世の中にはちゃんと言っておくべきことがあると思うんだ。 Phantom Magician、3 経験したくもないのに、またもや姿現しをダンブルドアと行い、着いた先は森の中だった。 いや、正確に言えば森の中のこじんまりとしたログハウスの前だった。 「……ここ?」 こみ上げる吐き気と戦いながらも、(だから姿現わしは嫌だって言ってんのにっ) あまりにリーマスの住居としてイメージぴったりだったせいで、驚きに眼を見張る。 なんていうか、豪邸とか山小屋とか洞窟とかよりも、よほどそれらしい。 「そうじゃ。ここが今日からの家、ということになるかの」 ……リーマスとあたしの愛の巣? 『僕もいるんだけど』 「聞こえない聞こえない。あたしには聞こえない」 『……聞いてるじゃん』 阿呆な思考をどうにか切り替えようとはするが、気持ちが浮き立ってしまってどうしようもない。 リーマスもあたしの想像通りなのか、とか。 本当に二人で暮らせるの、とか。 今のあたし(10歳前後)とリーマス(3○歳)って恋愛できるのかしら、とか。それ犯罪?? とにかく色々な疑問質問があふれ出して意味もなく叫び出したい気分だ。 あたし普段ここまでお馬鹿な子じゃないのに。 というか、この夢見始めの頃のローテンションはどこへ行った。 無駄なあがきと知りながらも、あたしは深呼吸を開始する。 何度か大きく息を吐いた頃を見計らって、ダンブルドアはあたしを振り返った。 「さて、。心の準備は良いかの?」 「え、いや、駄目!」 「駄目でもいかんと話にならんからのぅ」 心底楽しそうに笑いながら、ダンブルドアはログハウスの戸をノックした。 人に尋ねておきながら、さっくり無視するなんて良い度胸だ。 しかし、あたしがダンブルドアに文句を言おうと口を開いた瞬間、 「お待ちしていました」 耳に心地よい声と共に扉は開かれた。 「おお、リーマス。元気そうで何よりじゃ」 「いえ、先生もお元気そうですね」 「伊達に長生きはしとらんからの」 病人のようにやつれては……いない。 鳶色の髪に白髪は混じっているが、来ているローブもつぎはぎだらけということはなく。 いつも頭に描いていた通りのリーマス=J=ルーピンが、そこにいた。 この時の気持ちを表すことなんてできやしない。 心の底から気持ちが軽くなったような。 世界を根底から覆すような。 そんな幸福感を表そうとも思えない。 あたしは、何をすることも言うこともできず、ただただリーマスの整った顔を見つめていた。 『。――』 「…………………………え、あ?」 『見惚れてるのは良いんだけどね。早く入りなよ』 ぼうっとしていると、前を行くスティアが少しの間歩みを止めてこっちを見ていた。 ふと気がつけば、ダンブルドアもリーマスもとっくに扉の向こうだ。 慌てて足を動かして家に入る。 家の中はテントの魔法でも使ったのか、外見よりもずっと広々している。 ぶっちゃけ、あたしの実家よりも広い。 ……一人暮らしにこの広さは必要ない気がする。気のせい? 観葉植物が置かれていたり、なんていうか、この家は酷く居心地の好さそうな空間が作られていた。 リーマスの案内の元リビングに通されて、あたしはリーマスの向かいの席に座らされた。 「リーマス、この子が手紙に書いたじゃ。しばらくの間世話をしてくれるかの?」 「…………ええ」 直球ですごいことを頼むダンブルドアに、リーマスは少し神妙な表情をして答えた。 そんな人生に関わるようなことをほいほい頼めるこの人は、本当に凄すぎると思う。 そして、リーマスはあたしを観察するようにじっと見つめる。 その視線に、心臓が大きな音を立てて飛び跳ねた。 ……しまった。着替えくらいダンブルドアにどうにかしてもらえば良かった。 今着ているのは黒のスウェットのズボンにクラスTシャツっていう寝てる時の格好。 しかも身体が縮んだせいで、ダボダボ。 色気も可愛げも皆無。 第一印象としてこれはまずい。 がしかし、そんな心の叫びが天に通じたのか、リーマスはすぐにその視線を外し、ダンブルドアの方を見た。 「私は構いませんよ。ですが……」 「わかっておる。シリウスじゃろう?」 「ええ。ここは私だけの家というワケではないので、彼の意見も訊かないと……――」 思わぬ人物の名前にあたしは、今まで服装で悩んでいたことなんか頭から消し去って、思い切り眼を見開いた。 いや、思わなかったワケじゃない。 シリウスとリーマスと三人で暮らしてみたいと願ったことはある。 そうなったらどんなに素晴らしいかと。 けれど、ここまで自分に都合の良い展開になるなんて……。 というか、ありえない。 大きく戸惑うあたしの心情も知らず、大人達は会話を進める。 「その件に関してはわしに任せてもらえんかの」 「と、言われますと?」 「実はシリウスとはこの後すぐに逢う約束をしておる。わしから直接頼んでみようと思うての」 「……一筋縄ではいかないと思いますけれどね」 少し不穏な会話に、あたしは口を挟むこともできずに聞き入っていた。 夢はほぼ都合の良いようにできているが、 流石にシリウスの性格上、すぐに受け入れてもらえるなんてことはなかったようだ。 「では、早速行ってくるかのぅ」 「すぐにですか?」 「思い立ったら吉日と言うでな。それに……」 言いながら、ダンブルドアは意味ありげな視線をあたしに寄越す。 「早い方が色々と都合が良いじゃろう」 どうしてこっちを見るのかワケが分からず、戸惑いつつ首を傾げる。 すると、ダンブルドアはあたしの頭を一撫でしてから席を立った。 「では、わしはもう行くが達者での」 「え!?もう!?」 あまりに早すぎる別れの言葉に驚きを隠せない。 何をどうしろとか、せめて少しは言ってくれると思っていただけに、そんな淡白な反応は想定範囲外だ。 こんな不安を残したまま行くなんて教師としてどうなんだ。 「もっとと話したいところじゃが、わしも色々と忙しいからのぅ。 心配せんでもリーマスに任せておけば安心じゃよ」 「いや、でもこんな急に……」 「」 「おぬしなら大丈夫じゃ」 名前を呼ばれて、真っ直ぐにキラキラとしたブルーの瞳があたしを射抜く。 ああ、これが『全てを見透かしたかのような瞳』か。 すごく納得がいったけれど、なんだか、同時に凄く居た堪れなくなる瞳だと思った。 本当に綺麗な水の澄んだ海に実際に入ってみたら、足が全然着かないくらい深かった、そんな感じ。 そして、ダンブルドアはリーマスにあたしを預け、玄関口へと足を運んだ。 あたしはあとを追うこともできず、リーマスが見送りに席を立ったのを呆然と見ていた。 『……放心してるね』 リーマスの姿が完全に見えなくなってから、スティアはそう言った。 「……ああ、うん。なんか、あの瞳見てるとね」 『まぁね。は後ろ暗いところだらけだから余計なんじゃない?』 「……うわー、失礼☆」 憎まれ口を叩いてくるスティアの首根っこを掴んで吊り上げる。 この生意気な猫のおかげで、段々と思考がはっきりとしてきた。 「っていうか、これどゆこと?」 そして、疑問。 『これってのが何を指すか分からないんだけど』 「あたしが来たのはハリーの時代でしょ?一年生になる。 で、なんでシリウスがリーマスと一緒に暮らしてんの」 他の不条理は良いけど、こればかりは物語の根幹に関わることなので見逃せない。 リーマスが森で暮らしているのは、ある程度予想がついた。 でも、あんな風に普通の格好をしているなんて。 しかも、アズカバンにいるはずのシリウスが一緒に暮らしている? そんな、 「そんな幸せな未来をあたしは知らない」 真相が分かった時、あたしはシリウスの今までの生活を思って切なくなった。 ピーターが逃げた時、本気であの鼠野郎を憎んだ。 シリウスが死んだ時、あまりの呆気なさに涙した。 そして、何より。 友が友を貶め、親友を殺され、残る親友も目の前で消えていったリーマスを思うと心が潰れそうだった。 全てをないことにできたら良いと、どんなに思ったことだろう。 『知らないから、望んだんだよ』 真剣にスティアを問い詰めるあたしに、そいつは目を細めた。 金色の瞳があたしの複雑そうな表情を映す。 『ここは、君が望んだ世界だ。君がこうであれと望み、願った世界なんだよ』 黒猫は語る。 だから、この世界にピーター=ペティグリューはいないし。 ポッター夫妻もロングボトム夫妻も健在。 シリウスは死ぬことがなく。 スネイプがダンブルドアを殺すこともない。 その後の様々な悲劇、『彼』にとっては嬉しいはずの出来事。 ――にとって都合の悪い物事は、全てが全て夢の果て―― 「……はっ。何それ?そんな都合の良い世界あるはずないじゃんか」 『ここがそうだよ。ここはにとって都合の良い世界』 「……まるであたしが神様みたいだね」 思わず、嘲笑が漏れる。 あたしが神様?冗談もいいところだ。 あたしはそんなに偉くない。 どこにでもいる、将来のこともよく分からないただの人間。 こんなひとときの夢を見て、それで幸せを感じるくらいちっぽけな。 すると、スティアはそんな心情はお見通しとでも言うように笑った。 『が神様?本気で言ってるの? 魔力も持たないただの人間の女の子のくせに?』 不気味にクツクツと笑う猫に、あたしは何だか不安が募る。 なんだか悪魔とでも対峙している気分だ。 この黒い身体が不吉な連想でもさせているんだろうか……―― 「――って、魔力が、ない?」 ……それはホグワーツの生徒として。 「駄目じゃん!!」 え、ちょっ、待て待て待て。 今、危うく聞き流すところだったけど、魔力がない? ってことはあれですか。魔法使えない魔法使い誕生ですか。スクイブ?スクイブなのあたし? いや、でもスクイブって魔法使いの家系で魔法使えない落ちこぼれだから……、 あたしスクイブですらないじゃん! え、マジで?マジですか、ちょっと。 『魔法は使えるよ。でも、魔力はない』 「意味分かんないよ馬鹿!」 『僕の魔力を貸してあげるんだよ』 ……は?貸す? 意味は分かるが、ワケの分からない一言に目が点になる。 しかし、そんなあたしには構わず、猫は得意満面といったご様子だった。 『白髭のじいさんに勝てるくらい強いから安心して良いよ』 それは最強ってことじゃないんですかね、スティアさん? でも、知らない方が良いこともあるかな。 ......to be continued
|