大人びた表情も。 子供っぽい表情も。 Life Is Wonderful?、20 「お、チャーン」 ひらひらと格好良く待ち合わせ場所で手を振る悟浄さん。 逆行で眩しいのだろうか、こちらを見た一瞬、目を細めたその仕草さえ絵になっていた。 何度目か分からない、お出かけ。 でも、醜態を晒した日からすると、これが初めてのお出かけの日。 そんな日に、あろう事か私は……、 「ご、ごめんなさーい!」 遅刻した。 「べっつに5分くらいだろ?それにメールもくれたし」 「5分でも遅刻は遅刻ですし。本当にすみませんっ」 ……家を出る前に家事を大体片付けようとしたのがまずかった。 お皿を洗おうとしたらガラスの器を割り。 掃除機をかけたら、途中で髪留めを吸い込んで紙袋を開き。 お風呂を掃除したら、出かける直前にガスを消し忘れた事に気付いて慌てて舞い戻り。 戻ったら戻ったで、手に持っていたカーディガンを置いてきてしまった。 どうしてこう、私って要領が悪いというか。 それともドジというか。 いやもう、いっそ不器用と言った方が良いくらいの人間なんだろう。 しかし、そんな私の自己嫌悪を簡単に笑い飛ばし、悟浄さんは進行方向を親指で示した。 「ははっ。良いっつの。んじゃ行くか」 「はい」 今日は、少し前に話題になった映画を観に来た。 公開から結構経っているので、立ち見なんて事にはならないだろう。 (生憎、此処は予約制の新しい映画館ではない) 誘ったのが自分である手前、そんな事になったら申し訳なさすぎて仕方がない。 そう。今日誘ったのは何を隠そう私なのだ。 あんな風に、ブサイクな泣き顔を見られて、正直引かれていないか、とか。 実はやっぱり嫌われたんじゃないだろうか、とか。 持ち前のネガティブな思考が頭をもたげて、どうにも気になって仕方がなかった私は、 直接会えば分かるはず!と清水の舞台から飛び降りるつもりで、お誘いをかけたのである。 多分、失敗ばかりしたのは、その事が頭にあったからなんだろうな、と思う。 でも、誘ってみたら、拍子抜けする位あっさりOKが貰えて。 今日も、普段と変わらない、優しい笑顔で。 だから、私もいつもと変わらない態度でいられる……。 「それにしても八戒さん残念でしたね」 「あン?」 そして、私はふと今日ここにいない人物のことを話題に上げてみた。 が、何故か、それに対する悟浄さんの反応は微妙の一言に尽きる。 訝しげというか、不機嫌そうというか……。 何でだろ?? 「急な用事だなんて……八戒さんもこの映画観たいって前に言ってましたし」 「あ〜……」 すると、なんだか、バツの悪そうな表情を一瞬浮かべた悟浄さんは、唸りながらそっぽを向いてしまった。 ??????? 私は、もちろん今日八戒さんも誘っていた。 さすがに、二人きりで逢うなんて気恥ずかしすぎて、無理だったからだ。 なので、悟浄さんを誘った後八戒さんもメールでお誘いして、最初は快くOKしてもらえたのだけど。 “すみません、急用が出来てしまいまして。 申し訳ないんですけど、悟浄と二人で観て来て頂けませんか?” というメールが今朝来てしまった。 誘ったのは私だから、今更悟浄さんに断りのメールを入れる訳にはいかなかったので、結局は二人で行く事になる。 悟浄さんと二人……。 それに対する戸惑いが全くなかったと言ったらそれは嘘になる。 さっきも言ったけど、気恥ずかしいし、いたたまれない。 ここに来るまで、頭の中は二人で、というその事実がぐるぐると頭を悩ませていた。 でも。 でも今は……。 そんな事を思い出しつつ、私はちらりと横を歩いて唸っている悟浄さんを盗み見てみる。 紅い目立つ髪も。 精悍な顔つきも。 高い背も。 釣り合わないなぁ……、と思う。 恋人としてはもちろん、友だちとしてさえ、隣にいて良いものか悩ましい。 せめて、見苦しくない格好をしよう、と。 今日は普段履かないヒールのある靴を履いて、お気に入りの服を着て、ちゃんと化粧を施してみたのだけれど。 元々の容姿がここまでかけ離れていると、それも無駄な足掻きに過ぎなかったことが、まざまざと突きつけられた。 「チャンは八戒の野郎がいた方が良かった?」 「へ?」 そんな風に自分の考えに捕らわれていたためだろう、 突然、今まであ〜とかう〜とか唸ってた悟浄さんにいきなり質問され、私は間の抜けた声を上げてしまった。 「?もちろん、そうですけど……」 「……ふ〜ん」 ……何故?どうして悟浄さんはこんな不満そうな、拗ねたような表情に? あ、ひょっとして……、 「ごごごごめんなさい!決して悟浄さんと二人だと不足とかそういうんじゃなくてっ」 「あ?」 悟浄さんって結構プライド高そうな所もあるし、それで怒らせた!? 「悟浄さんと二人で来るのは本当に楽しみでしたし、すっごく嬉しいんです。 ただ、この前あんな風に情けない所を見られちゃいましたし、二人っていうのは恥ずかしいかなって。 だから、八戒さんにも来て欲しかったっていうのに深い意味とかなくてですねっ? あの、ただ三人で楽しめたら良かったなっていう事で……」 「…………」 どうしよう。 自分で捲くし立てててよく分からなくなってきた。 「だから、つまり、その……」 「……プッ」 と、いつの間にか俯いていた私の耳に、忍び笑いが聞こえてくる。 驚いて見上げると、其処には、 「チャンってほんと、可愛いな」 何を言ったのかは分からなかったけど、とってもご機嫌良く笑う悟浄さんがいた。 そして、私が何か言う前に、私の頭にその大きな手を乗せて軽く撫でてくる。 「ンな必死にならなくても良いって。分かってっから」 「いや、あの……」 子供扱いが嫌だとかそういうんじゃないんですけど。 寧ろ、こういう事されて嬉しい位なんですけど。 でも、そんな素敵すぎる笑顔を目の前でしないで下さいっ! その後、映画が始まるまでご機嫌で私をからかう悟浄さんと。 真っ赤な顔をしてからかわれる私の姿があった。 映画が始まってしばらくして。 私は隣に悟浄さんがいる事も忘れて、映画に見入っていた。 息をつかせない急展開とか、主人公の心の変化とか。 見逃せない部分が多くて、その世界にのめり込んでしまっていた。 子どもっぽいことは充分に分かっているのだけれど、やっぱり映画館で見る映画は格別だった。 家では考えられない、巨大なスクリーンとか。 耳元で聞こえてるんじゃないかって位、迫力のある効果音とか。 幻想的とも言える鮮やかな映像美とか。 家で見る映画ももちろん好きだけれど、映画館で見る映画は独特の雰囲気があって大好き。 まぁ、この季節だと、映画館の中は肌寒いのが玉に瑕だけれど。 最初の頃は気にならなかったけど、やっぱり寒い。 やっぱり、もっと暖かい上着持ってくればよかったかな……? でもでも、このお気に入りのインナーにはどうしても合わなかったんだよね。 だったらせめて、映画館で貸し出してくれる膝掛けを借りるべきだったのだけれど、それは今更どうしようもない。 あと1時間半位だから大丈夫。 そう思いながら、冷えた二の腕を摩ってみる。 すると、映画に魅入っていた私の目の前に、どこかで見た大きな上着が差し出された。 「え……?」 「寒いんだろ?俺はダイジョーブだから」 ドクン。 一瞬。映画よりも、私に微笑みかけてくれた人に、私の目は奪われた。 「でも……」 「俺の為にオシャレしてきてくれたんだろ?だったら、受け取ってくれよ」 ……ばれてる。 「ありがとう、ございます……」 私は恥ずかしくて紅く染まった頬をごまかすように、その上着を受け取って羽織った。 その間、私は彼の方を見る事はなく。 そのせいで、悟浄さんが優しい瞳で私をずっと見ていた事に気付きはしなかった。 さりげない気遣いも。 優しい笑顔も。 好ましいとしか思えなかった。 ......to be continued
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