泣く女は鬱陶しい。 気分が悪くなって。 だからオレは、適当に涙を拭ってやる。 Life Is Wonderful?、14 “ごめんなさい” チャンとちゃんと知り合って。 話すようになって。 八戒なんかも交えて逢うようになって。 何でコイツ混じってんだ、と思うが。 どうやら八戒の野郎はチャンに好意を多少なりとも抱き始めてるみてぇなんだワ。 応援する気はないが、邪魔する気もねぇし。 第一、八戒がどこまで本気なのかはイマイチ分かんねぇし? なんとなーく、三人で逢ったり、二人で逢ったり。 とにかく、そんなある日。 デート当日になってチャンから逢えないとメールが届いた。 初めての事に少しは驚く。 しかし、理由が理由だ。 “風邪ならしゃあないっしょ。ちゃんと寝てろよ?” そうメールして。 一度携帯を閉じる。が、 「…………」 正直気になる。 確かよー。チャンって一人暮らしだとか何とか言ってなかったか? 一人暮らしって事は当然、病気になっても独りで。 世話してくれる奴も飯作ってくれる奴も。 頼れる奴もいないワケで。 その事を思うと、なんとも言えない気分になる。 今日は、チャンと映画観る約束だったから、予定はなしっと……。 「……行くか?」 重い腰を上げて、オレは鞄をひっつかむ。 「……悟浄?何処か行くんですか?」 「おー」 背中にかかる声に手を振って応え。 オレは一人で家を出た。 この時、八戒を連れて行かなかったのは……何でだろうな? うろ覚えのチャンの家を探して。 近くに何があるかとかは聞いた事あっけど、詳しい住所知らなかったから、結構きつかったけどよ。 とにかく、彼女が住む小さな賃貸アパートには着いた。 がしかし。 ここで問題発生。 「……インターホン鳴らすべきなワケ?」 見舞いに来た。それは良い。 でもな。チャン病人なワケよ? つまり寝てるかもしれないワケで。 看病に来たのに、わざわざ寝てる人間起こして部屋に入れて貰うってどーよ? 「うわー。そこまで考えてなかった……」 まさか窓から侵入なんて馬鹿な真似できねぇし。 チャンが住んでるのは小さいっつっても、セキュリティーが売りの小綺麗なところ。 そんな事したら警備会社の人間がすっ飛んでくる……。 「どーすっか?」 ガリガリと頭を掻いて、良い知恵はない物かと頭を廻らせる。 そして、数分が何も思いつかないまま無常に流れた。 なっさけねぇー!と、自己嫌悪に陥りかけたその時、 ガチャ。 「悟浄、さん……?」 躊躇いがちにチャンが顔を出した。 「へ……?」 オレ、無意識にインターホン押した? いやいやいや、流石にそりゃない。 オレの右手はチャンへの手土産で埋まってて、左手はポケットから出すか否か迷ってた所だ。 驚いてチャンを凝視すると、彼女はその視線に居心地が悪そうに顔を逸らした。 具合悪い時の顔なんて見られたくないだろうしな、普通。 でも、オレはその事よりも彼女の目の周りが紅くなっている事に注意を引かれた。 顔色は、血の気がなくて白い。 だから、余計にそれが目立つ。 ……泣いてた、のか? それも、痛みに涙を零すっていうより、激しく泣き叫んだような。 気がつけば、オレはの目元に手を伸ばしていた。 熱は、持っていない。 「そんな、具合悪ぃ?」 違う、とは思っていた。 泣く程辛いなんて、少なくとも風邪じゃ考えられない。 もしかして、何か……あった、のか? すると、はいつもと同じ苦笑を浮かべた。 「そこまで酷くはないんですよ。少し頭が痛いだけで」 「……少し?」 「はい。うつしちゃマズイかな、って思ったので今日はお断りしたんですけど……。 心配おかけしちゃってすみません」 いつも通りだ。 嘘吐いてるように、見えない。 見えないが。 ――は嘘を吐いている。 何でか、そう確信した。 「……大丈夫?」 「え?あ、はい。大丈夫ですけど……」 「身体じゃなくて。いや、身体も大事だけど……」 ――心が。 「身体じゃなくて……?」 急に口を閉ざしたオレを気遣うように、窺うようには見上げてきた。 続きを促す形の言葉。 でも、オレはそれに続ける事ができなかった。 「…………」 「悟浄さん?」 段々、訝しげだったの表情が、不安げなモノに変わっていく。 不安がらせてどうすんだよ、とか思わなくもなかったけど。 でも、それ以上に……。 何かしないといけないような、そんな気分になっていた。 「部屋、入って良い?」 「あ、はい。すみません、ずっと立たせっぱなしでっ!ちょっと散らかってるんですけど、どうぞ」 女の部屋に入る時は断りを入れてから。 でも今まで、こんな風に突然来た男をすんなり入れてくれた事はなかったから、少し驚いた。 大体、別の男がいるとか。 部屋がゴミ屋敷かと見紛うばかりって感じだとか。 そんなのばっかだったからなー。 本当に今まで不健康すぎな相手ばっかだったと、こんな所で実感しつつ、オレはの部屋に初めて入った。 そんな風に思考を逸らしたのは、きっと戸惑っていたから。 女の泣き顔は苦手だ。 でも、いつもなら、オレの前で泣かなきゃどうでも良くて。 それなのに、は。 一人で泣いてるのも気になったんだ。 部屋に入れて貰って、小綺麗な様子にほっとする。 あー、の部屋だーって感じ。 「あの、コーヒーとかないんですけど、買ってきましょうか?」 「え、んじゃお願……」 ってオレ。お願いしてどうする? 今はそれどころじゃねぇんだよ。 「いやいやいや。おもてなしとか、今はいらねぇから」 「え、でも……」 「……『でも』じゃないでしょうが。ンな酷ぇ顔して。可愛い顔が台無しよ?」 どうして。 どうして、なんだ。 「酷い顔は元々ですけど……」 「この悟浄サンが可愛いっつってんだから、チャンは可愛いの。 このオレが可愛くない女と一緒にどっか出かけるワケないっしょ」 どうして、オレは……。 「……はぁ。そう、なんですか?」 こんな軽口きいて。 でも内心必死で。 「そうなんデス」 肝心の言葉が切り出せないんだ。 泣く女は鬱陶しい、はずなんだ。 だからオレは、適当に涙を拭ってやるのに。 君の目元に伸ばした手が、震える。 ......to be continued
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