誰にも言っていない望みがあった。





Phantom Magician、29





「はあああああ」
「大丈夫かい、


思わず特大の溜息を吐いてしまい、それを見たリーマスが心配そうに眉を寄せた。
……うん。実はちょっと狙ってやったんだけど、心配してもらえて嬉しい。

本日の授業を消化しきり、ようやくやってきた自由時間にあたしはリーマスの部屋を訪れていた。
あ、ちなみにこの前みたいに迷子にはなってないよ?
だって、リーマスのお迎えがあったからね!
うふふふー。きっと帰りも送ってくれるに違いない。
送り狼ってリーマスにピッタリの言葉だよね!!
もう、ドンとこいっていうか、臨むところなんだけど!


?」
「……ああ、ごめんなさい。ちょっと考え事してて」


貴方の魅力について考えてましたーとは流石に言えないが。
とりあえず、嘘は吐かずに相手を騙しながら、あたしはふぅっとまた溜息を洩らした。
や、考えなきゃいけないことがあるのも事実だからね?


「……箒のことかい?」


そう、あたしはリーマスのところに『授業の相談』という形で訪れている。
最初は純然たる方便だったのだが、 リーマスが「分かってるよ。飛行訓練の話だね」と言ってきたので、方便が方便じゃなくなってしまったのだ。
箒。飛行訓練。
その言葉を聞いた瞬間、原作のあれこれと先日の一件がフラッシュバックし、あたしは顔面蒼白になった。
なにそれ。揃いも揃ってあたしを殺したいの?
すでに一回酷い目にあってるんだけど。
ネビルどころの騒ぎじゃなかったんだけど。
九死に一生スペシャルとかに余裕で特集されそうな事件だったんだけど!
なんで、そんなトラウマもんの危険行動をわざわざ授業でやらなきゃいけないんだよ!?
ダンブルドアの陰謀!?もしくは教育委員会!?
(素朴な疑問で、魔法世界に教育委員会があるのかは知らんが!)


「あたし、絶対、他の子に迷惑かける……」


っていうか、主にハリーに。
あの正義感溢れるハリーのこと、間違いなくあたしの傍で見守ろう、あわよくば助けよう、とするに違いない。
が、子どものハリーにあたしが助けられるか?
いくらあたしに都合の良い世界っていっても、流石に体格的に人間を受け止めるのはあの子には不可能だろう。
そして、何より問題なのは、だ。
あたしが先に騒動を起こしてしまえば、まず間違いなくネビルは飛ばないということだ。
つまりは、思い出し玉やら何やらの一件は存在ごとなくなる。
当然、ハリーはシーカーにもなれず、色々原作と流れが変わってしまう、と。
もうすでに大本の部分が大胆に変わってしまっているのは理解しているのだが、 それでもなるべく原作に忠実にいきたい。
暗くて人が死ぬような場面でなければ、原作のままいって欲しいのだ。
それが、多分、ファンとしてのあたしのポリシーなのだと思う。


……」
「リーマス。あたしいっそ、見学とかじゃダメかなぁ」


駄目元で、全てが丸く収まる方法を提案してみる。
あたしに甘いリーマスならば、「う〜ん。仕方がないね」とかなんとか言ってくれるのを期待して、だ。
ホラ、あたしこの前死にかけてたし!そのくらい言っても不自然じゃないもん!

が、しかし、あたしの必死の願いを聞いても、リーマスは困ったように眉を寄せるだけだった。


「それは流石にダメだよ、


ああ、なんかその表情ちょっと色っぽい……ってそうじゃなくて。


「何で!?」


生徒が一人さぼってても、多分実害ないと思うんだけど!
良いじゃん!先生も余計な助ける手間省けるし、あたしは安心だし、一石二鳥じゃねぇ!?
がしかし、相手は何を隠そう、ホグワーツの優秀な教師陣の一人。
まさかサボリを推奨するワケにもいかないのだろう、リーマスはこの後、突然ある提案をしてきた。


「まだが箒音痴だなんて決まったワケじゃないし、頑張ってみたらどうだい?」
「ううううぅ、でもー……」
「うーん。この前のことで苦手意識が着いちゃったのかな。嗚呼、ならそうだ」


「私と一緒に一度飛んでみるかい?」


あの爽やかな笑顔に抗う術があたしにあっただろうか。いや、ない!(反語)





んで、現在地は、どういうワケだか天文台。
それも一番高い塔の上だったりする。
……あはは、ここって確かノーバートとバイバイする所じゃなかったかなーあははー。

上を見れば、降るような美しい星空だったが、あいにくそれを楽しんでいる余裕はなかった。
だってさ、あたしたちって箒乗るために来たんだよね?ここに。
ってことは、もしかしてもしかしなくても、こっから飛ぶってことだよね!?
てっきり庭から飛び立つんだと思っていたあたしは、ずんずん上階へ向かうリーマスにめまいがした。
何故!何でよりによって、そんな失敗したらあの世直行コースをわざわざ選択すんの!?
普通に地面から飛び立とうよ!キキだって崖での練習失敗してたじゃん!
勢い付けたって駄目なものは駄目だと思うよ!?あたし!

とりあえず、そっとリーマスへ向けて不安いっぱいです!って表情を向けてみた。


「大丈夫だよ、。今回、箒を操るのは私だからね」


安心させるように優しく微笑まれるだけだった。
…………。
……………………。
……や、リーマスの箒の腕を心配してるワケじゃないんだ、うん。
でもさ、リーマスが箒得意って描写が果たして原作に少しでもあっただろうか。
リーマス、という文字が出た瞬間、集中力の増す人間のあたしだ。
正直、そんな言葉を拝んだ覚えは終ぞない。
もしかしたら、原作の原作(つまりは原書版)にはそういう表記もあったのかもしれないけど、あたし日本人だから!
静山社さんの翻訳した本しか知らないワケですよ、ええ。
(あたしは楽しく読んだけど、あの翻訳は一部で物議を醸しだしたらしい)
っていうか、寧ろリーマスって箒乗ってたっけ!?
あ、偽ポッターの時に一回あった……って一緒にいた双子ボロボロになってたよ!
リーマスなら、きっと普通に箒乗れるとは思うんだ。思うんだけども!
でも、特別上手いってワケじゃないんじゃないかなぁ!?
ジェームズみたいにもの凄く上手くても曲乗りされそうで怖いんだけど、 やっぱり命を預けるワケだしできるだけ上手い方が嬉しいっていうか!

と、心の中で色々失礼なことを思いつつ、尻ごみしまくっていたあたし。
が、しかし、そんな心中はすっかりお見通しなのか、リーマスは小さく苦笑するだけで特に急かしてくることはなかった。


「うー……でも……」
「やっぱり怖いんだね?」
「……うん」


ちろちろとリーマス持参の箒を見てみる。
多少古そうではあるが、手入れのしっかりされた箒のようだった。
……でも、所詮箒だよね。
足場があるワケでもなんでもなくて、木と枝で出来てるもんだよね。
……もうちょっと自転車のサドルくらいの安定性があればまだ安心もできるんだけど。
あくまでも目の前にあるのは棒。丸太ではなく棒。
言っちゃなんだけど、頼りねぇえぇー!
え、だって棒だよ、棒?
今まで夢小説のヒロインとかが普通に乗ってるのスルーしてきたけど、 命綱なしの状態で棒に座って、地上数十メートル地点に行くんだゼ!?
普通に自殺行為だよね!?実際!

結局、あたしはその場であーとかうーとか唸りまくる。
流石に生まれてから培ってきた常識は、いきなり捨てきれないようだ。当然だけど。
と、あたしがまだぐずぐずしているのを見て、リーマスは予想外の行動に出るのだった。


「大丈夫だよ、


ぎゅっ


「絶対、私が離さないからね」


…………。
……………………。
………………………………ぎゅ?

ええと、ええと!
い、今の状況を整理してみようか、ちょっと!
え、あ?あたし?うん?
ぎゅって?ぎゅってされて、る?
うん。え?誰に?
リーマスに?

……ひ。
ひぎゃああああああああああああああああああああああ!!


「リ、リ、リ、リーマス!?」


声が思わずひっくり返る。
え、ちょっと、何この超展開!?
一体何がどうなってあたしがリーマスにぎゅっとされる状況が発生するの!?
っていうか、あたし、今日まだシャワー浴びてないんだけど!
汗臭かったらどうしよう!?
ここは、ファブ○ーズ!?エイト○ォー!?
え、持ってないんだけど、ちょっと!!
いやぁあぁあぁー!


「何だい、?」


そして、パニック状態のあたしの耳に直接響く涼やかな声って……っ!


「み、み、み……っ!」
「?みみみ???」


耳元でそんな良い声聞かせんじゃねぇぇぇぇえぇー!!
あ、ダメだ。
あたし、もう頭真っ白。
カミサマ。今すぐあたし昇天しそうです。
でも、勿体ないから、即行で追い返してください。


「……くす。ああ、やっぱりは恥ずかしがり屋だ」


どこか幸せそうに。
どこか切なそうに。
リーマスはあたしを抱く腕に力を込めた。


「!?!?!?」


わざとか今畜生ー!?
え、あたしを安心させようとしてるんだよね、それは!?
逆効果120%なんですけど!
安心どころか、心臓ガンガン鳴って頭沸騰しそうなんですけどぉおおぉー!?
分かる?どきどきなんて可愛らしいもんじゃないの。
ガンガンだよ、ガンガン!
頭痛じゃないんだから、そんな効果音鳴っちゃまずいだろ!

あばばばばば!
乙女として反応が激しく間違ってる気がしないでもないんだけど、 でも、この状況下で冷静かつ可愛らしく反応できるのは間違いなく乙女じゃないと思うの、あたし。
乙女なら戸惑うだろ!戸惑わないなんて、乙女じゃない!
それ、もはや計算高いお姉さまだから!経験豊富な小悪魔だから!
ホラ、あたし乙女!問題(?)ない!!

と、いい加減あたしの面白反応に満足したのか、リーマスは「じゃ、そろそろ行こうか?」と体を放した。
案外あっさりとしたその感じに、あたしとしてはちっとも頭が追い付いていかない。
……あれ。なんだ、この寂寥感。
放してくれたのは有難いけど、嬉しくないぞ。
……何でもっとリーマスの意外な逞しさとか堪能しておかなかったんだ、3秒前のあたしー!!

嬉しいやら悲しいやら。
とりあえず、箒の対する恐怖心が一瞬完全に吹っ飛んでしまったあたしは、 目の前に差し出された手を、まるでお手でもするように反射的に握ったのだった。







「じゃあ、ちゃんと箒を握ったね?」
「ううう、うん」


子ども体系のぷにぷにしたお腹にリーマスの腕が回されて若干気もそぞろだが、 あたしは、とりあえず言われた通り、がしっと箒の柄を引っ掴んで跨っていた。
……うん。やっぱり、どう考えても安心とは程遠い造りだ、箒って奴は。
もともと跨るもんじゃないもんね。掃除用品だもんね!


「……どうして世の中には空飛ぶ絨毯がないんだろう」


颯爽とは程遠いかもしれないが、お馴染みのマジックアイテムに想いを馳せる。
ドラちゃんでも、魔法世界は箒か絨毯の二択だったというのに。
と、あたしの一言に、リーマスは楽しそうな声を洩らした。


「あははっ!ペルシャとかあっちの方ならあるかもしれないね。
空飛ぶ絨毯かぁ……。うん。面白い発想だ。ジェームズあたりが喰いつきそう」
「それは間違いなく問題起こりそうだから言わないでね」


あたしのせいで珍事件が起こったりしたら末代までの恥だ。
是非とも全力で遠慮したい。

そして、あたしは何度も何度も深呼吸をして、どうにか覚悟を決めようとしてみる。
正直、この間抜けな格好で10分も20分もいるのはどうかと思うんだ。
が、まぁ、そんな思い切りのいい人間ではないので、あたしはやっぱりうだうだしてしまう。
すると、流石にリーマスも焦れて来たのか、優しく、しかし、はっきりとあたしをうながし始めた。


「覚悟は決まったかい?
「うううぅ。まだ、あとちょっと……」
「本当に怖いんだねぇ」
「紐なしバンジー体験が強烈すぎて」
「バンジー???」
「ああ、いや、気にしないで」


変なところで喰いついてきたリーマスをとりあえず遮る。
後で説明なり何なりはしてあげるから、今は置いといて。ややこしくなるっ!

と、「大丈夫だ」というのでは踏ん切りがつかない様子を見て、リーマスは切り口を変えてきた。


「……そんなに私は信用ならないかい?」
「うえぇ!?そ、そんなことないよ!?」


うん。まぁ、効果抜群な物言いでしたとも。
そういう一言に自分が弱いのは自覚していたけれども、その相手がリーマスであればさもありなん。
あたしはとうとう「ううううぅ、分かった。もう良いよ」なんて口走っていた。
もう、なるようになれ!

と、あたしが自棄気味に言った一言を受けて、リーマスはにっこりと特上の笑みを浮かべる。
残念ながら背後にいらっしゃるので、よく見えなかったんだがね。まぁ、気配で。
そして、彼は飛びあがる!というその瞬間、そっとあたしの耳元に囁きを残した。


「大丈夫。きっともすぐ空を飛ぶのが好きになるよ」
「え……?」


まるで予言じみた言葉。
けれど、それが予言でも何でもないことは、誰あろうあたし自身が知っていた。


「だって、ずっと飛びたかったんだろう?」
「!」


嗚呼、反則だ。
そう思う。
何で、この人はこのタイミングで、こんな一言をさらっと言えるのか。
何で、あたしの望みを分かってしまうんだろう。
あたしは飛びたい、なんて一言だって言っていなかったのに。
怖い怖いと、馬鹿みたいに繰り返していただけなのに。
スティアのように心の声が聞こえる訳でもないくせに、どうして?


「……分かるよ。のことだからね」


優しい優しい囁きに、泣きそうになる。

そうだよ。あたしだって、空を自由に飛んでみたかったよ。
せっかくそういう世界なんだから、夢見たって悪くないじゃないか。
でも、夢は所詮夢で。
初っ端からあたしは躓いてしまった。
一度植えつけられた恐怖心はそう簡単に消えてなくならず、 他の子がうきうきと飛行訓練について話すのを、指を銜えて見ているだけだった。
本当は、やっぱり飛びたくて仕方がなかったのに。

そして、そこであたしはいよいよ自覚する。
嗚呼、やっぱり、あたしはこの人のことが好きだなぁ、と。
憧れでも、親愛でもなく。
ましてや同情等ではさらさらなく。
ただ、純粋に。
ただただ、ひたむきに。
好きだな、と思った。

そして、あたしとその想いを乗せて、そっと箒は満天の星空へ踊り出す。

この日のことを、あたしは忘れない。
この時見た夢のように美しい景色を、記憶に刻みつけよう。
抱いた想いがたとえ色褪せたとしても、この思い出だけは永遠だった。





ただ、輝ける景色を空から見たかったんだよ。
貴方の隣で見れるとは思わなかったけれど。






......to be continued