君と話すとほっとする。
それは貴重すぎる経験のひとつ。






Life Is Wonderful?、11





ぶらりぶらりと。
特に何をするでもなく街中をぶらついてみる。

流れていく人ごみはただの背景で。
世の中はなんて灰色で退屈なんだと、思ってしまう。
繁華街の華やかさは所詮見せかけのメッキみてぇなもんだ。
オレと同じで、中身はどこまでも空っぽ。

見上げた空が綺麗な水色なのが、更に侘しさを増大させた。

本当は、今日は女との約束があった。
しかし、そのお相手は今頃別の人間とよろしくやってるだろう。
突然空いてしまった予定を特に埋めるコトはしなかった。

……虚しくなっちまったんだ。

上辺を取り繕えば、女なんて幾らでも寄って来る。
昔も。
今も。
これからも。

いつだって、あっさりと別れて。

今では慣れきってしまって、それが不自然だとは思わない。
思わないが、しかし。


逢いたい。


誰でも良い訳じゃない。


どうしたら逢える?


ずっと、心の底では探していた。


――ただひとりの誰か。


「「…………あ」」


とまた逢ったのは、そんな時。







「えーっと……」


とにかく何かを話そうと口を開いては見るものの、言葉が続かなかった。
オレもチャンも、気まずそうに相手の顔色を窺う。
……実際気まずいんだけどよ。


「……この前はお世話にナリマシタ?」
「えっと。その、こちらこそ、ご迷惑をおかけしました……?」
「…………」
「…………」


ハイ、会話しゅ〜りょ〜。
……こういう場合どうすりゃイイ訳?
経験のない状況に、オレは手をポケットに突っ込んで頭をめぐらす。
しかし、どうすれば良いのかも、どうしたいのかも分からなかった。

すると、チャンの方も何かを言わなきゃいけねぇような気がしたのかは知んねぇけど、ぱっと顔を上げてオレを見上げた。


「あの、大丈夫でしたか?あの後……」
「あ〜、とりあえず風邪は引かなかったからダイジョブ」
「いえ、そっちじゃなくてですね。二日酔いとか」


……そっちじゃねぇのかよ。


「だ〜いじょぶダイジョブ。あん位どうってこたぁねぇって」


実際は、翌日しっかり二日酔いになって、家で死んでたんだけどな。
内心そんな事を思いつつもそう言うと、チャンはその言葉にほっと安堵の溜息を漏らし。そして、


「そうですか。良かった……」


笑ってくれた。

取り繕った笑いとか。
媚びた笑いなんかじゃなくて。
ただ純粋に、透明な笑顔を浮かべてくれた。

それが無性に嬉しくて、頬をかきながら気づけば口を開いていた。


「……あ〜、チャン?」
「はい?何でしょう??」

「この前お世話になったお礼にお茶なんてどう?」


可愛い女の子に逢ったらお茶に誘うのは礼儀だろ?
んで、その女の子は誘われたらついてくるのが礼儀、と。

そんなオレの中の常識にのっとった一言だったが、しかし、目の前のチャンはキョトン、と心底不思議そうな表情カオになった。


「お茶、ですか?」
「そ。近くに良い店あるんだワ。ケーキの美味い」
「でも私お茶とか飲めないんですけど……」


「すみません」と困った様子をしながら、オレを上目遣いで見るチャン。
……オレの中の常識は彼女には通用しないらしい。

つーかよ、茶の飲めない女なんか初めて見たゾ。
ひょっとして体よく断られそうになってるワケ?オレ。


「別に無理して茶ぁ飲まなくても良いって。今のは方便」
「…………ぅーん」


その一言に、チャンは小さく唸りだし、俯いて考えに没頭した。
後で聞いた話だが、この時彼女は『この人について行って大丈夫だろうか』云々と考え込んでいたらしい。
……まぁ、こんなナリだからしょうがねぇっちゃしょうがねぇけど。

そして、たっぷり1分程悩んだ彼女の顔をオレは覗きこんだ。


「オレとケーキ食うの嫌?」
「っ!…………いえ」


突然の急接近に彼女は大きく目を見開いたが、すぐに気を取り直して首を横に振った。
そして、にっこりと笑顔を浮かべて言った。


「じゃあ、こっちも水をかけちゃったお詫びがしたいんですけど良いですか?」


もちろん一も二もなく笑顔で頷いた。







「ンじゃあ、改めまして。この前は悪かったな、色々と」
「いえ。でも、飲みすぎには注意して下さいね」


ちょっとした喫茶店に入って腰を落ち着けた後。
(もちろん、チャンは宣言通り『茶』と名のつくモノは頼まなかった)
向かい合わせになったオレ達はお互いに頭を下げて、こう会話を始めた。

その後は、ちょっとした世間話。
そして、しばらく適当な会話をして場の雰囲気を和ました所で、オレはこう切り出した。

「でさ、チャンに訊きたかったんだけど……」
「はい?」
「あん時、オレ妙なコト口走ってなかった?」


実は訊かなくても答えは分かってたんだけどな。
何しろ、幾ら酔ってたって言ったって、記憶が飛ぶタイプの人間じゃねぇし。
だからこれは単純な好奇心。
こういう真面目そうなタイプの人間がどういった答えを寄越すのかに興味があった。

すると、チャンは特に気にも留めず、いたって普通に口を開く。


「妙なコトっていうか……私にはよく分からない話をしてました」
「ふーん。どんなん?」
「それが、よく覚えてないんですよ。確か『自棄やけ酒じゃない』って言ってたのは覚えてるんですけど」


また「すみません」と、申し訳なさそうに眉根を寄せる。


「…………別に謝る必要ねぇけどよ」
「はぁ」


今までにない反応に、言葉をかけるのがワンテンポ遅れる。

だって、今までオレの周りにいた女ってのは、ヒトが言いたくないコトだって根堀り葉掘り訊きまくって。
好奇心の塊で。
こんな風にあっさりは、していなかった。


「何があったか、とか訊かねぇの?」


そのコトが頭から離れなかっただろうか。
気がつけば、オレはそんなコトをまだ逢ったばかりの彼女に尋ねていた。


「……訊いた方が良かったですか?」


チャンの声はどこまでも『普通』だ。
さっきのように世間話をしているのと、何一つ変わらないその声色。口調。


「いや、こういう場合訊いてくるのが普通だと思ってただけ」
「うーん。でも、詮索されるのって気分悪いじゃないですか」
「……そりゃそうだ」


言外に『そんなコトは気分を悪くするだろうから訊かない』と言うチャンに、ほっとした。
そして、同時にそんな彼女だからこそ、言いたくなった。


「この前のあれな……」
「え?」
「実はオレ、あの日まで彼女がいたんだワ」


もう何人目になるかは、分からないけれど。


「でな?その彼女っつーのが別の男に惚れちまったワケよ」
「はぁ……?」

「で、どう考えたってそっちの方にマジなのに、中々オレの方をフラないでいるワケだ。
多分、なんとなくタイミングが悪かったとか、そんなトコだろうけどな。
だから、そのきっかけを作ったんだよ、あの日」


その言葉を何度か吟味して、チャンは顔を上げた。


「えっと、つまりわざとフラれた日だったってコトですか?」
「まぁ、そんなトコ」
「あ、それで『自棄やけ酒じゃない』んですね」


自分でフラれるように仕向けたのなら、それは自棄やけになるコトじゃないから。


「そ。まぁ、ちょーっと色々あって自己嫌悪に陥っちまった部分もあったんだけどな。
で、その時のコト考えながらちびちび飲んでたら、意外と酒が回っちまった、と」


そんなに量飲んだワケじゃねぇけど、ちっとばかし強い酒だったかんなー。『本日のお勧め』。

この前のコトをそんな風に考えていると、チャンと不意に目が合った。
そして、オレが見ている前で、桜色の唇が音を紡ぎ出す。


「あの、ところで何で私にそんなコトを教えてくれたんですか?」


その表情カオは、純粋に不思議そうに見えた。

何でかって……?
そりゃあ、あれだよ。
そんなもん――

しかし、オレがそれに答えようとした言葉は、


「ガナッシュケーキのお客様ー?」


ようやくやってきた暢気な店員のお姉ちゃんの声で掻き消えた。
それによって、言う気の失せてしまったオレはニッと笑みを浮かべてチャンを見る。


「こっちの可愛い彼女ね」
「はい、かしこまりました」


店員はチャンの前にガナッシュを、オレの前にチーズケーキを置いて去っていった。
宙ぶらりんになった話に、チャンの困惑した視線を感じたが。


チャンのケーキ美味そうな?」


さっさと話題を変えて、彼女の前のケーキを指差す。
すると、チャンは素直にそのケーキに視線を移した。
きっと、彼女は単純だったワケじゃなく、追及するのが好きじゃなかったんだろう。


「あ、だったら一口食べてみます?私まだ口つけてませんし」
「マジ?じゃあ、お言葉に甘えてv」


一口分フォークでよけて、彼女はオレの方の皿に移動した。
それに合わせて、オレの方でも自分のケーキを同じように彼女の皿に移す。


「おすそわけv」
「ありがとうございます」


二人揃って食べたケーキは、意外と美味く感じられた。

何でかって……?
そりゃあ、あれだよ。

そんなもん、オレの方が聞きてぇっつーの。






醜態を晒したオレだったが。
最初に取り繕わなかったおかげで。
君と話す時は素の自分。






......to be continued