このザマを見て、君は嘲笑うだろうか。 それとも泣いてしまうだろうか。 Life Is Wonderful?、8 まだひんやりと冷たい朝の陽気の中。 そこでオレは未だ嘗て味わったコトのない、居心地の悪さを感じていた。 「「…………」」 お互いに終始無言。 ただ、冷たい視線が注がれ、オレは微妙に目を逸らすコトしかできない。 「それで?」 そして、空気すらも凍らせる八戒の声が部屋に響いた。 もちろん、最後に逢ったあの日――が出て行った翌日からコイツとは逢っていない。 の奴が「こういう場合に頼るべきはあの人でしょ?」なんて言わなければ、きっとそのままだっただろう。 だから、コイツの周囲の空気が……痛ぇ。 「つまり、貴方はあれだけのコトを言ったくせに僕に泣きついてきたと。そういうコトなんですか」 情け容赦のない、皮肉をまぶしたセリフだった。 本気で、軽蔑したような声色だ。 「…………」 口を開けば、文句を言いそうになるので、ぐっとオレは口を堅く閉ざす。 畜生。やっぱ自分で探しゃ良かった。 コイツがこう言うのは分かり切ってたコトじゃねぇか。 あんだけキレてた八戒を見たのは初めてだし。 そのコイツを内心オレは嘲笑ってた訳だし。 協力を、仰ごうとするなんて、馬鹿みてぇ……。 けれど、現実問題として自分でさっさとを探し当てられるかと訊かれたら、答えは、 無理。 無茶。 無謀。 繁華街くらいしか情報網がないオレには、できない相談だ。 だったら、の言う通り、自他共に認める歩く情報ソースのコイツに頼るしか道はない。 探すだけならオレでもできると思わなくもねぇけど。 でも、それだと時間がかかりすぎる。 早くも挫けまくっている気持ちを何とか奮い立たせようと、オレはようやく八戒の目を直視した。 「弁解する気は……ねぇ」 「…………」 「ただ、罵倒なら何でも聞くからよ。……探してくれ」 精一杯の誠意を込めて、オレは八戒と眼を見交わす。 「お断りします」 速攻で返ってきた答えは、予想通りのモノだった。 「冗談じゃありません。僕は貴方にとって都合の良い使い走りじゃないんですよ?」 「そりゃ、そうだけどよ……」 「それに僕、言いませんでしたか?」 ――貴方が泣こうが叫ぼうが知りません。 「今更反省したなんて言われても、僕は協力する気にもなれませんよ。 反省するだけなら猿にだってできます」 「っ……」 ぐっと、言葉に詰まる。 確かに、コイツからするとオレはコロコロ気を変えてる馬鹿野郎にしか見えない、という事実には気づいていたからだ。 丁度、この間にも指摘されてしまっている。 手のひらを返したように、とは正に今のオレの状態。 けど、どうしろっつーんだよ!? がいなくなって。 陳腐な言い回しのように『いなくなってから大切だって気がついて』。 気づいたらいても立ってもいられずに。 探す方法見つけて何が悪ぃんだよ!? 時間が経てば経つほど、の心は遠ざかるのに。 ぐずぐずしてる余裕なんて一秒もねぇんだよ、オレには。 だから……コイツの手を借りなきゃならねぇんだ。 苦虫を噛み潰したような表情で、八戒を睨みつける。 「「…………」」 畜生。協力する気ゼロの奴を、どうやって説得なんかしたら良いんだ? しかも、相手はあの八戒。 一筋縄でいくはずはなかった。 「帰って下さい。掃除の邪魔です」 机に手を突いて立ち上がる八戒。 このままだと会話を一方的に打ち切られて終わるのを察したオレも、後に続いて立ち上がる。 ゴチャゴチャ考えている余裕はなかった。 性にも合わねぇ。 そして、その直後の行動はほとんど本能のままにやったことだった。 「八戒!」 「ご近所迷惑になりますから怒鳴らないで下さ……」 一応視線を寄越してきた八戒の眼が驚きに見開かれる。 「態度もなにも全部謝る!だから、協力してくれ!頼む!!」 「悟浄……貴方…」 呆然としたような八戒の声が聞こえた。 驚きのあまり、アイツは久しぶりにオレの名前を呼んでいた。 永遠にも思えるような、長い長い沈黙。 実際には大した時間はかかっちゃいなかっただろう。 しばらくして。 床以外何も見えないオレは、気配で八戒が近づいてきたのを知った。 「顔を、上げて下さい……」 土下座するオレの肩に、軽く触れた。 言われるままに顔を上げると、怒ったような、困ったような表情の奴がいた。 「まったく……。謝る相手が違うでしょうに」 殺気にも近かった怒気が、八戒から殺がれていた。 「謝りたくても肝心の相手がいねぇんだよ」 それを見て。 ようやくオレは、シニカルな笑みを口元にたたえることができた。 久しぶりすぎて、少し不恰好だったけどな。 八戒の協力までこぎつけて。 とりあえず、オレは自分の持ってる情報を公開した。 つまり粗方の、オレが考えたの考えやらがいなくなってからの生活やらを適当に伝えたってことだ。 そしてそれが終わると、八戒は眉を寄せた。 怒気ふっか〜つ。 「前々から思ってたことですけど……馬鹿、ですね」 最近、オレこんなんばっかかよ。 馬鹿バカばかばか言われすぎだろ、実際。 「へーへー。どーせオレは馬鹿ですよー」 「ええ、まったくです。自覚があるなら何とかして頂きたいものですねv」 これまた久しぶりに見る嫌味な、非の打ち所のない笑みに、オレは憮然とした視線を返すことしかできなかった。 「まぁ、冗談はこの位にして……」 そう言って、八戒は表情を引き締めた。 っつーか、冗談かよ。今の。 「はの居場所も何も聞いてなかったんですよね?」 「だぁ〜から、何回もそう言ってんだろが」 「となると、他のの友達に当たったところで無駄ですね。 大体、貴方がその人達の連絡先を知っている訳もありませんし」 いちいち人の神経逆撫でる八戒のセリフに、言い返せないところが悔しい。 だが、言われたことはもっともな話で、思考がそっちに向かっていった。 の、以外の友達なんているのかよ? 覚えてる限り、の口から出てくる人間の名前は限られていた。 と、八戒と、お隣さんと……その位だ。 の交友関係は、狭い。 ごく浅く広くって場合がほとんどだ。 ――人付き合いって少し苦手なんですよ。 「……ょぅ。悟浄?」 はっとして、眼を瞬く。 目の前では怪訝な表情をした八戒が気分を害していた。 どうやら、意識を半分以上持ってかれてたらしい。 「協力を仰いでるんですから、最低限話くらい聞いてくれたって良いんじゃないですかねぇ?」 「だぁ!悪かった!だからその笑い止めろ!!」 結局、無言で脅される形でオレは八戒と話し合った。 そしてしばらくの話し合いの末、見つけたらすぐ連絡を寄越してもらう手筈が決まった。 『どんなに早くても一週間はかかる』と言った奴の言葉は酷く残酷だ。 その一週間には結婚記念日だって含まれてるっつーのに。 けれど、相手がいなければ記念日もへったくれもありはしない。 それが最短なら、オレはじりじりと待つしかねぇんだ。 焦って、思わず怒鳴り散らしたくなる衝動を持て余さなきゃならない……。 待たされる人間の辛さを、今更ながらに思い出した。 立ち塞がる障害の一つは時間。 これはスタートを出遅れたオレの悪あがき。 そして、オレが何だかんだと言って、立ち去った後。 独り部屋に残った八戒は携帯を手にしていた。 プルルルルル……プルルルルル…ガチャ。 「――もしもし」 『ああ、八戒。ど?あの馬鹿は』 ほとんど間をおかず電話を取ったのは、だ。 「土下座してましたよ」 『……へぇ、必死ね。あのプライドのたっかい見栄っ張りが?』 「本当、馬鹿みたいですよね」 『そう言う八戒も似たり寄ったりだけどね』 「そうですか?」 『――八戒』 「はい……?」 『さらってくなら、今よ?』 「…………」 『…………』 「……は誰の味方なんです?」 『あたし?あたしはそうねぇ……あたし自身よ。でも悟浄でも貴方でもない、あたしの味方。 あたしはあの二人があのまま別れるのは納得いかない。別れること自体が気に入らないっていうんじゃないの。 ただ、が誰にも何も言わなかったのが気に入らない。 言えば、誰と別れようが一緒にいようが文句はないのに。――だから、今こうしてる』 「貴女らしいですね」 『で、貴方はどうするの?』 「――止めておきますよ」 『そ』 「ただ、このまま黙って逢わせるのは癪なんですよね」 『そこまでイイ人にはなれないって?』 「そういうことです」 『知ってるわ。だって貴方ならもうの居場所くらい突き止めてるでしょう?』 「明日、逢いに行って来ますよ」 『じゃあ、あたしが怒ってたって言っといて』 「ええ」 『貴方って本当、貧乏くじしか引かないのね』 「器用貧乏なんですよ」 こんな二人の会話を、オレは知らない。 ......to be continued
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