人間ってさ。 いろんな趣味嗜好があって良いと思うんだよね。 Phantom Magician、10 不意に。本当に不意に、目がぽっかりと開く。 見慣れぬ高い天井に、嗅ぎ慣れない木材の香り。 それで、嗚呼、自分は今リーマスと同じ家に暮らしているのだったと、思い出す。 リーマスと一緒にハリーを待つ朝が来たのだと、思い出した。 昨日の慣れない散策で痛くなった足を自覚しつつ、ぼんやりとベッドの上で起き上がる。 「長い夢だな……」 そうは思うけれど。 でも、未だにリーマスと全然話も出来ていないような状況なのだから、 ここで夢から醒めてしまったら、後悔もひとしおだ。 だってさー。 二、三日経っても、リーマス余所余所しいままなんだもん。 ファーストネーム大活躍の外国で、名前すら呼ばれないってどういうことだよ。 やっぱり第一印象がまずかったのだと思う。 でなければ、あの人当たりが良いと評判?なリーマスが時々妙な表情でこっちを見ているはずがない。 「ワンコとは、それなりに慣れてきたのになー」 別に和気藹々としているワケじゃないけどさ。 最初みたいに(一方的に)険悪な感じはなくなったんだよね。 例え、ホグワーツに行くまでの間だとしても、一緒に暮らす以上、険悪なのはやっぱりごめんだよねぇ。 一番良いのは仲良くなることなんだけど。 如何せん、年齢の壁って奴はデカイし。 それより何より、文化の違いって厄介だよねー。 未だにあたし、床を靴で歩きまわるのってどうかと思う。 汚いじゃん!外国文化全否定だけど、汚いって、絶対! 犬のカリントウとか踏んでたら、どうするんだよ、本気で! 『昼間から、何犬の○ンの話なんかしてるんだよ。君、本当に女の子?』 「煩い!どっからどう見ても完全なる乙女じゃないか!」 『はいはい。っていうか、いい加減起きたら?もうお昼だけど』 「……は?」 え、ちょっと待って。今なんて言った? お昼?今、お昼って言ったの? 『うん。お昼。っていうか昼過ぎ』 「ハリーが来るのは?」 『正午』 「どうせ起こすならもっと早く起こせよ!バーカバーカバーカ!!」 と心の中で絶叫しながら、私はパジャマに手を掛ける。 そして半ばほど脱いだところで。 「おい、いつまで寝ているつもり……」 ガチャリと、ノックもなしに扉を開けた馬鹿犬がいた。 「…………」 「…………」 「…………」 「…………」 呆然とする私。 ボケっと人をじろじろ見ている馬鹿犬。 「……早く着替えてこい」 やがて、馬鹿犬はそう無造作に言い捨てて、部屋を出て行った。 扉を閉めるパタンって乾いた音が、妙に遠くに聞こえた。 残されたのは、パジャマに手を掛けた状態のまま固まる私と、黒猫一匹。 『……殺すか』 数十秒後、ぼそりと、スティアは感情の読めない声でそう言った。 「物騒だなオイ!でも、あたしが許す!殺ってこい!!」 『……そうだね。いくらが色気皆無のお子様サイズでも、覗きは犯罪だよ。詫びの一つも必要だよね。 それより何より、僕を眼中にも入れなかったなんて、神が許しても僕が許しちゃいけないよね』 「そこかよっ!」 珍しくあたしの為に怒ってるのかと思ったら、ナルシーな案内人はそんな事でご立腹だった。 『だって、大事な事じゃないか』 「いや、どこが!?どう考えてもあたしの覗き被害のが甚大だろ! こっちは黒ネコパンツ見られたんだぞ!?」 『可愛いじゃん。黒ネコパンツ』 「そういう問題じゃねぇえぇえぇー!!」 「じゃあ、どういう問題なの?」とあっさり返され、あたしはそこで力尽きるしかなかった。 だって、あたしの中では朝だもん。寝起きなんだもん。 こんな奴相手にしてるだけの体力ないもん。 『はいはい。じゃあ、さっさと着替え終わして』と声を掛けられながら、あたしは超特急で支度を再開した。 そして、それはそれは急いで支度を終えたあたしは階段を下りる。 本当は駆け降りたいくらいだったんだけど、もしハリー来てたらガサツな子だって思われちゃうじゃん? そのせいで大和撫子は幻だなんて思われたら嫌だし。 (外国行く人は、自分の国名を背負ってる意識が大事だと思うの、あたし!) で、そんな風にしずしず降りていくと、途中闊達な声があたしの耳に入ってきた。 「――で、〜なんだよ!もう、流石僕の――だと思わないかい?」 すっごく感情豊かな、でも落ち着いた良い声。 渋さとは対極にある感じだけど、やっばい、結構好みっ! 相手は見当がついていたけれど、その素敵声にこっそりダイニングを覗いてみる。 すると、思った通りくしゃくしゃの黒髪の、壮年の男性がそこに立っていた。 ジェームズ=ポッター。 原作で見る限り、人として若干最低の部類の、その人。 しかし、その容姿はスネイプがリリーの気持ちを危ぶむほど、なるほど整っている。 その若々しい雰囲気も相まって、男性というより青年といった風貌だ。 高慢ちきな印象がないでもなかったけれど、離れて見る分には案外それが魅力的な風になっていた。 ……あー、うん。 やっぱり、なんていうか……イメージ通り? 思った以上に背は高めだけど。 まぁ、外人さんだし。日本人の基準で考えるのがそもそも間違っているのだろう。 ……と、そんなあたしの熱い視線を感じたのか、不意にジェームズはこちらを見た。 「「…………」」 目が合う。 最初、ジェームズは片方の眉をはね上げたが。 やがてにやにやと。 それはもうにやにやと、鬱陶しい笑みと視線を寄越して来た。 「君が……かい?」 酷く意地悪げに。 驚くほど、愉しげに。 そんな風に見られる、意味が分からない。 「えっと、あの……はじめまして。=です」 「……へぇ。可愛いね。思った以上に」 言葉では、明らかに褒めている風なのに、醸し出す雰囲気がそうとは言っていなかった。 敵意でこそないものの、一番最初にシリウスから感じたのと同じ、意地の悪い興味みたいなものを感じる。 ……檻に押し込められた野生動物の気分だ。 相手には、そんな気はないのかもしれないけれど、喧嘩を売られている気になる。 きっと、あのダンブルドアが直々に面倒を見ろといったことが関係しているのだろう。 無駄にあのじいさん、思わせぶりだし。 下手をすると、超重要人物だとかの誤解がどこぞで発生していてもおかしくはない。 もしくは、あまり人と付き合いたがらないリーマスが、居候をOKした相手としての興味か。 まぁ、どっちにしろ、珍しいことには変わりがなかった。 うん。野生動物っていうより、珍獣の方が近いのかもしれない。 「ああ、おはよう。起きたのかい?」 「……少しも早くないがな」 と、若干射竦められるような状態になっていたあたしに気付かないのか、 リーマスはあたしを確認すると、朗らかに朝の挨拶をしてきてくれた。 ほっと、なんだか緊張がゆるむ。 未だにぎこちない関係でも、見慣れている分だけ安心感があるってものだ。 うん。だから、失礼なワンコも見逃してあげるよ?(にっこり) もう、朝から好感度ガタ落ちのシリウスは放っておいて、あたしはリーマスへと駆け寄った。 「おはようございます、ルーピンさん。あの、この人は……」 単刀直入。 誰だかは分かっているけれど、自己紹介をされないと色々面倒なので、さっさと促す。 すると、案の定、何も怪しまれることなく、リーマスはあたしにジェームズを紹介してくれた。 「ああ。この人はね、この前から話している私たちの友人で、ジェームズ=ポッターだよ。 そうそう。君と同い年の息子さんがいるんだ」 うん、知ってる。 がしかし、そんなことはおくびにも出さず、ふんふんと素直に頷いておく。 すると、その一言で、シリウスが「そういえば……」と不思議そうに声を発した。 「ハリーはどうした?一緒じゃないのか?」 「ああ、本当だ。ジェームズ、ハリーはどこだい?」 そう。我らがハリー=ポッターは今日、父親と一緒にここにやってくる予定になっていた。 ところが、ざっと見た感じ、ハリーはどこにもいない。 あたしはお手洗いか何かに行っているのかと思っていたんだけれど、どうやらそうでもないらしかった。 そして、3人の不思議そうな視線を受けて、ジェームズは心底眩しい笑顔を浮かべた。 「実はここまで箒で競争をしててね?途中で置いてきちゃったんだ☆」 「「「………………はぁ?」」」 どうやらハリーは迷子のようです。 結局あの後、ご立腹のシリウスにジェームズは懇々とお説教をされ。 (いや、まぁ、正直全然堪えてなさそうだったけど) みんな総出でハリーの捜索を開始することになった。 というのも、この家は上空からだと木が邪魔でよく見えないらしいのだ。 なので、大人組は箒を使って。(リーマスの華麗な箒捌きっw) あたしは、万が一ハリーが降りて休んでいた時の為に徒歩で。 ハリー大捜索が始まった。 しかし、リーマスにくれぐれも遠くへは行かないことを念押しされたのは何故だろう。 『いや、何故だろうじゃないよ。この前迷子になったのが原因じゃないか』 呆れたようにお供をするのはもちろん、お助けナビことスティアだ。 「えー?あたしリーマスに迷子になったことなんか言ってないし。 はっ!まさかスティアが告げ口をっ!?」 『普通、徒歩30分の道のりで帰りが日暮れだったら、迷ったのバレると思うよ』 ……それもそうでした。 不毛な言い訳をしても無駄そうなので、あたしは素直に自分の非を認めた。 っていうか、コイツ言い訳なんかしたら絶対3倍返しなんだもん。 まず間違いなくおバカなやり取りを繰り広げる羽目になりそうだったので、あたしはそこで思考を打ち消した。 学習能力だってあるんだよ、あたしにも。 そして、爽やかな陽光が木々の間から洩れてくる森を、あたしは散歩気分でのんびり歩く。 多分、ハリー見つけるのって大人組だと思うんだよねー。 上空からこっちが見えないってことは、地上からも上空がよく見えないってことでしょ? ハリーはあのハリーなんだから、絶対、箒で飛んでるに決まってるし。 だったら、あたしが必死に探す意味だってあんまりないだろうし。 ってことで、気楽ーに構えててよさげじゃん? 夏の森は、鮮やかな緑が萌えていて、なんとも爽やかだ。 日本と違って湿度も高くないので、日蔭はひんやりしているのがまた良い。 「そういえば、白人の人って日焼けがあこがれなんだっけ?」 是非ともその体質と取り替えて欲しい……。 そんな風に取りとめのないことを考えながら、あたしは森をそぞろ歩く。 と、少し行った先で木々が切れた、ちょっとした広場のようになっている場所があった。 「んー……っていうかお花畑?」 かなり小さめで畑というのは語弊があるかもしれないが、 大きな切株が鎮座するその場所には何種類かの花が密集して生えているようだった。 花というのは目に楽しい。 これは近づいて見てみなければ!と、小走りでそちらへと向かう。 すると。 「!」 ふわり。 ふわりと、それは柔らかい動作でその切株の上に着地する、人影があった。 父親と同じくしゃくしゃの黒い髪。 女の子と間違えてしまいそうな、小さな顔。 眼鏡の奥で燃える、明るい翡翠の大きな瞳。 自分と同じくらいと思しき、幼さを残したその少年は、きょとんと可愛らしく目を丸くした。 「君、だれ?」 ビバ可愛い男の子! ......to be continued
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