嗚呼、自分で自分の心についていけない。
変化する心に、ついていけない。






Life Is Wonderful?、48





どうして、私は走っているのだろう。
それも、逃げるためじゃなく。
追いかけるために。
考え始めると、その矛盾が頭をもたげる。

あんなに、逃げたかったのに。
あんなに、逢いたくなかったのに。
それなのに、足取りは酷く軽い。
まるで、逃げたくなんてなかったように。
まるで、逢いたくて仕方がなかったかのように。
心はただ、前へ前へと馳せて行く。

逢って、何を言うかなんて、考えてもいない。
そんな無計画も甚だしい。

でも。

しばらくの間、呆然としていた私は。
三蔵さんの言葉で現実に戻り。
会社を出て。
最初は早足で。
気がつけば駆け足で。
走って。
無様に。
追いかけて。



貴方とただ、向かい合いたい。



さっき、拒絶しておいて虫が良いと言われるかもしれない。
これ以上嫌われるかもしれない。
それは身を切るより、辛いけれど。
でも、思い知ったから。
離れても。
放しても。
それは全て、貴方とまた向かい合いたかったからなのに。
なのに、顔も見れなかった。
こんな今は私が望んだものじゃない。
だから、貴方に逢いに行く。


――……じょっ」


いつか、私を貴方が追いかけて来てくれたように。


「ごじょ……っ」


もちろん、すごく怖い。
また、あの無感動な視線を向けられるんじゃないかって。
いきなり、手のひらを返すように冷たくされるんじゃないかって。
きっと、そんなことになったら、私はもう立ち上がれない。
砕けて。崩れて。粉になる。

でも。
さっきの貴方は、本当だと思ったから。
嘘なんかじゃないって思ってしまったから。
怖くても。
泣きたくても。
その背中に、手を伸ばさずにはいられない。



「悟浄――っ」




振り返った貴方が見た私は、きっと情けなくて。
お世辞にも綺麗とは言えないような姿に違いなかったけれど。
これが、私。
私なんです。

本当に、こんな私で良いんですか?
こんな私に、貴方が追いかける価値がありますか?







「……?」


人ごみの中、一際鮮やかな男性が、茫然としたように頭だけ私を振り返る。
それをスローモーションのように目に焼き付けて、私は萎えそうになる足を叱咤した。
もう恥ならかききった。
だから、寧ろ、勢いを付けて、悟浄の背中にダイブする。


「っ!?」


ビクリと震えた、その体を逃がさないように、渾身の力で捕まえる。
逞しいはずのそれが、酷く心細げで。
そのことに、思わず唇を噛み締めた。
嗚呼、本当に。
私は馬鹿じゃないのか。
自分でそうしたくせに。
そのことに罪悪感を感じるなんて。

でも。
だって。
今更、こんな風に私を顧みてくれるなんて、思わないじゃない。
話しかけても無視で。
会話もなくて。
段々、鬱陶しいような視線を向けられて。
それでも、また前と同じように想ってもらえるなんて思うほど、私はおめでたくない。
それなのに。
私を望んでくれた悟浄は、間違いなく私の腕の中にいて。


「……

かけられた言葉には温度があって。
それは、紛れもない現実。

どうして、ここまで貴方は変わったの?
どうして、貴方は戻ってしまったの?
何があって。
何を想って。
前の貴方に戻ったの?
だって、こんなのおかしい。
おかしいよ……っ

ぎゅっと、握りしめたシャツに更に力をこめる。
それは憤りを込めたかのようだったし。
決して何かを逃がさないようにするかのようだった。

それは、悟浄を逃がしたくなかったのか。
それとも自分自身を逃がさないようにしたのか。
分からない。


「……、何でだよっ」


いや、多分、両方だったのだろう。


「こんなっ……」


だって。



「目立つこと、駄目だろ……っ」



悟浄の声は、震えていた。

嗚呼、そうだ。
この人はいつも格好良くて。
格好付けていて。
でも、弱くて。
一人で平気な振りをして。
でも、誰よりも独りが駄目で。
そのくせ、他人を気遣ってしまうような。
そんな、人だった。


「そんなの、どうでも良いの……」


そんな人だったから。


「ごめんなさい、悟浄。本当に、ごめんなさいっ」
「さっきあんなこと言ったのに。私が追い返したのにっ。でも、私は……っ」
「私は、貴方と話がしたい。しなきゃ、いけないの」


私は、貴方が愛おしかった。





貴方もそうでしたか?





......to be continued