魔法って何でもできるワケじゃないじゃん?





Phantom Magician、8





あたしは今、非常ぉ〜に困っている。
うん。もう、あまりに困りすぎて、「海の馬鹿野郎ー!」と叫び出したい位に。
ここ山だけど。海じゃないけど!
でも、そういう気持ちになる時ってあるじゃんっ!?


「…………」
「えーと……」
「…………」
「ブラック、さん?」


戸惑いがちに名前を呼べば、ギロリと睨み殺さんばかりの視線を向けられた。
……いや、何でこんな嫌われてるんだ、あたし。
親友との気ままな生活に突然やってきたお邪魔虫である自覚はあるものの、 それはあたしの意思でどうにかなる問題じゃないので、勘弁してくれと正直に思う。

今、この空間にいるのはあたしとシリウスの二人だけだった。
愛しのリーマスはケーキやら御馳走やらの買い出しに行ってて不在である。
や、そこまではまだ良いんだけどさ。
出かける間際にリーマスったら恐ろしいこと言い出したのよ。
曰く、


「ダイニングの掃除は二人で協力してやっておいてくれるかい?」


うん。確認取ってる感じだけど、実際は「やれよ?」オーラ出てたんだ。
で、そんな素敵過ぎるリーマスにあたしもヘタレワンコも逆らえるはずがなく。
箒片手に立っているシリウスと、はたき装備のあたしの図ができあがるワケよ。
あ、スティアは確実に邪魔になりそうだったので、早々にログハウスから追い出したんだけど。
ちょっと失敗だった気がする。

……っていうか、これ、どう考えても配役ミスだと思う。
このちっちゃくなってるあたしの背で、アメリカンサイズの食器棚とかの上に手が届くワケないじゃん。
まぁ、かと言って箒があたしのサイズに合っているかと言えば、そんなこともないんだけど。
何で、外国ってどこもかしこもビッグサイズかな……。

と、あたしが結構どうでも良いことを考えながら現実逃避に走っていると、不意に視線を感じた。
そっちを見れば、まぁ、不機嫌な表情のシリウスがじとっとこっちを見ていて。


「な、何でしょうっ?」
「…………」


思わず姿勢を正してしまった。
リーマスとのやりとりを見ている分には楽しいのだが、直接関わるとなると話は別で。
ビシバシ感じる俺様不機嫌オーラに、どう反応するのが良いのか分からなくなる。

そして、あからさまに委縮しているあたしに、何か感じるところがあったのか、シリウスは大きなため息を一つ吐いた。


「掃除……始めるぞ」
「っはい!」


こんないたいけな子供を威嚇している自分の大人げなさに、ようやく気付いてくれたのだろうか。
……でもなぁ。シリウスって基本大人げないタイプっぽいからなー。
淡い期待はきっとするだけ無駄になりそうだったので、とりあえず、あたしは言われるままにはたきを構えた。
こういう場合、上から順にやっていくのがセオリーだから、 あたしが掃除始めないとシリウスは動きようがないんだよね。
……が、意気込んではみたものの。
物理的に無理なものは無理なので、さてどうしようかと頭を捻る。
椅子でも持ってきて……いやいや、椅子でも微妙に辛そうだ。
となると、脚立?脚立か??

しかし、まさか住んで数日で、脚立のある場所まで把握するほど用心深くはないので。
まず脚立を探すところから始めないとだな。
ここで、シリウスに脚立の場所を訊こうという発想はあたしにはない。
だって、嫌われてる相手に気軽に声掛けられるほど、あたし神経図太くないもん。
それに、なんか知らなそうだし(本音)

そして、脚立があるとしたら倉庫か何かだろうかと考え、外の物置に行こうとしたあたしを、


「オイ。お前、どこに行くつもりだ」


がしっと引き留める力強い腕。
「手前ぇまさか逃げんのか」っていう本音が見え隠れする、その力の強いこと強いこと。
逃げないよ!ちゃんとやるよ!!


「ええと、脚立を探しに行こうかと」
「は?脚立?……お前、何を言ってるんだ」


いやいや、アンタこそ何言ってるんだ。
あたしの身長で、掃除が捗るはずがないじゃないか。考えりゃ分かるでしょうが。
Do you understand?


「いや、だって届かないですし」


とりあえず、呆れたような表情や声色にならないように注意しながら、そう言ってみる。
すると、シリウスはキョトン、と心底理解不能といった表情でこう返してきた。


「魔法を使えば良いだろう」


……いやいやいや。
待てこら、このヘタレワンコめ。
あたしが何のために、これからホグワーツに通うと思ってんだ。
魔法が使えないからだろうが!使えるんだったら、わざわざ習いに行かないでしょうよ!?
それも愛しのリーマスと離れて!何の嫌がらせだ!


「いや、あたし、魔法なんて使えないですし」
「はぁ?」
「ええと?マグル?でしたっけ?あたし、それなんで。
いきなりそんな魔法で掃除しろとか言われても……」
「……マグル?お前が?」


お前呼ばわりにちょいとばかし引っかかったけど、まず何でそんなにビックリされているのかの方が引っかかる。
あたしちらっとでも、そんな魔法使い族?みたいな反応示してた?ねぇ、示してた?示してないよね。全く。
どうやら、シリウスはあたしが魔法使い族の子どもであると勝手に思い込んでいたらしい。
んなワケあるか。
それだったら、いちいち暖炉から人が出入りするのにびくっとなんかしないワ。


「本当、なのか……?」
「そりゃあ、もちろん。この前まで、自分が魔法を使うことになるなんて思いもしてなかったですよ」


うん。使えても自分の魔力じゃないらしいけどね☆
まぁ、でも。そんな情報はわざわざ言いふらして歩くようなことでもないので黙っておく。

すると、シリウスは途端にバツの悪そうな表情になると共に、 「なら、よく見ておけ」と言ってどこからか取り出した杖をふるった。

途端に、溢れ出す、光。
本当に御伽噺でも見ているかのような、極彩色の美しい光が、辺りを包んだ。
例えるなら、それは夏の夜空を彩る、花火。
思わず、あたしはその眩い光に手を伸ばすが、それは決して熱くはなく。
だからといって、冷たくもない、ほんわか暖かな、光。


「ふあ〜……」


それは夢のくせにリアルで。
遠く感じるほどに、幻染みた光景だった。
思わず漏れるのは、感嘆の声ばかり。
一瞬にすぎなかったそれを、しかし、しっかりと記憶に留めたあたしは、 この時だけ、隣で魔法を使った人間を改めて見直すことにしたのだった。


「すごーい!すごいすごいすっごぉーい!!」


ワンコもやればできるじゃないか!
何、今の奴!あたしもその内あんな風に魔法使えるようになるワケ!?
もう、興奮が最高潮に達してしまい、さっきまでの苦手意識もなんのその。
気づけば、あたしは満面の笑顔で、盛大にシリウスを褒めたたえていた。


「そんなに、驚くほどのことでもないだろう」
「いや、驚きますって!すごーい!綺麗!箒が勝手に動いてる〜!」
「この位、すぐできるようになるさ」
「うっそ、マジで!?あんなディズ○ーのファンタ○アみたいなことできるようになんの!?
教えて、ブラックさん!」
「……シリウスで、良い」


あたしのテンションに、若干引きながらも、褒められるのが満更でもないらしいシリウスは、 その後、箒をダンスさせたり、はたきを勝手に動かしたりして、大いにあたしを楽しませてくれた。
なんだか、あたしがマグルだと分かってからは、扱いが大分丁寧になった気がする。
何だろう?あたしのこと純血主義だとでも思ってたんかなー。
純血主義嫌いだもんねぇ、シリウスってば。





と、何故だか思ったよりもシリウスと仲良くなれたあたしだったが。


「で、何で僕がいなくなる前より散らかっているんだい?」
「「…………」」


リーマスとまともに会話が交わせるようになるのは、どうやらまだ先のようだ。
とりあえず、掃除中にふざけちゃだめだなと思いました。まる。





でも、使えるなら使いたいよね。





......to be continued