とうとう来たぜ、お約束! Phantom Magician、18 「ねぇ、。君、ハリーのところに泊まりに行く気はないかい?」 「へ?」 ある日の昼食中、唐突のリーマスの提案に、あたしは間の抜けた声しか返せなかった。 (……っと、危ない危ない。口からサラダのエビが飛び出すところだった) すると、あたしがその意味を捉えていないと思ったのだろう、 リーマスは根気強くもう一度、同じ問いを繰り返した。 「ハリーのところにお泊まりだよ。君たちは仲が良かったみたいだし、どうかと思って」 リーマスはどこまでも、にこやかだった。 が、その笑顔にはとてつもない圧力を感じる……。 なんていうか、ひしひしと。っていうかびしびしと。 通訳するなら、 『行かないなんて言わないよなゴルァ!』 って感じ。 あ、いや、リーマスだから、 『行かないなんてまさか言わないよね?まさか』 かな。うん。こっちのがしっくりくる。 まぁ、とにかく、泊まりに行けってオーラが出ていた。 が、そこまでハリー押しされる理由がさっぱり分からないので、 あたしはかなり訝しげな表情でリーマスを凝視してしまう。 「えっと……もうすぐ、新学期なんだよね?」 「うん。そうだよ?」 「それなのに、ハリーがおいでって?」 「いいや。呼ばれたわけじゃない」 なんでもないことのように頷くリーマス。 しかし、その時点でもの凄い違和感を醸し出していることに、当人だけが気づいていないらしかった。 現在、ここにいるのはあたしとリーマスとシリウス。 が、シリウスにリーマスへのつっこみを期待するだけ無駄だし、あたしもいきなりの提案に考え込んでしまっている。 よって、ここにはつっこみは不在だった。 ……いや、養い子に友達ができて喜ぶのは分かるよ? それで、親交を深めるためにお泊まりを勧めるのも、まぁ、なくはない。 でもさ、その場合って押しかけるんじゃなくて、こっちがおいでって言うものなんじゃないの? ちなみに、ハリーからあの後、何か連絡があったなんてことはない。 お呼ばれしたんなら、まだ分かるんだけど。 でも、もうすぐ初めて親元を離れるっていう子が、家族団欒に邪魔者を呼ぶとは考えにくい。 ましてや、あの家族LOVEのポッター家に。 実際、リーマスも否定してるしね。 じゃあ、今のこの状況は……どういうことだ? 「えっと、なんで?」 「うん?なにが『なんで』なんだい?」 「呼ばれてもいないのに、お泊まりって……凄くおかしいよ?」 あたしがごく当然のことを指摘すると、今まで黙っていたシリウスがごく面倒臭そうにこっちを見た。 「ごちゃごちゃ言わずに、さっさと行け。リーマスを困らせるな」 その視線は、本当に鬱陶しそうで。 あからさまにあたしを邪魔者だと思っている、表情だった。 「行けって……」 「煙突飛行粉を使えばすぐだろう。早く用意をしろ」 そして、こっちもこっちで、あたしを追い出しにかかる。 ……ああ、そう。 つまり、この二人はあたしをこの家から追い出したいのだ。 「あたし、何かした……?」 「え?」 ポツリ、と。 思わず漏れた呟きは、自分でも驚くほどに頼りなげなものだった。 うん。色々自覚あるもん。 迷惑はかけっぱなしだし、かといって可愛げがあるわけでもないし。 ホグワーツが始まるまで待てないほど、愛想を尽かされてしまったのだろうか。 だから、押しつけられそうな相手ができて、押しつけようとしているのだろうか……。 その、どこかしょぼくれたあたしの姿に、大人二人は顔を見合わせる。 それが、どこか戸惑ったような、あたふたとしたものだったのは、きっと気のせいではないだろう。 「突然、どうしたんだい?」 「何かしただなんて、どうしてそんな風に思うんだ?」 「だって……あたしのこと、追い出したいんでしょう?」 「「っ!?」」 上目遣いで、そろっと二人を見上げる。 若干の声の震えと、潤んだ瞳はオプションだ。 これで、どこから見ても、いたいけな少女が捨てられるのを怯えている図の出来上がりである。 案の定、二人はその姿に心を打たれた様子だった。 ふっふっふ。あーっはっはっはっは! これで、出ていけと言えるものなら言ってみやがれ! ふっ。このあたしが、大人しく追い出されると思ったら間違いだよ、二人とも? 『この極悪人』 知能犯と言ってくれ。 ……ん? 不意に響いてきた声に、思わず演技も忘れてきょろきょろと足元を見てしまう。 と、いつの間に外から帰って来たのか、黒猫が呆れたような表情でこっちを見上げていた。 それを見て、ひらめく。 そして、あたしはその『追加オプション』をひょいっと抱き上げ、楚々とした動作で、二人に向かって頭を下げた。 この時、表情は俯いて見せないのがポイントだ。 もちろん、距離を感じさせる敬語も忘れない、と。 「……今まで、ご迷惑をおかけしました」 そして、くるりと二人に背を向ける。 肩を落としながら。 いかにも頼りなげに。 と。 あたしがそんな風に出て行こうとしたのを受けて、大人たちは良心の呵責に耐えきれなくなったらしかった。 「待て!」「待つんだ、!」 がしっと、力強い二人の手が両肩を掴んだ。 ……よっしゃ。かかった。 「出て行けなんて誰も言っていないだろうっ!?」 「そうだよ。僕たちはただ、がハリーと仲良くなったのが嬉しくて」 「……二人とも嘘を言わなくて良いですよ。あたしを追い出したいんでしょう?」 覗きこもうとしてくるリーマスから、体を捩るようにして、距離をとる。 やっばい。今、顔見られたら笑うの堪えてるのばれる。 が、どうも、そのあたしの笑いをかみ殺した微妙な表情を、泣くのを我慢しているとでも勘違いしたらしく、 リーマスはそれはそれは情熱的にあたしを褒めたたえた。 「そんなことはないよ。はとても可愛くて良い子なのに、そんなことを思うわけないじゃないか」 「でも、リーマスはあたしが来て色々困ってたでしょう?」 「…………っ!それは……」 うーん。そこは嘘でも否定してほしいところだったんだけど。流石に無理か。 迷子になって、箒から落ちて、慰めてもらって、 それで『困らせてません』だなんて死んでも言えないもんね。 どんな恩知らず? 「……確かに、君が来て色々戸惑ったのは確かだよ。でも、それは君のせいじゃない」 あくまでも、あたしをフォローしてくれるリーマス。 見習え、スティア。 「でも、追い出したいんでしょう?」 「追い出すって……」 「……はぁ。リーマス。仕方がないから、事情を説明してやったらどうだ」 「!?シリウス、君何を言って……っ」 ぎょっと目を見張るリーマスだったが、そんな彼には構わず、シリウスは少しかがんであたしと目を合わせる。 そして、酷く不器用そうに頭に手を置いた。 どうやら、頭を撫でてあたしを宥めようとしているらしい。 「実は、明日リーマスも俺も用事で家を空ける。 一人で残していくのは不安だなんだとコイツが言うんでな。知人に預けようとしたんだ」 「「!」」 その、あたしを案じる一言にうっかりと感激しそうになったが、 同じように息をのんだ人物の存在に、それをすんでで抑えた。 「……リーマス、それって本当なの?」 「……あ、ああ。そうなんだ。二人とも月に一度行かなければならないところがあってね」 その、動揺してますっていうのを隠そうとしている態度を見て、あたしの心は決まった。 ……嘘だな。 そして、その嘘の内容も、今のリーマスの言葉で気づいてしまった。 月に一度。 うん。つまりは月が満ちる日のことですね? 確認はしていなかったが、明日はきっと満月なのだろう。 つまりは、リーマスが狼に変わる日だ。 まさか、自分の家をボロボロにするわけにはいかないだろうから、ここにいるわけではないのだろうが。 おそらく、二人で叫びの屋敷にでも繰り出すに違いない。 で、それをもしあたしが見たら、不思議に思ってついてきてもおかしくはない。 もしくは、二人がいないことに気づいて、探しに出るとか。 なにしろ、二人には好奇心旺盛とか思われてるし。否定はしないけど。 で、まぁ、もしかしたら、探しに出て迷子になるかもしれないと。 だから、遠ざけようとしたのだろう。 それにホラ。 箒の一件以来、二人とも過保護になってきちゃってるし。 が、気づいてしまったからといって、そう簡単に承服など到底できるわけもなく。 いや、寧ろ気づいたからこそ、か。 数十秒後、あたしはにっこりと満面の笑みを二人に向けていた。 「お仕事なの?」 「ああ。そうだ」 「明日、一日?」 「そうだね。泊まりになるんだ」 「じゃあ、あたしお留守番してるねv」 「「は?」」 何だと!?とでも叫び出しそうになっているシリウスの先手を打って、あたしはさらに畳みかける。 「夕ご飯くらい自分でどうにかできるし、戸締りをしっかりしておけば一晩くらい平気だよ。 お泊まりなんか行ったら、ハリーに迷惑かけちゃうじゃない? だから、そんな気を使わないで、二人は安心して行ってきてv」 「いや、……。そういうわけには――」 「……やっぱりあたしを追い出したいんだ」 「!違うと言ってるだろう!?」 「じゃあ、良いよね?それとも、あたしがお金盗んでトンズラするとでも思ってるの?」 「「まさか!」」 だったら、問題ないじゃないか。 それを目線で二人に訴える。もちろん、ちょっと恨めしげな感じで。 数分後、「いってらっしゃい、二人とも」そう言って、あたしはこの難関を突破した。 そして、来たる翌日の夕方。 それはもう、心の底から心配だという表情をしたリーマスと、 諦めの境地に至ったけれど、やっぱり内心の心配が隠し切れていないシリウスは、 後ろを振り返りつつ姿くらましをした。 見送ったのは、健気に寂しさを押し殺した美少女。 シチュエーションは完ぺきだった。 『シチュエーションだけはね』 ふいーっとあからさまにため息をつく黒猫。 猫のくせに器用な奴だ。 が、今はこいつに構っている状況ではないので、あたしはさっそく家に踵を返した。 もちろん、リーマスたちを追いかける準備のためである。 「えーと、とりあえず、腹ごしらえはしとかなきゃでしょ?今夜一晩、長丁場になるかもだもんね。 あ、パンでも持っていけばいいか?片付け面倒だし。うん。そうしよう。 それで、戸締りをしてー。時間の経過を感じさせる微妙な配置換えでしょー?」 あとは何が必要だろうか。 結構細かいところまで、色々と考え、そこで重要な案件について思い至る。 「やっば!」 『あ、やっと気付いたの?君、すっごく大事なこと忘れてたでしょ』 「青い服用意しておくの忘れた!!」 『そこかよ!』 スティアには何故か嘆かれたが、これは物凄い重大な問題発覚だった。 リーマスのところに鳥になって行くのは決定している。 けれど、変身する時は服装にまで気を配らなければならないらしい。 せっかく、青い鳥なんて幸せいっぱいなものになるのだから、その色はマジで重要だった。 この前は黒っぽい服を着ていて駄目だったらしいので、ならばと、次は青い服を着る気満々だったのだ。 がしかし。 よりによって、満月のことを知ったのは昨日。 流石に、あの二人の目をかいくぐって、その短期間に服を買ってくることは不可能だった。 「うわー、今から買いに行って間に合うかな!?」 早くしないと、あたしは鳥の姿で動けなくなってしまう。 どうせなら、日が暮れる前にリーマスたちを発見しておきたいところだった。 救いを求めるように、こんな時こそ案内人を頼みにしてみると、スティアはやれやれと肩をすくめた。 『買いに行かなくても良いよ。もう用意してあるから』 そして、スティアはそのご自慢の尻尾であたしの足をぽんっと叩く。 すると、ふっと体の表面を風が駆け抜けたような感覚がした。 そして、瞬く間に、あたしは青いワンピースを着て立っていた。 「うっそ!え、凄い早着替え!」 襟ぐりは深めで、肩はむき出しの大胆なシルエット。 がしかし、首に結ぶ形になった肩ひものおかげで、変に厭らしい印象はない。 袖と裾は、下に行くほど深い藍色になって広がっていて、そのグラデーションが美しい。 そして、一番のポイントはハイウエストで一度つぼんでいるところで、 出るところは出てくびれるところはくびれる、足長美人さん使用になっている点だ。 惜しむらくは、自分が今10歳前後ののっぺりした体つきだということか。 あー。こういう時、元の自分の体が恋しくなるー。 そして、とりあえずくるくると、裾が広がる様を楽しんでいると、目を細めたスティアが小首を傾げた。 『プレゼント。気に入った?』 「おうともさ!え、なに、これってスティアの趣味?」 『さぁね。でも、もったいないな。 は青より緑とか紫の方が似合うと思うんだけど』 「色ばっかりはしょうがないじゃんか」 むぅ、と顔を顰めながら、しかし、案外この猫がちゃんと自分のことを見ていることに驚く。 確かに、自分でも青色は若干の違和感を感じる色だ。 普段着ないからかもしれないが、少しだけ落ち着かない。 「……変?」 『いや?この僕が見立ててあげたんだよ? 変なはずないじゃないか。それなりに似合ってる』 ……毒舌家のスティアが、珍しくも褒めてくれたので、まぁいいか。 あたしはとりあえず、問題が解決したことに喜びながら、急いで準備を進めた。 が、しかし、大方それが終わった頃になって、スティアは『あのさ……』と話を切り出してくる。 『ところで、君、狼男がどこにいるか分かってるの?』 「え?叫びの屋敷でしょ?」 何を初歩的なことを言っているんだ、こいつは。 そう思いながら、若干馬鹿にした顔つきでスティアを見る。 すると、スティアはものすごい微妙な表情を返してきた。 『いや、それホグワーツ通ってた時の話でしょ? 姿現わしをできなかったその頃ならいざ知らず、未だにそこ使ってるわけないじゃないか。 人家だって近いのに。危ないよ』 「…………」 『……?』 「……き」 『き?』 「気づかなかったっ」 なるほど、言われてみればその通りだった。 『リーマスが狼=叫びの屋敷』って構図って学生限定のものだったのか! 確かに、今のリーマスは姿現わしをばっちりできる。 それなら、もっと過ごしやすそうな場所を事前に確保しているかもしれない。 「ど、どうしよう……」 すっかり、居場所は分かってると思い込んでいたものだから、どうやって二人を探すかなんて考えてもいなかった。 前途多難もいいところである。 発信機……はつけてもいないし、持ってもいない。 GPS機能だって、リーマスが携帯を持っていないんだから意味がない。 魔法で探す? いやいや、だってあたしそんな都合のいい魔法知らないし。 あ、アクシオがあるか? って、あれは呼び寄せ呪文だったっ!意味ねぇっ! ……た、訪ね人ス○ッキが欲しい。 想定外の事態に、おろおろと意味もなく部屋の中を歩いていると。 足にぺしり、と何やら柔らかいものが当たった。 『あのさ、僕君に何回か言ってると思うんだけど?』 「ん?なに?今忙しいんだけど!」 『……僕、君の案内人だよ?』 「……は?」 信じられない一言に、思わずしゃがみこんで、猫と視線を合わせる。 満月みたいに綺麗な金色の瞳は、いつもと同じ力強い光を浮かべていた。 『が迷ったり困ったりしたときに、案内してあげるのが、僕。 何度も言ってるじゃないか』 「…………」 いや、あたしが説明求めてんのに端折ったりとか、 箒から落ちて絶体絶命の時に助けてくれたのは別人なんだが。 しかし、背に腹は代えられない。 あたしはその言葉に一縷の希望を託し、黒猫をがしっとひっつかんだ。 「へるぷ、みー!」 『せめて、カタカナ風の発音をしてよね』 本日何度目かになるか分からない溜息と共に、スティアはぱちん!と姿くらましをした。 前途多難だけど、どうにかなるさ! ......to be continued
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