あたしって嫌われてるのかと思ってた。





Phantom Magician、11





くりっとした大きな瞳に見つめられて、あたしは体中に電流が駆け抜けた気分だった。


「…………」


……今まで、友達に「ショタ」「ショタ」言われ続け、「そうでもないよ」と答えてきたあたしだけど。
こんな可愛い子を可愛いって素直に言えるならショタでも良いなぁっ!!


『は?』


やっばい、もう!可愛い可愛い可愛いっ!
なに、あの可愛さ!女の子みたい!でも、ちょい凛々しめの顔立ちもGOOD!
おまけに見てよ!
黒 ぶ ち 眼 鏡 だゼ!?
まぁ、丸眼鏡なのが若干マイナスポイントかもしれないけど、似合うから良し!
あたし、マジで眼鏡が好きなのよ!
分かる?眼鏡男子が好きなんじゃないの。
眼鏡が好きなの!
普段なんとも思ってなかった相手でも、眼鏡掛けただけでちょっときゅんとしたもん。
もう、「眼鏡を彼氏にしてしまえ」って言われたことあるくらい眼鏡好き!
ジェームズの時も、実はちょっときゅんとした!
もう、好感度10割増しくらいの勢いだったね!


『それ、ジェームズの好印象の半分が眼鏡のせいじゃないか』


暴走気味のあたしに、呆れながらもつっこみを入れるスティア。
異様なくらい、がっつり目を見開いてハリーを見るあたし。
その熱視線の意味が分からないらしく、困惑気味のハリー。

素敵シチュエーションにテンションが急上昇したあたしだったが、そんなあたしを見て猫が一言。


『逃げろ、ハリー』


心の底からの忠告だった。
そのあまりにも真剣な声に、驚いて我に返る。
はっ。あたしは愛しのリーマスからの頼まれ事も忘れて何を?


『……覚えてないなら、もうそれでいいんじゃない。どうでも』


ぐったりとお疲れ気味のスティアだった。
その様子に釈然としないものを感じつつも、 目的の人物を逃がさないように、いや、捕獲、いやいや、確保!確保しようとまず会話を試みる。


「君、ハリー?ハリー=ポッターでしょ?」
「?そうだけど……」
「あ、あたしっていうの。
今、ルーピンさんのところに居候させてもらってて……」
「ルーピン……?ああ、リーマスのこと?」


おおぅ。流石、外国。年上のことを呼び捨てだよ。
……あれ、あたし、確か呼び捨てにして叱られた気がするんだけど。
身内じゃないから?親しくないから?年季が足りないから?
……あたしも呼びたーい。


「そう、そのリーマスのこと。
それで、ジェームズさんが君のこと置いてきたとか言うから、探してたの」


どさくさにまぎれて名前呼びをしつつ、説明をしてみると、ハリーはそこでようやく状況を呑み込んだらしい。
その可愛らしい眉間に力一杯皺を寄せて、顔をしかめてしまった。


「……勝手なんだから」
「はい?」
「僕と父さんが競争してたのは知ってる?」
「え、あ、うん」
「ゴールは最初ここだったんだ。それで、ここから一緒にリーマスのところに行くはずだった」
「へぇ、そうなんだ……――って、最初?」
「そう、最初。途中『やっぱり、リーマスの家まで!』とか叫んでいなくなった」
「…………」
「普通、勝手にゴールの変更とかしないよね。そのゴールの場所分かってない息子相手に」
「…………」


あ、やっぱりあいつ人として駄目だ。
つまりあれでしょ?
要約すると、息子とガチで勝負して、おまけに途中で勝手にルール変更して、 敗者である息子を置いてけぼりにしたわけでしょ?

親として以前に人として駄目駄目だった。
もの凄く年季の入った溜息を零しているハリーに同情を禁じ得ない。
苦労してそうだ。


「……なんていうか、大人げないね?」
「……別に本気で勝負すること自体は良いんだ。手加減とかされたら悔しいし」


あ、そこは良いんだ。


「でも、父さんは楽しくなってくると、それを長引かせようとしたりして、いつも勝手に色々するから。
母さんから、くれぐれも普通に行ってくれって言われてたのに、 『煙突飛行粉フルーパウダーじゃなく箒で行こう!』って言いだすし。結構距離あるのに。
まぁ、箒に乗るのは楽しいし、ここは景色も良いから良いんだけどね。流石に疲れたよ」


愚痴なのかなんなのか微妙なことを言いながら、ハリーはてくてくと歩きだした。
その足取りは迷いがなく、まっすぐにあたしが今来た道を辿ろうとしている。
え、あれ?場所分からないんじゃなかったの?


「ちょっ、ハリー?」
「え?なに?
「さっき場所が分からないって……」
「ああ、上からはね。ここには歩いて来たことがあるから、歩きでなら場所も分かるよ」


マジか!来たことがあるくらいで、目的地が分かるなんて凄いな、オイ!
あたし、何回か行ったことあるところでも、偶に行き方分からなくなることあんのに。
地図とかもきっとばっちり読めるんだろうなぁ……。


「方向感覚良いんだねぇ」
「?そう?」
「うん。あたし、方向音痴らしくて、そんな自信持って歩けないよ。
きっと箒乗れるようになっても、見当違いの方向行って迷子になる気がする……」


自分で言ってて、その様子がリアルに想像できてしまった。
うっわ、ありそう!
しかも、箒って結構スピード出るらしいから、遠くまで行っちゃうよ。
迷子っていうか、軽く遭難しそう。

若干、自分の言葉に自分で青ざめていると、ハリーはその言葉の別のところに反応した。


「乗れるようにって……、君箒に乗れないの?」


……確か、あたしの記憶が確かなら、ホグワーツの1年生で箒に乗れなかった奴は少なくなかった気がするんだが。
そんな、物凄く驚いて呆気にとられるしかない、っていう表情カオしなくても。
ハリーの家では、ジェームズがいるから箒に乗れるのは当たり前かもしれないけど。


「あたし、マグルだからさ。乗ろうと思ったこともないし。
まぁ、ふざけて箒にまたがったりはしたことあるけど、本気で飛ぼうとしたことはないよ」


誰しも、一度はやったことのある遊びだ。
絶対飛ばないのは分かっているのだが、ちょっとわくわくする、他愛のないお遊戯。
魔法が使えないからこその、憧れ交じりのごっこ遊び。

そして、あたしがマグルだと言ったことに対してちょっと驚きながら、 ハリーは今進んだ道を戻ってきた。
何だろう、と首を傾げるあたしの目の前まで来る。
と、彼は予想もつかないような言葉を発した。


「じゃあ、乗ってみる?」
「へ?」
「箒。結構簡単だよ?」


親切心で申し出てくれたらしいハリーのキラキラした瞳を見て、あたしはうっかりと頷いていた。







「『上がれ』って念じるんだ。声にしても良いね」


何故だか始まってしまった箒講座に、流されるまま参加する。
まぁ、好きで流されている部分も多々あるんだけど。

ハリー愛用の箒を貸してもらい、その使い込まれた滑らかな柄をそっと地面に横たえる。
その表情は自分でも分かるくらい、わくわくと輝いていた。
動物もどきアニメーガスになった時とはまた違うわくわく感だ。
あの時は、一応スティアのお墨付きが貰えたけれど、今は何故だか沈黙中。
奴は興味津々?であたしのすることを見ている。
つまりは、上手くいく保証がないってことで……。
でも、人間、絶対できることと、できないかもしれないことだったら、 できないかもしれないことが上手くいった時の方が嬉しいじゃん?


「じゃあ、いくよ?」
「う、うん……」


せめて動くくらいはしてくれよ、と思いつつ、念じる。


「上がれ!」


すると、ぱしっと確かな手ごたえが手の中に飛び込んできた。
若干勢いが良過ぎた感はあるけれど、一度で。
そのことに、あたしは思わず満面の笑顔になる。


「うわぁ!見て見て!本当に上がった!上がったよ!」
「……う、うん。良かったね」


が、ハリーは何故だか、あたしの笑みから逃げるように目を逸らしてしまった。
その顔は林檎もびっくりな位、紅く染まっている。
照れてる……。照れてるよ、この子。
どうも、女の子に免疫のなさそうなハリーは、こんなあたしの笑顔ごときにも照れてしまうらしい。
か〜わ〜い〜い〜!
ほんと、リリーの教育の賜物じゃねぇ?これ。
絶対、ジェームズの息子じゃないもん。この純情さ。


「ハリー、どうしたの?顔が紅いよ?風邪でも引いた?」


内心にやにやしながらそう指摘してあげると、ハリーはあたふたしながら「大丈夫」と言った。
所在なさそうに瞳がうろうろしているその様子のどこが大丈夫なのか、とさらにつっこんであげたかったが、 流石にそれをしていると収拾がつかなくなりそうだったので自重した。
うん。やっばい。楽しい、これ。


「えーと、これに跨れば良いの?」
「!う、うん。そう。それで、勢い良く地面を蹴るんだ」


変わった話題にあからさまにほっとしながら、ハリーは懇切丁寧に箒の握り方やら何やらを教えてくれる。
箒につかみ方があるのかよ、と思わなくもなかったが、とりあえずしがみついてはいけないと言われた。
どうも、上体が沈むとスピードがえらい出てしまうらしい。
命綱もない状態でそんな恐ろしいことをする気はなかったので、素直に頷いておく。
(が、降りてくる時は前屈みになるらしい。それって、上体を沈めるのと一体どう違うんだろう)

そして、一通りレクチャーを受けた後、あたしは箒に跨って準備万端となった。
……どうでもいいことかも知れないけど、スカートの下にスパッツ履いてて良かった。
この世界って、お上品に横乗りとかないんだね。
慣れたら、その内試してみよう。


「じゃ、じゃあ、飛ぶね?」
「うん。上に行ったら、すぐに降りてくるんだよ?いい?」
「わかった」


思いっきり深呼吸をして、心の準備ができるのを待つ。
ハリーは思いっきりと言ったけど、そんないきなり勢いよく飛ばれても困る。
ので、最初は弱めに、かるーく蹴ろう。
んでもって、それで駄目だったら、少しずつ蹴る強さを強くしていこう。

そう決めて、気合いを入れてあたしは優しく地面を蹴った。
が、しかし。


ぎゅんっ


「きあぁあぁあぁあぁぁぁぁぁぁぁぁー!!」
!?」


絶対そんな勢いはつけていないはずなのに、箒はピンポン玉のように勢いよく急上昇した。
いや、もうピンポンってか弾丸?弾丸ライナー?


「いっやぁあぁあぁあぁあぁー!!」


速っ!高……っ!
高い高い高い!
やだやだやだ、何これ何これ!?
怖い怖い怖い!
下見れない!でも上も無理!
っていうか無理!やだ!助けて!!


絶叫マシンじゃないんだからこんな勢い出なくていいのに、あたしはぽーんと上に吹っ飛んで行った。
きっと下を見たらハリーが驚愕も露な表情カオをしているに違いないと思うのだが、生憎下は怖くて見れない。
見たら、あまりの高さに貧血起こしそうだ。(すでに急激なGがかかって気持ち悪いってのに!)
そんな自殺行為をするつもりはさらさらないが、あたしはすでに死んでいるも同然の状態だった。
だって、これどうしたら降りれるの!?
ハリーが言ってたようにしてみたけど、降りないよ!?
降りろって念じてみても降りないよ!?


「降ろして降ろして降ろしてよぉっ!」


嫌だ、怖すぎる。
こんな若い身空で、こんな間抜けな死に方するなんて嫌だ!
例え夢の中であっても痛いのはすでに経験済み。
痛いのは嫌だ!っていうか、こんな高さから落ちたら、痛いどころじゃすまない!

流石に最初のような勢いはなくなってきたが、現在進行形で箒は上昇していた。
怖くて箒にしがみつきたかったが、とっさにそれは抑える。
だって、これにスピードが出たら、マジで死ぬ。軽く死ねる。

でも、こんな不安定な状態で、手を突っ張ってるのには限界があった。
ガタガタと小刻みに体が震えだすと、腕が一度がくりと態勢を崩してしまう。
そして、一度で十分だった。


「ひっ!?」


箒はその衝撃に、上昇を止めたのはいいものの、どういうわけだか旋回を始めてしまったのだ。
ぐるんぐるんと。
そんなに速くもないけれど、決して遅くもない速度でぐるんぐるん。
あたしはそれにあせって、箒を掴み直そうとした。
が、その瞬間、汗で手が滑り、完全に外れる。


「!!!!」


声も出ないまま。
あたしは宙に投げ出されていた。
スローモーションのように吹っ飛んでいく箒が目に焼きつく。

そして、あ、自分死んだ、と思った。

駆け巡るのは、走馬灯。
可愛い母。怖い父。
格好良い姉に、愛くるしい妹。
今はもういないもふもふの毛が気持ち良かった相棒に、鳴いてばかりのお姫様。
置いてきてしまった、長い付き合いの友人たち。

思い出すのは、風景でも思い出でもなくて、親しい人たちの姿だった。

どうせなら、一緒に来られれば、良かったな。
一緒に馬鹿やってきた、あの人たちと。
そうしたら、冷静につっこみも入れてくれただろうし、心細さもなかっただろうに。
嗚呼、でも。
こんな風に死んじゃうのなら、いなくても良かったか……。

そして、最後に。
最後に思い出したのは、この世界で出会った、愛しい人。


「……リーマスっ」


一粒だけ、涙がこぼれた。




っ!」




と。
絶望の淵で、声が聞こえた。
次いで感じたのは、暖かくて、力強い、大きな手。


!君は一体、何を……っ!」


目の前に、今にも泣き出しそうな鳶色があった。


「リ……マス?」
「怪我は、怪我はないかい!?ああ、どうして箒なんてっ」


ぎゅっと、痛い位にリーマスはあたしを抱きしめた。
何がどうなったのかは分からないながらも、あたしは彼に助けられたらしい。
助けて、もらえたらしい。
そのことに、あたしは一気に感情が高ぶり、彼に力一杯しがみついた。


「う、あ……うわぁあぁあぁあぁあぁん!」


恥も外聞もかなぐり捨てて、子どものように泣きわめく。
だって、本当に、怖かったんだ。
死んじゃうかと、思ったんだ。
リーマスと、ろくな会話もしないまま。
リーマスに、名前すら呼ばれないまま。

そして、そのリーマスはあたしの好きにさせたまま、優しく頭を撫でてくれた。
ゆっくりゆっくり、宥めるように。


「……ああ。怖かったね。もう大丈夫だよ」
「こ、怖かっ……だって……いきなりっ……ひっ……」
「私も、君が放り出されるのを見て、怖かったよ」
「うっく……ひっ……うぇ……」
「……また・・、失うかと思った」
「ごめっ……ごめんなさっ……リーマス……」


本当なら『ありがとう』と言うべきなのに、出てくるのは謝罪だけだった。
この人の、心臓をガンガンと鳴らしたのは自分だ。
そのことが無性に申し訳なかった。





でも、嫌われてなかったんだと知って。
不謹慎にも嬉しくてたまらなかった。






......to be continued