支えなんて、いらない。
支えなんて、必要ない。






Life Is Wonderful?、43





馬鹿みたいに早い朝、私はぼんやりと目を覚ました。
ほとんど夜と朝の区別がつかないような、そんな時間。
夜でもなく。
昼でもなく。
かといって朝とも言えない、そんな時間。
嗚呼、まるで私のようだと漠然と思う。

時計を見る限り、どうやら碌に眠れなかったらしい。
どうせ寝たって、嫌な夢を見るだけだったのだろうけど。
でも、本来なら万全の態勢で臨むべき日に、こんな状態で大丈夫だろうか、と少し不安が覗いた。


「……まぁ、しょうがないか」


今更言っても仕方のない事だ。
私は重い体を引きずるように動かし、少しでも頭をすっきりさせるべく風呂場へと向かった。
そして、鏡を見る。

ボサボサの髪に、ぐしゃぐしゃの部屋着。
目の下にはくっきりとした隈があって。
唇はひび割れてがさがさ。
おでこには紅いにきびが二つ。
ただでさえ冴えない顔を、更に酷くした状態。
いつかどこかで見たような。
いつもいつでも見ているそれが。
哀しいほどに、等身大の私の姿だった。


「酷い顔……」


くすり、と自嘲の笑みが漏れる。
ここまで酷いといっそ見事だ。
寝不足なのも手伝って、ごくごく普通に、笑えてきた。

前は、自分の容姿に落ち込んだりもしたけれど。
それが何だっていうんだろう?
これが私だ。
周りがどう思おうと知ったことじゃない。
例え醜かろうがどうしようが、私のせいじゃないし、人に言われる筋合いもない。
幸いにも、二目と見られない顔という訳でもなし、今ではどうしてそんな事に拘ったんだろうと思う。
もちろん、理由は分かっていたけれど。
でも、今の私には、もうその心情が分からない。


「ねぇ、『』。そんな目をしたって駄目だよ」


そして、私は背を向ける。


「私はもう……決めたんだから」


期待と不安に揺れる自身の顔に、背を向ける。







八戒さんとの待ち合わせ場所は、最寄り駅の隣りの駅からほど近く、
しかし、見落としてしまいそうな細い路地に面して建っていた。
先に来られてしまうと、先制攻撃をされた気分になって出鼻を挫かれるに違いないので、 待ち合わせの時間よりも45分以上早く着くように、朝は早めに出ていた。
だから、自分を落ち着ける時間を取れるだろうと思っていたのだが。


「……、さん?」
「…………」


あっさりと。
本当にあっさりと、入口でメニューを見ていた八戒さんに遭遇した。
八戒さんはあまりに早くやってきた私に、同じように目を瞠り。
次いで、その瞳を細めて、私の姿を上から下まで眺めた。
まるで検分するように。
記憶と照合するかのように。
全てを見透かそうと、するかのように。

途端、ざっと全身の血が下がったかのようだった。
その、懐かしい姿に。
涼やかなその目元に。
在りし日の幻影を見て。
目の前が……暗くなる。

嗚呼、どうして。
どうして、私はこう……


「お久しぶりです。さん」


いつもあの人の事を思い出してしまうのだろう。


「……さん?」


ぐらぐらと、足元が揺れる感覚がする。

気持ち悪い。
きもちわるい。
キモチワルイよ。
嗚呼。
本当に。
死に




がしかし。


「どうかしましたか?気分でも……」


そんな中。


っ!」



太陽のように眩しい男の子の、声がした。



大丈夫かっ?コイツになんかされたのか!?」
「……ご、くう?」


力強く温かい手に腕を掴まれ、私は驚いて体を硬直させることしかできなかった。
かろうじて振り返ると、そこには、最近知り合った可愛い男の子の姿があった。
走って来たのだろう、その呼吸はほんの少し弾んでいたけれど、やがてすぐにその呼吸は落ち着きを取り戻す。


「どう、して……」


どうして、ここに?

途切れた問いかけだったが、それが分かったのだろう、悟空は一瞬だけバツの悪そうな表情を浮かべた。
がしかし、すぐに気を取り直したように、八戒さんの方へとキッと視線を向ける。
その瞳は、純粋な憤りを映していて。
明らかに八戒さんに対して敵対心を持っているのが、分かった。


「三蔵が言ってたんだ。は何かから逃げてるんだって」
「……え?」
「三蔵も詳しいことは知らないって言ってたけど、気にしてて。
『暇なら気にかけてやれ』って言われてた。
俺、のこと好きだし。がたまに、俺のことすっげぇ痛そうな表情カオで見るのも分かってたから」
「それは……」


痛そうな、表情カオ


「で、今日バイト行く時に、ちょうどが怖い表情カオして出てくの見えたからさ。
思わず追いかけちゃったんだよなぁ」
「そんな……大丈夫なの?」
「おう!バイト先には腹痛だっつっといたからヘーキ。だからさ……」


暖かなはずの金晴眼が、一瞬だけ底冷えするような色を浮かべた。


「コイツ、ぶっとばそうか?」
「……っ!?」


底抜けに明るいだけの子かと思っていたから、その物騒な笑みに心底ドキっとさせられる。
嗚呼、知ってる。
これは、本気の瞳だ。
向かってくる何かに対して、獰猛なまでに喰らいつこうとする、瞳だ。

私は、そのことに思い至ると、慌てて悟空の前を遮った。
八戒さんを庇う形になっていたけれど、実際に守りたかったのが誰なのか、自分でもよく分からない。
分からないなりに、言い募る。


「だ、ダメ!絶対、それはダメ!」
「……なんで?のこと好きだし。、コイツに何か言われたんじゃねぇの?」
「言われてないよ!ただの貧血!」
「……本当に?」
「本当!だから……」


訝しげに眼を細めた悟空に対して、半ば以上必死になってそう答える。
事実、何も言われてない。
何かをされたとも言えない。
ただ。
ただ。
ほんの少し衝撃で見失いかけていただけ。
ここに何をしに来たのかを。
何を言いに来たかを。
見失いかけていただけ。
でも。


「大丈夫だよ」



君が来て、くれたから。



思わぬ出会いに、私の心は平静を取り戻す。
いわゆるショック療法とでもいうようなものだ。
あまりに驚きすぎて、引いていた血の気が一気に戻ってきていた。

その感謝も交えて、頬を引きつらせながらも笑いかける。
本当に、本当に助かったのだと伝えたくて。
すると、悟空はしぶしぶ納得してくれたらしい。
やがて、話の成り行きを見守っていた八戒さんが店内に促す際に、 自分も離れた席に着いて良いかを確認し、彼は大人しく身を引いてくれた。
多分、その提案が受け入れられなければ、悟空は私の手を引いてここから立ち去ろうとさえしただろう。

正直、疲れる子だな、と思っていた。
良い子すぎて、眩しい、と。
けれど。
暗闇に捉われそうになっていた私には。


「……ありがとう」


なんて心強い存在なのだろう。





支えてくれなくても。
いてくれるだけで良かった。






......to be continued