世の中、言っても意味ないことって結構あると思う。





Phantom Magician、14





……。私は君に謝らなければいけないんだ」


扉越しに、リーマスの呟きが聞こえる。
それは、障害物があるわりに、酷く近く。
鮮やかに響いた。


「本当は君が落ち込んだり、不安な想いをしている時に、何かをしてあげるべきなのに。
私には、何をすれば良いのか。何を言えば良いのか。まるで見当がつかないんだ」
「…………」
「というのも、私にはね。周りに君のような小さな女の子なんて、いなかったから」
「…………」
「そもそも、人付き合いが得意な人間じゃなくてね。
あまり人と深く関わり合いになったこともないし……。ははっ、女の子なんて尚更かな」


それは嘘だ、ととっさに思う。
リーマスはきっと、誰よりも人付き合いが上手くて、きっと周りは人で溢れてて。
そういう、人だ。
そう。人狼になど、ならなければ。

その自嘲気味の声に、胸が締め付けられるような錯覚を覚えた。
もちろん、実際は痛くもなんともないのだろう。
だって、それは私の傷じゃない。

優しい、リーマス。
きっと、誰も傷つけないよう、誰も傷つかないよう、いつも付かず離れずで。
傷を抱えながら、笑って独りを選ぶ人。
そのせいで自分が更に傷ついても、周りを傷つけまいとする人。
だから、きっと。
それでもその手を取ってくれた人を、何よりも大切にするんだろう。
そのせいで本の中の彼はまた、ボロボロになっていくけれど。

ここがあたしにとって都合の良い世界で良かった。
あたしは初めて。
心の底からそのことに感謝する。


「それにね、……。君は、僕の大切だった人にとても、似ているんだ」
「……?」


自分の思考に埋没していたあたしは、だからとっさに頭が回らなかった。
誰……?
『だった』……?


「僕を置いて、いってしまった。
謝りたいっていうのはそのことなんだよ。
私は、たぶん、君にその人を重ねてしまったんだ」
「!」
「だから、余計に。どう接して良いのか、分からなくなる」
「…………」
「もう、顔も名前も、思い出せないけれど……。
それでも、君に、ふとその人の面影を見るんだ……。
馬鹿な話だろう?もう、随分になるのに」


懐かしむような声色に、リーマスがどれだけその人を大切に思っていたのかが分かる。
顔も名前も思い出せないということは、それは随分昔のことなんだろう。
記憶力の良いリーマスのこと、まさかホグワーツにいた時の話ではないだろうし。
…………。
…………………………。
嗚呼。
もしかしたら、人狼になった時にでも離れてしまったのかもしれない。
ホグワーツでのリーマスの人間不信っぷりは半端でなかったような印象を受けるし。
置いていってしまった、というのは比喩で、人狼になったリーマスから逃げたのかもしれない。

気持ちは分からないでもないが。
リーマスよりの自分としては、この野郎といった感じだった。
きっと、リーマスはその人を責めないだろうから。
なおさら、だったらあたしが責めないでどうするんだ!

そんな風に、見たこともない人物に対し闘志を燃やしていたあたしだったが。
続けられたリーマスの一言に、その闘志が的外れであることを知る。


はあんなに間が抜けているワケでも、無鉄砲でも、ましてや考えなしなワケでもないのにね」


若干、リーマスらしからぬ発言に目が点になる。

……あっれ。さっきまでのしんみりから、何かいきなり黒発言が飛び出したような……?
うん?でもリーマスは黒いよな?
ってことは寧ろ、これはリーマスらしいのか??
ってか、がっつり責めてるよ、リーマス。あたしの出番ねぇよ。


「一緒にしたら、礼儀正しいに凄く悪いとは思ってるんだ。
人に一言もなしで色々やらかして姿をくらませるような失礼な人だったし。
やることなすこと破天荒というかハチャメチャというか、いっそ意味不明というべきか。
色々と考えがあるのは分かるんだけど、勝手に独りで抱え込むからこっちとしては訳が分からないし」


……えーと。
扉越しにもドス黒いオーラが感じ取れるんだけど。

とりあえず、さっきのしんみりした感じの空気はどこへ?
っていうか、ソイツ一体リーマスに何したんだ。
ただ逃げるだけじゃ、きっとここまで怒り心頭にはならないだろうし。
よっぽど酷いことを言うかやるかしたんだとは思うんだけど。
……謎だ。
まぁ、とりあえず、ソイツ(仮にAさんとでもしておこう)は個人主義なんだということは分かった。


「でもね。君が東洋人だからか、時々凄くはっとさせられることがあって。
が悪いワケでもないのに、凄く微妙な態度をずっと取ってきたと思うんだ」


……え、あれ?今までの態度ってそういう意味だったの!?
しかも、この感じだと、『人付き合い慣れてないから』と『あたしがその誰かに似てるから』が2:8くらいの勢いなんだけど。
待って待って待って。お願いだから待って!
え、何?第一印象の悪さとか、狼人間の葛藤とかそういうのじゃなしに?
それは、なんていうか……。


「嘘やん」
「……!?やっぱりそこにいるんだね」


し ま っ た !
あまりに理不尽なセリフに思わず関西弁でつっこんじゃった!
ええええ、だってそこはつっこむじゃん!んな阿呆なってつっこむじゃん!
どどど、どうしよう!居留守使ってるの暗黙の了解みたいな感じだったけど、 バレたら反応しなきゃじゃねぇ!?
え、この微妙なカミングアウトの後に一体、どういう反応したら良いの、あたし!

が、そんなあたしの戸惑いもなんのその。
全く気付くことなく、リーマスはシリアスパートへと舞い戻っていた。


「……私はね、。もうあんな風に自分に近しい人が何を考えているか分からないのは嫌なんだよ」


う、ん……。その人のことはよく分かんないけど、その気持ちは分かる、かな?
あたし結構分かりやすい方だから。
自分だけ手の内晒すみたいで、確かに何考えてるか分かんないと嫌だな。

と、どうにかあたしもシリアスな方へと気持ちをシフトしてみようとする。
が、しかし。
そんなあたしの努力を、リーマスは次の一言で完全に打ち砕いてくれた。


「だから、ね?
君が私たちと話したくないならそれでも良いから。
こんな風に、部屋に閉じこもらないで欲しいんだ。
せめて、その可愛い顔を見せて欲しい。しかめっ面でも、泣き顔でも。
そうしてくれさえすれば、私は何も言わないよ」


だ か ら さ ー !
なんで、そうナチュラルに褒め殺し?
何、英国紳士ってお世辞の文化でもあるの?紳士ってそんなもんなの?
一歩間違ったら唯の女ったらしじゃねぇか!
もうやだ!
何がやだって、こっちはゆでだこもびっくりな感じで赤面してるのに、向こうは素だってことだよ!
一体、それで何人の女をたらしこんできたんだオイぃ!

若干以上失礼な感じで悶えるあたし。
これに応えて出て行くとか、なんか凄い敗北感感じるのはなんでだ。
ああうううー。
いや、そろそろ出て行くべきなのは分かるんだけど、天の邪鬼な自分が行くなと言っている!
リーマスが優しく言ってくれてる内に行くべきなんだよ。
分かってるけど、この赤面状態をどうにか是正したいと思うのは乙女として間違ってないはず!

と、いつまで経っても出てこないあたしに痺れを切らしたのか、リーマスは再度あたしを呼んだ。



「…………」
「…………」
「…………」
「……おいで?」
「ハイっ」


最後!最後なんか低かったっ!
思わず、姿勢を正して返事をしちゃう位に!

と、しかし、言われるままに出て行くのも若干癪だ。
なので、あたしは鼬の最後っ屁と言われても良いので、無駄にあがいてみようと思う。
(というか、ぶっちゃけ、あたしの珍しいシリアスモードをぶち壊したツケを払え!って感じ)


「あの……ルーピンさん?」
「なんだい?
「出て行く前に、お願いしたいことがあるんですけど……」
「?なんだろう。私にできることかな?」
「ええと、できるとかじゃなくて……。今度からリーマスって呼んでも良い、ですか?」
「…………」


黙 っ ち ゃ っ た !
え、ダメ?出て行くのに条件つけるとか図々しすぎ!?それとも唐突過ぎた!?
でも、あたしルーピンさんって言い続ける自信ないんだけど!言いにくいし!
そして、珍しくリーマスがあたしに対して下手(?)に出てる今しか言う勇気持てないんだけど!
え、撤回?撤回すべきなの?
や、でも今更って気も……。いやいや諦めるなあたし!
今しかできないんだあたし!挫けるなあたしっ!
逃げちゃ駄目だ逃げちゃ駄目だ逃げちゃ駄目だ……!

そして、拷問のような数秒が経過して。


が敬語を止めるなら、構わないよ」


はタメ口をマスターした!てゅるるーるーるーてゅってゅてゅー♪





何事も言ってみるもんだな、オイ!





......to be continued