災難って前触れもなく訪れるもんだよね。





Phantom Magician、23





起きなさい。もう朝よ」
「んむぅ……後1時間……」
「1時間だなんて!とんでもないわ、早く朝食に行かないと食べはぐれるわよ」
「うううぅ。ハーマイオニーのいけず……」


ふかふかの天蓋付きベッドでそれは幸せに惰眠を貪っていたあたしは、 可愛らしい声に容赦なくびしばしと起床されられた。
うとうとと覚醒しない頭で見つめた先には、最近見慣れた豊かな栗毛が広がっている。
窓の外へ目を向けると、確かにそこには燦々と輝く太陽があった。
季節が季節なだけに、日が昇るのが早くて困る。
「まだ外真っ暗なのに〜」という言い訳が通用しないのだ。


!ホラ、早く着替えて!」
「うぁい。ハーマイオニーも髪とかしてね」


朝食に遅れるんじゃないかと気が気じゃない彼女に、とりあえず身だしなみの注意をする。
1週間同室になって気付いたことなんだけど、ハーマイオニーってあんまりそういうの頓着しないみたいなんだよね。
や、服装がだらしないとかそういうんじゃなくて、化粧に1時間も2時間もかける女の子を毛嫌いしてる、みたいな?
元は良いので、勿体ないことこの上ない。
とりあえず、あたし好みの美少女にするべく、奮闘の毎日だ。

と、これ以上ぐずぐずしていると、ハーマイオニーの雷が容赦なく落ちてきそうだったので、 あたしはもぞもぞと動き出す。
あたしの忠告を受けて、髪の毛に櫛を入れ始めたハーマイオニーを微笑ましく思いながら、首を巡らせてみる。
まず視界に入ったのは、ベッドサイドにある例のテディベア。
ちゃんと鞄に詰め込んできたはずなのに見当たらず、面倒臭そうなスティアが持ってきてくれたそれだ。
(なんでかは知らないけど、移動系の魔法が効かないらしい)
次いで、グリフィンドールカラーのカーテンに、がらんと人気のない朝日に照らされた部屋。
こういう時に頼りになる、ミス美少女のパーバティはもう部屋には残っていないようだった。
おおかた、ラベンダーと一緒に、さっさと見切りをつけて広間へ行ってしまったんだろう。
薄情だと思う反面、ぷりぷりしながら残っててくれたハーマイオニーが可愛くて仕方がない。
元々、可愛い女の子は大好きなのだ。


「さあ、用意はできた?じゃあ行くわよ」
「はいはい」
「はいは一回よ!」
「はーい」


一生懸命背伸びをする可愛い妹ができた気分であたしは、女子寮を後にした。
もちろん、今日が記念すべきリーマスの初授業だということは完全に忘却の彼方で。







「いやー、あたしこういう時、ハーマイオニーと同室だってこと、本当に良かったと思うね」
「?突然どうしたの、
「ハーマイオニーが世紀の秀才で良かったなってこと」
「???は時々、不思議なことを言うのね。
でも、ありがとう。褒め言葉だと受け取っておくわ」


いや、がっつり褒め言葉です。マジで。
ちなみに、『こういう時』っていうのは、『ホグワーツの中を歩いている時』と同意語である。
そう、あたしは何を隠そう、迷子スキルを余すところなく所持している女である。
そんなあたしが、あの方向感覚抜群のハリーでさえ迷う城で無事教室に辿り着けるか?
答えは考えるまでもなく、否。
迷うどころか、軽く遭難→餓死という構図すら浮かんできてしまう。
まぁ、いざとなったらスティアに道案内させるしかないと思っていたのだけれど。
なんとも嬉しい誤算で、あたしはハーマイオニー達のルームメイトになったのだった。
そりゃあ、ね!教科書丸暗記できる彼女の記憶力をあてにすんなって方が無理でしょうよ!
で、おかげであたしは今のところ、無遅刻無欠席記録を更新中。
あー、良かった。
本気でハーマイオニーと友達になれて良かった。

文字通りの死活問題を、それはもう見事に解決してくれたハーマイオニーの評価は今のところ最高である。
そして、それを素直に言葉にすると、彼女はそれはそれは可愛らしく照れていた。


「私も、が同室で良かったわ」
「へ?そう??」
「だって、は私の言うことをいきなり否定したりしないで、きちんと話を聞いてくれるでしょう?
私、頭は良い方だと自分でも思っているのだけれど、人付き合いはどうも苦手で……。
あんまり低レベルな会話にはついていけない時があるの。
でも、は頭が良いのに、他の子とも普通に話ができるし、私をその輪に入れてくれるし……」


「本当に、は凄いわ」とちょっと切なめの笑顔を浮かべるハーマイオニー。
その話だけ聞いていると、あたしがそれはもうできた人のようだ。
(ちなみに、真実は「子どもの言葉にムキになるなんて大人としてどうなんだ」と自分を諌めている結果である)
ふむ。さっきの評価に注釈を入れるべきだな。
『評価は最高、ただし、対人スキルを除く』って。
ハーマイオニーもね。もうちょい空気を読むっていうことを覚えれば良いんだけど。
自分で頭良いとか言っちゃってるし。
や、下手に謙遜されてもムカつくんだけど、もうちょいオブラートに包むとかね?
大体において、彼女の友人関係破綻の原因は自爆だと思う。
ここでそれ言っちゃうんだ!?っていう発言を数え上げればもう、きりがない。
あたしも別に人格者じゃないんだが、まぁ、一応成人した大人ですから。
そこら辺は苦笑しつつ、スルーしてあげている。


「ハーマイオニーはもうちょっと知識を小出しにできると良いね」
「嫌よ。知識は大いに披露すべきだわ」


親切な助言は、恐ろしいほど速攻で却下された。
あー。もうちょい、本ばっかりじゃなく、人の意見も聞き入れる(っていうか聞いたふり)を学ぶべきだね、この子。
でないと、社会に出て苦労する。
知ってるかい、少年少女諸君。
上司が黒って言ったら、自分がどんなにそれ白じゃね?って思っていたとしても、 黒だと言わねばならない場面が多々あるのだよ。
っていうか、ハーマイオニーは筆頭だが、何故この学校の連中は協調意識やら対人スキルがこんなに低いんだ。
おかげで、このあたしが!
人見知り激しいこのあたしが、まさかの人当たりの良い人格者だとかいう勘違いがまかり通っている!
ぐああああ!おかげで、無駄にあちこちから声かけられるよ!
や、利用できる人脈はあればあるだけ良いと思うけれども!
あたし、そんなコミュニケーション能力高くないんだってばー!!
止めてー!声掛けないでー!!いやぁああぁー!!


「なんで、人見知りなあたしがこんな助言を……何かが間違っている……」
が人見知り?冗談でしょう?」
「冗談どころか限りない真実なのに……」


さて、そんな彼女の大いなる勘違いをどうしたものかと悩んでいたあたしだったが、


「おやおやおんやぁ?」

唐突に現れた問題に、その思考を放棄した。
唐突に現れた問題。それは……、


「可愛いチビちゃん。うすのろチビちゃん。もしかして道に迷ったのかなぁ?」
「「ピーブズ!!」」


浮いてる迷惑製造機ことポルターガイトのピーブズだった。
うぉう。マジに意地の悪そうな小男だ。
初めて見た。可愛くねぇっ。

ピーブズのことは原作知識&入学後の噂でそれはもうよく知っている。
はっきり言って、百害あって一利なし。
ベストな選択は関わらないこと、という災害のようなものである。
ハーマイオニーもそれは承知しているらしく、注意深くこいつとは遭遇しないようにしてたんだけど。
どうも、話に夢中になっていたがために、接近に気付かなかったようだ。
思わず舌打ちしたい心境のこっちとは打って変わって、向こうは上機嫌。
それはそれはムカつく笑顔で、前方に漂っていた。


「どこにいくんだい、チビちゃんたち。優しいお兄さんがあ〜んないしてあげるよ〜?」
「結構よ!私たちは迷ってなんかいないんだから!」


『怪しい人について行ってはいけません』
古今東西、ありとあらゆる時代で通じる自衛策を、敢行しようとしたハーマイオニーだった。
が、何故、それで一目散に走らず、敢えての早歩きなのか。
まさか、廊下を走ってはいけないとかってホグワーツでも有効なの?マジで?
そんなん聞いた覚えないんだけど!小学生かよ!?
おかげで効果は半減……どころか、ピーブズを更に煽る結果になってしまった。


「おおおおぉぉおぉ。人の親切が受けれないなんて、なんて悪い子なんだろうぅぅ。
そんな悪い子たちにぃはお仕置きしなくちゃっ!」


そして、奴はどこから取り出したのか、やたらとカラフルなボールのようなものを取り出した。
あれ、あたしあんな物体、すっごく見覚えがある。
具体的には縁日とかで。


「そぉれっ!」
「きゃああっ!」「冷たっ!」


そして、それが何か認識する前に、あたしとハーマイオニーはぐしょぐしょのびちょ濡れ状態に陥った。
うん。やっぱりそうだよね。
あれ、日本のチビっこに大人気の水風船だよね。
あたしもよくやったなー。バシャバシャバシャバシャ言うのが楽しくってねぇ、あはははー。

そのあまりに冷たくて情けない状況に、あたしの中でなにかがぶっつんと音を立てて千切れた。
ええ、もう具体的には堪忍袋の緒的なものが。


「ピーブズ……」
「おやおやおや、弱虫チビちゃん、泣いちゃった?泣いちゃったのかなぁあぁ?」


ぶちっと。


「とりあえず、一回死んどけぇえぇえぇー!!」


嬉々としてあたしの顔を覗きこんできたピーブズの顔が引き攣るのが1秒後。
あたしが杖を構えて消防車ばりの水鉄砲を発射するのが3秒後。
ピーブズのむかつく顔が城の壁に叩きつけられるのが4秒後。
あたしが爽やかな笑顔を顔に浮かべたのが6秒後。
ハーマイオニーが状況判断し終わるのが、60秒後である。


「ええと……」
「…………(嗚呼、良い仕事したぜ的な笑顔)」
「…………」
「…………(氷漬けにしてやろうかどうしようかという笑顔)」
「今の、よ、ね?」
「ハーマイオニー、君に素敵な言葉を教えてあげよう」


『やられたらやりかえせ。ただし三倍返しでな!』
この言葉が、後のハーマイオニーの人格に多大なる影響を与えたとか与えないとか。







「……プックックッ。それは、また、大冒険だったね」
「笑い事じゃありません、先生!」


憤りも露に、闇の魔術に対する防衛学の教授に喰ってかかるハーマイオニーを横目に、 あたしは今、幸せの絶頂にあった。
闇の魔術に対する防衛術、ええ、つまりは愛しのリーマスの授業ですよね。わかってます!
早めに出ているおかげで、この教室に今いるのはあたしとハーマイオニー、それにリーマス。
つまりはリーマスの笑顔二人独り占め。
嗚呼、最高。早起きは三文の得って嘘じゃないのね。三文どころか値千金って感じ!

新生活が始まって、とてもじゃないがリーマスのところに行けなかったあたしは、今この時の幸せを噛みしめる。
よし、やっぱり今後は暇を見つけてリーマスのところに来よう。
こんな幸せ味わえるなら、宿題地獄もなんのその。
はっ!寧ろ、勉強教えてもらうって口実で行けば良いのか!?
よっし!早速今日から実践しよう、そうしよう。
リーマスも元々誰かに教えるの好きそうだし、あたしもリーマスといれて一挙両得。最高だ。

一人、こっそり今後の計画を練っていると、唐突にハーマイオニーがあたしの方をぐりんっと向いた。ちょっと怖い。


!貴方も独りで笑っていないで、言って頂戴!」
「は?何を?リーマスに逢えた喜び??」
「違うわよ!如何にピーブズが迷惑かってことをよ!!」


よっぽど、びちょ濡れにされたことに腹を据え兼ねているらしい。
(ちなみに、ちゃんと魔法で乾かしたんだけど)
しかし、それをリーマスに訴えてどうしようというのか。
ピーブズが迷惑なのは今に始まったことじゃないし、きっともう処置なしなのだと思うのだけど。


「ええと……。先生、ピーブズが迷惑?なんです。何とかなったりします?」
「疑問形なのかい?


と、そんなあたしの内心が分かっているのか、リーマスもあくまで笑い含みだ。(嗚呼、眼福)
がしかし、そんな和やかなあたしたちの空気が気に入らない美少女が一人。


「ちょっと、。貴女、真面目に嘆願してくれる気はあるの?」


嘆願っ!!?
まさか、この日常でそんな単語が飛び出すとは流石のあたしも予想外なんですが!?


「や、ハーマイオニー、あ、あたしは真面目だよ?うん」
「本当かしら……?それより、貴女、ルーピン先生と親しいようだけど。
いつの間にお会いしたの?」
「うぇっ?」


えーと、先生があたしの保護者だってことは果たして公言してもいいものだろうか??
や、あたしはリーマスの身内って公言しても問題ないどころか大歓迎なんだけど!
ホラ、世間の目というものがだね?
そんなつもり微塵もなくても、贔屓してるって見なされたりとか色々あるじゃん、色々。
と、そんな心遣いのもと、リーマスへ視線を向ける。
笑顔で頷かれた。
(嗚呼、アイコンタクトっ!!)


「えーと、あたしルーピン先生と一緒に住んでるんだよ」
「えぇっ!?」


保護者だとわざわざ口に出していうのは癪なので、敢えてこんな言い方をする。
が、この年齢差で「同棲なのっ!?」とは流石に思われなかったようで、


、貴女ルーピン先生の隠し子だったの!!?」
「違ぇっ!!」


まさかのリーマス隠し子説。
っていうか、普通に親子とは思わないんかい!
や、確かにあたし、リーマスとは微塵も似てないけど!
名字も違うし、リーマス独身だって公言して憚らないけれども!

あまりにあたしが全力否定したもんだから、ハーマイオニーはもちろん、リーマスまで目を丸くして驚いていた。
と、リーマスはその直後、それはそれは寂しげな微笑を浮かべ、口を開いた。


……君は、そんなに私が父親なのは嫌かい?」
「っ!?」


何 故 、そ う な る 。

リーマスが父親で嫌かって言ったらそりゃ嫌だよ!?
理想的な父親で自慢してまわりたいくらいだと思うけど、 あたし、リーマスの娘じゃなくて、ラヴァーになりたいワケ!分かる!?
それなのに、何、その捨てられそうな子犬の瞳!?
嫌だとか間違っても言えないこの雰囲気は何!?
ああああ、ハーマイオニーの視線が痛い!冷たい!!
視線って圧力持ってるんだね!初めて知ったよ!!


「う、あ……あの……」
「うん」


あたしはこの視線に抗えなかった。


「……ちょ、超嬉しいですっ」
「!」


その言葉にパァッ!と後光が射しそうな勢いで、リーマスはとろけるような微笑みを浮かべた。
心で泣いてなければ、間違いなく溶けてたね。あたし。
何だろう、この笑顔の為にあたしは何か失くしてはいけないものを失くしてしまった気がする……。

その後、上機嫌のリーマスとは裏腹に死んだ目をするあたしに、
ハリーがそれは心配していた、というのはまた別のお話……。





子ども扱いの自己肯定。
災難以外の何物でもないわ!






......to be continued