しつけってさ、やっぱり最初が肝心なんだね。 Phantom Magician、5 リーマスをかなりの勢いで無視するという暴挙をしてから数十分後。 再度スティアを窓から追い出したあたしは、しどろもどろながら、どうにか自己紹介を終えた。 とは言っても、どうして保護者が必要なのか、とかそのあたりは正直に言っても引かれるだけなので。 (だって、異世界から来たんで一文無しの親なしです☆宜しくvなんて言えるかぁあぁあぁー!!) 『家庭の事情』の一言ですませた。 ……便利な言葉だよね。これ。ほぼ確実につっこまれないし。 そして、ようやく会話がまともにできるようになり、リーマスの入れてくれた紅茶をずずずずっと飲んでいる頃。 (ごめん、緑茶感覚で音立てちゃった) ずがしゃあぁあぁーん!と形容しがたい轟音が外から聞こえた。 ……え、衝突事故? ポカンとリーマスと二人揃って窓を見やる。 と、その瞬間、まったく見ていなかったドアがこれまた凄い音を立てて開けられた。気がする。 玄関はリビングから見えないのだが、多分間違ってないだろう。 「リーマスっ!!」 うわーメッチャ叫んでるー。 ってかシリウス!シリウス来たー!!イヌー!!! ドタドタとすさまじい音がして、数秒後、リビングに黒髪の美形が飛び込んできた。 「リーマス!ダンブルドアが言っていたことは本当か!?」 「っ!!…………うっわ」 この瞬間、あたしはある真理を悟る。 息を切らせて髪を振り乱していても、美形は美形だ、と。 スッと通った鼻筋とか、白人独特の肌の白さ。 見上げんばかりの高い背も、ポイントが高いだろう。 …シリウスって美形だったんだねぇ。 ヘタレのイメージ強いから、赤面云々よりもしみじみしちゃうよ。 乙女失格でごめん!でもある意味ヲトメ☆ 鬼のような形相。 雷のような声。 そして何故か持ってるくまさんバッグ。 それが初めて見る、シリウス=ブラックの姿だった。 「一体どういうことなんだ、これは!?」 顔整ってる人って怒ると迫力あるんだよね☆ 目を丸くしてぼけっと見つめていると、一瞬シリウスと目が合う。 「!」 と、シリウスは整えられた眉を一度大きく跳ねさせた。 次いで、不愉快そうにその眉を寄せ、殺気だった鋭い眼光であたしを睨みつける。 ……ガン飛ばされたー! ちょっ、幾ら気に入らないからってそんな表情されたらあたし凹むんですけど!? なに、そんなにあたしの顔は気に入らないかっ! 顔は生まれ付いてなんだよ変えられないんだよ美形にこの気持ちが分かるか! と、あたしが『シリウス=柄悪い』という第一印象を抱いている中、 あたしから視線を外した彼は一直線にリーマスの許へと向かった。 そして、静かな表情をしているリーマスの胸倉を掴む……ってえぇえぇえぇー!!? 親友!親友の胸倉掴んでるよ、このお兄さん!? ちょっ!あたいのリーマスに何してんの!? コミュニケーション!?こみゅにけーしょんなのこれ!? ……ならいっかー。 うん。この場で一番気になることに比べたら、こんなのどうってことないよね☆ え、何がそんなに気になるって? そりゃあ、もちろん、シリウスが持ってるKUMAさんだよ。It is a bear ! 「ダンブルドアから、お前がすでに了承したと言われた! 一体どういうつもりなんだ!?こんな得体の知れない子どもを預かるなんてっ!」 「シリウス、少し落ち着いて」 「落ち着けだと!?落ち着けるはずがないだろう!」 「シリウス……」 「お前は平気だとでも言うつもりか!?」 「…………」 ものっそい、どシリアス。 空気は張り詰め、息を呑むようなそのやりとり。 しかし、あたしの目にはくまさんしか映らない。 シリアスシーンもくまさんに掛かってしまえばなんのその。 「くま……まごうことなきくま」 「ふざけるな!俺は…俺は…っ!」 「シリウス。ダンブルドアから聞いているとは思うけど、 あの子はごく普通の、保護者を必要としている子なんだよ。そんな風に威嚇しないで」 「森のくまさん。くまくまくまくまくまくま……」 何故か『ごく普通の』の部分に力が篭めてリーマスがシリウスを宥めにかかる。 が、シリウスの頭に上った血は下りることなく。 寧ろますますヒートアップ。 しかも、何故かその怒りの矛先はあたしへと向けられた。 「俺は威嚇なんてしていないっ」 いや、してるよ。十分してるって。 これでしてなかったら、犬がガルルルルって唸ってるのも構ってサインになっちゃうよ。 嫌だよ、あんな怖い構ってサイン。 「……分かったよ」 そして、そんな臨戦態勢の犬に、リーマスがとうとう動いた。 「でも、家庭の事情で保護者もいない11歳の女の子をまさかこんな森の中に放置したりしないよね? 君も知ってると思うけど、ここの森には結構危険な場所もあるんだ。 その上、野生動物の宝庫で、毒草なんかも生えてるね。 もうすぐ夏とはいえ、ヨーロッパの夏なんてたかが知れている。 まさか、そんな過酷な条件の下に、こんな可愛い小さな女の子を一人放り出さないよね。まさか」 「ぐっ」 『まさか』言いすぎ☆ いやん、リーマス黒い!素敵っ!! 寒々とした空気はしっかりとシリウスにも伝わったらしく、彼はすっかり口を閉ざしてしまった。 リーマスはそれを見届けると、満足そうににっこりと天使の微笑みを浮かべ、椅子を立つ。 そして、笑顔はそのままに、シリウスの肩を叩いた。 「もう私は引き受けちゃったしね?」 「なっ」 「シリウスもダンブルドアに頼まれたんじゃないのかい?懇切丁寧に」 「うっ」 「というか、ここの家主は一応私だから」 「…………っ!!」 ぼとっと音を立てて、シリウスが引っ掴んでいたくまさんリュックを落とした。 ……どうしよう。黒すぎて、きゅんきゅんするっ!イヌヘタレー!! っていうか、シリウスって居候なのね?そうなのね?? あのお母様が叫びまくる屋敷が嫌で、飛び出したのね?うっわ、迷惑☆ 「家賃は払ってるだろう!?」 「うん、払っているね。それで?」 「それでってお前……」 「私としてはね、シリウス……。 掃除洗濯家事全般しない大の男よりもいたいけな女の子の方が保護すべきだと思うんだよ」 「!!!」 ご、ごめん、リーマス!あたしも家事全般苦手っ。 自分には言われていないのに思わず心の中で平謝りしてしまう。 そして、面と向かって言われたシリウスはというと、もう言葉もないのか蒼白な顔色で固まっていた。 うん。力関係すっごくよく分かるよね。この二人。 と、いい加減大人しくなったシリウス(調教済み)から目を離し、リーマスはあたしの方を見た。 「じゃあ、さっき言ってた買い物に行ってくるから。 大人しく此処で待っていて貰えるかな?すぐに戻るよ」 「あ、はい。分かりました」 思わず背筋伸びちゃったよ。 「オイ、リーマス。買い物って一体……っ」 「知らない人が来ても開けちゃ駄目だからね?」 「はーい」 「ちょっ、オイ!」 「いってきます」 「いってらっしゃいv……ぽっ」 「俺の話を聞けぇえぇえぇー!!」 ずるずると音を立てて、でっかいイヌは引き摺られていく。(合掌) 二人は結局、フルーパウダーを使用し、暖炉からダイアゴン横丁へと旅立っていった。 しん、とシリウスが帰ってくる前と同じ心地良い静寂が訪れる。 『ねぇ、?』 しばらく黙りこくっていたスティアが、ようやく口を開いて言った一言はこうだった。 『君、彼の何処が良いの?』 「黒いところ(キパッ)」 一回沁みついた上下関係って滅多に変わんないんだろうなぁ。 ......to be continued
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