろうその玉は、しかし、今はマルフォイの手の中で透明に輝いていた。


「ごらんよ!ロングボトムのばあさんが送ってきたバカ玉だ」


その行動に、一気に血が昇る。
分かってる。分かってるんだ。あたしが介入しちゃいけないことくらい!
でも、だけど、という言葉が頭を巡る。
そんなこと考える資格、あたしにはきっとないのに。


「マルフォイ、こっちへ渡してもらおう」
「それじゃ、ロングボトムが後で取りにこられる所に置いておくよ。
そうだな――木の上なんてどうだい?」
「こっちに渡せったら!」


ホラ、ハリーがいる。
あたしなんか微塵も必要ない。
このまま、あたしはただ二人のやりとりを見守って、 最後にハリーが連れて行かれる時に元気づけてあげれば良いだけだ。
「大丈夫。ハリーは悪いことなんかしてないんだから、退学になんてされないよ」って。
そうだよ。そうするだけで良い。
でも、嗚呼、自己嫌悪も混じって今あたしの頭の中はぐちゃぐちゃで。
気づけばあたしは手にしていた箒を強く握りしめていた。


「こっちへ取りにこいよ、ポッター」
「ダメ!フーチ先生がおっしゃったでしょう、動いちゃいけないって。
私たち皆が迷惑する……ソウっ!?」


ハリーを諌めていたハーマイオニーが悲鳴のようにあたしを呼ぶ。
そう、あたしもハリーと同様、彼女の言葉は完全無視の状態で、力強く地面を蹴っていた。
とにかくマルフォイの横暴を止めさせないと、あたしは今後ネビルの前で顔があげられないと直感したのだ。
だから、自分が箒が駄目だった事実など忘却の彼方で。
ただひたむきにあたしは空を目指した。
が、しかし。





「やっぱ言うこと聞かないしぃいいぃー!!」





そんな決意くらいで苦手なものが克服できたら苦労はないよねって話。





奇跡ってそう簡単に起こらないよねっ!





......to be continued