別れは突然で必定。 けれど。 Life Is Wonderful?、34 ガタン ゴトン ガタン ゴトン 観世音理事長から重要書類を受け取って、支社へと帰る道すがら。 私は一人、この町へ来た時の事を思い出していた。 昼間に電車に乗るという行為にデジャブを感じた私は、その原因を考えていて、それに思い当たったのだ。 それはデジャブでもなんでもなかった。 けれど、今の私と前の私では。 別人と言っても差し支えないほどに、違っていたから。 だから、まるでこれが初めてのような錯覚が生まれたのだろう。 ガタン ゴトン ガタン ゴトン 私を乗せた電車は、気付けば過去を旅していた。 + + + ガタン ゴトン ガタン ゴトン 規則的な電車の揺れに、瞼がゆっくりと落ちてくる。 見知らぬ風景、見知らぬ人々。 自分にとって関わりのないものに対して、人は驚くほどに無関心だ。 旅行ならまだしも、ただただ目的地へ向けての道程に興味を持てというのは酷だと思う。 「…………」 嗚呼、でも。 これから住む町に行こうとしているのに、興味が持てない自分は問題かもしれない。 気付けば、心が。感情が。 磨耗している。 いなくなる事を決意して、住居を会社に紹介してもらって。 新しく住む事になる場所を下見もせずに決めた。 立地条件も何も。別にどうでも良かったから。 最近、何をやってもつまらない。 心が動かない。 まるで義務のように生きていた。 笑みだって条件反射。 食事はゴムのように味がない。 それが嫌で、私はあの家を、あの人から逃げ出した。 あの人の仕事の様子をそれとなく探って、いなくなるタイミングを見計らったのが、最近一番頭を使ったことかもしれない。 本社を辞めて、仕事の引継ぎをして。 新しく働くことになる支社の方への挨拶は明後日の予定だ。 色々と予定は詰まっていて、この位の方が私には丁度良いかもしれない。 きっと、この季節外れの人事異動に好奇の視線が集中すると思うけど。 恥ずかしくても何でも、それは仕方のないことだと諦めた。 自分の勝手で異動を希望したのだ。 寧ろ、その異動が実現しただけでも感謝している。 「荷解き、早くしなきゃ……」 眠気を振り払おうと、ポツリとそんな事を呟いた。 自分の持ち物は必要最低限のもの以外、すでにダンボールで送っている。 引越し業者に頼むほどの量ではなかったから、宅配便を手配した。 家具は、新居に備え付けのものがあるらしく、持って行く必要もなかったから。 あの人は普段家にいない。 その為、荷造りの作業は驚くほど無造作で簡単だった。 まとめてみれば意外と少ないようでいて多かった荷物が、少し面倒。 でも、なによりも。 あの人から貰ったものが、小さなものから大きなものまで、思った以上に多くて。 ほんの少し、鈍った心が疼いた。 だから、置き去りにした。 アレは、今の私が持っているべきものじゃない。 もっと幼くて、馬鹿みたいに倖せだった頃の私の名残だ。 あの人の事が一点の曇りもなく大好きだった頃の残滓だ。 だったら、新しい居場所には相応しくない。 スカート。 髪留め。 CD。 セーター。 真っ白な、コート。 思い出と一緒に、それらはあの家に置いて行った。 あの人が捨てるなら、それも良い。 最後の良心として、ゴミの出し方やゴミ出しの曜日も書いて置いてきたから、家事に疎いあの人でも捨てられるだろう。 うつらうつらと、頭を揺らしながら、そんな事を思う。 きっと、新しい場所に着いたら、もうあの人の事を想うことはない。 だって、私達はもう、赤の他人に戻ってしまったのだから。 だから、お願い。 最後だから。 貴方を想って眠らせて。 もう二度と、振り返らないで済むように。 「――――まもなく×××××駅〜。×××××駅〜。お出口は左側です」 気付けば自分が降りるべき駅名が放送で告げられていて。 慌てて飛び起きた私は、キャリーバッグの柄を掴んで立ち上がる。 それとほとんど間を置かずに着いたその駅のプラットホームに、何の感慨も持たずに降り立った。 急に立ったからだろうか、一瞬だけ目の前が白く明滅する。 心なし首筋が痛いのは、転寝をしてしまったせいだろう。 その事にほんの少しの後悔があったけれど、いまさらどうしようもない。 さっさと新居に辿り着いて、リラックスできる空間を作り出そうと足を早めた。 駅を出ると、まず目の前に個人経営と思しきパン屋さんが建っていた。 黄金色のパンが焼きたての良い匂いをさせている。 そこは大手の会社の支社があるにしては、割合落ち着いた町並みだった。 まぁ、とは言っても、ここから支社までは少し離れているので、駅前だけでこの町の雰囲気を判断できるというものでもないのだけれど。 「……いいや」 昼ごはん代わりに何か食べようかとも思ったけれど、パンという気分でもないのでそれは保留した。 何だろう。 お腹が空きすぎると、逆に食べる気が失せるっていう、そんな感じ。 キャリーバッグを引きながら、というのも関係している。 仕方がないとはいえ、お店に寄るには重いし、煩いし、何より邪魔なのが玉に瑕だ。 小さく溜め息を溢し、鞄から新居までの道のりが書いてある地図を取り出すと、私は歩き始めた。 まだ建ててからそんなに日が経っていないらしく、新居である社宅は綺麗だそうだ。 しかも、驚くほど広いとの事。 どうして、そんな好条件の場所に空きがあるのかは分からなかったけれど、運が良かったのかもしれない。 何かが出るにしては、新しすぎるし。 嗚呼、それとも、それこそ立地条件が関係しているんだろうか。 地図で見た限り、周りにスーパーも薬局も病院もあったけれど、学校はない。 駅からも歩いて最短で30分弱だ。 親子連れが住むには、少し不便な気がした。 「……まぁ、私には関係ないけど」 ガラガラと周囲に騒音を撒き散らせながら、歩道を進む。 迷うといけないので、できるだけわき道に入らないように進んでいる為、目的地はまだ見えない。 周りを見ながら進んでいるせいもある。 閑静な町並みが物珍しかった訳ではなく、ただ単純に慣れない町並みに、自分の進んでいる道が正しいか不安だからだ。 何か目印とも言えるお店があれば良いのだけれど、地図で見る限りそういう物もなさそうなのが痛い。 とりあえず、歩いてみて、いざとなったらコンビニにでも立ち寄って地図を盗み見てくるしかないかもしれない。 携帯電話のGPS機能とかもよく分からないし。 あれって、自分の現在地も分かる奴だったと思うんだけど、使った事ないからなぁ。 取りとめもないことを考えながら、段々疲れて来た足を進める。 歩いて歩いて、一向に着かない目的地に辟易する。 転寝のせいで起きた頭痛は治まる気配もないし、緩やかな上り坂が延々と続く道のりにもうんざりだ。 目印のコンビニもいまいち見つからないし。 「……あれ?」 が、しかし、少しの間見ていなかった地図を見返してみて、ふと気付く。 曲がる角が一つ間違っていたことに。 いつの間にか、違った道を延々と歩いていたらしい。 それは目印も何もあったものじゃないと思いながら、仕方なく今来た道を引き返した。 足取りは当然の事ながら重い。 そして、5分も歩いたあたりで、私は足を止めた。 「なんか、気分悪くなってきた……」 気にしないようにしていたのだけれど、徐々に血の気が引いていく感覚が強まってきた。 思わず、こめかみに指を当てる。 指先がひんやりと冷たくなっていて、その温度差に驚く。 完全に貧血だ。 最近あまり歩いていなかったせいだろうか。 色々と思考してみて、そういえば今日は朝に紅茶を一杯しか飲んでいなかった事に気付く。 「血糖不足、かな……?」 自覚すると、一気に体調が悪くなってきた。 周りを見回してみるが、ベンチなどはない。 バス停でもあれば良かったのだけれど、それは2本ほど別の道だ。 そこまで辿り着くだけの余裕があるとも思えなかった私は、仕方がなしに、どこかのマンションの入り口にしゃがみ込んだ。 流石に恥ずかしいので、顔を俯けておく。 思考が鈍くなって、胸がムカムカする。 ここ数年、ここまで酷い貧血になった事はないので、久しぶりの感覚だ。 もちろん、懐かしくはあっても歓迎したい事ではない。 早く回復する事を祈りながら、深く長く深呼吸を繰り返した。 すると、 「なぁ、ひょっとしてアンタ、気分悪ぃの?」 そこへ。 「大丈夫か?誰か呼んでこようか??」 綺麗な金晴瞳を持った少年がやってきた。 「なぁってば!」 それが、私と、支社長の養い子――孫 悟空くんとの出逢い。 出逢いも突然で必定。 そんな事も私は忘れていた。 ......to be continued
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