人の噂は七十五日。





Phantom Magician、27





「待てぇえぇえぇー!!」
「あたし関係ないのにぃいぃいぃぃー!」


もう、何度目になるか分からない言葉を叫び、あたしは広大なホグワーツ城をひたすらに走っていた。
びゅんびゅん燭台とかが横を通り過ぎて行くのを感じながら、いい加減にしてくれと思う。
脇腹痛い!苦しい!疲れた!もう嫌だっ!!
ドッペルめ!後で絶対覚えてろよ、この野郎っ!

必死にフィルチの魔手から逃れつつ、あたしはこれまた何度目になるか分からない曲がり角を曲がる。
見た目に反して、あいつ結構足速いんだよね!
怒鳴りながら走れるし!どういう肺してんだよ!?

正直、いっそ捕まった方が楽なんじゃないかと思うあたしを突き動かしているのは、 ひとえに双子とフィルチに対する怒りである。
気づけば、追われてるのはあたし一人っていうこの状況はどういうことなんだ。
双子追いかけろよ!フィルチの阿呆!!
走りながら叫ぶなんて体力の無駄なので、できるだけやらないけれども!
心の中でくらい幾ら罵倒しても良い気がするのはきっと気のせいじゃないはず!

そう、双子はあの後、二手に分かれたり何なりしながら、フィルチを撒く作戦に出たのだが。
どういうわけだか、フィルチが追ってきたのはこのあたし。
赤毛のが絶対目立つと思うのだが、奴の目はあたしをロックオン☆
新入生の方が隠し通路とか詳しくないのは分かってるよ?
女の子だし、狙いやすいってのはまぁ、当たり前の話だってことも分かるさ。
でも、どう考えても主犯あっちじゃねぇか!
ああ、もう嫌だ。
授業は遅刻だし、マジ最悪。
きっと後でハーマイオニーに怒られるんだぜ。
うううぅ。あたしのせいじゃないのに!

徐々に体力が限界に近づき、じゃんじゃん思考が逃げることから反れていく。
本気でもう諦めようかなーと思い始めたその時、あたしは行く手に面倒なものを発見して急停止した。


「見〜つ〜け〜たぁあぁあぁー!!」


嬉々としながら目をギラつかせているのは、ピーブズ。
よりによって、またお前かよ!
もう良いよ!飽きたよ!!

是非とも見なかったことにしたかったが、まさかそんなことができるはずもなく。
あたしは面倒なものに挟まれてしまった今の状況に泣きたくなった。
ピーブズに何かされるか(奴は手にペンキを装備している)、フィルチに捕まるか。
……後者の方がまだマシか?
即座にそう判断を下し、くるりと体を反転しようとした。
が、その瞬間。


「ここであったが百年……めぐぎゃば!?」


なんとピーブズの後頭部にロケット花火が直撃していた。
そして、途端に広がる火花と黒煙。
視界と呼吸が一気に奪われ、あたしとしては成す術もなく茫然とするしかない。
と、そんなあたしを引っ張る腕があった。(あ、なんかデジャブ)


「早く!走れ!」
「はぁっ!?」


そして、誰かは『走れ』と言いつつも、ほんの少し進んで停止し、どこぞの教室の扉に体を滑り込ませた。
で、思わず文句を言おうとしたあたしの口を手で抑え、しーっと静かにするようジェスチャーを寄越す。
しーっじゃねぇよ。しーっじゃ。
が、まぁ、あたしもへとへとだったので、言われた通り、この場では口を噤むことにした。
正直、全力疾走+煙のせいで、咳き込みたいのは山々なんだけどね!が、我慢する!
そして、息を殺すあたしたち二人と壁一枚を隔てたところでは、 フィルチとピーブズの苦々しい声と噎せる声が聞こえてくる。


「……げっほ。……くそっ!どこへいった
ピーブズ!貴様が邪魔さえしなければっ!!」
「邪魔したのはお前だろぉおおぉ!今日こそペンキま〜みれにできるとこだったのにぃいぃー!!」


「こうなったらお前がかぶれ」だの「ふざけるなこのブ男」だの、醜い言い争いだった。
(自分の名前が連呼されているのはもちろん聞かなかったことにする)
そして、その争いで奴らの意識があたしたちから見事に反れたらしく、ありがたいことに段々その声は遠ざかっていく。
……単純な奴らで良かった。
やがて、声が完全に聞こえなくなったのを見計らって、あたしを助けた人物はほっと安堵の息を漏らした。


「……はぁ。あー、危なかったな。
「……あのー。あたし、ファーストネームで呼ばれる覚えも筋合いもないんですけど」


が、人物が人物なので、あたしの言葉も自然と刺々しいものに変わる。
助けてくれたっていうか、助けるのが寧ろ当然だろ。お前。


「助けがいのない後輩だなぁ」


パチクリと目を瞬かせているのは、誰あろうこの現状を作りだした双子の片割れ。
これににこやかに礼を言えと言うのは無茶な注文だ。
いくらね!相手がね!悪戯っ気な瞳を輝かせている可愛い男の子でもね!
若干、あたしの好み(爽やか可愛い腹黒系)から外れるからさ!
これで黒ぶち眼鏡でも着けてたらまたちょっと対応変わるけど、違うもんね!
ごほん。……なので、まぁ、盛大に嫌味を言う事にする。


「後輩巻き込む先輩を敬うほどできた人間じゃないんで。……ウィーズリーせ・ん・ぱ・い?」
「……フレッドって呼んでくれ」
「見わけがつかないんで、無理ー」


そもそも、最初にあたしをひっつかんだのが誰だ。
見事に声も背の高さも同じ双子を見わけろと言われてもあたしには無理な注文である。
なんでも、原作の双子マニアは発言でどっちか見極められるらしいけど、あたし双子フリークじゃないもん。
双子好きだけど、あくまであたしの一番はリーマスだから!

と、あたしのご機嫌が完全に斜めにぶっちぎっているのを悟り、フレッド(自称)は頭を掻いて謝罪した。


「えーと……ごめん。つい」
「 つ い じ ゃ ね ぇ よ 。
もう、どうしてくれるんですか」


授業は遅刻。フィルチには余計目をつけられる。
……今日は厄日か。


「いや、噂のに出逢って僕らも浮かれちゃってさ」
「………………ちょっと待て」


ちょっとどころじゃなく、かなり気になる発言に思わずストップをかける。
ごめんごめん。『噂』ってなに!?
あたし、そんな有名人だった覚えないんだけど!完全なる一般ピープルなんだけど!


「噂って……何?」
「ん?なんだ知らなかったのかい?

『入学しょっぱなからスネイプとフィルチに目をつけられて、 挙句にピーブズを尽く返り討ちにする謎の東洋系優等生

の噂を?本人なのに?」
「……長っ!」


何だ、そのとてつもなく語呂の悪い感じの噂!東洋系優等生!?


「僕たちとしては、そんな将来有望な後輩にそろそろ逢いに行きたいと思っていたところだったのさ。
まぁ、まさか列車でぶっ倒れてた子がその『』だったとは思わなかったけど。
ハリーとその子仲が良いって話だったし、ハリーが『』って呼べばそうなのかなーと」


その言葉に、ハリーがあたしを呼んだ瞬間から双子が密談を開始したことを思い出す。
つまりは、思わぬところで思わぬ人物が、逢いたかった人だと知って驚いたってそういうこと?


「で、噂を確かめるために巻き込んでみたんだ☆」
「『巻き込んでみたんだ☆』じゃねぇっ!!」
「うん。悪いとは思ったんだけど。やっぱり気になったからさ。知的好奇心には逆らえなかったんだよ。
丁度良いタイミングでフィルチも来たし。
……でも、ちょっと期待はずれだったかなぁ。思ったより足は速かったけど、フィルチを撃退してくれなかったし」


何 の 期 待 だ 。
勝手に期待して勝手に幻滅してんなよ。
寧ろ、あたしが幻滅したよ。
なにあたしを巻き込む相談してんだよ。
おかげで、あたしは明日からさらに、面白可笑しく鬱陶しい毎日を送る羽目に陥ったじゃねぇか。
あああああ!リーマスとの愛の語らいが減っていくぅぅううぅー!!


の芸術的悪戯や、魔法をぜひ見たかったんだけど」


はぁ、っと今度は残念そうに溜め息をついたフレッド。
そのあまりにも失礼な態度に、しかし、あたしはふっと余裕の笑みを浮かべた。
ふふふ。そう。そんなにあたしの魔法が見たい、と?


「なら、見せてあげるよv」
「は?」


ひゅんっ!と小気味の良い音を立てて、杖を振るう。
すると、目の前には日本の運動会でおなじみのメガホン。
もちろん、フレッドにはこれが何なのか分からないだろう。
そんなことは百も承知で、あたしはポケットから耳栓(=ハーマイオニー対策)を取り出して装着する。


「??マグルの道具かい?」
「Yes,it is!はい、せーの!!
フィルチに脱毛剤をプレゼントしたのは双子のウィズリー!双子のウィーズリー!!」

“フィルチに脱毛剤をプレゼントしたのは双子のウィズリー!双子のウィーズリー!!”
“フィルチに脱毛剤をプレゼントしたのは双子のウィズリー!双子のウィーズリー!!”
“フィルチに脱毛剤をプレゼントしたのは双子のウィズリー!双子のウィーズリー!!”

「!?」


城中に響き渡るほどの大音量で、メガホンはあたしが言った言葉を忠実に繰り返した。
慌ててフレッドがそのメガホンに飛びかかるが、 メガホンは羽でも生えているようにするりとその腕を逃れ、フレッドの頭上でけたたましく叫び続ける。
ふっ。ちなみにサービスで追尾機能も搭載しといてあげたよ。


“フィルチに脱毛剤をプレゼントしたのは双子のウィズリー!双子のウィーズリー!!”
“フィルチに脱毛剤をプレゼントしたのは双子のウィズリー!双子のウィーズリー!!”
“フィルチに脱毛剤をプレゼントしたのは双子のウィズリー!双子のウィーズリー!!”

「何だこれ!?どうやって止めるんだ!?
終われフィニート呪文よ終われフィニート・インカンターテム!!」


軽くパニック状態のフレッドだったが、一生懸命に呪文を止めようとする。
が、スティアの魔法は強力なのか、その程度ではびくともしない。
それどころか、中途半端に魔法をかけたせいで、今度は音声のみならずサイレンまで鳴らし始めた。

ウゥ〜ゥウ〜ウゥ〜!

嗚呼、なんて消防車が来そうな音なのかしら☆
そして、あたしはまもなくここにやってくるであろうフィルチから逃れるため、 追いかけてくるメガホンを必死に振り払おうとしているフレッドを残し、この場を後にした。





……ただし。あたしはこの後、自分の短慮を大いに嘆くことになる。
フィルチと多分ピーブズもフレッドに押し付けた。それは良い。
だって、ほら。自業自得って奴だし。
可愛い後輩を巻き込んだんだから、そのくらい当然じゃね?
授業に遅刻した。それも良い。
きっと、心優しいハリーのこと、仮病でもなんでもでっち上げてあたしの名誉を守ってくれているであろう。
が、しかし。
ここで問題なのは、時間でもなんでもなくて。


「で、ここはどこぉおぉぉー!!?」


迷子スキル全開☆
結局、あたしはすでにパンパンの足を酷使して、城の中を幽鬼の如く彷徨うことになるのだった。
ああ、くっそ。どこのどいつだ。変な噂流しやがったの!





……七十五日って長いよね。





......to be continued