八つ当たりって奴は、厄介だ。 する気もないのに、してしまうから。 Life Is Wonderful?、30 俺はの優しさに甘えて。 一人、我慢しないでいる事を許されて。 自分の罪から、目を逸らし続けた。 だから。 「なぁ、?」 「なぁに?悟浄」 「八戒のさ、店の方がちっと忙しくなりそうなんだわ」 「うん」 「だから、しばらく俺も店結構出なきゃいけないみてぇで」 「うん」 「帰り、バリ遅くなりそう」 「うん」 「だから、俺待ってなくて良いから」 だから、せめて――。 「も、もうすぐ会社また始めんだろ?なら。早く寝て、体力つけないと」 「…………」 「俺は、もう大丈夫だから」 「…………………………うん」 下手な嘘だった。 でも。本当の事が言えないから、せめて。 が俺の傍にいると泣けないのなら離れようと思った。 彼女が存分に泣けるように。 この時の俺は、自分の事に精一杯で。 考えた末のその行動が、全てを狂わせるなんて思いもしなかった。 「んじゃあ、行ってきまーす」 「うん。行ってらっしゃい。悟浄」 そう言葉を交わして、家を出たのは8時間以上前……。 ガシガシと長年の焦げのこびり付いた鍋をたわしで磨きながら。 その時の優しい笑顔の彼女を思い浮かべる。 もう、寝た、か? 寝ていれば良いと思う。 夢も見ないくらい、深く深く深く……。 そうすれば、きっと泣かないで済むから。 泣いて欲しいから、こうして彼女から離れて。 泣いて欲しくないと願うのは矛盾だらけかもしれないが。 でも、そう思う。 「――じょう。悟浄?」 「あ、ワリ。何?」 「もう、いい加減……帰ったらどうですか?」 ゆっくりと、今まで流していた水を止めて。 俺は後方の八戒を返り見た。 その表情は、心配性のおふくろみたいなものだったと思う。 もっとも、本当のおふくろの顔なんざロクに覚えちゃいないが。 「最近、何だかんだと言って、帰るの引き伸ばしてるでしょう?」 「ンな事……」 「ない、とは言わせませんよ」 反射的に否定した、俺の薄っぺらな言葉はしかし、即座に奴に否定され。 頭をがしがしと乱暴に掻く。 何と言えば良いのか、分からない。 「……泣かねぇんだよ」 「は?」 「が。俺がいると泣かねぇんだよ」 ポツリポツリと。 本人に言えない愚痴を、俺は吐露する。 こんな、面倒な役目を買って出てくれてる八戒には悪いが。 止まらなかった。 「すぐ後は泣いてた。俺に気を使うとか、考えらんねぇ位弱ってたから」 「でも、今は笑うんだ。で、俺を気遣って。俺に泣いても良いとか言うんだよ。アイツ」 「自分の方が、ぼろぼろのくせして。無理してよ……」 それが、嫌だった。 自分の無力さを。いや……、卑怯さを、見せ付けられる気がして。 「だから、離れると?」 「……ああ」 「彼女に、無理をさせてしまうから?」 「……ああ」 「貴方は……」 八戒は少し、言いよどむように一旦口を閉ざし。 しかし、すぐにはっきりと俺に問いかけた。 「そんな時こそ、貴方が泣かせてあげるべきなんじゃありませんか?」 そして、その瞬間。 俺の中で何かが音を立ててブチ切れた。 「出来るもんならやってるに決まってんだろうが!」 「……っ」 「何度だって泣いたって良いっつったに決まってんだろ! 何度も何度も何度も……。 でも、アイツは泣かねぇんだよ! 自分が!自分が死なせたって思ってっから!! 死なせて、俺傷つけたって勘違いしてっから!」 嗚呼、そうだ。 気づいてた。あの笑顔の意味も。何もかも。 「それは……」 「ああ、そうだよ!俺が言わないからだよ! 俺が『を殺したのは俺だ』って言わねぇから!! だからあの馬鹿、あんなんなってんだよ……っ」 全部、俺が悪い。 「悟浄……」 だから、そんな労わる様な声を出すな。 そんな、可哀想な奴を見る目を俺に向けるな。 いっそ、非難してくれた方が楽、だから。 「……悪ぃ」 止めてくれ。 どの位、俺達は馬鹿みたいに突っ立っていただろう。 多分、濡れていた手が。 何もしないで乾く位。 完全な八つ当たりだ。 どんどんと、最低の人間に成り下がっていく自分自身に、吐き気がする。 八戒は、本当に何の関係もない奴なのに。 今、こうして話を聞いてくれているだけで、随分な貸しを作っているのに。 いつから、自分は……。 「悟浄」 こんな、他人に何かを求める人間になっちまったんだろうな。 「貴方は……確かにさんと少し距離を置いた方が良いかもしれませんね」 その、俺の行動を肯定する八戒の言葉に俺は目を見開いて固まった。 今、コイツは……何て言った? 「さんの為にも、貴方自身の為にも」 「な……」 「そんな表情をずっとしていたら、さんも気にするに決まってるでしょう?」 そんな表情って、どんな表情だよ。 俺は……どんな情けねぇ面してる? 「貴方のせいじゃないと僕が言っても、どうせ聞いてくれないでしょうし。 仕方がありません。口裏を合わせてあげますよ。ほとぼりが冷めるまで」 「悪ぃ……」 「八つ当たりばかりされたら、僕の身体ももちませんからね」 八戒は、いつも通りの人の良さそうな笑みを浮かべ、そう言った。 本当に、コイツは器用貧乏で。 つくづく損する性格だよな、と思う。 結構前にその事を本人に言ってやったら、「貴方ほどじゃありませんよ」と笑われたが。 本当に、悪いと思っている。 その反省が生かされる事は少ないけれど。 ......to be continued
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