現実逃避? 何それ、おいしいの? Phantom Magician、1 気がつけば、あたしは何一つない空間に座り込んでいた。 「……どこ?ここ」 とりあえず立ち上がって周りを見回してみる。 うん。何もない。見事にない。真っ白。 人間、何にもないと行動のしようがないんだけど、どれだけ見たってないものはない。 「……どうしろって?」 ……ああ、そっか。夢かこれ。 なんだか、身体も小さくなっているし、声だって普段よりずっと高い。 何歳か若返るなんて、夢でなければありえない。 正直な話、いつ寝たのか記憶がないんだけど。夢なんてそんなものだろう。 さて。どうしよう? 何もない空間を見つめて、眉根を寄せた。 夢を夢として認識するなんて、あまり経験がないから困ってしまう。 しかも、やりたいことも、できることもないんだから始末が悪い。 とりあえず、しばらく考えて、あたしはこの時間を有意義に過ごすために――…… 「おやすみぃー」 寝てみた。 最近、夜があまり眠れないから丁度良いでしょ。 起きれば何か変化あるだろうし。っていうか実際、目も覚めるだろうし。 そう考え、あたしはごろんと床だか何だかよく分からない空間に横になる。 けれどウトウトとして間もなく、その思惑を完全に無視するかたちで、それは現れた。 「寝るなーっ!」 なんか煩いのがきた。 でも、寝るなだなんだと言われたって困る。あたしは眠いんだ! 「……煩い。寝かせろ」 「……寝起き悪いね、君」 「あと五時間……」 「中途半端に長いなオイ。起きてよ」 「い〜や〜だ〜」 ロクに相手も見ずに、その場のうつ伏せたまま受け答え。 すると、ソイツはいつまでも起きない私にしびれを切らせたのか、 よりにもよってあたしの耳元でブツブツとしゃべりだした。 「起きろ起きろ起きろ起きろ起きろ――」 そして、そのあまりのウザさに。 「あたしは眠いんだって言ってんじゃんっ!」 「ゲフ…ッ!」 無意識に拳が飛んでいた。 確かな手ごたえを感じたあたしは満足して、もう一度眠りに落ちようと試みる。 もう、何て言うか全てが嫌だ。 人生が嫌だ。 夢の中でくらい放っておいて欲しい。 「……なんていうか、ヒロインとして間違ってるよね、は。 ところで、ネガティブ真っ最中なところ悪いんだけど、起きてよ」 「もっかい殴って良い?」 「動物に手を上げるのってよくないと思うんだよ。僕は」 その言葉にようやくあたしは顔を上げる。 すると、丁度良い高さに黒猫が浮いていた。 「…………」 いや、猫は浮かないだろう。普通。 「正確に言えば猫じゃないからね」 「じゃあ何?」 「さぁ?何だろう」 やっぱ殴って良いだろうか。もう一回殴ったけど。 「だから、殴んないでよ。初対面なのに」 「あたしの睡眠を邪魔する方が悪い。……って、あたし声に出してたっけ?」 あたしの記憶が確かなら、口を開いて言った覚えはないんだけど。 「僕の記憶は確かなんだけど、口を開いて言われた覚えもないね」 「……サト○レ?」 「ネタ古いから、ソレ」 いちいちつっこみありがとう、黒猫君。 「猫じゃないってば。――レスティアって言うんだ」 「訊いてないんだけど」 「訊かれてないからね」 「あっそう……」 「……どうでも良いんだけど、そのテンションの低さは頂けないな。もっとあげてくれない? 『なんか出てきたー!』とか。『猫がしゃべって浮いてるー!?』とか。 高すぎるのも鬱陶しいけど、低すぎるのも見ててウザイんだよね」 猫のくせにかなり面倒くさそうにこっちを見てくるそいつ。 なんとも無茶な注文をつける猫だ。 そんなもの、あげろと言われてあげられるものじゃないだろう。 大体、テンションの低さなんてお互い様だと思う。 どうしてもあげて欲しいなら、テンションあげるネタを提供しろや! 半ば以上適当に、これまた適当な喧嘩を売るあたし。 がしかし、リアクションなんて度外視したそれに、猫(スティアだっけ?)は律義に応えてきた。 「はいはい。あー、面倒だなぁ」 「は?」 「おめでとうございまーす貴女はハリポタの世界にトリップすることになりましたーいえー」 棒読みで何かのたまうスティア。 ……今、何て言った?この猫。 「だから、ハリポタ世界に行って来いって言ってんだよ」 …………。 ………………………………………。 ………………………………………えーと、マジすか。 「行きたくなきゃ行かなくて良いよ」 「いやいやいやいやいやいや、行かないなんて言ってないじゃん!」 あっさりと命令形の言葉を翻す猫に、慌ててそれを制止する。 それにしても、すっごいなー。今時(?)の夢は道先案内人までいるのか。 話している内に段々はっきりしてきていた頭は、『ハリポタ』という言葉に一気に覚醒した。 現金と言われようが痛い子と言われようがどうでも良い。 『ハリポタ』ってあれでしょ?ハリーなポッターでしょ? 「ハリーなポッターって何だ……」 「細かいところは気にすんな☆ え、で、何?あたしにハリポタ世界行ってリーマスとラブラブしてこいって?」 「いや、そんなことは言ってないけど」 よくドリーム小説とかでありがちなネタだけど、夢で見れるとは! 「煩いなー、何だって良いじゃん。そんなことは」 「……はいはい」 猫は諦めたように投げやりに応えた。 なんだろう。物凄い勢いで奴の中のあたしの評価が下がっていってる気がする。 「まぁ、どうでもいいか」 「よくないけどね」 「えーと、気を取り直して。 ハリポタ世界に行くのはいいんだけど、あたしどんな役どころで行くワケ?」 「は?役どころ?」 「よくあるじゃん。例えばリーマスとは幼馴染だとか教え子と教師だとか、そういう設定が」 「……細かいよ、」 スティアは身体を起こしたあたしに合わせるように高さを調節しながら、顔をしかめる。 しかし、少し考えて、仕方がなさそうに口を開いた。 「まぁ、少しは教えておいてあげないと可哀想だしね。一応、の相談役なんだし」 随分態度のデカイ相談役だ。 「君がこれから行くのはハリーの時代だよ」 「えー」 「不満そうな声ださないでよ。可愛くないから」 「可愛くなくて悪かったな、この野郎」 「っていうか、話の腰折らないでよね」 こんなギャグみたいな、やりとりをすること数分。 スティアは必要最低限のことだけをあたしに明かした。 これからあたしは、ハリーの同級生としてホグワーツに入学するということ。 もちろんリーマスの生徒として。 で、後は行ってのお楽しみ☆ 「……少ないよ情報」 「が悪い」 「何でだよ」 「が寝てたせいで時間がなくなった。もうすぐ9と4分の3番線から列車が出る。以上」 「……さ」 「さ?」 「先に言えぇえぇえぇぇー!!!」 偶には良いじゃん。現実逃避。 ......to be continued
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