あたしには夢があります。 Phantom Magician、15 あたしは今、茫然としている。 目の前の光景が信じられず、とりあえずほっぺたをつねってみた。 「痛い」 しかし、この夢は、夢は夢でも痛みを伴う夢だ。 (自分で言ってて分かりにくっ) 驚きのあまり、意味のない行動をとってしまった自分に若干、自己嫌悪。 では、と思って目を擦ってみるが、それでも目の前のそれは消えてなくならない。 ちっ。蜃気楼ならこうやってる間に消えるのに。 この夢を見始めてから、もはや恒例ともなりつつある現実離れした光景に、溜息がもれそうだった。 一週間くらい前は死にかけるし。 この夢は無駄にあたしの経験値を上げようとしているらしかった。 それも、どこで役立てるんだよっていう微妙な経験ばかりを。 はぁっ、ととうとう出てしまった溜息に切なくなっていると、足元にふと黒猫がすり寄ってきた。 何の用だ、とどうしても正面を向いてしまう視線を無理やり下に向ける。 が、少しは生産的な話をしてくれるのでは、という期待は次の瞬間、ものの見事に裏切られた。 『ダイアゴンと大納言ってちょっと似てるよね』 知らねぇよっ! なんだよ、その面白くもなんともない、へぇとしかリアクションできない一言は! 『……はぁ。人がせっかく緊張をほぐしてやろうと、 慣れないボケに手を染めてあげたっていうのに、もう少し何かないの?』 下手なボケなら聞かない方がマシだっつーの。 『はいはい。ねぇ、とりあえず、その馬鹿みたいに開きっぱなしの口……閉じたら?』 …………。 『いや、パクパク動かせって言ってないから。金魚じゃないんだから。 ちょっと。ねぇ。それじゃ分かんないって。 声に出すかいっそ口閉じるかしてよ。……閉じろってのに』 あ。 「アホ言うなぁあぁあぁあぁー!!」 凄まじい絶叫が、地下に響き渡った。 そう、地下。 この時点でもう、お気づきの人も多いだろう。 ダイアゴンで地下で絶叫。 いこーる? 「……ええと。凄い金貨の山だね、」 「何コレ、蜃気楼!?幻!?幻覚!?それとも意表をついて贋金か!」 トンネルを抜けると、そこはお金の国でした。 遡ること、数日前――。 あたしは、この間シリウスがダイアゴン横丁に連れて行ってくれるとか言ってたので、 さっそく、ハリーにお誘いをかけた。 ……とはいっても、ふくろうがいないので、シリウスが暖炉に顔をつっこんでお誘いをかけてくれたんだけど。 (いきなり燃え盛る暖炉に突っ込んでいった時は、本気でビビった。マジ怖ぇよ、魔法使いって) で、今日の午後に逢う約束だったんだけど。 まず、あたしは何よりも先にしなきゃいけないことがあったワケですよ。 そう、幾らあたしがショッピング大好きな乙女☆でも、無一文に何かを売ってくれる店なんてないワケ。 (まぁ、もしあったら、身の危険を真っ先に考えるべきだね) で、ダンブルドアが寄越したクマさんバッグの中にあった鍵で、先立つものをGET☆してこようと、 保護者のリーマス付きで、白亜の宮殿――もとい、グリンゴッツ銀行に来たのだ。 (うん?シリウスはどうしたかって?あー、奴は連れて行ってくれるとか言ったくせに仕事。マジ無責任) あたし、絶叫系大好きだからさー。 そりゃあもう、ハイテンションでトロッコに乗り込んだんだわ。 ええ、怖かったけど、その分めっちゃ楽しかったですよ?ヒャッフー!って叫んだよ? だがしかし。 そのウッキウキ気分も、金庫の扉を開けた瞬間、駆け足でどっかに逃げていっちゃいましたとさ。 「「…………」」 目の前には、金貨の山。山。山。 エベレスト級の山脈が、延々と光のあたる範囲いっぱいに広がっていた。 しかも、この金庫、もっと奥まで続いているらしく、軽く風さえ吹いてくる……。 そりゃ、開いた口も塞がらないって。 何これ? 銀貨も銅貨もないんだゼ?金貨だけだゼ? 一体どこのインフレだよ。デノミしてくれよ。こんなん持ち歩けねぇよ。 っていうか、あれだよね。 魔法使いの世界ってなんか色々おかしいよね。 金貨も銀貨も銅貨もどうでもいいから、札作れや!みたいな。 魔法で軽くできるとか小さくできるとかのアレなのかもしんないけどさー。 どう考えても、金貨ジャラジャラより札束のが楽だと思うんだけど。 と、良い感じに現実逃避をしていると、あたしよりも先に現実に舞い戻ったらしいリーマスが口を開いた。 「……さすが、ダンブルドアだ。普段、あまりお金持ちのイメージはなかったけれど、 考えてみたら、あの人にお金がないはずがなかったね」 「……だからって、こんな見ず知らずの子にこんな金庫の鍵ポンっとくれるもの? ねぇ、リーマス。これはあたしの常識がおかしいの?ダンブルドアの頭がおかしいの?」 「……とりあえず、の常識はごく一般的なものだと思うよ」 あえて、ダンブルドアの頭云々はスルーする、気遣いに溢れたリーマスだった。 うん。まぁ、わざわざ訊くまでもなかったよね☆ 「っていうか、あたし、もう学校行かなくて良いかな?」 「何が『っていうか〜』なのかはさっぱり分からないけれど、それは駄目だよ、」 「何で!?こんだけお金があるんだよ?もう就職しなくて良いじゃん!働かなくて良いじゃん! ってことは、必死に学校に行って受験戦争乗り切る必要性ないじゃん!」 「え、戦争……?」 外国の人には分からないかもしれないけれど。 日本では、『学校=就職の前段階』なんだよ! 何かを学びたくて行く場所じゃないんだよ! 『失礼なこと言わないでよ。中には世の為人の為、自分の為に知識を身につけようって人もいるんだから』 いや、確かにそういう人もいるかもだけど、 大体の人は『皆が行くからとりあえず良いとこ目指しとくか』的なノリだよ! 行かないと就職できないから仕方なく行ってるんだよ! 『いや、それのことでしょ』 そうだよ悪いか! あたしはニートになるのが夢だったんだ!っていうか夢なんだ! 働かないで家に引きこもってネットして妄想に耽ってたい! ……こんだけ金あったらできるって! 『もっと建設的な夢を見ろ』 見てるよ!今、まさに見てるよ! これが建設的じゃなかったら、何が建設的なんだ! 『うん。ほとんど全てじゃない。 っていうか、忘れてるみたいだから言うけどさ。 君がこれから通うのはまさに“外国の学校”だからね? 受験戦争も就職氷河期も今のにはまったくもって関係ないんだよ?分かってる?』 ……おっしゃる通りで! 完璧な論理に諸手をあげるあたしと、それにあきれ果てるスティア。 こんな感じで、最近では、声に出さないで会話をすることにも慣れてきた。 正直なところ、あたしのプライバシーを返せって言いたいところだけど、 まぁ、相手は猫だし。猫だし。猫だし。 自分ではどうにもできないので、もう諦めることにした。 と、あたしがスティアと適当な会話で現実逃避している間に、 リーマスは絶妙な勘違いをやらかしていた。 「ふーん。日本では受験の時に戦う必要があるんだね。 カタナで決闘のようなことをするのかな?じゃあ、きっと日本の人たちは皆強いんだろうね」 「いやいや!流石にそこまで物騒なもんじゃないから! 言葉の綾というかなんていうか……。 ようするにそんだけ厳しいって意味で、実際に殴り合いやら斬り合いをするワケじゃないんだよ?」 「なんだ、そうなのかい?」 「うん」 ある意味、お母様方の争いは熾烈を極めると思うが。 しかし、余計なことを言って日本のイメージがもっと恐ろしいことになったら困るので、 あたしは必死になって誤解を解いた。 っていうか、イギリスでの日本のイメージってやっぱ刀なのか。 侍か。忍者か。腹斬りか! いや、日本刀確かに格好良いと思うけど、現代日本じゃ見かけねぇよ。 どんな受験だよ。死亡者出るワ。 そして、決闘とかいう言葉が普通に出る辺り、魔法使いって好戦的? ……紳士の国じゃなかったのか。 平和主義者で基本大人しい民族な日本人には、中々厳しいものがあるなぁ。 「残念だなぁ。そうだったら一度見てみたかったのに」 「ええと。何が?斬り合い?」 「そうだね。確か、日本は独特の刃物で戦うっていうし。 カタナって名前は知っていても、実際に見たことはないからね。 達人だと、ダイヤモンドさえ斬れるんだろう?是非見てみたいよ」 「いや、鉄でダイヤモンド斬れないから。 せいぜい、鉄が斬れて、こんにゃくが斬れない程度のものだから」 「へぇ。ところで、こんにゃくって??」 「えーと、こんにゃくはねぇ――…」 と、そんな風に二人で和気藹々(?)と変な話をしていると、 突然、ただでさえ可愛くない顔をした小鬼が、イライラと「早くして下さい」と急かしてきた。 すっかりさっぱりすっきりと存在を忘れていたけれど、そういえばこんなのもいたんだった。 ……ちっ。せっかちな銀行員は嫌われるって知らないのか、この野郎。 仕方がないので、現実に戻ってくることにする。 が、通貨のよく分からないあたしは保護者を見上げることしかできなかった。 「ええと、ところで、お金ってどんぐらい詰めれば良いものなの?」 「そうだね……。まぁ、学費はここから勝手に引かれるはずだから、 とりあえず、教科書代とかの学用品代で、このくらいと……」 リーマスはぶつぶつと、必要な物品を挙げながら、 スティアがどっからか取り出してあたしに寄越してきたクマさんバッグに金貨をずんずん詰めていく。 (正直、いくら子どもだからって10とか11歳でクマさんバッグはないと思う。 いや、何故だか似合ってると周りからは絶賛されるけれども。 ダンブルドアの趣味?趣味なの?でも、お金がないから、他にあたしのバッグはないっていうね! 何故か四次元ポ○ット的な魔法がかかってるから便利なんだけど、絶対後で普通の買ってやる!) 「休暇の時のお小遣いはその時降ろせば良いし……。まぁ、こんなものかな?」 「リーマスありがとうv」 見た目はごく普通で、重さもかっるいそのクマさんバッグは、 もの凄い大金を腹に抱えた、金庫へと進化した♪ トゥルットゥトゥーン♪ いや、社会人になってから、一応、銀行にはお金入ってたよ? 入ってたけどさー。それって通帳に数字載ってるだけだったから、正直あんまり実感ないんだよね。 そんないきなり、何十万、何百万とか卸す用事もなかったし。 つまりは、こんなに自分のお金(それも現金!)をがっつり持ってたことってないワケで。 うん。やっぱ、テンション上がるじゃん! ああ、スリとかにあっちゃったらどうしよう!? 「誰か捕まえて〜あそこには全財産が〜」的な!? きっと、そこで颯爽と現れたリーマスが、相手の首根っこ捕まえて引き倒して、 警官顔負けの鮮やかさで取り押さえつつ 「それは彼女のものだ。返してもらおうか」って静かに言うに違いない! もちろん、超笑顔で!うわぁ、やばい見たいソレ! カモン、泥棒!ウェルカム、スーリー!! 『や。そんな都合よくあわないから』 分かんないじゃないか! あたしの好きな真っ赤な請負人は、『十万回に一回しか起きないことは一回目に起きる』って言ってたもん! 子どもだって、できる時にはできるんだ!! 『なんてこと言い出すんだ、君は……』 スティアは心の底からげんなりした感じであたしに背を向けた。 そして、あたしはスタスタとトロッコに乗り込んでいく黒猫の後を慌てて追いかける。 (乗り込もうとしたら、リーマスが自然と手を貸してくれた。嗚呼!英国紳士!!) と、あたしが乗り込むと、トロッコはガタンッ!と今にも壊れそうな凄まじい音と共に上昇を開始した。 ちなみに、帰りはあんまり楽しくなかった。 ……やっぱジェットコースターは下りだろ! 嗚呼、それにしてもニートになりたい。 ......to be continued
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