この嘘吐きめっ!





Phantom Magician、2





――…』


穏やかな声にゆっくりと瞼を持ち上げた。
ああ、また今日が始まる。
折角、久々に良い夢見てたのに。
あたしをホグワーツに連れて行ってくれる変な猫が……。


『ちょっと、いつまで寝ぼけてんの?早く起きなよ』


そうそう。丁度こんな感じに生意気な声で――ん?
パッチリと開いた眼に飛び込んできたのは、自分を見つめる黒猫。


「我が家のプリンセスはいつのまに黒くなったんだろう?」
『僕はに飼われた覚えなんて、これっぽっちもないね』
「…………へ?」
『っていうかいい加減しっぽ離してくんないかな。ベタベタされるの嫌いなんだよ。
君の家の猫と違ってね』


憮然と言われた一言に、ようやくあたしは気を失う寸前の出来事を思い出した。

変な猫が登場して、あたしをハリポタ世界に連れて行ってくれると言った。
それはいい。望むところだ。
がしかし。
列車がすぐに出ると言われて、慌ててスティアに掴まったところ、 なんとも気持ち悪い感覚を感じて意識を飛ばしてしまったのである。
ハリポタ風に表現するなら「煙突飛行粉フルーパウダー移動ポートキーを同時に使ったかのように」。
はっきり言ってもう二度と体験したくない。
あたしは乗り物に強い方じゃないんだよ!絶叫大好きだけどな!!


『何でもいいんだけど、早く離してってば』
「あ、ごめーん」
『謝る気皆無だね』
「バレた?」
『バレるも何もないじゃないか』
「ふぉっふぉ。楽しそうじゃの」
「別に楽しくはないんだけどねー」


……なんか別の声混じってたー。
驚いて声の聞こえてきた方――背後を振り返ると、そこには白いお髭のおじいちゃん。
アルバス=パーシバル=うんたらかんたら=ダンブルドアがいた。
(いつも思うけど、この名前長すぎじゃない?日本人どんなに長くたって綾小路とかそんなんだよ)


「待っておったよ、


突然のことに、開いた口が塞がらない。
目の前で自分のイメージ通りのダンブルドアが、半月眼鏡の奥で興味深そうに眼を細めていた。


『……固まらないでよ』
「いや、だって、ねぇ?」


何でダンブルドアがあたしの名前知ってんの?とか。
ナチュラルに出迎えてんのは何でだ?とか。
色々あるじゃないか。色々と。
しかも、よくよく見てみれば、ここは校長室らしかった。
不死鳥のフォークスがいるかと思えば、よく分からない器具が忙しく動き続け、 更には、壁一面に写真と見間違うような写実的肖像画がびっしり。
そして、肖像の中の人々は驚きに目を見張ったり、ひそひそと話したり微妙に騒がしい。


――まさか――の子どもが……?
そん…馬鹿な――――ことがあるはずが――
しかし、現に――此処に――
なんという――
あいも変わ……――
――除…べきでは――
――くの時代――称える……ないのか――


なにやらゴチャゴチャ囁いている彼らを「ホラーだ、ホラー!」とぽけっと見ていると、足にスティアのしっぽが当たる。
何だろうと見ると、猫は至極あっさりした口調で言った。


『知ってるんだから知ってるんだよ』


一瞬、何の話か分からなかった。
が、それがダンブルドアのストーカー的な物知り具合に関する答えだと気づき、 「説明になってねぇー!」と、思わずスティアの身体を抱き上げてつっこんでしまう。
すると、そんなあたしの様子に笑みを深めて、ダンブルドアは口を開いた。


「さて、これからおぬしを保護者のところへ連れて行こうと思うんじゃが。準備は良いかの?」
「…………」


説明一切抜きで話し始めちゃったよ、この人。
良いの?こんな不条理放っといて良いの?
夢だからって何でも許されると思ったら大間違いだぞゴルァ!


「……えーと、つっこみどころは多いけど、とりあえず質問良いですか?」
「何じゃね?」
「あたしのこと何で知ってるんですか?」

「予言じゃよ」


「校長室にわしの助けのいる子が来ると言われてのー」と朗らかに笑うダンブルドア。
夢のご都合主義って凄いな、と改めて実感した瞬間である。


「でも!身元も何も分からない人間助けて、何かあったらどうするんですか」
「ほぅ?は何かするつもりだったのかの?」
「いや、別に何する気もないけど」
「なら問題ないじゃろう」


あっさり言いくるめられそうになって、しかし、すんでのところで踏み止まる。


「それだって……何で、あたしに保護者が必要だとか思ったんですか。
 あたしはまだ自分のことは名前だって教えてないのに・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


納得がいかなくてダンブルドアに訝しげな視線を送る。
すると、今までダンブルドアとの会話を黙って見ていたスティアが溜め息を吐いた。


『何でも良いじゃないか。には保護者が必要なんだから』
「何でさ」
『君は学用品もまだ買ってないし、新学期まではまだ時間がある。何処に住む気なのさ?』
「アンタさっきホグワーツ特急出るって言ってたじゃん!ってかあの流れでここ来るか普通!?
どう考えても駅のホーム行くフラグ立ってただろうが!」


どうにも矛盾たっぷりな台詞に益々、不条理感が募る。
この猫を信じても良いんだろうか。すっごい胡散臭いんだけど。


『ああ、あれ?たくさん説明するの面倒だったから』
「嘘かい!おまっ!?そりゃないだろ!!」


何だコイツ何だコイツ何だコイツ!
説明はぶく道先案内人なんて意味ないじゃん!


『言葉の綾だよ』
「どこが!?ねぇ、どこが!?」
『あーもう、煩い!どうせ後であの赤いキテレツ列車には乗るんだから良いじゃないか!』
「良いワケあるかぁー!」


そして、あたしはそのまま十数分くらいずっとスティアと言い争いをしていた。
ダンブルドアのことは忘れていたんだけど、本人はいたって気にしていなかったらしく、 口喧嘩が終わってそのことを詫びると、彼はにっこり笑って「もう良いのかの?」と訊いてきた。大物だ。


「えーと、気を取り直して」

頭の中を整理しよう。


「ここはどこ?」
「ホグワーツ魔法魔術学校の校長室じゃよ」
「で、この人が……」
『アルバス=ダンブルドア校長だね』
「それで、あたしは保護者がいない」
「まだ、じゃがの」
「これから、あたしはその保護者候補のところに連れて行かれる?」
「そうじゃ。もうすでにふくろう便は送っておる」


あまりの展開の速さについていけない。
いや、ついてはいっているけど、すごく納得がいかない。
しかし、そんな不条理を言葉に出しても無駄だということが、 この十数分のやりとりで分かったので、あたしは懸命に口を噤むことにした。

この話の流れからいうと、その保護者っていうのは多分リーマスなんだろう。
それは正直嬉しいなんてもんじゃないんだけど、なんだかなー。
もう少し情緒っていうの?話の流れ?的なものがあっても良いんじゃないの??
ホラ!最初は受け入れるつもりなんかなかったのに、ヒロインのふとした姿に胸打たれて「勝手にしろ」とか。
道案内役と逸れて彷徨うヒロインを颯爽と助けて、保護者が見つかるまで一緒に暮らすようになるとか。


『…………』
「無視かい」
「他に質問はないかね?」
「……えーと、多分?」
「では、行くとしよう」


ダンブルドアに促され、釈然としないながらもあたしは校長室をあとにする。
学校内では姿現しができないから、校外まで一旦出るらしい。

校長室を一歩出れば、ガーゴイルが出迎える、明るくも静謐な石造りの城。
カツカツと足音が反響する石の床。
廊下のあちこちには燭台があり、夜に火を灯されるのを待っている。
そのことに、この異常な状況も忘れて、辺りを見回した。


「何か面白いものでもあったかね?」
「え、や。すっごいなーと」


単純な感想だったが、城に来て他の感想を言えなんて無理だ。
シンデ○ラ城みたいな綺麗さはないが、石独特の重厚感やら微妙な威厳に圧倒される。
んー。流石にテーマパークの城と一緒にしちゃ駄目かな。
いや、でも、城って言ったらネズミーなあれだろ。
それか金シャチだろ。

と、ぼけっと見惚れているあたしに、ダンブルドアは至極ご機嫌な様子で微笑みかけてきた。


「そんなに見んでも、もう少ししたら飽きるほど見れるじゃろうて」
「は?」
「なにせ、おぬしはここの生徒になるんじゃからの」
「……はぁ」


ええと、全く欠片も片鱗がないんだけど、あたし、魔法使い、なんだよね?うん。
事前にスティアがくれた最低限の設定の中に、確かそんなんあったし。
(ただし、それが嘘でなければ、っていう悲しい注釈付きだけど)
でもさ。何でそれが周知の事実みたいなノリなの……?
いや、これは夢だよ?分かってるよ?
でもさ、やっぱり現実主義者なあたしとしては、やっぱり話の辻褄とか合わせたいワケで。
……なんだかなぁ。あんまりこういうの続くと、変に頭使いそうなんだけど。
あ、現実問題と言えば。
素朴な疑問だけど、学費はどうなってるんだろう。
まさか、リーマスに色々お金使わせるワケにもいかないし。


『くだらないこと心配しないで大丈夫だよ。何の為に僕がいると思ってんの?』
「それはあたしが一番訊きたい」


何の為にいるんだお前。

……もう良いや。
疲れるだけだから、早々に深く考えることは止めて、前を歩くダンブルドアの背中を追う。
お金のことは心配しなくて良いって言われたんだから、気にするだけ無駄だ!

とにかくリーマスに逢える。
そのことだけ考えて、あたしは徐々に緩んでいく頬を止めることができなかった。





ご都合主義万歳!





......to be continued