怒られるのは嫌い。 怒られるのは、怖い。 でも。 Life Is Wonderful?、37 ピンポーン 結局、あの後頑なに譲らない悟空に負けて、私は彼に引越し作業を手伝ってらもらった。 恐ろしく力持ちだった悟空は、私であれば一つ一つ運ぶしかなかったダンボールを一気に運んでしまい。 通常の三分の一の業程で全てが終わった。 流石に荷解きまでは辞退したが、結果的に見れば、かなりありがたい手伝いだったと言える。 そして、それを労うため、私は近くのスーパーでおそばを購入し、悟空に振舞うことにした。 (今日からもうガスは使えるようにしてあったし、家具付きなので、入ったその日にくつろげる仕様だ) その時の悟空の様子は筆舌に尽くしがたいくらい嬉しそうで。 本当に、ごはん好きなんだなーと思う。 そして、3〜4人前を一人でぺろりと平らげ、元気良く話す悟空と談笑していたそのとき。 チャイムが鳴った。 「?誰だろう……」 「管理人のおっちゃんじゃねぇ?」 突然の来訪者に首を傾げながら、覗き穴を見てみると、そこには。 「……モデルさん?」 見たこともないくらい整った容姿の男性が立っていた。 歳の頃は二十代後半かそこらに見える。 豪奢な金の髪に、紫暗の瞳。 背も高く、何故こんな人が背広を着ているのだろうと疑問になるくらい、浮世離れした人だった。 流石に、私だってここまでかけ離れて綺麗な人だったら、見惚れてしまう。 が、ドアの向こうにいるその人は、その間に耐えられなかったのだろう。 その眉間にはこれでもかというくらい深い皺が刻まれ、イライラとチャイムに再度手を伸ばした。 ピンポーン ピンポンピンポンピンポーン ……普通に怖い。 これは居留守を決め込むべき人間かと緊張しながら、私は背後にいる悟空へと視線を彷徨わせた。 これは無意識であって、意図的に助けを求めたとかそういうのではない。 けれど、悟空はそれをSOSと判断し、真面目な表情で玄関先までやってきた。 そして、真剣な面持ちで、ドアの向こうを覗き見て。 「うわ……」 見る間に青褪めた。 ええええ!?そんなにマズイ相手なの?ヤ○ザ?こんなところに?? というか、悟空の様子からすると初めて見るって感じじゃないし……。 どうしよう……警察?警察とか呼んだ方が良いのかな? おろおろと携帯電話のおいてある部屋と悟空を見比べていると、またもやチャイムが鳴らされた。 そして、ビクリと我に返った悟空は私が止める間もなく、玄関を開け放つ。 「え!?」 「ごめん、三蔵!」 「ごめんじゃねぇんだよ、この馬鹿猿がっ!!」 スパーン これが、初めて間近でハリセンの小気味良い音を聞いた瞬間だった。 「えーと、あの……?」 「……うちの馬鹿が世話をかけたな」 「馬鹿って言うなよ!が本気にするじゃん!!」 「馬鹿を馬鹿と言って何が悪い」 「酷ぇよ、三蔵!」 『さんぞう』。 その言葉に、目の前の人物が噂の人物だと悟る。 が、なんだろう。凄く反応に困るのだけれど。 だって、いきなり隣の家に来て、自分の養い子に対してハリセン。 ハリセンだよ? とりあえず、目の前の人は変わり者である、という認識を確認し、 私は目の前で繰り広げられるやりとりをただ呆然と見ていることしかできなかった。 「人の家に勝手に入り込んで、なに馬鹿騒ぎしてやがんだ、手前ぇは」 「勝手にじゃねぇよ!ちゃんとと一緒にいたじゃん」 「女の一人暮らしの家に上がり込んでんじゃねぇ!」 ハリセン。 「いってぇ!が良いって言ってんだから良いじゃんか!」 「良くねぇから言ってんだよ!」 またハリセン。 涙目になっている悟空に耐え切れず、私は思わず、金髪の彼に向かって声をかけてしまっていた。 「あ、あの……」 「あぁ?」 凄まれて、思わずビクリと肩が跳ねる。 初めて向けられる、射殺されそうなほど強い視線に、唇が震えた。 普段の私であれば、間違いなくこのままどこかに行って下さいと懇願している所なのだけれど。 でも。 ――人に親切にされたら、お返ししなきゃだもんな。 「悟空くんは引越しを手伝ってくれただけなんです。 あの、叩かないであげて下さい……っ」 今にも涙が零れそうな位怖いけれど、必死にそう言った。 それは、事前に悟空から聞いた『さんぞう』さんの印象のせいもあったし、 自分のせいで親切にしてくれた悟空が叩かれる理不尽さに耐えられなかったからでもあった。 すると、『さんぞう』さんは悟空から私へと視線を移し、低い声で私に相対した。 「手前ぇに言われる筋合いはねぇよ」 「……っ!」 「大体、こんな見てくれでもコイツは男だ。 それをホイホイ家に上げるなんざ、どういう神経してやがる?」 「……すみ、ません」 正論だった。 だから、言い訳も何もできなくて、思わず俯く。 最初は、少しは警戒していた。 でも、悟空があまりに良い子で。明るくて。 気付けば、変な考えがあると疑うのが苦しくなっていて。 けれど。 それはやっぱり、疑ってかからなければいけない所だったのだと、思う。 と、私が俯いてしまったことに、悟空はぎょっとしたように反応を示した。 「!?……三蔵!は悪くねぇんだって!泣かせんなよ!!」 「……手前ぇ。誰のせいでオレがこの女まで怒らなきゃいけなくなってんのか、分かってんのか」 「っ!だって、三蔵!、気分悪そうだったんだゼ!?しょうがねぇじゃんか!」 「んなもん知るか。それにしたって、家に上がり込む必然性がどこにある」 「それは……っ」 ギロリと睨まれて、悟空は二の句が告げなくなった。 当然だよね。だって、そんな必然性なんて、ない。 私は、これ以上悟空が叱られないように、自分を叱咤して顔を上げた。 「……本当に、申し訳ありませんでした。全て、私の責任です」 「っ!?」 「…………」 「私の方に悟空くんの好意に甘えてしまった部分がありました。どうか、彼を責めないであげて頂けませんでしょうか」 「…………」 「お願いします」と、深々頭を下げる。 それに対して『さんぞう』さんは無言で。 永遠とも思えるような数分間、静寂が辺りを満たした。 「……はぁ」 そして、聞こえた、溜め息。 「この馬鹿が唯の馬鹿で良かったな」 「……え?」 その、なんだか呆れかえったような声に、思わず顔を上げた。 すると、そこには先ほどと同じように眉間に皺を刻みながらも。 「さっさと帰ってこい、悟空」 どこか柔らかい瞳があった。 そして、その『さんぞう』さんはくるりと踵を返すと、来た時とは正反対にあっさりとドアから出て行ってしまった。 後に取り残されたのは、呆然とする私と、悟空の二人。 ……何だか、台風みたいな人だ。 どうにも、よく分からないままにドアを見つめてしまう。 と、そんな中、先に声を出したのは、悟空だった。 「……珍しー」 同じように、食い入るようにドアを見つめる悟空。 それは、言葉通り、珍しいものをマジマジと見る様子そのものだった。 だから、思わずそれに対して、私は訊き返さずにはいられなかった。 「え?何が……?怒るのが??」 が、返ってきた言葉があまりに予想外で。 「三蔵が怒るのはいつもだけどさ。三蔵が女の人気に入るのが」 「……は?」 思わず、ポカンと口を開く。 すると、段々興奮してきたのか、悟空は勢いよく私に向き直った。 「すっげぇよ、!」 「……なにが?」 なんだか、気がつけば随分と悟空に対して、砕けた口調になっているなぁと思いながらも、会話を続ける。 それは、普段の私からは考えられないようなことだった。 けれど、その後も何かと子犬のようにじゃれてくる悟空に。 きっと、これはこれで良かったのかな、と思う時がやってくる。 そんな予感がした。 怒られることも、時には必要。 ......to be continued
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