この想いが届かなくても良いんだ。 ただ、知っててくれればそれで。 Phantom Magician、20 さて、気分を切り替えて。 深呼吸で一度気持ちを落ち着かせたあたしは、ちょっと上の方にある(と思われる)スティアの顔を見上げた。 『何で木の上に連れてきたの?』 『まぁ、うっかり君があの狼男に食べられると困るからね』 それならそうと先に言えよ。 そうは思ったけれど、まず『言ったら嫌がると思ったから』と言われそうなので口には出さない。 うん。否定はしない。首根っこ銜えられるなんて嫌すぎる。 『で、安全地帯に連れて来たって?』 『そう』 『じゃあ、リーマスにあたしはどうやって逢ったら良いの?』 てっきり、リーマスのところまで連れて行ってくれると思ってたあたしは、 スティアのその行動に首を傾げた。 まさか都合よくリーマスがここに来るまで待つとでも言うのだろうか。マジで? あたしにそんな強運はないはずじゃなかったっけ。 『はここで待ってれば良いんだよ』 『いや、スティア。流石にそんなご都合主義な展開には……』 ならないんでしょ?とあたしが続けると、スティアが今度は丁寧にことの次第を説明してくれた。 『大丈夫。人狼の性質を利用すれば良いんだよ』 『人狼の性質って?』 『人間を襲うって奴』 彼曰く、人狼って奴は人間の匂いをかぐと、一気に攻撃衝動が高まってその人間を追ってくるらしい。 つまり、人間の匂いのするものさえあれば、その匂いに惹かれてリーマスがやってくると。 『ふむ。つまりあたしにこの場で人間に戻れと、そういうことなんだな?』 『違うよ。君、絶対戻るタイミング遅くて見つかりそうだもん』 『…………否定はしないけど。ホラ、あたし大人だし!』 『はいはい』 『スルーかよ』 『スルーだよ。あのね、君がわざわざそんなことしなくても、人間の匂いさえすれば良いんだから。 適当に誰かの服を持ってくるとかでも良いんだよ』 嗚呼、なるほど。と思う反面、服についてる匂いごときでリーマスに匂いが届くのだろうかと思う。 服大量にいらない? あれか?狼だから匂いにも敏感って奴? 『でも、そんな都合よく来るかなー』 『僕のやることなんだから大丈夫だよ。じゃあ、僕はおびき出して隠れるから。 後は頑張ってね、』 言うだけ言って、急に踵を返そうとしたスティア。 その唐突な行動に。 ごすっ 『うぐっ!』 思わずあたしはその体にタックルをしていた。 『……急に危ないじゃないか』 『隠れるって、何で!?』 『だって、と家にいるはずの僕がいたらおかしいからね』 当然のようにそう言われてしまえば、あたしには言葉もない。 まぁ、ほぼないとはいえ、万が一にでもあたしが鳥になれることがバレたらまずい。 少なくとも、今の段階では。 だって、考えてみれば分かるじゃないか。 リーマスからしてみれば、必死に隠している秘密を、なんで逢って数日のあたしが知ってる? 少なくとも、リーマスがあたしに人狼だと告げなければ、あたしは自分の正体を知らせられないのだ。 まぁ、リーマスが言ってくれたらね! 何の容赦もなく「実はあの幸せの青い鳥はあたしなのv」って言えるんだけどね! そして、リーマスは自分の心を癒していた小鳥に対する愛情をあたしにも向けるって寸法よ! 「君はずっと幸せを届けてくれていたんだね」とかなんとか言って……きゃっv うふふふふー。早くそうならないかなー。 それはそれは楽しげに妄想にふける。 すると、スティアはそんなあたしに付き合いきれなくなったのか、有言実行とばかりに木を飛び降りた。 正直よく見えないのだけれど、まぁ猫だからこの位朝飯前なのだろう。 さて、案内人の作戦が果たして上手くいくかどうか。 結果は分かるのは十分後――……。 『!』 いい加減、薄ぼんやりとした視界にも慣れてきた頃、 あたしは急に周囲がざわついたような感じがして視線を広場に向けた。 何だろう、相変わらず葉っぱが風で揺れる音しかしないんだけど、なんだか。 空気?雰囲気が、急に切り替わったような……。 「ああ、来たね」 遙か真下の方から、スティアらしき声が聞こえてきた。 距離が離れているせいか上手く聴き取れない上に、若干低く聞こえるけど。 まぁ、他に誰がいるはずもないしね。葉っぱでよく見えないけど、多分そうだろう。 「じゃあ、そろそろ僕は隠れるから。後はどうにかしてね、」 なんだか結構適当な感じの激励がすると、下の方にあったスティアの気配が一瞬で消えた。 姿くらましのパチンっ!って音はしなかったから、多分そう遠くには行ってないはずだけど。 気配が消せるのって凄いな、アイツ。マジ何者だ。 絶の遣い手?実はピンクじゃないけど、チェシャ猫とか? と、どうしても漫画の方向に持って行く頭に自分でも呆れつつ、ここであたしはふとある事に気づいた。 気づいてしまった。 あれ?……待って待って待って。 リーマスこれからここに来るんだよね?そうだよね? でも、木に登ってきたりはないよね?だってジャガーでも豹でもないし。 ってことは、だ。 あたしどうやってコンタクト取ったら良いのっ!!? 若干明るいって言っても、そこは鳥目。ああもう鳥目。 下に来てもよく見えない! その上、降りて近づこうにも、物が見えない状態でのそれははっきり言って自殺行為。 うわーマジ、どうしよう! 身の危険を考えてくれたのは良いけど、どうせならその後の事も考えて欲しかったよ、スティアさん! え、折角リーマスが来るのに、あたし何もできないの? 存在すら認識されないって奴? 何しに来たんだよ、あたし! 鳥の姿なので頭を抱えることもできず、ただただ身もだえるあたし。 と、ひとしきり頭と体をひねったあたしは、仕方なしに、こう結論付けた。 『いいや、もうとりあえず姿だけ見せよう』 うん、考えてみれば、初対面(?)でいきなり仲良くなんかなれないだろうし。 ここは無難に、狼に怯えず見守る美しい青い鳥設定で行こう。そうしよう。 まずは相手の印象に残って、それからアプローチだ! そうして、ある程度の方向性が決まったところで、グッド・タイミングというかなんというか。 斜め前方から、ガサガサと何かがこちらに向かってくる音が聞こえてきた。 周囲のざわめきと共に、心臓が否応なしに高まる。 『!』 え、映画では若干グロテスクっていうか気持ち悪い身体してたんだよね。 よく見えないけど、もうちょい目に優しい姿だと……い、良いな? せめて、普通の狼的な姿とか。 かすかな希望を胸に、あたしはそっちに目を凝らす。 すると、不意にさっきまで気になっていたざわめきが静まる。 そして、しんと眠る満月の明かりに満ちたこの空間に、何か黒い物体が飛び込んできた。 最初に感じたのは、獣特有の臭気。 次に、荒い息遣い。 目がよく見えないせいか、他の敏感になった感覚の全てで、あたしは人狼を捕捉していた。 と、あたしが見守る中、リーマス(仮)は何か納得のいかないことでもあるらしく、広場をぐるぐると徘徊しだした。 フンフンという音が時折聞こえるから、多分人間の匂いを嗅いでいるんだろう。 そして、リーマス(仮)はひときわ匂いが強いであろう、あたしがいる木の真下に辿り着き。 ひとしきり匂いを嗅いだ後、静止した。 「……ぐぅうううぅうぅーっ」 うん。超唸ってるw 真下に来てしまったために、ごく一部しか見えないが、リーマス(仮)の機嫌が極悪なのはその声で窺えた。 ……匂いの発生源がなくなってるから、かな? スティアは証拠になる服をさっさと回収してしまったようだ。 (でも、唐突に匂いの元がなくなったら不自然極まりないのは気のせいだろうか) と、リーマス(仮)がそれでも未練がましく、木の傍から離れないでいると、そこにもう一匹黒い物体がやってきた。 『リーマス!行くな!』 聞きなれた、どこか偉そうな声。 その怒号が、木々の音すら押しのけて響く。 もちろん、やってきたのはリーマスの親友にして悪戯仕掛け人の一人、シリウス(犬.ver)だった。 『リーマス!どうして!?』 『人の、匂い……』 『何!?まさか……襲ったのかっ!?』 『いない。人。匂いがしたのに……』 二人の会話(?)に耳を傾けながら、その片言な感じの話し方に若干首を傾げる。 なんだか、言葉を覚えたての子どもみたいだ。 あ、そういえば、動物もどきの時って確か思考が単純になるんだったっけ? あたしの場合はサービスだか何だかで、いつもと同じように考えられるけど。 二人の場合はそうじゃないらしかった。 人狼も思考が単純になるとは新発見だ。学会で発表できないのが残念な位。 『いない、いない。人、いない……』 『良かった。リーマス、離れよう』 『人、襲いたい。噛みたい……』 『リーマス!?』 と、ただただ耳を澄ませて、ピーチチチと可愛らしい鳴き声を出すタイミングを計っていたあたしの耳に、 悲鳴のようなシリウスの叫び声が飛び込んできた。 そして。 そして、嗅いだのは、錆びた鉄のような、匂い。 『!?』 そのむせ返るような血の匂いに、あたしの頭の中は真っ白になる。 血。チ。ち。 血って……誰の? 『止めろ、リーマス!止めろ!』 『噛みたい、かみたい、カミタイっ!』 大きな何かが持つれあうような音と気配が真下から感じられ、 あたしはいても立ってもいられず、必死になって下を見ようと枝のふちギリギリから下をのぞく。 下手に乱入なんてこの小さな身体ではできない。 でも、ここで何も分からずにいるのは、もっとできなかった。 人の匂いに狂ったリーマスをきっとシリウスが必死になって止めているんだろう。 でも、じゃあ。 あの血の匂いは……リーマス? 『人が近くにいない時、人狼は自分を傷つける』。 知ってはいた事実。だけど、目の前につきつけられた現実に泣きたくなる。 止めて。やめて。ヤメテ! あたしのせいでリーマスが傷つくなんて、耐えられないっ! どうにか、彼らの様子が見れないものかと、必死になって下を覗く。 がしかし。 あまりに必死になり過ぎたせいか、あたしはずるり、と足を滑らせ、 争いの真っ只中に身一つでダイブした。 『んぎゃあっ!』 『ゲフッ!』 『リーマス!?』 上から、あたし。リーマス。シリウス。 痛い。本気で痛い。 とりあえず、一回何か硬いものに落下したあたしはバウンドし、ついで同じような場所に転がり落ちた。 これ以上落下してたまるものかと、無我夢中でその硬いくせにごわごわした何かが生えている場所にしがみつく。 『ううううぅ。痛い』 『『…………』』 そして、若干涙目で目を開くと、そこには、獣の瞳が一対、ギラギラと輝いていた。 ぎょっとしつつ、首を巡らせる。 すると、程近い所に、黒くてでかい犬らしき物体が、こっちを凝視していた。 ちなみに、目線はほぼ同じ。 視線を前に戻してみる。 やっぱり、眼の前にはギラギラした獣の瞳。 ……えーと。 あたし、今どこにいるわけ? ひょっとしてひょっとしなくても、リーマスの鼻面の上……とか? まさかまさか、リーマスの脳天に直撃した、とかじゃないよ、ね? 『……大丈夫か?リーマス』 『頭が痛い……』 そ の ま さ か で し た 。 うええぇ!?どどどどうしよう! 殺気だった、リーマスの上に落ちるとか!どんな死亡フラグ!? 良かった、まだいる場所ここで! 地面になんか落ちてたら間違いなくあんぐりだよ!喰われてたよ!! さすがに、シリウスは生で小鳥を食べないだろうから、後は如何に振り落とされないかだ。 と、足に力を入れた直後、リーマスはまるで水浴びした後のワンコの如く身震いをした。 『ぎゃあ!落ちる落ちる落ちる!止めてー!!』 必死になってしがみ付く。 足に予め力を入れてて良かった。いや、マジで。 こうして、あたしとリーマスの無言の攻防は騒々しくその戦いの火蓋を切ったのだった。 そして、戦いが始まって、数分後。 遂にリーマスは面倒になったのか、身震いを止めて降参した。 『落ちない……』 『うううぅ。気持ち悪い』 脳味噌がシェイクされたかのような、気持ち悪さである。 リーマスがここで諦めてくれて、本当に良かった。 後30秒であたし絶対ギブアップしてたもん。 嗚呼、マジ足痛ぇ。疲れた。 『根性のある鳥だな……』 『っていうか、お前止めろよ、マジで!殺されるかと思ったじゃんか!!』 呑気に傍観していた犬をぎっと睨みつける。 が、シリウスはそんなものは五月にふくそよ風のごとく受け流し、ニヤリと極悪人のように笑った。 うーわ、悪っそー。 『死んでないんだから良いだろう』 『良くないよ!バーカバーカバーカ!』 『それに、お前のおかげで、リーマスの気も済んだ』 『何がおかげだ、何がっ……って、え?』 意味がよく分からないながらも、その気になる一言にあたしは停止する。 『リーマスの気も済んだ』って? よく分からないままに、あたしはリーマスを見た。 『鳥……小さい……』 彼は、自分と互角の勝負を繰り広げた存在(つまりあたし)を興味津々で見つめている。 その瞳には、最初に見たような狂気はなく。 気がつけば、彼は大人しくお座りをしている。 それは、つまり。 自傷行為を止めた、ということ。 『良かった……』 思わず、ぽつりとそんな言葉を零す。 怖かった。 恐かったんだ。 他人を傷つける行為が。自分を傷つける行為が。 それも、あたしのせいだというのなら、なおさら。 と、あたしの心からの呟きに、リーマスは不思議そうに首を傾げた。 (っ!!危ない、危ない。落っことされるところだった) 『良かった?何が?』 本当に、心の底から、不思議そうに。 見ず知らずの人間(っていうか鳥)に心配されることに戸惑うように。 それはまるで、今までの彼の人生を表わしているかのようで。 『もちろん、リーマスがもう怪我をしなくて、だよ』 あたしは気づけば、素直に自分の想いを吐き出していた。 『どうして?……関係ない』 『関係ないけど。関係なくないよ。 リーマスが痛いのは嫌だ。絶対絶対、嫌なんだよ。 痛いのは肩代わりしてあげられないけど、止められるなら止めたいって思うんだよ』 君のことが大好きだから。 分かってなんか、もらえないけれど。 それでも良かった。 リーマスのことを大好きな存在がいるって知っててくれれば、それだけで良かった。 『だから、“良かった”って言ったんだよ』 『君は……』 『うん?なに?』 『誰?逢ったこと、ある?』 『ううん。初対面だよ? でも、好きなんだ。理屈なんかないよ。一目ぼれって奴かなー』 今この時だけは。 君の為に素直に嘘をつこう。 『……ところで、オイ、鳥。 お前、どうしてリーマスの名前を知ってる?』 『っ!!……や、君が連呼してたじゃんっ!リーマスリーマスって』 獣の君に、精一杯の愛を。 ......to be continued
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