優しくておせっかいな人がたくさんいてくれた。
なのに、私は……。





Life Is Wonderful?、21





報われない恋はしたくなくて。
でも、悟浄さんと一緒にいるのは楽しくて。
友だち付き合いなんだと自分自身に言い聞かせながら、何度も悟浄さんとお出かけを繰り返した私。
(八戒さんは忙しいのか、最近全然逢っていないのだけど)

悟浄さんの一挙手一投足に鼓動が跳ねてしまう。
笑いかけられれば嬉しいし。
困った表情カオをされたら、怖くなる。
……少しでも触れられると、そこに熱が灯る。
私が私でないようで。
自分が自分で分からない。

こんなの、私じゃない。
自分の気持ちもコントロールできないなんて、私じゃない。
こんな弱くて、情けなくて、醜い気持ち、私には激しすぎる。
でも。
でも、そんな自分も嫌いじゃない、なんて。
馬鹿みたい……。







一人悶々と悩んでいた、そんな頃。

“再来週の日曜日にpeachってカフェに行きませんか?
もちろん、悟浄付きですけど”

不意に、八戒さんからそんなメールが届いた。
もちろん私はしばらく逢ってなかった八戒さんと話ができる事に喜び、即OKした。

八戒さんと話すのは、悟浄さんとはまた違った嬉しさがある。
悟浄さんは一緒にいると楽しくて。
あったかくて。
こっちも元気になる気がする。
八戒さんは一緒にいるとほっとして。
ほんわかして。
静かに時間が流れていく。
感覚としては仲の良い従兄弟のお兄さん、みたいな感じ。失礼かもしれないけど。

そして、約束当日。


「こんにちは。さん」


いつも通り爽やかな笑顔で、八戒さんは待ち合わせ場所にやってきた。
着ているのはシンプルなものだったが、同じ秋物なのに、来ている人でこんなに違って見えるのかという位、格好が良い。
私は、そんな彼に気付き、同じく笑顔で手を振った。


「こんにちは。八戒さん」
「相変わらずお早いですねぇ。ひょっとして僕の時計狂ってたりします?」
「いえいえー、ちゃんと合ってると思います。今日は此処に来る前に寄るところがあったものですから」


自分の時計を見つつ、そう応じる。
見てみると、待ち合わせの時間より20分も早かった。
……普段早いなぁとは思ってたけど、いつもこんなに早く来てたんだ八戒さん。


「あとは悟浄さんだけですね!」


にっこり笑顔でそう言うと、八戒さんは酷く微妙な表情カオになった。


「……ひょっとして聞いてませんか?」
「はい?何がですか?」
「悟浄、今日はどうしても外せない用事があって来れないらしいんです」
「…………へっ!?」


……聞いてません。
その一言は、自分でも聞き取れないほど小さくて。微かで。
何だろう、何だか心がもやもやと……。
これは、今まで八戒さんと逢う時は絶対悟浄さんがいたので戸惑うとか、そういう感じじゃない。


「ああ、きっと忙しくてメールしてる暇がなかったんですね。僕も口頭で聞きましたし」


これは、少しショックなんだ。
多分。いやきっと。
と、私が自分の心境――衝撃を冷静に受け止めていると、八戒さんは困ったように微笑した。


「僕と二人じゃやっぱり物足りないですか?」
「え!?いえ、とんでもないです!あの、そういう事じゃなくてですね!?」
「くす、冗談ですよ。連絡がなくて少し寂しかった、でしょう?」
「う、あ、はい……」


図星を指されて、声が尻つぼみになる。
それを見て、八戒さんはやっぱり複雑そうな笑みだった。


悟浄は幸せ者ですね……


何て言ったかは、あまりにその声が微かで分からなかった。







話が一段落したところで、私達はカフェに真っ直ぐ向かう……事はしなかった。
何でも、そのカフェにはある時間だけ、限定のデザートがあるらしくて。
それまでショッピングでもして時間を潰す事になったから。
いつもならその時間丁度にお店に着くように八戒さんが細かく気を配ってくれるんだけど。
今日は「うっかりしてました」という事らしい。
珍しい。

私はその様子に首を捻ったりもしたけれど。
他人任せにしすぎている気がしたので、次からはちゃんとお店について予習してから来ようと思った。

そして、二人並んで歩いて。
和やかに最近読んだ話題の本について話している時だった。


「あっ」


八戒さんとの話に夢中になっていたせいで、私は道の段差に気付かず、け躓いてしまった。
幸いにも、慣れたもので道端に倒れ込むとか怪我をするという事はなかったけれど。


「…………」
「…………」


はっきり言って物凄い恥ずかしかった。

転びかけた拍子に八戒さんより一歩くらい前に飛び出した私。
後ろの八戒さんを振り返る事もできず、私は静止した。


「……跳びましたねぇ」
「跳びました、ねぇ」
「大丈夫ですか?」
「ええ、まぁ」


少しぎこちない動作で、私は八戒さんを見た。
目が合う。
そして、合った瞬間。


「くすっ」
「あは」


八戒さんは情けない表情カオの私に笑みを零し。
私はそれにつられて誤魔化すように笑い。
気がつけば二人で楽しそうに笑い合ってしまっていた。


「くすくす。すみません、笑ったりなんかして」
「いえ、今のは自分でも可笑しかったですから」


寧ろ真剣に気遣われたりした方がダメージ大です。
そう言うと、八戒さんはまた楽しそうに笑った。
先ほどまでの微妙な笑顔でなく、本当の笑顔で、私も嬉しくなってくる。


「えーと、じゃあ行きましょうか?」
「そうですね。それじゃあ……」


と、八戒さんは私の隣に並ぶと右手を差し出してきた。


「また転んだりしたら危ないですから、手でも繋ぎませんか?」


とてもご機嫌な八戒さんの様子に。
それは恥ずかしいですとか。
周りのお姉様方の視線が怖いんですけどとか。
そんな風に断ることはできず、私は照れたようにまた笑ってごまかしながら、その手を取った。

誰かと手を繋ぐなんてことは小さな頃に両親にして貰ったきりなので。
私はその大きさにとても驚く。
気がつけば、思わず繋いだ手に注目して、しげしげと見てしまっていた。


「うわー、八戒さんって手がおっきいんですね」
「そうですか?多分悟浄の方が大きいと思いますよ」
「あ、そうかもしれませんね。こういう風に繋いだことないですけど」


頭に載せられた時のことを思い返しながらそう言うと、八戒さんもその話に乗ってきてくれた。


「あの人は『手を繋ぐ』っていうより『肩を抱く』って感じですからねぇ」
「へー、そうなんですか」
「…………」
「……八戒さん?」


が、何気なく応じた一言に、八戒さんは目を見開いて押し黙ってしまった。
な、何でそんなに驚いて……?
そんなに変なことを言ってしまったのかと、頭を捻るが、特に問題の発言は思い当たらない。
仕方なく、困ったように眉根を寄せて八戒さんの声をかけた。


「あのぅ……?」
「あ、すみません。えーと、悟浄はさんにそういうことしない、んですか?」
「はい?頭撫でられたりとかはありますけど、あんまり手を繋いだりとかスキンシップはないような……」


その言葉に、八戒さんは絶句。
話の流れからして、悟浄さんは普段そういう感じの人じゃなくて、女の人とかの肩を抱いたりしてるんだろう。
でも、私にそれをしないのは……、


「多分、私のこと妹みたいな感じで可愛がってくれてるからですよねー」


ほんの少し、それは心寂しくなる事実だけれど。
だって、まず女性として意識されていないだろうし。
良くて妹。悪ければ小動物ってところかな。
面倒見の良い悟浄さんだから、こんな風に付き合ってくれるんだろうな、という考えはいつも頭の中に鎮座していて。
それはそれで悲しいものがあるけれど、でも、同時に酷く安心するものだった。

しかし、そんな私の心中を知ってか知らずか、八戒さんはポツリと独り言葉を漏らした。


「そんなことないと思うんですけどね……」
「え?」


それがどういう意味かと問いかけようとした私。
がしかし、それは途中で、


「手前ェ、八戒!!」


離れたところから届いた、聞き慣れた人物の怒号で飲み込みざるをえなかった。







「……悟浄さん!?」
「あー、見つかっちゃいましたね」


何だか凄い勢いでこっちの方へ走ってくる悟浄さんの鬼気迫る様子に、私は驚く他ない。
かなり遠くにいるにも関わらず、怒っているのがはっきり分かる。
しかも、『見つかっちゃいましたね』??何、どういう事??


「じゃあ、僕は悟浄に殴られる前に退散しますね」
「えぇっ!?ちょ、どういう!?」
「それは悟浄に聞いて下さい」


そして、八戒さんは悟浄さんが猛然と走ってくるのとは逆方向へ身体を向ける。
私は何をどうしたら良いのか分からず、おろおろと二人を見比べてしまう。
止めるべき?それとも見送るべき?

と、不意にかなり動揺している私の耳元に、八戒さんはそっと唇を寄せた。


「実はですね。最近、悟浄に頼まれてたことがあるんですよ」
「へ?」



―――『これからはと二人っきりにしてくれ』って。



この時、確かに私の中で何かが止まったと思う。


「この意味、分かりますよね?」


それが時間だったのか、それとも思考だったのかは分からないけれど。
気がつけば八戒さんは何処にもいなくて。
悟浄さんがあと数メートルの地点まで来ていた。


、大丈夫か!?八戒になんもされてねぇよな!?」


―――』。

チャンづけじゃない、


「……?」
「ご、じょう……さん?どうして、此処に……?」
「あ?あ〜、八戒の野郎が『さんとどこそこでデートしてますv』とかってふざけたメール送ってきたから……」


どうして。
どうして、そんなことで来てくれるんですか?


「どうして……」


そう問いたいけれど。
自分の都合の良い方に解釈してしまいそうだから。
自分からは聞けなくて。


「……もう、どうしてくれるんですかー。これからお茶しに行くところだったのに」


気がつけば、唇から零れ落ちていた、言葉。


「……あ〜」
「一人で初めての喫茶店入る勇気なんてないですよ?私」
「……一緒にお茶して頂けますか?お嬢さん」
「あはは、喜んで?」


八戒さんがあんなことまで言ってくれたのに。
私の、意気地なし。





背中を押してくれた人の気持ちも考えられず。
一歩踏み出せない自分を嫌悪した。






......to be continued