冷静な君。
落ち着いた君。
本当の君は、どれ?






Life Is Wonderful?、13





チャンとは友達のような、そうでないような不思議な関係をのらりくらりと続けた。
二人とも、相手を異性として意識してるとか。
そんな気配はないまま、気がつけば1ヶ月、2ヶ月……。

嫌われては、いないだろう。
が、好かれてもいないだろう。
厚意と好意は違う。
チャンの場合は前者なんじゃねぇか、って思う。

来る者拒まず、去る者追わず。

次の約束を取り付けるのはオレだし。
オレがメールしなければ、彼女からのメールはこないし。
な〜んで、気がつけばお誘いしてんだろ、オレ?

もうすぐ待ち合わせ場所に着くと知らせるメールを彼女に送った後、オレは空を仰いだ。
それは快晴で、時期のおかげか青さを増している。
世の中って奴は何でこんな鮮やかなんだろうな……。

チャンといると、楽だ。
特に取り繕わなくても良いし、大抵の話はきちんと聞いてくれる。
ほんの少し重い話から、軽い話まで。
けど、物足りない。

何でだろな、まったく。
やっぱりオレって友達の理想も高すぎんのか?

そんなことをつらつらと考えて、オレは待ち合わせ一つ前の角を曲がった。
すると、そんなオレの目に飛び込んできたのは。


――ぅに可愛らしい方ですね、さんは」
「あはは。ありがとうございます」


チャンをナンパしている八戒の姿だった。







「悟浄」
「…………」
「……悟浄」
「…………」
「……ハァ。いい加減機嫌直してくださいよ。悟浄」


喫茶店に並んで座って。
オレは八戒を無視し続けていた。
さっきまではチャンがいたからここまであからさまじゃなかったが。
(ちなみに、彼女はバイト先から電話がかかってきたとかで席を外している)

だってなぁ?
な・ん・で!ここにコイツがいんだよ!!


「偶然ですよ。偶然。偶々、貴方がよく話している女性を見かけたんですから、声をかけたって良いでしょう」


見かけたのが偶然でも、声かけたのが故意だったらもう偶然じゃねぇんだよ!
しかも、人の考え読むな!勝手に!!

苛々と心の中でそう吐き捨て、オレは憮然とした表情を保ち続けた。

人にンな構ってんじゃねぇよ。
わざわざチャンに声かけるとかよ。
実はオレに喧嘩売ってんじゃねぇだろうな、コイツ。


「でも、本当に貴方が今まで相手してきた女性達とはタイプが違うようですね、彼女」
「だぁから!何度言や分かんだよお前は!?チャンはそういうのじゃないって……」

「そういうのってどういうのですか?」


背後からかけられた、柔らかな声色に思わず勢いよく振り返る。
どうやら、話は終わったらしい。


「あ、すみませんっ。その。聞くつもりはなかったんですけど」


すると、その様子をどう解釈したのか、チャンは慌ててそう言い繕った。


「いえいえ。謝らなくて大丈夫ですよ。ねぇ?悟浄」
「……まぁな」


……嵌めやがったな。

こっそりと恨みがましい視線を八戒に送りつつ、オレはチャンに席を示した。
彼女は素直にそれに従って座ったが、どうすれば良いのか分からず、苦笑を漏らしている。
……しゃーねぇか。


「いやな?八戒の野郎がチャンがオレの彼女だってずっと勘違いしてやがってよー」
「……は?」
「何度訂正しても、信じやしねぇんだワ」


鳩が豆鉄砲食らったように、目をキョトンと大きく見開いているチャン。
オレは事実を言ったワケだが、どうも予想もしていなかった答えだったらしい。


「私が?悟浄さんの?彼女さん、ですか??」
「ええ。違いますか?」


そして、そんな彼女ににっこりと爽やかな笑顔を見せるコイツは本当に性質が悪い。
チャンはどんな反応を示すだろうと思って見ていると、彼女は八戒と同じように綺麗な笑みを浮かべて即答した。


「違いますよー。そんなことあるワケないじゃないですか」
「……ホレみろ。だから違うっつってただろうが」


あまりに爽やかな笑顔すぎて、逆に気が滅入る。
な〜んか、笑顔で拒絶された気分?


「……そうなんですか?でも、貴方がたがしているのは客観的に見てデートだと思うんですけどねぇ」


あはは。とオレと笑いあっていたチャンだが。
八戒が不意に発したその言葉に、一瞬固まり。
次の瞬間。


「で……っ!?」


その言葉の意味を理解した彼女は、ゆでだこもびっくりな位の勢いで頬を真っ赤に染めた。

へ?
何だよ、その反応??
前抱きついた時はすっげぇ淡々と怒ってたのに。

ん〜??どういうワケなワケ?
なんつーか、こう……。
可愛い?


「おー、そう言われてみればそうだよな。な?チャンv」


オレは迷う事なくその話題に乗る事にした。


「へ!?えーと、いや、確かにそう見えない事もないですけどっ、でも、あの、そんなつもりじゃ……」
「えぇー。そんなつもりじゃなかったの〜?悟浄ショック〜」
「えぇっ!?いや、あのですね、悟浄さんとこういう風にお話しするの嫌って事じゃなくて……」


あ、やばい。面白い。


「え、マジ?でもチャンから誘われた事ねぇしな〜」
「二回目は私が誘いましたっ」
「ありゃ数には入んねぇだろ?」
「そ、それはっ」
「実はオレ嫌われてんじゃないかって思ってたんだよなー」
「そんな事ないですっ!ただ、その、誘ったりするのは迷惑かと……っ」


かなり必死に弁解するチャンは、傍目から見ていても分かる慌てっぷり。
わたわたとよく分からない手の動きをする彼女には、いつもの落ち着いた雰囲気など欠片も残っていない。
それがかなり珍しかったので、オレはその後もチャンをからかっていたが。


「もうその位にしておいてあげなさい。悟浄」


極上の笑みを浮かべた八戒に止められた。
……まずい。コイツの事忘れてた。
怒ってる。怒ってるぞ、コイツ。


「幾らさんが可愛くて仕方がないからって、やりすぎですよ?」
「えぇっ!?」
「はぁ?」


……何言ってんだ、コイツ。
オレとチャンの思考はこの時一致した。
しかし、そんなオレ達を見た八戒は、まるで諭すかのように口を開いた。


「イチャつくなら、僕のいない所でにして下さいね」
「イチャついてなんかっ!」
「じゃあ、お邪魔虫は退散するとしましょうか」
「ってオイ!八戒っ!?」


二人分の抗議も奴には通用しない。
すれ違う時に「悟浄のおごりですよねv」と囁きを一言残し、奴はさっさと喫茶店から出て行ってしまった。







「「…………」」


かなり気まずいっつーか何つーか。
そんな沈黙がオレ達を包んだ。
二人とも、相手と目が合わせられない。
っていうか、チャンがオレと目を合わせようとしない。
もちろん、その頬は薄く染まっていて。

……どうすっかな?
でも、あれだよな。
さっきの様子からすると、オレ嫌われてなさげ?


「あの……」
「ん〜?」


突然、チャンは何か言いたそうに口を開いた。


「私、本当に悟浄さんとお茶するの嫌じゃありません」
「へ?」
「だから、その……」
「うん?」
「今度、駅前のお店に……」


――付き合ってくれませんか?


どきり。


「あ、あ〜!もちOKよ。このオレが女の子のお誘い断るワケないっしょ?」
「ありがとうございます!」


可愛らしいチャンの笑顔。
一瞬飛び跳ねた心臓の意味を、オレが気付くのまであと少し。





冷静な仮面。
落ち着いた仮面。
剥がれ落ちた時の君に、鼓動が踊る。






......to be continued