慰めが欲しかったワケじゃない。 Phantom Magician、13 結局、あたしはそのあと30分近くスティアの肉球と戯れ、しばらくゴロゴロと過ごした。 本当はもっとあの素敵肉球を触っていたかったんだけど、あまりに至福の笑顔でふにふにしていたら、『ええ加減にしなさい!』とばかりに、猫パンチを繰り出されてしまったのだ。 そして、付きあいきれないとばかりにスティアが部屋を出て行くのを、指を銜えて見ていることしかできないあたし。 嗚呼、あたしの癒しが。肉球が……。 良いじゃないか。ちょっとくらい、ちょっとくらい!触らしてくれたって。 ああ、あと1時間は肉球と戯れていたかったのに……。 「肉球……」 ぐすん。と涙を堪えるあたし。 嗚呼、なんて健気なんだろう……っと自分の姿に感動しかけていると、不意にノックの音が響いた。 こんこんっていうか、ガンガンと。 この家で、そんな失礼なノックをする輩は一人しかいない……。 「あたしの肉球っ!!」 ガチャッガバッ! 「!!?」 思わず、あたしは逞しい胸板にダイブしてしまった。 と、その胸板の持ち主――シリウスは目を白黒させながら、突然の抱擁に硬直していた。 「お前……っ何だ、いきなり!?」 煩い。さっさとあたしの肉球になれ。 と、しかし、そう口に出そうとして口を開きかけたあたしだったが、途中で重大な問題に気付いて言葉を引っ込めた。 問題とはすなわち。 あたし、シリウスが犬だって知らない設定じゃねぇっ!? しまった!飛んで火にいる夏の肉球とばかりに飛びついちゃったけど、まったく意味ないじゃん! それどころか、同居人に突然抱きついた変態じゃん! うっわ。やばい。 この、思わず抱きついちゃった理由どうするよ、ちょっと。 半端な理由じゃ、このヘタレワンコ絶対納得しないって! とっさにその理由が思い浮かばず、口をぱくぱく金魚のように開閉させる。 その半開きの様子がなんとも間抜けだったが、シリウスはその様子を見て何か、絶妙な勘違いをしてくれたらしい。 眉を寄せて、この男にしては物凄く珍しいことに、あたしと目線を合わせるべく屈んでこう言った。 「……そんなに、怖かったのか?」 うん。何が? どうも、このワンコ、耳はあまり宜しくないらしい。 『あたしの肉球』発言は、とりあえずシリウスの耳をスルー。 まぁ、あたしにとっては都合が良かったんだけど。 (追及されたら答えられないじゃん。「どうして俺に肉球があることを知ってるんだ!」って) (どうでも良いけど、俺に肉球があるってもの凄く微妙な響きだな、オイ) そして、あたしが答えないでいるので、シリウスの勘違いは更にエスカレート。 わしゃわしゃと、まるで慰めるように頭を撫で、それはもう切々と慰めて下さいました。 「箒で落ちるなんて、そうあることじゃない。もうあんな怖い想いはしないから大丈夫だ。 ……ああ、そうあることじゃないが、絶対にないとも言い切れないな。 初めての人間が上手く飛ぼうとしてもそう上手くいくものじゃない。 だから、特別お前が下手だとか鈍いだとかじゃないはずだ。おそらく。多分。きっと。だから、気にするな」 正直、もうビックリするくらい、ド下手くそな慰め方だったけど。 「ハリー達が帰ったことも大したことじゃない。またすぐに逢える」 「…………」 「そんなに気になるなら、俺がふくろう便を飛ばしてやる。 どうせ、お前の学用品を買いにダイアゴン横丁に行かないといけなかったんだ。その時にでも逢えば良い」 「…………」 「……なんだ。まだ浮上しないのか?ちっ。 ……ああ、いや。今のはお前に対してしたんじゃない。だから、そんな表情をするな」 いやいや。そんな表情って何だ。 「……っち。何だって俺がこんな似合わない役を」 オイ。本音漏れてんぞー。 「良いから、さっさといつもの鬱陶しい状態に戻れ! 普段は親元から離れているのに大してこたえた風じゃなかったりするくせに、 何でちょっと箒で落ちた位でそうなる!?一体何なんだお前は!」 ちょっとじゃねぇよ。軽く数十メートルだよ。 余裕で死ねるよ。 ……デリカシーねぇなー、コイツ。何なんだはコッチの台詞だっつの。 っていうか、鬱陶しいってなんだ手前ぇ。 いつもそんな風にあたしのことを思ってたんか今畜生。 「ああ、いや、そうじゃなくて!とにかくだな……」 なんだか、この先黙っていると、シリウスの好感度に多大なる影響が与えられそうだったので、 あたしは仕方がなく、口を開くことにした。 「えーと……シリウスさん?」 「!なんだ?」 「それは、慰めているでファイナルアンサー?」 「!!」 ちょっと笑い含みになってしまったのは、この際仕方がないと思う。あたし。 だってさ。大の大人がよ? ちっちゃな女の子の慰め方が分からなくて、オロオロしてるんだゼ? それも多大な勘違いの下で。 もう、本当に微笑ましいというか間が抜けているっていうか何というか……。 かなり失礼な発言は、この際その心意気に免じて許してやろう(超上目線) 「な、慰めてなんかいないっ!」 「いやいや。そこで否定する意味が分からないんですけど。 え、なに、ツンデレ?ツンデレなの??」 「つんでれって何だ!」 「え、知らないんですか?あ、そっかそっか。イギリスじゃそう言わないのか。 んー。なんて説明したら良いのかな。 つまり、シリウスさんは素直になりたくてもなれない、天の邪鬼かってこと?」 恐らく、天の邪鬼なんて言葉もイギリスにはないだろうけれど、一応、その前の説明で見当だけはついたらしく、 シリウスは顔を真っ赤にして、さっきのあたしみたいに口をパクパクとさせていた。 うわー。大の男の赤面見ても、可愛くもなんともねぇな、オイ。 「誰がツンデレだ!」 「いや、だから、シリウスさんが」 何を言っているんだとばかりに、シリウスを指さしてあげると、彼はもう、屈辱でわなわな震えだした。 あちゃー。ひょっとしてさっきの赤面って怒りのあまりだったんだろうか。 だとしたら、可愛くないだなんて悪いことを言ってしまった。 そもそも可愛さなんて追及してなかったんだから、そんなことわざわざ言われるまでもなかったのか。 と、思っていた以上に元気な様子のあたしに、シリウスはようやくあたしがすでに多少回復していることを悟ったらしい。 それはそれは地の底を這うようなひっくーい声と視線であたしを睨みつけてきた。 もう、なんていうか……悪鬼羅刹の如く? 「お前……俺で遊んでいるな?」 「え?いやいやまさか!そんなことまったくございませんでございますよっ!?」 やっべ。やりすぎてバレた☆ いや、だってシリウスがこんな風に下手に出てくれるような状況、もうないかもじゃん! だから、思わず。つい。うっかり。ちゃっかり☆ あははははーと、誤魔化すように乾いた笑みを浮かべるあたし。 すると。 「……はぁー」 幸せ十年分が裸足で駆けていきそうな溜息を深々とシリウスは吐いた。 おおぅ。なんかよく分からないが、誤魔化せないまでも何かを諦めさせることには成功したようだ。 うん。やっぱりスマイル0円って大事だネv と、どうやら怒鳴られたりしないで済みそうだ、と胸を撫で下ろしたあたしだったが。 「元気になったのなら……良い」 ちょっと困ったように。 でも、相変わらず偉そうに。 微笑んだシリウスの顔に、思わず見惚れてしまったのは、内緒だ。 嗚呼、美形って反則。 不意打ち気味の美形スマイルにやられたあたしは、 気づけばシリウスとさっさと居間に降りてくることを約束させられ、しかし、そんなことは完全無視で自室のドアの前にペタリと座り込んでいた。 確か、ぼんやりとした記憶の中で、シリウスがいなくなった直後に部屋の中に避難して力尽きた気がする。 「何だアレ何だアレ何だアレ……っ」 明らかにアウト・オブ・眼中☆だったくせしやがって、何だ、あの無駄に良い表情は! あたしは声フェチでショタで面喰いだ、馬鹿野郎っ! ああん、もう、あたしあの一瞬だけシリウスって実は格好良いんじゃとか思っちゃった! いやいや、何を血迷ってるんだ、あんなん顔が良いだけのデリカシー無し男じゃないか。 あたしの真っ黒リーマスの微笑みには到底敵わないって! ああ、でも、しかし、さっきのは写真撮っときたかったっ!くぅっ!! それはもう、悔しげに床をばしばし叩く。 近所迷惑とかは気にしない。(っていうか、この家には隣近所なんて存在しない) ああ、それにしても、なんて勿体ない男なんだ、アイツは。 顔良し。ルックス良し。おまけに金持ちで、性格もまぁまぁ。 あとは、英国紳士のデリカシーさえ備えていれば、怖いものなしなのに。 もうちょい、全体的に言い方ってものがあるだろう。 よりによって、一番必要なものが欠けているばかりに、あんな残念男に……。 いや、全然。全く!あたしの好みじゃないんだけど! でも、折角の良い男が、残念な事になってるかと思うと……。 世の不条理に物申したくなるってもんじゃないだろうか。 デリカシーやるから、あたしに美貌を寄越せ!みたいな?(え、違う?) そして、そのまま、小声で神様に文句を言い募っていると、あたしの耳に階段を上がってくる音が飛び込んできた。 しまった。どうやら、降りると言いつつ降りなかったあたしに、シリウスがお怒りらしい。 さっさと行かないと、今度こそキレられるっ! と、慌てて、ドアに飛びつくが。 ガチャリ。 あたしの体はあたしの意思に反して扉に鍵をかけていた。 いやいやいや。何してんだ、あたし。 鍵かけてどうすんだ。 や。でも、あの笑顔見た後に、余計な仏頂面を見たくない思うのは人情ってものだろ。 ……まだ待って!もうちょっとしたら、あの笑顔頭にインストールし終わるからっ! 保存中だからちょっとだけ待ってっ!! 心の中で、もの凄い痛いことを思わずあたしは叫んでいた。 すると、それが天の神様にでも通じたのか、足音は部屋の前でぴたりと止まったものの、怒鳴り声は響かず。 「?」 あっれー?ここであの俺様ワンコが躊躇するとも思えないんだけど。 実は気のせいだった?幻聴?……あたし、いよいよヤバイっ!? こんこんこん。 「」 「!!」 躊躇いがちに。 遠慮深く、呼ばれた、名前。 その、予想外の声に、あたしの心拍数は一気に跳ね上がる。 嗚呼、どうして……。 「、いるんだろう?」 どうして、リーマスが。 その柔らかな声を聞いた瞬間、涙が出そうになる。 嬉しくて? いや、情けなくて。 スティアやシリウスに何を言われたって。 回復したふりをしたって。 そんなものは、ただの嘘。 あたしは、そんなに立ち直りの早い方じゃない。 だから、リーマスにもまだ逢えなかったのに。 逢えないから、うだうだと部屋に残っていたのに。 「……黙ったままでも良いから、聞いてくれるかな」 そこにリーマスが来ちゃうなんて、反則だよ。 でも、慰めて欲しかったのも、また事実だった。 ......to be continued
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