彼は言う。 人がやらないから己がやるのだと。 零崎の人間断罪、1 その日、双識は家賊の気配を近場に感じたために、 本来降りる予定の無かった駅で下車をした。 基本的に彼は自分の『足』と呼べる存在を持たない。 立派な己の足がある上に、公共交通機関が折角発達しているのだから、というのが彼の言だ。 軋識あたりが聞いたら、田舎に行ったらどうするつもりなんだ、とでも言いそうな持論ではあるが、 それこそ、そんな所に行く場合はその軋識あたりを伴って行くのだろうから、何の問題もないのだろう。 針金細工のような体を悠々と動かし、彼はその地方都市の繁華街と思しき場所を歩く。 明らかに勤め人と思しきスーツ姿ではあるが、その格好がここまで似合わない人間も珍しい。 まぁ、かといって、ではどんな格好なら似合うと思う?などと本人に聞かれたら家賊でさえ言葉に詰まるだろう。 と、そのくらい似合わないスーツがトレードマークのその男は、そこで足を止めた。 平日の真っ昼間であるが故に、人通りもまばらなアーケード内。 そこの、ビルとビルとの間隙と思しき通路の前だった。 アーケードの明るさには及ばないものの、その通路も薄明かりに満ちていて、決して奥が見通せないワケではない。 だが、双識以外にその場所をわざわざ覗き込む人間も、足を止める人間もいなかった。 双識はそこで一拍、困ったように苦笑して、携帯電話を取りだした。 「ああ、私だ。……そう。いつものようにお願いするよ。場所は……いや?その手前だね。 そう。駅前のアーケードだよ。……え?ああ、分かった。では、確かにお願いしたよ」 「…………」 と、通路の奥から、電話が終わるのを見計らったようなタイミングで、青年が一人現れた。 通話の邪魔をするのは悪いと思ったのか、彼は無言で携帯をしまう双識を見届ける。 と、双識が間違いなく自分だけに意識を絞ったところで、彼は無邪気に首を傾げた。 「レン兄じゃん。なに?どったの??」 「……ラン」 末弟とは別の意味で可愛い奴だなぁ、とは思うものの、 双識は一応一賊の長男として、通路の奥を指さしつつ指導する。 「少しは後片付けのことも考えなさい」 双識の指の先――そこには、ごろごろと陸揚げされた魚のように転がる物体、 先ほどまで人間として活動していたであろう物が幾つもあった。 間違ってもマネキンなどではありえないのは、僅かに痙攣する手足ですぐ分かる。 物体、物と言い切れるのは、それがすでに生命活動を停止しているのが明白だったからだ。 見た目には大した外傷も血しぶきもなかったとしても。 「えー?それをしてくれるのが国家権力って奴だろう? やらなきゃ職務怠慢じゃないか。税金泥棒って奴だよ」 青年――零崎 が一人で現れたということは、それを示していた。 「税金も払っていない君がそれを言うのかい?」 「ちゃんと消費税払ってるじゃん」 気怠そうに、軽薄そうに話す姿はどこから見ても、今時の青年だ。 綺麗に脱色した髪を風に遊ばせながら、やや猫背気味にだるっと突っ立っているその姿に、 双識と違って、違和感を覚える人間はほとんどいないだろう。 まぁ、一般的、というには些か個性的な服装ではあるものの、 ビジュアル系のコンサートに行けば、モノクロ+赤を基調としたパンクファッションの人間などザラなので、 軋識や曲識よりはよっぽどまともな格好であると言えなくもない。 例え、先端が鋭すぎる黒いレースの日傘を持っていたとしても、完全にファッションの一部だ。 だが、しかし。 「そもそも、僕は悪くないよ。向こうが先に仕掛けてきたんだ」 「まぁ、君の場合いつもそうだけど。 いかにも『カツアゲして下さい』って格好と態度で釣り上げられた方にしたら堪った物じゃないな」 「殺されたくなかったら、そもそもカツアゲなんてしなきゃ良い話だよー」 ケラケラと笑う彼は、殺人鬼だった。 少女のように着飾り。 少年のように細身の体格であったとしても。 彼は、誰より迅速に誰より静かに人を殺せる、一介の鬼だった。 「前にも言ったけど、僕は人識と違って無差別に殺して回ってるワケじゃないんだから。 全部、僕を侮って喧嘩をふっかけてくる方が悪いんだし。 変態趣味丸出しで同意もなしに僕を手籠めにしようとする方が悪いんだ。 所謂、せーとー防衛って奴?」 「正当防衛を通り越してそういうのは世間一般では過剰防衛と言うらしいよ?ラン。 というか、君の場合、防衛を目的としている訳じゃなく殺害を目的としているのだから、 どちらであってもその言葉は当て嵌らないのかもしれないがね」 なんてことはないように滔々と己の持論を展開する弟に、双識はやはり苦笑を禁じ得ない。 彼らは――零崎一賊は所謂、殺人鬼集団である。 理由なく人を殺し、そのことに欠片の罪悪感も持たない、忌むべき存在。 同じく人を殺すことを生業としている殺し名の中でさえ、彼らは疎まれていた。 だが、彼らに倫理観がないのかと言えばそんなことはなく。 騙し討ちのようなことばかりやるに対して苦言を呈するのはなにも今日が初めてではない。 しかし、この弟にはそんな言葉はまるで意味がないことも、双識は経験上心得ていたのだ。 「っていうか、僕としてはそんなカツアゲするような人間が、 堂々と街を闊歩している現状がなにより悪いと思うよ。やっぱ職務怠慢だ」 自分を正当化させたら、の右に出る者はいない。 何故ならば、双識が『悪』として認識する殺人という行為も、彼に言わせれば必然だというのだから。 双識は、全ての人の死は『悪』が原因だと考える。 制限速度をオーバーした車がカーブを曲がりきれずにガードレールに衝突し運転手が死んだなら、 その運転手が言うまでもなく『悪』かったのだし、 制限速度を守っていても路面が凍結していたのだとしたら、天候が『悪』かったのだろう。 また、路面が凍結していなかったとしても、その速度でカーブを曲がり損ねたのだとしたら、 制限速度を設定した行政が『悪』かった、そういうことだ。 言うまでもなく、ただただ人を殺す存在である零崎一賊など、『悪』を体現したような存在である。 だがしかし、零崎 はその考えを否定する。 彼らが人殺しに罪悪感を持たないのは、それが罪悪ではないからだと、否定する。 彼曰く、零崎とは自然淘汰のために生み出された装置である。 増えすぎた人間という種を、この世界が受け入れられる数まで選定し剪定する、なによりも正しい存在だと彼は説く。 『人間は増えすぎたと誰もが言うくせに、それを減らそうとする僕たちを否定するのはあまりに傲慢だ。 だから、僕たちがそんな傲慢な人間の作った法に縛られてやる必要なんてないんだよ』 彼は、彼らは決して殺人を楽しいなどと思ってはいない。 ただただ、息をするように。 ただただ、なんでもないことのように彼らは人を殺す。 粛々と。粛々と。 快楽殺人者と殺人鬼の明確な違いがそこにはある。 別にそんなことをしたい訳ではないが、彼らがどうしようもなくそうであるが故に。 『でも、やっぱりどうせ間引きするなら出来損ないからだよね。 刑務所襲うのは面倒だしー、やっぱ手近なところからやってかないと』 そう言って、が世間一般で言うところの『悪者』を殺すようになったのは、いつからだっただろうか。 時に万引きをした中高生。 時に彼女を殴るDV男。 時にセクハラをする女上司。 世間には、軽いものから重いものまで、悪者で溢れている。 威圧感など欠片も与えない己を餌として。 見た目に反して大層マメなところのある青年は、せっせとそんな人間を断罪している。 苦しめるのが目的でないから、できるだけ一瞬で。 慈悲深き処刑人のように、一撃で。 そんな彼を、家賊はこう呼ぶ。 『最終痛刻』と。 もっとも、彼が己の持論をとことんまで信じ切っているかといえば、 殺す相手を限定する曲識への態度からすると疑問が残るのだが。 とりあえず、一旦そこで思考を切った双識は、 細い路地(しかも死体が転がっている路地)の真ん前で大の(?)男二人が延々立ち話を続けているという、 それは奇妙な現状を変えるべく、最寄りのファーストフード店へと足を向けながら口を開いた。 「彼らが忠実に己の職責をまっとうしようとしたら、まず間違いなく人識君は補導をされてしまうよ」 「あー……それ本人の前で言うなよ、レン兄」 基本的に家賊を愛する青年は、とことん家賊を愛する男の言葉に、忠告するのを忘れなかった。 家賊が自分を弁護しないから、己がするのだと。 ......to be continued
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