再会の場面は考える限り最悪。 今まで経験したコトもない、醜態。 Life Is Wonderful?、10 「あ……」 それは、合コンからは九ヶ月かそこら経った、ある日のことだった。 小さく漏らされた声に、オレの意識はほんの少しだけ回復する。 公園のベンチに投げ出していた身体を起こし、僅かに視線を横に流した。 少し離れた所に、自分を凝視する少女が立っていた。 「あ〜……」 誰だったっけか? 見覚えのある顔が、すぐそこの外灯の下に見えてオレは首を捻った。 時計は昨日と明日の境目を指しかけている。 同じ専門のコーじゃねぇな。 こんな髪の黒い(つまりは染めてない)女はウチの学校にゃいねぇ。 道端でナンパ……もしねぇよな。こういうタイプ。 やるんなら、もっと後腐れなさそうな頭の軽いお姉ちゃんでー。 しばらく酒で働きの鈍くなった頭と格闘してたオレだが、微妙に対応に困っているような表情をなんとなく思い出した。 「去年の〜えっと…………チャン、だっけ?」 そう、去年の隣の女子短との合コンに来てた娘だ。 思い出した思い出した。 間が空いたけど、よく覚えてたなー、オレ。 「あの……こんな所で寝てると風邪引きますよ?」 少し躊躇って、やがて決心したように言うに、オレは現在の自分の状況を省みる。 ……『酔っ払ってベンチで寝てる駄目人間』そのまんまだった。 「風邪ねぇ……。別に引いたら引いたでいンじゃねぇ?」 「良くはないと思いますけど……」 適当に答えるオレに、しかしは生真面目に応えていた。 その様子を見て、何故か心が動いた。 「べっつに自棄酒飲んだ訳じゃね〜ゾ〜」 「はい?」 「ただ、なんとな〜く飲んでたらだな。いつの間にか日が暮れっちまってた訳」 「……はぁ」 「それにこうなんのは最初っから分かってたんだよ、最初っから〜」 「そうなんですか」 「…………ったく。な〜んでこのオレのでっけぇ愛を受け取ってくれる奴が見つからねぇんだか」 後から思えば、酔っ払いがくだをまいてた訳なんだが、それに付き合っちまうもだ。 そして、彼女はオレの様子からオレがフラれたか何かしたと思ったらしい。 まぁ、実際そうだけどよ。 同情のこもった表情で、恐る恐る忠告を口にした。 「よくは分からないんですけど、一旦家に帰ったほうが良いですよ?夜中に雨が振るって言ってましたから」 「…………」 「多分、後少ししたら降ると思いますし」 「……んじゃあ、帰るとすっか〜」 間延びした声を上げて、オレは立ち上がる。 そして、そのままヨロヨロと数歩歩き出して、 「……あ?」 立ちくらみを起こした。 よろけて傾いた先にいたのはもちろん、 「きゃっ!」 チャン唯一人だった。 いきなりしなだれかかってきたオレを、チャンは思わず手を伸ばして支えようとする。 つまり、傍から見れば抱きしめようとする感じ? ぐったりとオレは一時的にチャンに体重を預けた。 が、女にしたって華奢すぎる腕が大の男を支えられないのは、考えなくたって分かる。 酔っていてもその程度の頭は回るので、オレはぐっと足に力を入れてそれ以上、彼女に体重をかけないようにした。 「ちょっ!大丈夫ですか!?」 慌てたチャンの声がすぐ下から聞こえてきた。 がしかし、しっかりと背中に回された細い腕が不思議なほど心地よくて。 ふわりと香ったシャンプーの匂いが好ましくて。 オレは気がつけば、柔らかくチャンのコトを抱き込んでいた。 多分、いやきっと……条件反射って奴? チャンは、十数秒の間何も言わなかった。 そして、しばらくして深呼吸の後、彼女の淡々とした声が耳に届いた。 「……それで、何してるんですか」 「チャンってちっせぇな〜」 「人の話を聞いて下さい。というか離して下さい」 「ん〜?ヤダっつったら?」 「…………」 チャンはその一言を聞くと、無言のままオレを突き飛ばした。 幾ら体重をかけてるっつっても反動を利用すれば、それはできないコトじゃない。 ましてや、ちどってる酔っ払い相手で、しかもそんなきつく抱きしめた訳じゃないからなおさらだ。 オレはまたよろけたが、ギリギリの所で踏みとどまり、無様に後ろにひっくりかえるのは避けた。 「っくりしたー。チャン意外と力持ちじゃん?」 戯けた口調でチャンを見ると、彼女は丁度オレから2、3メートル距離を取った所だった。 漆黒に見える瞳が、オレのそれと交差した。 映り込んでいたのは、 驚きと。 恐怖と。 怒りと。 それ以外の何か。 「冗談は止めて下さい!」 叫んだ彼女はいつでも踵を返せるように、後退っていた。 「人が真剣に驚いたのに、何するんですか!」 「……きくー。すっげ、頭響くな」 「早く帰って寝て下さい!風邪引いても知りませんから!!」 そして、そんなくるりと向きを変えた彼女を見た所で。 「……うっ」 強迫的とも言える吐き気に襲われたオレは。 僅かに残った理性に従って、丁度チャンが走り去ろうとしている方向の水道まで全速力で駆け寄り。 (当然、チャンは追いかけられたと思って心底びびってたが) 「お゛え゛ぇ゛ぇ゛ー!!」 聞くに耐えない盛大な声と共に、嘔吐した。 しこたま吐いた直後の記憶は、意識が朦朧としていたせいか幸運にも持っていない。 「――っかじゃないのアンタって娘は!」 突然、怒鳴り声が聞こえて、オレの意識は一気に浮上した。 眼を瞬いて焦点を結んでみると、オレの斜め上の方に二人の人間がいた。 どうも、オレはベンチの上に転がされているらしい。 ぼんやりとその人間達の方を見てみる。 一人はもちろんチャンで。 もう一人は……。 「分かってるけど、でも、放っておけなかったし……」 「『でも』じゃない!こういうのと関わり合いにならないようにっていつも言ってるでしょ!? 襲われてからじゃ遅いのよ、この大ボケ娘!!」 当然のようにだった。 彼女はオレに背を向ける形で、烈火の如くチャンに向かって激怒している。 「だって、凄い吐いた後いきなり倒れちゃったんだよ?急性アルコール中毒とか病気だったらどうしようかと……」 「アルコール中毒だったら飲んだその場でぶっ倒れてるに決まってんでしょ! ただの飲みすぎよ!!それに、もしフリだったらどうする気なの!?」 「それは、分かってるんだけど……でも……実際吐いてたし……それに私……」 「パニクったんでしょ?そんなもん分かってるわ!」 「……どうしろって言うのー!?」 さっき見せた驚愕の表情とは打って変わって、チャンは不安そうに、しかし気安げな表情を見せていた。 眼を限りなく細めて、見るともなしにそれを見る。 すると、視線を感じたのかが機敏な動作でオレを振り返った。 そして、びしっと音が立ちそうな様子でオレを指差す。 「まずこんなのに声かけたとこから間違ってんのよ!」 どうやら、違ったらしい。彼女はオレが起きたコトにまだ気づいていなかった。 『こんなの』呼ばわりされる覚えだきゃあなかったけどな。 「だって知ってる人だったし……」 「知ってるってのは話したコトがあって、名前も知ってて、連絡先も知ってる場合に使うの」 「……連絡先はしらないけど話したコトはあるよ?それに名前も一応知ってるし」 「知ってたって覚えてなきゃお話にならないでしょうが! 紅い人って何よ紅い人って!?それ名前じゃないでしょうが! 大体、一番肝心なのは連絡先なのよ! それさえ知ってりゃ学校だってわれてるし、警察に訴えるのもどうにかなるんだから」 の中でオレは変態、もしくは痴漢に決定しているらしかった。 ちなみに、彼女の手にはしっかりと見覚えのある携帯が握りしめられていた。 ……この女、人様の携帯パクリやがったな? 「……どうしたら良いと思う?」 チラリと横目でオレを見てチャンはそう言った。 「どうもこうもないわよ。…………はぁー。 どうしたら良いかなんてあたしが聞きたいわ。 此処まで引きずってくるのだって大変だったってのに。デカイ図体いしやがって」 「家に連れてくのは……」 「却下」 「……だよね」 「かと言って、此処に捨てておくのも……」 「駄目だよ!?」 「……とか言うし」 腕組みをして考え出した。 チャンも一応考えを巡らせているようだったが、その視線は宙を彷徨っていた。 面倒なコトに親友を巻き込んだのが後ろめたそうだった。 そして、何の前触れもなくはたととオレの眼が合った。 「「…………」」 お互いに、微妙な沈黙を体験した。 すると、オレが何か言う前にはスタスタとオレの右手側に歩いていった。 何事かとオレとチャンが呆然とした雰囲気でそれを見送っていると、少しして戻ってきた彼女の手には何故か、バケツ。 「誰のせいで困ってると思ってんのよ!!」 「おわっ!?」 ばしゃぁっ! 数十分後に雨で濡れるはずの地面は、質量の大きな音を立てて人一人分の水溜りになっていた。 その後、酔いの完全に醒めたオレはからタオルを借りた。 ……わざわざ水ぶっ掛けなくても、ほとんど酔い醒めてたんだけどなっ。 ちなみに、チャンがいなければ、オレはそのまま濡れ鼠状態で放置されるコト必死だっただろう。 二人がタオルを取りに行っている間、 ずぶ濡れのまま一人公園に置き去りにされたオレの姿はいつ思い出しても間抜けの一言に尽きる。 オレとチャンが『酔っ払ってたのを介抱して貰ったお礼』と『水を浴びせたお詫び』で一緒にお茶をするのは、この数日後の話。 + + + そこまで思い出して、オレは天井を仰いでみた。 周りには誰一人としていない、との家。 静か過ぎて耳鳴りが起こりそうだ。 一週間の七分の一がもうすぐ終わろうとしているのを、時計で確認して。 「ほんっと、酔っ払いは手に負えねぇワ」 昔の間抜けだった自分に乾杯。 けれど、それが君と一緒にいるきっかけの一つであるコトはかわりなく。 怪我の功名を実体験。 ......to be continued
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