聞きたかったのは、君の声。
オレはそれを掠め聞くコトしかできやしない。






Life Is Wonderful?、7





「お前、何言ってんだよ?」


の言葉が飲み込めず、理解できず、オレは呟いた。
今のオレの状態は呆然、という言葉が一番しっくりくる。

お前、今の居場所なんて知らねぇって言ったじゃねぇか。
教えてもくれねぇんじゃねぇのかよ!


「……どうやって捕まえりゃ良いんだよ」
「……アンタ馬鹿ね」
「あぁ!?」
「キレてんじゃないわよ。るっさいわね。
居場所が分からない?探せば良いじゃない。連絡がつかない?それはアンタだけでしょ」


くすりと笑っては、自分の携帯を取り出した。


「居場所は教えて貰えないけど、あの娘が今現在どういう状況にいるかくらいなら分かるわよ?」


あの娘が泣いてないか気になるんでしょう?
元気でいるか心配なんでしょう?


――悟浄アンタのコトを吹っ切ってないか知りたいんでしょう?


その一言に、オレは言葉を失った。
それが、図星だったからかは、分からない。


「吹っ切っていれば、はあたしにアンタとのコトを話すわ。
そして、吹っ切っていなければ、絶対に言わない……」
「…………」
「でも、アンタにそれを聞く度胸はある?」


真っ直ぐに向けられた問いに一瞬だけ怯む。
けれど、それは本当に一瞬で。
がいなくなってからの日々を振り返る程度の一瞬で。

考えるよりも先に、オレは頷いていた。


「OK。ちょっと待ってなさい」


そして、その答えに満足で一杯の表情を浮かべたは、ボタンを手早く操作した。
耳元に携帯をあてがい、瞳を閉じて一度深く息を吸う。
数回のコールの後、彼女は瞼を押し上げた。


――もしもし、?」







『はい、もしもし?』
「あたしあたし。ど?元気してる?」


ドクン。


今までのオレとの会話なんて微塵も出さずに、は笑顔を見せていた。
どうやら、とは繋がったらしい。

そのコトに妙な気分の悪さも覚えたが、すぐに黙殺した。

なにより、微かに電話口から漏れてくるの声に集中したかった。


『うん、元気だよ。どうしたの、突然?』
「実はさー、今、知り合いと飲んでるんだけども久しぶりにどうかと思って」
『……お酒飲んでるの?』
「他に何飲めってのよ?ジュースなんかじゃ酔えないでしょ」
『あはは。程々にしなきゃ駄目だよ』
「ハイハイ、分かりマシタ。で?来るの?来ないの?」


が何を言っているかまでは分からなかったが。
は、とんでもない大嘘を言いながらを呼び寄せようとしている。
もし彼女が来ると言ったら、その時に彼女の様子を探ろうというのだろう。

もちろん来て欲しいとは思う。
だが、来て欲しくねぇとも思う。

電話の向こうからの回答を待って、は沈黙した。
返答が返ってきたのは、十秒ほど経ってからだろうか。


『ん、止めとく』
「えー?良いじゃない。来なさいよ」
『今ちょっと色々とゴタゴタしてるから無理なんだ。ごめんね』
「ゴタゴタ?なに、何かあったの?」
『家の方でちょっとね』


「それって旦那が原因?」


ドクン。


『え……?』


ちらりとオレを横目で窺うに、その言葉に、心臓が脈打つ。


「家でって言ったらあの馬鹿以外ないでしょ」
『あ……。ううん、そんなコトないよ。これは私の問題』
「……そうなの?なら良いけど。
あ、そうだ。旦那と言えば悟浄アイツって元気なの?最近逢ってないわね。死んでない?」
『……死んではいないと思うけど』
「苦笑してる場合じゃないでしょうが」
『くす。それもそうだね』
「……ねぇ、


――大丈夫?


『え……。何、突然そんな……』
「何驚いてんのよ?色々大変なんでしょ?だったら心配ぐらいあたしだってするわよ」
『あ、ああ……』


――……大丈夫だよ。


『私は、大丈夫。心配してくれてありがとう』
「礼なんていらないわよ。何せあたしはの保護者様なんですからね」
『あはははは』

ドクン!


不意に聞こえてきたの楽しげな笑い声に、オレは懐かしさが込み上げた。

こんな声、ずっと聞いてねぇな。……久々だ。
焦がれて焦がれて、逢うコトもできないの、声。

そう思うや否や、オレの手はの持つ携帯へと伸びていた。
乱暴に、その細い手から小さな機械を取り上げる。


「ちょっ!?」
「貸せ!」


憤慨したようなの声を無視して、オレは受話器の向こうにいるであろうに話しかけた。


!」


そして。
返ってきたのは。


ツーツーツーツー。


単調な機械音だけだった。







「はい、アンタ馬鹿決定」


相当情けない表情を浮かべているであろうオレに、は軽蔑も露な視線を投げて寄越した。
溜息すらない。

そんな彼女にどう言えば良いのかも分からないまま、オレは重たい口を開いた。


「……切られちまった、な」


声は喉の奥に引っかかったのか、僅かに掠れた。
なっさけねぇでやんの。

すると、そんなオレには一言。


「自業自得、と言いたい所だけど、それ違うから」
「ンだよ」
「あたしの立場から言わせて貰えば『切られた』んじゃなくて『切った』の」


に拒絶されたと思ったオレだったが、その言葉に目を見開いた。
それは、つまり。
が切ったんじゃなくて……?


「このあたしがアンタの行動くらい読めないと思ってんの?
アンタが動いた瞬間に、通話切っちゃったわよ」
「なっ!」


思わず彼女が女であることも忘れて胸倉を掴みかかりそうになるオレを、はきつく睨めつけた。


「もしアンタが突然話しかけたら、あの娘絶対に電源切るわよ。どっちみちアンタはと話せないの。
なのに、何であたしまで着信拒否ちゃくきょにされるかもしれない無謀を冒さなくちゃいけない訳?
このあたしが救いの手を仕方なく差し伸べてあげてるんだから、アンタは引っ込んでな!」


かなり上からの物言い。
はオレから携帯を奪い返し、またの番号を呼び出した。


「次にやったら頭かち割るから」


オイ。そりゃ脅迫だろうが。
そうは思ったが、自身にそれを言ったら本気で携帯をへし折るくらいの暴挙に出かねないので、沈黙を守るコトにした。

そんなコトをされたら、オレはもうの様子も探れなくなる。
たった一つの蜘蛛の糸をぶち切るような真似はしたくともできなかった。

きっと、数日前のオレが見ていたら鼻で笑ったはずだ。
けれど、こんな無様な姿だって……。
いや、きっとこんな無様な姿こそが。


オレには相応しいんじゃねぇか。


あ〜、マジで。ダッセェの……。

はオレが黙るのを見届けた後、未だに訝しげな視線を寄越しながら通話ボタンを押した。
そして、コールが何回もなっていない状態で、すぐには電話に出る。


「あ、もしもし?」
『今の、どうしたの?』
「ごめんごめん。どこぞの酔っ払いの大馬鹿野郎が身の程も弁えずにセクハラかましてきたから驚いちゃったのよ」
『えっ、大丈夫っ?』
「まぁ大丈夫じゃない?あたしがキレたら押し黙っちゃったけど」
『……えっと、気をつけてね?酔っ払ってる人の相手って本当に大変だから』
「アンタに心配されるようじゃおしまいね」


嘘のような本当のような。
そんな言葉を吐いているは、固唾を呑んで耳をそばだてているオレのコトなど忘れたように他愛のない話をした。

そんな様子にじりじりと、苛立ちが増す。

何、暢気に話してんだよ。
ンなどうでも良いコトは、何処まで行ったってどうでも良いコトだろうが。
笑って話してる場合なんかじゃねぇんだよ。
お前ばっかがと話してて、どうすんだよ?

顔みたいのはオレで。
話したいのもオレで。

そうじゃ、ねぇのかよ……。


「じゃあね」
『うん。じゃあね』
「ゴタゴタが片付いたら……一緒に飲みに行こう」
『……ん』


指一本動かすこともできず、ただオレは電話を切るを見つめていた。







その後、オレ達は明け方まで酒を飲み交わしながら話をした。
との電話を置いて、開口一番にはこう言った。


 『はまだ吹っ切ってない』


でも、明日はどうなるか分からない。
そう、彼女は付け加えた。

けれど、そんな忠告にも似た不吉な言葉であっても。
それに、ほっとした。
今更ながらに、握りしめていた手が湿っていたコトに、その時気づいた。
怖かったのかもしれないと、認めるのは癪だったが、仕方がない。
そこまで器の小さい男じゃねぇつもりだし。

その後は、やっぱりの話ばかり。
今何をしていると思うか、とか。
ンな益体のねぇ言葉ばかり。
当人がいないから、実りなんてなさすぎるコトを延々と二人で語り続けた。

そして、時間が経って、もう帰ろうと腰を上げた頃。
最後にはオレに向かって問いかけた。


――に逢ったらどうするの?


アンタはきっと謝るでしょう。
アンタはきっと喜ぶでしょう。

でも、そういうコトじゃなくて。


逢ッタラドウスルノ?


その問いにオレは、



 「分かる訳、ねぇだろ」



そう呟くのが精一杯だった。


「まぁ、精々頑張りなさい。このあたしがセッティングしてやったのよ?
お互いに納得できる形にしてこなきゃ許さないわ」
「…………」

「あたしは、アンタらお似合いだと思うんだけどね……」


背後から聞こえたそのセリフに、黙ってヒラヒラと手を振った。







もう一度、君に呼んで欲しい。
オレの名前を呼んで欲しいんだ。





......to be continued